農業技術大系・花卉編 2019年版(追録第22号)


 近年,ハウスの環境制御に使われる小型センサ・機器類が安価になったことで,小規模・多品目生産の農家にも環境制御技術の導入が進んできた。そこで今号では鉢花や花壇苗とバラの環境制御技術,またそれら技術を経営に合わせて導入している農家のICT(Information and Communication Technology)化事例を特集した。

●花の環境制御技術,ICT活用

 鉢花・花壇苗では,「根域を加温・冷却できる環境制御装置の開発」(窪田聡氏・日本大学),図1)「局所温度管理による周年生産」(岡澤立夫氏・東京都農林総合研究センター)や「ベゴニアの夜間冷房処理による開花調節」(中島拓氏・千葉県立農業大学校),低コストとなる効率的な温度管理技術「EOD処理」(鉢ものアジサイ)(田島明美氏・群馬県農業技術センター)を収録。局所変温管理ができれば同一のハウス内でも多品目生産が可能となる。



図1 根域を加温・冷却できる環境制御装置(N.RECS)による鉢栽培


 環境制御による増収が注目されているバラ切り花生産では,「CO2の長期・長時間施用の効果」(奥村義秀氏・愛知県農業総合試験場)を収録。現在,CO2施用をする農家が増えているが,それが収量・品質の向上につながっていない事例も多い。そこで,効果的な施用方法および施用期間,施用時間帯の延長を目指して試験を行ない,季節に応じた効果的なCO2施用のやり方を提案。

 施設園芸のICT化は,「環境計測制御によるスマート施設園芸」と題して星岳彦氏(近畿大学)に解説していただいた。環境計測の基本から導入の手順までの概要がわかる。

 実際のICT化は,スマホをつかって遠方の圃場(山あげ専用)を遠隔管理する島根県の曽田寿博さん(鉢もの,図2)と,複合環境制御装置を自作することでコストを抑え,病害の発生も予測する岡山県の木下良一さん(スイートピー切り花)の農家事例を収録。曽田さんは,ネット通販で手軽に入手できる機器とスマホのアプリケーションを組み合わせて安価に装置を自作している。今後,人件費を削減しつつもそれぞれの品質を確保・向上させるためにICTの技術はより一層広がっていくものと思われる。星氏によれば「中小規模施設を大規模施設並みの生産性に引き上げられるのはICTの有効活用がカギになる」。



・排水通気に特化した用土の開発
・排水通気の良い8スリットポットの使用


  ・トレーを地面から浮かせ風通しを良くし乾きやすく
  ・散水量をチェックし並べ方を調整

          図2 スプリンクラー灌水に対応するための工夫


●わき役を経営品目に

 花消費の閉塞感を打開するさまざまなアイデアを集めた。農家事例は,草花のイメージだったスカビオサを独自の育種開発によって周年の切り花品目にまで育てあげた長崎県の寺尾祐輔・良子さん(図3),市場出荷から地元密着のイベント型経営(多肉植物)に切り替えて経営の安定化を図る愛媛県の佐伯祐介さん(図4),近年人気の銀葉アカシア(ミモザ)で「花もの」と「切り枝」の両タイプの出荷でリスク分散を図る静岡県の山村敬一さん(図5)を紹介。そのほか,世界をリードする日本のスイートピー育種を栁下良美氏(神奈川県農業技術センター)と中村薫氏(宮崎県総合農業試験場)に,「香り」に着目したバラ,ユリ,ペチュニアなどの育種の可能性を大久保直美氏(農研機構野菜花き研究部門)にご執筆いただいた。



◎スタンダードな形のテラシリーズ◎花弁がトップまで開いて花全体でボール状になるテマリシリーズ

‘イチゴミルク’
 ‘ラオゥリエール’
  
◎花弁がトップまで開いて花全体でボール状になるテマリシリーズ
‘テマリマドカ’‘テマリワイン’
  
◎花弁のフリンジが人気のフリフリシリーズ◎個性的で話題性に富むちょんまげテマリシリーズ
‘フリフリピンク’‘ちょんまげ市助’

           図3 寺尾さんが育種した切り花スカビオサの品種




ホームセンターに呼ばれての出張寄せ植え教室
 お客さんが寄せ植えに使うさまざまな色や形のミニ多肉植物
  

できあがった寄せ植えの作品

寄せ植え教室のほか,直接販売のために農園では一つのトレイにさまざまな種類がさまざまな大きさで生産されている。その場で選んで買うことができる

           図4 寄せ植え教室などを取り入れたイベント型経営



 

       図5 銀葉アカシアの優良系統(左)と好ましくない系統(右)

        優良系統は花芽が多く,芽先が固まっている。好ましくない系統は,芽の生長が継続し花芽が少ない


●日持ちと品質管理

 切り花で先行している日持ち技術だが,現在は鉢ものでも研究が進められている。花壇苗の品質管理を「塩化ナトリウムと液肥による花壇苗の出荷前処理」と題して虎太有里氏(奈良県農業研究開発センター)に解説していただいた。NaClと液肥の混合処理で棚持ち性が向上,消費者に届いてから品質向上効果も期待できる。

 ダリア切り花は短日期の露心花(舌状花数が減少)が問題となる。露心花を防ぎつつ生産性も確保した冬春季の電照(長日処理)方法について,「電照方法が開花と切り花品質に及ぼす影響」と題して瀬戸山修仁氏(福岡県農林業総合試験場) に解説いただいた。さらにダリアは「挿し穂の貯蔵」(後藤丹十郎氏・岡山大学)を収録。これまで挿し穂の長期貯蔵は困難だったが,発根直前の挿し穂の基部の葉を取るなど,長期貯蔵を可能にする技術が開発された(図6)。


図6 発根直前の挿し穂の基部の葉を取ると長期貯蔵が可能となる

 基部がふくらんだ後,発根が始まる


 そのほか,植物成長調整剤処理によるファレノプシスの品質向上技術(二村幹雄氏・愛知県農業総合試験場),バラ切り花の日もち技術(本間義之氏・静岡県立農林大学校)を収録。バラは固めの切り前だと消費者が活けた際,十分開いてこないという問題があったが,緩めの切り前で収穫しても日持ち日数は十分長く,とくに冬季は春~秋よりも緩めに収穫したほうが内側の花弁までしっかり開くことがわかった。バラの魅力を伝えるためには,切り前の検討も視野に入れたい。(図7)


図7 緩めの切り前で収穫しても日持ちは十分

 異なる切り前で収穫したバラ‘サムライ08’の生け花10日後のようす(左から3日後,2日後,1日後,収穫適期,1日前,2日前,3日前)。適期以前に収穫した場合は十分に咲いてこない。エチレン反応を抑えれば,緩めの切り前で収穫しても日持ち日数は十分長い


●バラ,ランの技術情報

 このほか,「野生ランの保護と増殖」(谷亀高広氏・瑞穂町郷土資料館(東京都))「ランのウイルス病」(近藤秀樹氏・岡山大学),「バラ切り花栽培の品種・技術の変遷」(林 勇氏・元神奈川県農業総合研究所),「バラの根頭がんしゅ病耐性台木」(落合正樹氏・岐阜大学)を収録した。