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●「生産者育種」を支援する―第5巻「育種」のコーナーの大改訂第3弾
●急増する花の輸入攻勢に備える―日本でもいよいよ発足したMPS認証制度やアフリカの生産状況を詳細に報告。輸入攻勢に対応する鮮度保持技術や流通技術を特集
●LEDや緑色蛍光灯など光の利用,栄養診断に基づく鉢もの生産,わい化剤を使わない花壇苗生産など最新技術を紹介
●シクラメン,クレマチス,ダリア,多肉植物の品種情報が最新に
●ファエトレードやMPS認証を受けた切り花の輸入が始まる
近年,切り花の輸入が増加しているが,日本も,切り花生産が消滅したアメリカの後追いをするのではないかと危惧されている。昨年の10月には,フェアトレード切り花(MPSの認証も受けている)の輸入も始まった。そこで今追録では,FAJの白川裕氏にフェアトレード切り花の輸入元のアフリカの花卉産業の状況を紹介していただいた。
「ケニアや南米の生産者の多くは欧州マーケットへの出荷を主にしているために,MPS(花卉産業総合認証プログラム)に加入している生産者が多い」。フェアトレードは,「コーヒーやバナナなどを生産する途上国の小さな農家や農園労働者を支援するために始められた運動。欧州ではほとんどの大手スーパーマーケットチェーンがフェアトレードフラワーを導入済み」だそうで,「MPSの環境をキーワードとした切り花の商品化から,MPS参加を条件としたフェアトレード認定を受けた切り花という一歩進んだ商品化へと進化を遂げた」と述べている。
●日本でも始まったMPS
そうしたなかで,日本でもいよいよ2006年8月にMPSジャパンが設立された。そこで岐阜大学の福井博一氏に,その意義や課題などについて解説していただいた。
MPSは国際的な認証プログラムで,2005年現在の参加国は35か国。「MPS-ABCは花卉生産での環境に対する取組み姿勢を認証するプログラムで,認証を受けるためには登録者は生産過程における農薬や肥料,エネルギー,水,廃棄物の各データを4週ごとにMPSジャパンに提出する必要がある。MPSジャパンのロゴマークが付くことによって〈安心・安全な国産花卉商品〉であることを保証できる」と力説する。
さらに,「MPS-ABCを継続することによって,生産者は農薬や肥料,エネルギーなどの年間使用量を把握することができる。MPSジャパンによって登録者から提出されたデータが分析されるが,登録者はその結果を基に,農薬の使用状況などを認識できるため,生産経費の低減が実現できる」という。
昨年の追録では日本の先進的な切り花産地と生産者を紹介した。今追録では,鉢ものと花壇苗の産地の生き残り策を紹介している。
鉢もの産地では,オセアニアの植物を導入した鉢もの生産で名高い福岡県田主丸のT.I.U.など3つの産地経営戦略事例を収録。
●環境と消費者に配慮した花卉栽培
T.I.U.はレケナウルティアで新品種‘初恋草’を育成するなど,オセアニア原産の多様な花木類を導入して,鉢ものの新商品を次々と開発してきた(図1)。この間の数々の育種やその商品化の歩みを詳しく紹介していただいた。
花壇苗では,大阪府の(株)斉藤農場と群馬県のサトウ園芸の生産者事例を収録。斉藤農場の苗は揃いがよく均質で(図2),消費段階での生育がきわめてよいという。わい化剤によって強制的に伸長を抑えるのではなく,露地の条件を利用して,一定の時間をかけてしっかりとした品質の苗がつくられているからである。サトウ園芸でも,灌水のタイミングを細かく調整することなどで,わい化剤を使用しない苗生産を実現している。
両者ともに店頭での見かけではなく,購入した苗を育てる消費者の立場に立った商品づくりをしているのは評価したい。また,京都府農総研の末留昇氏に,施肥や灌水方法,光質制御などによる花壇苗の「わい化剤を使用しない草丈コントロール」を紹介していただいた。必見である。
なお切り花では,17名の部会員全員がエコファーマーに認定された静岡県浜松市のガーベラ部会の代表,藤野一好さんの事例を紹介した。フェロモン剤,被覆資材,黄色蛍光灯など減農薬のためのさまざまな手法が紹介されている。
なお,市川和規氏に,高キチナーゼ活性細菌(シクラメンの苗立枯病や炭疽病などに効果),内生放線菌,弱病原力Fusarium subglutinans HPF-1株(シンビジウム)など現在開発されている花卉の生物防除法を紹介していただいた。
●進化する鮮度保持技術
バケット流通の普及に伴って切り花の鮮度保持技術は急速に進化している。そこで市村一雄氏に「切り花の保管・輸送技術」をまとめていただいた。予冷から,MA包装や減圧保管(切り花をプラスチックフィルム袋に入れて袋内を減圧・密閉して保管する方法),蕾切り,開花調整処理など最新の技術が紹介されている。
「品質保持剤の活用法」も全面改訂(宇田 明氏)。STS剤の効果があまりにも劇的であったために,どんな花にも効果があると誤解されているという。しかし,STS剤が有効なのはエチレンで花弁のしおれや落花などの老化が促進される種類だけとのこと。そこで,非STS剤商品も詳しく解説。その一つ,1-MCPは,リンゴなどの果実の老化抑制剤として農薬登録申請中。作用はSTSと同じと考えられているが,スイートピーなど多様な切り花に日持ちの延長,落花防止効果が認められている。その他,糖類と無機イオン,抗菌剤などが成分の新資材も紹介。さらに日持ちをさせるために重要な後処理剤についてもとり上げている。
●高品質生産を支える技術
栃木農試が開発した鉢ものの簡易栄養診断に基づく施肥管理を収録した(高橋栄一氏)。また,この方法をいち早く導入して各品目で高品質生産を実現している,栃木県の菱沼軍次さんのシクラメンの事例を改訂していただいた。土壌溶液と植物体の樹液診断の方法が分かりやすく解説されている。
一昨年から,第5巻の育種のコーナーの充実を図ってきたが,今追録では,花色,花形,葉色,草型,芳香性などの「育種目標」のコーナーを最新の研究に基づいて全面改訂した。この情報を皆さんの育種に活かしていただきたい。
「育種の着眼点と実際」で加わったのは次の4品目。
スイートピー(神奈川農業技セ) 夏咲き性品種の強い芳香を用いて,既存品種より強い芳香を有する‘スイートスノー’‘スイートピンク’などの冬咲き性品種を育成。
マーガレット(静岡農試南伊豆分場) 交雑育種,放射線利用,属間交雑などを活用し,切り花品種だけでなく,鉢花品種で,‘キャンディマイス’など草丈が低い品種を続々と育成して産地で導入されている。
ファレノプシス(森田洋蘭園) 森田氏は,「近年の大輪系の市場では,より大きく,多輪で長くボリュームがあるものが価格をリードしてきたため,ボリューム重視で品種選びがされてきた。しかし,花径の大きさや輪数ステムの長さを求めて育種をしていくと,花が大味になり花の本質である人の心を癒すといった特性が失われる」と警鐘を鳴らしている。そして今後は「日本人の感性で育種を続けていくことが重要」だと指摘している。
栄養系ペチュニア(サントリー(株),有・フローラトゥエンティワン) サントリー時代に世界初の栄養系匍匐性品種サフィニアを育成した坂嵜氏がその経緯とその後の発展過程を紹介。育てやすさと品種の多様性から長らく花壇の女王の地位にあったペチュニアも,20世紀後半に入ると飽きられてしまった。そんななかで,1985年にブラジル南部で原種(アルティプラナ)に出会った。この原種は匍匐性で横に広がりながら容易に不定根を生じる性質と強い長日開花性をもっていた。育成された3品種は,どれもまったく新しい栄養系のペチュニアとして全世界で受け入れられた(‘サフィニア・パープル’など)。その後花色の多様化が求められたときにやはり選択したのも原種の探索であった。そして園芸種との雑種一代で新しい花色が出る原種(アルティプラナ)を発掘し,それを利用して,緋赤や赤と黄色を除いた花色を,原種との雑種一代でつくり出すことができるようになった。
昨年に引き続き,シクラメン,クレマチス,ダリア,多肉植物の品種のコーナーを全面改訂した。
シクラメンは雪印種苗(株)の不破規智氏に改訂していただいた。国内で生産・流通しているものを網羅して,育種手法,栽培特性,サイズ,花の形態や花色ごとに分類されていて,最近の傾向がよくわかる。最近のシクラメン育種で注目すべきものとして,花型ではフリンジ咲きと八重咲き,花色の分布では覆輪とストライプという方向で,多様な品種が次々に発表されていることをあげている。また目立つ特徴として葉斑が注目されていること。ヨーロッパでは各社が,この方向での育種に力を入れているそうだ。一方,ガーデンシクラメンは,種間雑種を用いた品種の開発や,屋外栽培に適した野生種の改良も進められている。
ダリアは近年,ブライダルやホームユースでのニーズが高まり(図3),切り花用ダリアの生産が増加している。3万種ある品種のなかから選抜されて,生産は中輪や大輪に移行している。品種も多様になって,これまでの‘黒蝶’など黒色系ダリアから,オレンジや赤色系品種が主流となっている。ダリアはこの品種のコーナーとともに,球根生産,切り花生産,鉢もの生産の技術のコーナーも一新した。また,栽培が広がる山形県川西町でハウスを導入して長期出荷を実現している小形義美さんの事例も収録。
クレマチスも品種のコーナーだけでなく,宮田復太郎氏に鉢もの生産全体を丹念な図解を盛り込んで,高度になったクレマチスの鉢もの生産技術を解説していただいた。
多肉植物は,花壇用や寄せ植え用素材などのガーデニング分野や屋上緑化などで利用が多くなっている。種類や品種が多様になった「多肉植物」を米村浩次氏に豊富な写真を加えて全面改訂していただいた。生産者だけでなく,緑化や造園関係者も必見である。
黄色蛍光灯と比較して,赤色光域の分光放射エネルギーが少ない緑色蛍光灯が登場し,黄色蛍光灯では生育に影響があったキク(特に夜蛾類の被害が大きい夏秋ギク)で利用が始まっている。さらに,赤色光域をカットしたフィルターを装着した蛍光灯やLED(発光ダイオード)などを利用して,秋ギクや寒ギクなど,すべての品種の開花に影響せず,防除効果のある波長域に特定できる光源の開発が始まろうとしている。害虫防除での光の利用はさらに進化しようとしている(山中正仁氏)。
また,株・鶴見花き市場が開発したLEDと冷陰極管の2種類の照明器具を利用した輸送コンテナシステムを紹介していただいた。雨木若慶氏に急速に進むLEDの農業利用の研究をまとめていただいた。