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・ブドウ‘シャインマスカット’つくりこなしの基礎技術
・熱帯特産果樹,これからの栽培の基礎と実際
・規模拡大,集団経営を支える省力システムと技術
・リンゴ紋羽病ほか最新研究
食味がよく,栽培性も高いことから急速に栽培面積を伸ばしているブドウの‘シャインマスカット’。各地で増反が進むなか,樹勢が強勢になりやすいことによる果粒肥大不足や,黄緑色品種に特徴的な「カスリ症」(果皮褐変障害)などが発生。人気品種であるゆえに克服すべき課題も出てきている。
このうちカスリ症は,成熟期に果皮が薄墨状に褐変する生理障害で,出荷等級を下げる主要因となっている。いつ,どういう樹で,どんな作型で発生するのか,そのメカニズムと現状考えられる発生要因,防止対策について島根県東部農振セ・持田圭介氏に整理,解説いただいた。
このカスリ症対策でも重要な摘心処理(副梢管理)は,‘シャインマスカット’など大粒品種の無核栽培では今日非常に重要な作業になっている。とくに開花期のそれは新梢伸張を一時的に抑え,果穂への養分転流を促すことで着粒安定,果粒肥大を促進させるうえで欠かせない。山梨県では,‘シャインマスカット’に対して先端3節の摘心か,さらに果粒肥大促進を望む場合は房先3節の摘心を推奨(後者は短梢剪定栽培のみ)。また,開花始め期までの摘心処理ができなかった場合,摘粒後までは一定の果粒肥大促進効果が認められるので,なるべく早い段階で房先6節の摘心を行なうとよいとしている(山梨果試・宇土幸伸氏の報告)。宇土氏にはまた‘シャインマスカット’の植物成長調整剤利用の実際についても解説いただいた。
以上のような近年の生産事情を踏まえ,本種育成者の山田昌彦氏(果樹研)に「品種が変わるとある程度,栽培思想の転換が必要である」とされるそのつくりこなしのポイントを,改めて整理していただいた(2009年執筆記事の改訂)。
温暖化などを背景に西南暖地以外でも関心が広がり始めている熱帯果樹栽培。新規就農者による取組み例も伝えられる。今追録では,収録10品目を改訂,1品目を新たに収めた。
●意外と低温に強い品目も
アセロラはビタミンCや機能性成分の含量が多く,栄養的な効果ばかりでなく,医学的,また美容上の効果も明らかになり,世界的に注目を浴びている。わが国でも‘ルージュ磐田’などオリジナル品種が作出されるなど,注目度は増している。このアセロラをはじめとした熱帯果樹は多くが高温の生育環境を好むが,なかには意外と低温に耐え,むしろ「栽培地域のなかでも冬季(寒気)があるところでは,果実収量が高くなり,品質も向上する」ものもある。そう評価されるグアバを,東京で栽培する玉川大・水野宗衛氏は,最低5℃を維持すれば,翌年の栽培には問題は見られないとしている。
また,5稜形(4あるいは6稜もときどきある)というその果形から「スターフルーツ」とも呼ばれるゴレンシも「最低5℃以上の温度が確保できれば,毎年開花結実することができる」熱帯果樹(写真1)。風には弱く果実も落下しやすいので,風当たりなど温度環境以外の立地条件にも注意が必要だが,これまで温帯で熱帯果樹は無理と決めつけていた頭をやわらかくしてくれる情報であり,チャレンジ心をそそられる。
●小さな流通のなかで挑戦
シロサポテも新しい可能性を秘めた熱帯果樹かもしれない。完熟果肉の甘さとクリーミーな肉質が特徴ながら果皮が薄く,収穫後の日持ちがあまりよくない。このため世界的にも経済栽培はあまり行なわれていないが,その甘味,肉質は,レモンやパッションフルーツなど酸味系トロピカルフルーツの果汁とよくあい,ミックスするとよりおいしい。また乳製品ともよくあうのでミルクセーキやシャーベット,アイスクリームに加工すると年間を通じて楽しめる。また世界三大美果の一つチェリモヤも,もっと評価されてよい果実。追熟して果肉がやわらかくなってから果肉をスプーンですくって食べると,強い甘味のなかにまろやかな酸味が感じられる。これも冷やしてシャーベットやミルクセーキなどにするとおいしい。しかしやはり食べごろとなった果実の輸送はむずかしいのが欠点だ。
「国内生産で流通に乗せられないことはない」(米本仁巳氏・日本熱帯果樹協会)がその流通は,市場出荷,遠隔地生産というよりは,直売所や地産地消のいわゆる小さい流通のなかでこそ可能性は大きいのかもしれない。
テリハバンジロウはグアバ(バンジロウ)と同じフトモモ科バンジロウ属。イチゴの香りと味がするのでストロベリーグアバともいわれる。亜熱帯地域の気候でよく生育するが,短時間であればマイナス6~7℃の低温にも耐え,関東以南の暖かい地域で育っている。やはり成熟果の鮮度維持はむずかしく,収穫して1~2日でいたみやすいが,ブルーベリーのような摘取り園や加工利用ならこれも可能性は高い。
ナッツ類ではペカン(ピーカン)とマカダミア(マカデミア)を紹介。マカダミアは「わが国でも露地栽培が可能なことが実証されて」おり,今後有望。とくにM.tetraphyllaとその交雑種は,アボカドの‘ベーコン’より強い耐寒性(マイナス4℃まで耐える)を示し,結実性もあることから,観賞用と地域特産果樹としての栽培拡大の可能性がある。米本仁巳氏の解説。
●マンゴーは堂々29ページの掲載
米本氏にはマンゴーについても詳細な解説をいただいた。マンゴーは1980年代後半から‘アーウィン’のハウス栽培が急速に増え,宮崎県が始めた「太陽のタマゴ」ブランドは今日,高級果実として市場で人気を博している。
マンゴーの栽培で重要な点は直根を深く伸張させないことで,根が深く入ってしまうと樹勢コントロールが効かなくなり,花芽が着かなくなる。これを防ぐため,近年では防根透水性不織布を置いてその上に定植し,根域を限る栽培が一般的になっている。コンパクトな樹形づくりの実際と栽培技術の要点を17ページにわたって詳述。基本的な生理生態を解説した「栽培技術の基礎」12ページとあわせ,マンゴーは充実した内容となっている。そのほか,同じムクロジ科の果実リュウガンとレイシも改訂収録。元鹿児島大・石畑清武氏の解説。
消費が多様化するなか,これら熱帯果樹への関心は今後も高まってくるだろう。新たな流通をつくりだす可能性をもつそのほかの熱帯果樹について,次年度も引き続き改訂を予定している。
●カンキツ・マルドリ方式とその団地的運用
2003年に収録のカンキツ「マルチ点滴灌水同時施肥法」通称マルドリ方式は,果実品質の向上とともに省力・軽労化,環境負荷低減の効果も高い。近年,関連技術として「水理設計支援システム」「水分ストレス表示シート」の開発,また「灌水施肥管理基準」が用意されるなど,システムとしての完成度を高めてきている。将来的には,個別樹体の水分や栄養状態,着果状態などに応じた「精密管理」ができる技術に進化させていくことも考えられている。
そうしたなか,個別農家の規模拡大,あるいは水田作で行なわれている集団営農を想定した,マルドリ方式の団地的運用が注目されている。
「これからのカンキツ経営では,産地としての規模や生産量,品質の維持を考えると,水田作で行なわれているような集落営農によって基盤整備,大幅なコスト低減,省力化,作業の効率化などを進めていく必要がある」。そのためにはそうした営農を支えることのできる技術が重要とし,マルドリ方式はそのキーテクノロジーとして期待されている。
本技術の概要とその導入効果を,今後の展望も含め岡山大・森永邦久氏が詳解。実際にマルドリ方式を集団営農に活用する香川県観音寺市のカンキツ生産団地(13戸,36筆2.3ha)の事例を,農工研・島崎昌彦氏に報告いただいた。
●ナシ・流線型仕立ほか
樹形をどう仕立てるかも,果樹の省力・軽労化を進めるうえで重要だが,第3巻に収録のナシ・流線型仕立は作業導線を単純にする一本主枝仕立てで,初心者にも取り組みやすい。その特徴は,5mの大苗(写真2)を植え付け,早期成園化,新品種への挑戦を容易にし,野菜感覚でナシづくりができるようにしたこと。カギとなる大苗育成のポイントと栽培管理の実際を開発者の福田賢二氏(大分県農水研究指導セ)が解説。
そのほか,「ドリフト低減型防除機の特徴と防除効果」では圃場外への農薬飛散(ドリフト)を抑えながら慣行SSと変わらない防除効果を発揮できる新開発機を生研センター・大西正洋氏が報告。機械装備の充実も,規模拡大,集団営農の取組みに欠かせない。
カンキツは隔年結果が激しく,その影響は農家の経営を大きく左右する。連年結果を目指す実践がさまざまなされてきたが,決定打となる対策,技術は見出されていない。そうしたなか,注目を集めているのが「花成制御遺伝子を利用した着花予測」だ。
低温や乾燥,着果,落葉,ジベレリン,幼若性といった花芽分化を促進ないし抑制するさまざまな因子は,これまでフロリゲンあるいは花成ホルモンと呼ばれてきた花成制御遺伝子(FT遺伝子)を通してコントロールされていることが判明(図1,図2)。この発現量は,翌春の着花数と見事に関連し,精度の高い指標になる。まだ実用段階ではないが,翌年の着花数がわかれば必要適切な隔年対策をとることができる。果樹研・西川芙美恵氏による画期的な研究報告。
一方,近年の温暖化で顕在化してきている問題の一つに,落葉果樹の休眠阻害がある。具体的には,果樹が必要とする低温要求量を満たせずに発芽・開花が遅れる事態だが,九州の加温ハウスなどで発生し,ニホンナシでは露地栽培樹でも発芽不良が見られ,問題になっている。
「落葉果樹の休眠と低温要求性」ではそうした事態を前に,自発休眠覚醒期の推定方法や休眠打破とシアナミド処理ほかの発芽促進技術について体系的に記述,対処の方法を示唆する。果樹研・杉浦俊彦氏による12年ぶりの改訂。
●リンゴ精農家事例と紋羽病対策
リンゴ・精農家事例では,‘ふじ’育ての親といわれる青森県の故 斉藤昌美氏に学び,その後独自の剪定法を発展させ,地域の技術を牽引する山形県東根市の清野忠氏を紹介(山形県農林水産部・高橋和博氏)。
リンゴの紋羽病に対して,近年は液状複合肥料や温水点滴灌注処理による耕種的,物理的な治療技術が開発され,注目を集めている。一方で,新たな制御法として注目を集めているのが,マイコウイルスを用いた生物防除である。紋羽病菌は土壌中で菌糸を進展させて病気を拡大するが,その菌糸に病原力を低下させるマイコウイルスを人工的に感染させて,防ぐ。その可能性も含め果樹研・兼松聡子氏が概説。
ナシ白紋羽病・温水点滴処理については岩波靖彦氏(長野南信農試)に枝挿入法の見直しと新しく作成された「圃場診断マニュアル」を,また,長野果試・近藤賢一氏に新たに開発された傾斜地園での温水点滴処理の方法とその治療効果について,それぞれ報告いただいた。