農業技術大系・花卉編 2005年版(追録第8号)


●変動する国内外の花卉の販売・流通の最新情報と経営・販売戦略を特集

●高品質生産,低コストと環境保全を実現する生産技術の最新研究

●盛り上がる「生産者育種」を支援する第2弾……第5巻「育種」のコーナーがさらに充実

●新品目を花木で40品目を一挙収録。人気が高まってきた食虫植物を新たに追加


 食虫植物:プリムリフロラ


 花木のコーナーに新たに加わったブッドレア


1.変動する花卉の消費・流通

 ガーデニングブームを契機に,需要は従来の業務用中心から一般家庭用に比重が移っている。また,流通も大きく変動してきた。そうしたなかで,農水省は,2005年3月に「花き産業振興方針」を全面改訂した。それは,そうした動向に対応しようとするもので,輸入攻勢に対応できる省力化技術や消費者の需要に応える個性的な品種開発を支援するものになっている。

 「花き産業振興方針」については,独・花き研究所の柴田先生が,ホームユース需要への対応やブランド化に向けた振興方針の内容を解説し,今後の花卉産業の展望と技術の方向を紹介している。卸売市場法も改正されており,その内容と生産への影響について酪農学園大学の細川先生が解説している。改正の一番のポイントは委託手数料の自由化。他の産物では優良産地・生産者との契約取引きが進んでいるが,花卉も同じ方向に向かうのではと指摘している。各産地でもそれに対応する対策が必要であろう。

2.高品質生産,低コスト化と環境保全を実現する生産技術の最新研究

 短茎多収栽培 ホームユース需要用切り花の栽培技術として,各産地で導入されている。研究では,バラとカーネーションをとりあげた。これらは密植で栽培するもので,ゴミが少なくなることから,環境問題でもアピールできる。この栽培法に適する品種も選択されており,バラでは一定長収穫法(図1)などの新技術も開発されている。生産者事例では,愛知県田原市の輪ギク生産者の渡会恒則さんを紹介。価格が低迷するなかで,年間4回の物日に合わせた栽培技術を開発している。短茎栽培と密植栽培,契約出荷の3つで安定した経営を確立している。



 鉢花の日持ちの向上をめぐる新研究 鉢花では,日持ち性を向上させる研究が着実に進められており,今追録で最新の内容に改訂した。流通条件,光量調節,温度処理,施肥,品種,エチレンなど幅広い角度から日持ち性について研究が進められている。特筆すべきは,関西を中心に,炭酸ガスを施用して「CO2シクラメン」として販売したり,「自然咲きシクラメン」の名称で出荷してホルモン剤を使用しない点をアピールし,消費者の手に渡ってから日持ちする鉢花の生産が始まっていることである。

 環境保全型花卉栽培 バラの養液栽培では排液を出さない2系統循環式による養液栽培が開発された。循環式栽培ではアレロパシー物質が生育を抑制している,クロロシスには活性炭の利用が有効,など新知見が紹介されている。

 また,岡山大学の後藤先生が,セル苗での生産が安定するだけでなく,ポットレス苗(図2)の生産が可能な固化培地(みのる産業発売)の活用法を解説。また,日本でもシクラメンを中心に,害虫にはククメリスカブリダニやそれと黄色蛍光灯を組み合わせたものなどで,日本でも環境保全型花卉栽培が可能になりそうだ。


 図2 ポットレス苗(左)

 燃料節減対策をめぐる新研究 まず,空気膜構造による太陽熱利用ハウスの最新研究を紹介した。独・花き研究所の島地先生が中心になって開発したもので,欧米で普及しているシステムをさらに改善を加えている。それは,3枚の透明プラスチックフィルムから構成され,その上層空間は加圧空気により構造的な強度を支える役割をし,下層の隙間は流水によって太陽熱の集熱を行なうもの(図3)。日中に,ハウス内温度が上昇したときにポンプアップした膜内の流水が暖められ,それを地下に埋設したポリエチレンチューブに送水して地中に蓄熱される。夜間にハウス内温度が低下すると,再び地中のポリエチレンパイプから地中の熱を取りだして,空気膜内に流水させて暖房するものである。この方法は,パイプハウスでも利用できる。



 スプレーギクでは,鹿児島農試が行なってきた夜温の変温管理を紹介した。スプレーギクの花芽分化時期の夜温管理で,午前1時を中心とした前夜半を18℃以上,後夜半を14℃以上で加温すると,品質を落とすことなく,花芽分化時期の暖房コストを25%も削減できる。

3.切り花生産の新戦略

 第4巻にある「産地・経営戦略」のコーナーに,4つの生産者が収録された。

 まずバケット流通をいち早く導入した,シュッコンカスミソウの老舗の産地である福島県の昭和花き研究会と,バラの一大産地に成長したJA大井川をとりあげた。昭和花き研究会では,多本数仕立てで,出荷後のエチレンによる劣化を防止するため,開花室(オープニングルーム)も導入して花持ちのよい花の出荷に成功している。JA大井川を紹介した記事では,バケット流通をしていくときの,生産から各流通の段階,消費者のところまでの注意点が詳細に解説されている。

 オリジナル品種を持つことで有利な販売に成功しているのが大分県の有・メルヘンローズ。現在,Mシリーズなど30ものオリジナル品種を持ち,輸入バラに対抗するために,市場との連携をとって安定した経営を確立している。

 年間120品種ものオリジナル品種で切り花生産をしている代表的な生産者は,長崎県の有・ワイルドプランツ吉村。注目すべきは,ニームや茶の実を利用した減農薬栽培に取り組んでいることと,加工部門(直営の花店や花束のパック工場など)を持っていること。海外ではMPS認証制度が設けられて,花卉栽培での環境保全への体勢がとられているが,日本もこれからこの方向に着実に進んでいきそうだ。

4.新品種情報の第1弾

 国内外の競争に生き残っていくために各地の生産者が取り組んでいるのが,個性的な品種の導入と育成。今後の追録で,動きが大きい品目で「品種・系統と栽培特性」のコーナーを最新の内容に改訂していく。

 出色なのはユーストマ。昨年の7月に福岡県で「トルコギキョウフェア2005 in 若宮・宮田」が開催された。これは,地元の生産者「若宮・宮田倶楽部」が中心になって開催されたもの(図4)。このフェアで,原種も含め530品種を集めて栽培試験が行なわれ,開催期間中に全品種を一勢開花させることができた。種苗会社のカタログでは分らなかった貴重なデータが得られたので,そのデータを今追録で収録した。なお,このすべてのデータを収録したCD版『トルコギキョウ品種名鑑』がこの3月に発売される(定価3,300円)。ぜひ活用していただきたい。


 図4 「トルコギキョウフェア2005 in 若宮・宮田」の栽培圃場

5.盛り上がる「生産者育種」にこたえる第2弾

 追録では稲垣長太郎氏にカーネーションを最新の内容に改訂していただき,新たに8品目が加わった。執筆者は種苗会社の方から植物園の研究者の方,民間の育種家(千葉県の三宅勇氏や鈴木正之氏など),生産者など幅広い。切り花生産者が独自に育種に取り組んでいるのが,高知の笹岡氏(オキシペタルム),福岡の末継氏(ユーストマ),同県の和佐野氏(鉢ものリンドウ)。笹岡氏は原種に近いオキシペタルムをミツバチを使った交配で6品種の育成に成功。末継氏は栽培する品種の7割がオリジナル品種を占めている。特徴的なのは,通常の栽培のなかで良好な群を設定して優良品種を選抜していること。



 ‘福寿盃’など鉢ものリンドウの育種家として名をはせているのが福岡県の和佐野氏。1980年代から本格的に育種に取り組んでいる。交配によって三倍体品種をつくることにより,暖地でも栽培でき,早生から晩生まであり,輪が大きく,耐病性のある品種を続々と育成してきた。

 また,元鹿児島大学の有隅先生が,アルゼンチンで行なわれ,現在日本でも栽培され始めたジャカランダの園芸品種への改良の経過を解説しているが,花木の育種に取り組む方には,参考になる点が多そうだ。

 なお,育種といえば花色や花型,草姿など外見の改良が目標とされてきたが,花持ち性についての研究が進んでおり,その項目を全面改訂していただいた。特にカーネーションが目覚しい成果をあげており,‘ミラクルルージュ’など従来のものより3倍も日持ちがする品種が登場した。ここではその育成の経過が詳細に解説されている。今後はエチレン低感受性品種の開発法やエチレン以外の要素の解明が期待される。

 花卉関係者は新素材を海外から次々と導入してきたが,外来生物法でリストアップされる植物が年々多くなっている。この法律は植物にかかわるもののルールであり,独・花き研究所の岡野先生に,そのポイントを解説していただいた。花卉にかかわるものはきちんと認識していただきたい。

6.続々と登場する新品目の収録

 昨年の1・2年草,宿根草に続き,今年度は第11巻の花木をボリュームアップした。花木はヒペリカムやトケイソウなど,切り枝だけでなく鉢ものや苗ものでも利用が多くなってきた。各県試験研究期間で研究が進められたものや,産地の生産者が蓄積したものを,各県の普及員の方などに取材してまとめていただいた成果である。

 なお,愛好家だけでなく,利用が多様になって身近になってきた食虫植物を追加した(約40種)。