農業技術大系・花卉編 2010年版(追録第12号)


1.輸入攻勢に対抗する

●日本の花はけっして過剰ではない

 切り花の輸入金額は2008年に292億円になり,輸入切り花の売上シェアは従来の8%から13%になった。しかし,これを冷静に受け止めて対処するしかない。今追録で収録した「花卉の国際動向と日本の花卉の輸入の実態」で海下展也氏は「コロンビアの生産者は各輸出先に必要な認証を取得しているだけでなく,独自の環境認証制度(Florverde―緑の花)ももっている。冷蔵コンテナを利用した船便による輸出で輸送費をさらに削減し始めている。オランダでは,日本で使う同じ容量の箱に2倍以上の本数を詰めて(写真1)出荷経費の削減を徹底するなど,消費者に届くまでに使用された二酸化炭素量を表示した花卉販売へと変わる初期段階が始まっている」と述べている。

写真1 オランダでの切り花の箱詰め
日本で使う容量の箱に2倍以上の本数が詰められている

 さらに,花は「本当に供給過剰なのだろうか。東京にある有名花店が100万本のバラとヒマワリフェアを企画したが,市場に頼んでも集め切れなかった。花は供給過剰ではなく,情報不足のうえに,勘で相場を張ってきた結果,経営が苦しくなり生産を縮小せざるを得ないのである」など。

 では,いま私たちはどのような選択をすべきなのだろうか。

●花もマーケティングの時代

 次いで「花色によるマーケティング」(宍戸純氏)。株・大田花き市場での調査によるもので,「都市部の専門店には花木や実つきの葉ものを使ったナチュラル感たっぷりの商品が並んでいる。グリーンの多い商品が売れている。それに対して地方の専門店は各色バランスよく購入している」など花店や地方で明らかな違いがあるという。

 色のトレンドでは,「土の茶色や樹々の緑に代表されるアースカラーやワインレッド,黒などに代表されるシックなアンティークカラー,マット感(グレーを帯びたつや消し調の質感)のあるものや光沢のある高い質感のものに人気がある」。しかし「トレンド色というものはいわば“仕掛けられた色”と捉え,意図的に仕掛けることによって,業界内トレンド色が生まれてくる」と述べる。

 そして,「色の心理効果と花色」(ヨシタミチコ氏)で,色とは何か,それらが人の心にどのように動かすのかを解説していただいた。育種や品種の選択,販売戦略などに活用していただきたい。

 さて,光沢があり高い質感の代表であるクリスマスローズは,香りのあるH. liguricusも登場するなど,次々と新たな原種が見出されて魅力を高めており,全面改訂。切り花栽培に成功している北海道新ひだか町の花工房夢織も紹介。

●小さな産地の新たな挑戦

 第4巻の「産地・経営戦略事例―切り花」では2つの産地の取組みを紹介した。

 滋賀県の小ギク産地は,関西の仏花の利用調査で,加工業者の「切り落とした茎や葉はすべてごみになる。この処分に年間200万円の経費がかかる。できれば40cm程度のものを」という声をキャッチし,短茎栽培技術を開発して産地を再興。

 次いで岐阜県飛騨地域のJAひだ花卉出荷組合。市場との意見交換から「今後は草丈よりも,日持ちや発色などが重要になる」と予測し,これに向いた大輪の輪ギク品種に‘飛騨黄金’を選択。小売店との契約販売,出荷予測に基づく契約出荷など,経営安定のための手立てを万全にして山間の産地が活況を取り戻してきた。

●花の魅力を高めて消費拡大

 「花卉市場からの花香の提案」では,各種ランやユリ類など球根類,ライラックなど主要な素材の香気成分と香りの特徴が集大成された。これを活用して花の魅力をさらに高めていきたい。

 ユリの‘カサブランカ’では悪臭を抑制する資材も開発されて,需要が拡大できると期待されている。そのほか,香りシクラメンの育種,アッサムニオイザクラ,チョコレートコスモス(元岡山大学の小西国義氏)なども収録。

 花の魅力を高めるものとして欠かせないのが,鉢花では鉢と用土。まず鉢だが,名古屋園芸の小笠原誓氏は,北大路魯山人の「食器は料理の着物」の言葉を借りると,「鉢は花の着物」とし,江戸時代の鉢の使い方を再評価すべきだという。

 また植込み資材では,土を見せないように「化粧砂」やフラワーデザインに使用する素材を流用する工夫が施されてきた,など現在の活用法を紹介していただいた。

2.花卉栽培の新たな方向を提案

●日本の環境に合った植物を利用した花の経営

 いま注目の生産者2人を紹介した。ひとりは福島県南会津町の「月田農園」(月田禮次郎氏)。標高700mの林間で自生のヒメサユリなどを利用した切り花栽培を続けて,すでに開園50年になる。

 もう1人は和歌山県田辺市龍神村の森林工房大江(大江英樹氏)。大江さんは100haの山林で林業経営を営みつつ,林地に自生するシキミやサカキ,コウヤマキと黄金ヒバも導入して,無農薬枝もの生産の周年供給体制を確立している。

 また,「センノウとその仲間」も第9巻に収録。エビセンノウ,マツモトセンノウなどは絶滅危惧種に指定されているが,この切り花栽培が始まって評判を呼んでいる。

●新たに登場した見直したい素材

 ヒペリカム,ベリー類,クラブアップルなど実もの類を収録。これら実ものに人気がでてきたのは,花に負けない素材がつくられてきたことと,「自分でつくって食べる」という園芸の新しい楽しみ方が普及してきたからだとされる。

3.花き栽培の品質向上・省力化に向けた最新技術と動向

●ユーストマの稚苗(若苗)定植,輪ギクの大苗直挿し・低温性品種の利用など

 切り花の生産者2人を紹介した。まず福島県の「花職人Aizu」の湯田浩仁さん。ユーストマの稚苗(若苗)定植を導入して,定植後のロゼット化回避や早期抽台を抑えてユーストマの夏秋収穫を安定させることができた。稚苗(若苗)定植は,冷房種子などの処理ができる育苗という技術と,直まきで発揮されるゴボウのように真っ直ぐ伸びる直根の形成という2つの方法の要素を組み合わせた画期的な方法である(写真2)。

写真2 ユーストマの稚苗(若苗)(長野野菜花き試,2005)
左:稚苗定植,右:通常育苗

 愛知県の河合清治さんは,輪ギクの大苗直挿しで年間3.5作にまで施設利用率を高めている。また,自ら育成した‘神馬’芽なし系統や電照を蛍光灯に変えることで大幅なコスト削減も実現。

●省エネ対策――第2弾

 原油価格はまた通常の価格にまで戻ってきた。しかし,まだまだ手綱を緩めるわけにはいかない。

 バラのトップ産地,山形県寒河江市の「有・オキツローズナーセリー」は,ヒートポンプ(以下,HP)に加えて細霧冷房装置,循環扇,炭酸ガス発生装置,温湿度測定機器など,さまざまな環境制御装置を使いこなして,寒冷地帯の冬期寒冷・小日照とともに,夏期の高温多湿の克服にも成功している。

 三重県の大仲弘紀さんは,HPに循環扇と除湿機を組み合わせて,冬場の暖房,7月上旬から9月までの冷房,梅雨時期の除湿など総合的な活用法を開発。その効果やコストなどが詳細なデータによってまとめられている。さらに福井博一氏(岐阜大学)による全国の生産者の利用を集大成したHPの総合利用なども収録。これらの情報を是非活用していただきたい。