農業技術大系・果樹編 2005年版(追録第20号)


●定年帰農も含めて,高齢者や女性が取り組める新樹型,栽培法,品目・品種を特集

●地球温暖化が果樹栽培に与える影響と対策,台風害対策に関する最新研究

●‘太秋’‘早秋’久々に登場した甘柿の新品種のつくりこなし方,意外にもうかる干し柿を特集

●各樹種に広がる草生栽培の最新研究


温暖化で問題になっているニホンナシ‘幸水’の施設栽培樹の眠り症


目の前で作業ができる一文字広島仕立ての根域制限栽培


1)高齢者や女性が主役の果樹栽培技術の大特集

 『果樹編』は今追録で20号目となった。これを機に,これから数年かけて精農家の事例を刷新していきたい。今回はその第一弾で,カンキツ,ブドウ,モモ,カキをとり上げた。キーワードは「高齢者や女性が取り組める」「低樹高」「産直・直売」「果樹間複合」「安全・安心」などである。

高齢者や女性が取り組める もともと果樹栽培は,成園になれば重労働は少なく,高齢者や女性が取り組みやすいもの。それでもやはり,より快適に作業をしたい。また,「いざ定年帰農を」という人には,安心して取り組める栽培マニュアルがあると助かる。今回はそういった事例を紹介。

温州ミカン 山口県大島町の藤野時弘さん。なんと72歳で,ご夫婦だけで155aの園地を管理している。5年前から隔年交互結実栽培に取り組みはじめ,2002年にはシートマルチも導入し,高糖系温州ミカンの高品質安定生産を実現している(図1)。一般の栽培法より25%も労働時間が少なくなり,遊休樹に必要な夏季剪定も特別なテクニックは不要で,シートマルチを利用することで品質も安定して精神的にもらくになったという。


図1 山口県・藤野さんの交互結実とシートマルチを組み合わせたミカン園

ブドウ 広島県広島市の宮崎孝之さん。‘安芸クイーン’などつくりこなすのが難しい品種を,サラリーマンを退職後数年でつくりこなしている。導入した栽培法は,2003年の追録で紹介した広島農技セの今井俊治先生が開発した「一文字広島仕立て」で,定植して1年目から成園になる技術が開発されていた。わかりやすい「ブドウの根域制限栽培による早期成園化の栽培システム」のマニュアルもあり,短期間で技術を習得できたという。

カキ 三重県多気町の政谷さつ子さん。女性一人で110aの次郎柿園を管理している。これは,次郎柿の各産地で導入されている樹高切下げによって,樹高が3m以内に収めることができているからこそ実現できた(図2)。ただし,極端な樹高切下げによって樹体生理のバランスが崩れて徒長枝が多くなり品質が低下するといった問題も発生しているようで,執筆いただいた三重県中央農改の大野秀一先生がその対策についても紹介。



 カキの低樹高といえば,福岡県農総試が開発した平棚仕立て栽培が注目されている。鳥越郁夫さんは,この仕立法を産地でもいち早く導入して園地の70%を平棚仕立てにしており,今追録で改訂をしていただいた。作業がらくになり省力化できるのはもちろん,果重が大きくなって品質が高まるといったメリットもある。台風が上陸することの多い九州で台風害対策にも貢献している。

果樹間複合,産直・直売 秋田県鹿角市の「北限のもも生産出荷グループ」にご登場いただいた。オーナー制度を核に「産直・直売」にも取り組み,加工にも挑戦している。「産直・直売」では,大阪府大阪狭山市の中村弘道さん。大阪のベットタウンという立地を生かして,全量を直売所で販売している。そのために,多様な作型を組み合わせ,特産の‘デラウエア’はもちろん,‘アレキ’,‘安芸クイーン’やオリジナル品種も次々と育成し約20種と多様な品種をつくりこなしている。そうすることで,6月から9月までの完熟ブドウの販売に成功している。

干し柿 高齢者でも取り組めるものといえば干し柿。中国や韓国からの輸入も多いが,国産の高品質な干し柿には根強いファンがいて,高単価を維持している。今追録では,従来の加工法だけでなく,栽培法も加えて山形・紅柿,庄内柿,山梨・あんぽ柿,長野・市田柿を最新の内容に改訂していただいた。また,市田柿の産地である長野県飯田市の篠田孝雄さんの事例を収録。高齢化が進んでいるなかでも,この市田柿の栽培面積は毎年増加しているという。それは高齢者でもつくりこなせるように機械化を進めたり,作業工程の省力化を図ってきたからである(図3)。



2)地球温暖化によって果樹栽培はどう変わるのか,どうすべきなのか

 果樹栽培農家の皆さんは,おそらく開花が早くなったり,着色が遅延したり,病害虫の発生状況が変化したりなど,地球温暖化の影響についていろいろと気づいておられるだろうが,本格的に大きな影響が出てくるのはこれからのようだ。20世紀の100年間で上昇したのは1.0℃で,これからは30年という短期間で3℃の上昇が予測されている。いったいどのような影響があるのだろう。今追録では,2003年に全都道府県の研究機関のアンケート調査に基づき,果樹研究所が分析・整理したものを紹介。着色の不良と遅延,果実の軟化と貯蔵性の低下,モモのみつ症など障害果の発生,休眠期の低温不足など,温暖化に伴って発生する問題とそのメカニズム,対策が詳細に解説されている。意外だったのは凍害が増加していること。暖地での落葉果樹で多いようで,温暖化といっても冬のほうが問題が大きいことの典型であろう。

 勇気づけられたのは,デメリットだけでなく,寒害が減る,ハウス栽培では暖房費が少なくなる,肥大が向上する,出荷が前進化できるなどメリットもある。是非皆さんの園地で起こっている現象を見直していただきたい。

 なお,気象の変動が大きくなって課題になるのは,生育予測である。そこで今追録では,開花結実期の生育予想法ではモモを,収穫適期の判断についてはリンゴを最新の内容に改訂。また,温州ミカンでは秋の気温が高いために浮き皮の発生が問題になるが,それが発生しにくい温暖化対応品種として注目されている‘石地’を収録。

3)台風害に備える

 さて,昨年は台風害の多い年であった。東北地方を中心に台風に伴う潮害の被害が多かったが,1991年の17号台風を経験していた愛媛県などカンキツ産地では,その経験が生かされていて,十分な対策がとられていたようだ。今追録で収録した「強風害・潮害」は,1991年と1998年の台風害の経験をもとに,被害樹の生理と回復力,被害回避や塩分の洗浄・除去法など回復策が綿密に検討された研究の成果である。また,棚栽培をするナシで棚の鋼管補強と果実袋の枝がけというコストのあまりかからない台風害対策も紹介した(図4)。



4)有望新品種をつくりこなす

カンキツ 温州ミカンでは先の‘石地’。晩カン類では,ポスト‘伊予柑’品種として,‘はるみ’(2000年に収録)に続いて栽培面積をのばしている‘せとか’を収録。品質では施設で栽培される‘アンコール’や‘不知火(デコポン)’をしのぐという。隔年結果性が強いこの品種のつくりこなし方を詳細に解説していただいた。また,高単価で販売できるが,酸高果実が問題になってきた‘不知火’についても,施肥方法の改善,籾がらを利用して土壌水分を保持するなど,最新の内容に改訂していただいた。

カキ 甘柿では久々に,‘太秋’‘早秋’など有望新品種が登場している。まだ新植したばかりの方々も多いと思う。試験研究も始まったばかりだが,いち早く「優良新系統のつくりこなし方」のコーナーを新設してこれまでの試験研究の成果をご報告いただいた。‘太秋’では交互結実栽培,平棚仕立てなど新たな栽培法も検討されている。なお,渋柿では生産が不安定だった‘西条’について,島根県農技セの倉橋孝夫先生が高品質安定生産技術をまとめており,このコーナーに収録していただいた。

5)環境保全型果樹栽培への転換

 1998年の追録15号で第8巻に「草生栽培」のコーナーを新設したが,その後も各地で導入が広がっている。今追録ではそれらを支援する最新研究を収録。まずはアレロパシー(他感作用)。へアリーベッチは広葉雑草を中心に抑草効果があり,導入後,除草作業が年間1回ですむようになっていることが多いという。農環研の藤井義晴先生の研究で,抑草効果を及ぼす他感物質がシアナミドであることが解明されている。へアリーベッチはキウイのかいよう病の発生を抑えたり,園地の天敵相を豊かにするなどさまざまな効用があることが解明されている。もうひとつ,今回の新発見は,リュウノヒゲなどいくつかの在来植物にもサルチル酸などの他感物質が豊富に含まれることが明らかになったこと。

 また,神奈川県農技セの柴田健一郎先生には,ナギナタガヤの有機物生産量は10a当たり900kgになり堆肥2t程度の有機物量になることや,無機成分量などの研究を紹介していただいた。さらに上記のへアリーベッチを中心に広がるカキでの草生栽培法を収録。除草剤や殺菌剤など化学合成薬剤の使用を削減した環境保全型果樹栽培への転換に大きく貢献するものと期待が高まる。

 ポスト臭化メチル対策で開発されて注目のクリの温湯消毒装置(発売:株・タイガーカワシマ)も紹介(図5)。水稲の種子温湯消毒装置を応用したもので,50℃―30分の処理でクリシギゾウムシなどの害虫が防除でき,品質にも影響を与えない。なにしろ低コストなのが魅力である。


図5 クリ温湯消毒機500Lタイプ

 収量が低迷しているなかで施肥量が多くなり,過剰施肥による地下水汚染が問題になろうとしているナシでは,2割の減肥が可能な4回の分施法を提案する茨城の折本善之氏の研究を紹介。