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日本のキク取扱量は世界一。キクは日々欠かせない花としてスーパーや花屋,直売所で人気の商品だ。これまでキクといえば,葬儀や供花需要が中心だったが,近年,人々のライフスタイルの変化や量販店での花販売の拡大などにより,新しい需要を目指した動きが活性化している。
そこで,本追録ではキクのメイン品種の栽培体系から,世界の動向,経営戦略,そして,全国のトップ生産者17例を収録。輪ギク・スプレーギク・小ギクそれぞれを網羅した内容となっている。
最近,「アジャストマム」「エコマム」などと呼ばれるキクの新しい出荷方法の取組みが軌道に乗りつつある。これは生産段階で消費者や業者がつかうサイズにあらかじめ調整して出荷するという取組みである。キクの生産・消費状況と規格・品質について,伊藤健二氏(愛知県農業総合試験場東三河農業研究所)にまとめていただいた。
キク生産量日本一の愛知県の栽培特性と経営形態は池内都氏(愛知県農業総合試験場)に解説していただいた。直挿しや2度切り栽培,環境制御など,収量増・周年化を支える各種技術の概要がわかる。
オランダを含む世界のキク産業の状況については,川田穣一氏(富山県南砺市園芸植物園)に解説していただいた。世界的には,キク切り花の取扱い金額は年々増加し続けている。アメリカやヨーロッパでの栽培と育種の歴史も詳述。
近年関心が高まるアジア諸国のキク産業の状況については,海外情勢に詳しい菊池和則氏(株・デリフロールジャパン)が解説。生産量の多いマレーシアをはじめ,ベトナム,中国などの生産状況,国別の生産動向を詳述。
育種の動向と課題については柴田道夫氏(東京大学)に解説していただいた。メイン品種の変遷や新しい洋ギクの傾向などもわかる。
輪ギクは,従来の等級(重量)重視のつくり方に加え,量販向けサイズを多収することや,トマトやイチゴなどで先行している環境制御技術の導入についての関心も高くなっている。
まず,電照栽培の秋ギクでもっとも多くつくられている‘神馬’の栽培体系については永吉実孝氏(鹿児島県農業開発総合センター),低温開花性系統神馬2号と新神系品種(半無側枝性,低温開花性)については,今給黎征郎氏(鹿児島県農業開発総合センター)に解説していただいた。
生産者事例は,まず,北海道・桑原敏さん。‘精の一世’を中心にハウスの有効利活用で出荷期間の拡大をはかる。続いて,量販向け輪ギクの事例は長野県・大工原隆実さん。ブームスプレイヤーなど,防除機械も積極的に導入し,大規模経営を目指す。静岡県・木本大輔さんは白色花と有色花を組み合わせた周年生産で,一部ディスバッドマムにも取り組む。愛知県の河合清治・恒紀さんは大苗直挿しと環境制御による生産性の向上。同県の山内英弘・賢人さんは環境データの「見える化」への取組み。親子で同じ環境データを見,共有することで意見交換がしやすくなったとのこと。福岡県・近藤和久さんは‘神馬’と‘優花’‘精の一世’の経営。白さび病対策や日持ち対策,雇用スタッフの作業の振り分けの工夫など。沖縄県・親川登さんは,輪ギクと小ギクの組合わせで労力の配分をはかっている。
スプレーギクは多用途に使えるため人気があるが,高需要期を中心に輸入に頼る状況(全取扱量の約4割)にあり,生産コストを下げる努力が続けられている。最近はスプレーギク品種を1本に仕立てたディスバッドマムでホームユース(インテリアなど)需要を開拓する動きもある。
生産者事例は次の通り。栃木県・君嶋靖夫さんは,自家挿し穂の確保と籾がら専用の暖房機の導入による低コスト化で周年安定生産を実現。群馬県・荒木順一さんの労力は夫婦2名。2週間ごとの直挿し定植で労力に見合った効率的な経営を行なっている。ディスバッドマムなどの新しいタイプの生産は愛知県の藤目方敏・健太・裕也さん。厳寒期の花色の退色やボリューム不足対策として炭酸ガス施用を実施(写真1)。「マム」生産で国産シェア奪還を目指す。和歌山県・厚地恵太さんは変温管理と多層性高断熱被覆資材で冬季省エネ栽培に取り組む。鹿児島県・沖永良部島の三島澄仁さんはLEDと発電機の導入による安定生産に取り組む。これまで島では台風による停電で電照栽培が困難だったが,省エネのLEDと発電機,平張り施設の利用でこの課題を克服。同県・桑元幹夫さんは変温管理で省エネ・高品質生産。可動式のヒートポンプを従来の燃油暖房機と併用,生育ステージに応じてハウス間を移動させることでコスト削減をはかっている。
写真1 愛知県の藤目さんが自分で設計した炭酸ガス施用装置
ダクトによる局所施用で炭酸ガス施用をムダなく効かせる。真冬の日中はハウスの天窓が開かないことが多く,施設内の炭酸ガス濃度が外気の濃度を下まわり,光合成速度の低下により,ボリューム不足や花色の退色が起こりやすい
①炭酸ガス発生装置の吹出し口にブロアーを設置
②発生した炭酸ガスをダクトに集める
③ダクトから各ベッドのネット上に設置した穴あきの
ポリエチレンチューブに分配し,生長点付近に施用
近年,小ギクは市場からの引き合いが強く,東北や茨城県,奈良県をはじめ,全国的に動きがみられる。これまでの栽培は,多品種を定植して「物日(高需要期)に当てる」という経営が一般的だったが,露地栽培のため,開花期が毎年不安定という問題があった。今号では,夏秋小ギクを物日ピッタリに出荷する「露地電照」の解説や,「暮植え」などの農家の省力技術の実際を紹介。
電照栽培による夏秋期の小ギク安定生産については森義雄氏(岡山県農林水産総合センター)と住友克彦氏(農研機構野菜花き研究部門)に解説していただいた。数ある小ギク品種のなかから電照がよく効く品種もわかってきた。その他,冷涼地の技術体系は山形敦子氏(秋田県農業試験場),同様に中間地は鈴木一典氏(茨城県農業総合センター園芸研究所),暖地は仲照史氏(奈良県農業研究開発センター),極暖地は渡邊武志氏(沖縄県農林水産部)が解説。暖地や極暖地では台風や害虫対策として平張り施設の導入も進んでいる。
生産者事例は次の通り。福島県・川上敦史さんは8~9月の物日に露地電照栽培で夏秋需要期出荷を実現。少ない品種数で計画生産する道筋がみえてきた。茨城県・鶴田輝夫さんは露地電照栽培に2000年から取り組んでいる。鶴田さんの品種選定基準は,電照反応がいいこと,フォーメーションが崩れないこと,到花日数の変動が少ないことなど。福井県・松田裕二さんは挿し芽育苗を不要とする「暮植え」栽培に取り組む。降雪前に定植し,消雪直後に不織布で冬至芽を保護することで増収が見込める栽培法だ。夏秋期小ギクの生産量日本一を誇る奈良県は米田幸弘さんの事例。多品種と露地電照,平張り施設,さらに標高差や施設を用いることで長期安定生産を実現している。
春季を中心に全国で猛威をふるう白さび病。原田陽帆氏(鹿児島県農業開発総合センター)に硫黄剤利用や除湿,紫外線照射,湯温処理(写真2)などの耕種的防除も含め,解説していただいた。焦眉のウイルス,ウイロイド対策については松下陽介氏(農研機構野菜花き研究部門)による執筆。
写真2 白さび病対策の温湯処理のようす
①温湯処理装置を使用して48℃のお湯に1分間浸漬する(水稲用のものなどを使用)
②処理後は水道水に浸漬して種苗の熱をとる
③④熱を取ったら余分な水分を切り,2日間暗黒下に置いて管理する。定植後マルチ被覆したようす(③),室内での管理のようす(④)
⑤マルチをはずしたあとは通常の栽培管理をする
LEDなどの新しい光源も開発され,農家の関心が高い光の制御。今号ではキクの光周性花成のしくみと電照の最適化への展開について久松完氏(農研機構野菜花き研究部門)に解説していただいた。ほか,種子の登熟段階で胚が低温に感応するという現象,いわゆる登熟期のバーナリゼーション効果について後藤丹十郎氏(岡山大学)が解説。品目はトルコギキョウとブプレウルム。