農業技術大系・花卉編 2022年版(追録第25号)


●草花・ハーブを経営にプラス

 野山で摘んできたようなフラワーアレンジメントのスタイル「シャンペトル(フランス語で田園風)」やホームユース需要などにより,草花・ハーブ類への注目が集まっている。なかでも,ススキやエノコログサなどのイネ科植物(グラミネと呼ばれる)やナズナなど,より野趣あふれる品目が脚光を浴びている(写真1)。生産者のなかにも,カーネーションやシュッコンカスミソウなどの大品目中心の経営に加えて草花・ハーブ類を導入する動きが出てきており,(株)大田花きのデータによれば,草花類はここ5年間で取扱い本数も金額も右肩上がりである。草花類は露地(写真2)や既存の施設での無加温栽培が可能であり,季節感を味わうことができる。

写真1 福島県・菅家博昭氏の出荷する草花(写真提供:菅家博昭)
 ススキ,エノコログサなどイネ科植物が目立つ


写真2 露地草花圃場(写真提供:菅家博昭)
 露地栽培であれば,雪に備えてハウスを解体・再建する必要がない


 今回の追録では海外を含めた草花類全般の流通事情を(株)大田花き花の生活研究所の内藤育子氏にまとめていただいた。また,草花類を多品目出荷する際の工夫を福島県の菅家博昭氏に,ほかの品目に草花類を取り入れた経営や周年出荷に向けた品目選択などを千葉県の岩田秀一氏,長野県の梨元茂氏などの実際家たちに紹介していただいた。

●アジサイ―切り花の技術と鉢花育種

 近年アジサイは鉢ものが母の日などの贈り物の定番となり,切り花とともに需要は増加傾向にある。鉢ものでは「希少性が高い」「より豪勢に見える」「花粉が落ちないため汚れない(葯が萼片に変化しているため)」といった理由から八重咲きのアジサイが好まれている(写真3)ほか,観賞時間の長さや育てやすさなどを追及した育種(写真4)が進んでいる。

写真3 栃木県育成品種‘エンジェルリング’(写真提供:小玉雅晴)
 八重咲きの萼型アジサイ。花色が安定しやすい血統から育種された


写真4 (有)フローラトゥエンティワン・坂嵜潮氏育成のラグランジアシリーズ(品種:ブライダルシャワー)(写真提供:坂嵜 潮)
 側芽にも花がつくため枝を整えやすい


 今回の追録では,高冷地を中心に栽培が広がる切り花アジサイの生育・生理の記事を岡山大学の北村嘉邦氏に改訂していただくとともに,近年育成された鉢もの用品種(4種)と育種の着眼点について,それぞれの育種者である栃木県農業試験場の小玉雅晴氏,島根県農業技術センターの加古哲也氏,元福岡県農林業総合試験場の巣山拓郎氏,(有)フローラトゥエンティワンの坂嵜潮氏に紹介していただいた。

●畦畔・遊休地を利用した花木・枝もの栽培

 定年農家や直売農家などによる畦畔・遊休地を使った花木・枝ものの栽培が広がりを見せている。花木・枝ものは,1)傾斜地や肥沃でない土地でも栽培可能である,2)特別にむずかしい技術が不要で手間がかからない,3)毎年収穫しなくてよいなどの特徴がある。

 今回の追録では豪雨による被災した農地でのアジサイ栽培の事例(写真5)をファーム市ノ貝の塩見和広氏に,畦畔を利用したケイオウザクラ栽培(写真6)について岡山県の岸浩文氏に,耕作放棄地での枝もの栽培・産地づくりの事例を茨城県の石川幸太郎氏にまとめていただいた。

写真5 豪雨による被害をうけた農地を利用したアジサイ栽培(写真提供:塩見和広)
 寒冷紗を利用して,開花を促進させ茶枯れを防ぐ


写真6 畦畔を利用したケイオウザクラ(矢印)の栽培(写真提供:岸 浩文)
 切り分けた枝を木槌で打ち込む。他の農作目の陰にもならず,サクラも湿害を受けにくい


●日持ちを向上させる品種と栽培技術

 花の日持ち保証の取組みは10年ほど前からスーパーを中心に行なわれてきたが,花の日持ちに対する農家の意識が確実に高まり,収穫後の管理が見直されつつある。一方で,資材(品質保持剤)代がかさむため,それらのみに頼らない技術が求められている。栽培時の炭酸ガス施用によるトルコギキョウの日持ち性への影響について長崎県農林技術開発センターの池森恵子氏に,日持ち性を向上させるダリアの育種(写真7)について農研機構野菜花き研究部門の小野崎隆氏にまとめていただいた。また,炭酸ガス施用によるトルコギキョウ栽培事例を長崎県農林部農政課の渡部美貴子氏に紹介していただいた。

写真7 日持ち性ダリアの品種‘エターニティルージュ’(右)と一般品種‘ポートライトペアビューティ’ (左)との 6,9,12日目における日持ち性の比較(写真提供:小野崎 隆)
 ①6日目,②9日目,③12日目


●香りを売る―花農家の六次産業

 花や枝ものの加工販売は,花卉に付加価値を与えるだけでなく品目の認知度を向上させることにも繋がっているため,花農家の六次産業化による取組みに注目が集まっている。今回はオージープランツの苗木の香りに注目し,エッセンシャルオイルや芳香蒸留水を販売している三重県の農家のタナカ園芸の事例を三重県中央農業改良普及センターの櫻井ゆきみ氏に紹介していただいた(写真8)。

写真8 タナカ園芸が商品化した,芳香蒸留水を精製できる道具「ハービック」(写真提供:櫻井ゆきみ)


●品種・販売の最新技術

 胚珠培養によるマーガレットとさまざまな花の属間雑種育種(写真9)について静岡県農林技術研究所伊豆農業研究センターの勝岡弘幸氏に,シュッコンカスミソウの近年の品種・系統と栽培特性について福島県の菅家博昭氏にまとめていただいた。

 また,緑化植物の流通を促すための見本展示(写真10)について公益社団法人千葉県園芸協会種苗センターの柴田忠裕氏に,販売輸出・摘取り園・遊休地での栽培を中心に据えたダリア生産・販売の工夫について福島県塙町役場の吉成知温氏に紹介していただいた。

写真9 マーガレットとローマンカモミールの属間雑種‘伊豆49号’(写真提供:勝岡弘幸)


写真10 千葉県園芸協会種苗センター植木見本園の区画(写真提供:柴田忠裕)