農業技術大系・土肥編 2023年版(追録第35号)


 2022年に過去最高となった化学肥料価格は2023年6月には若干落ち着いてきたが,高騰前に比べるとなお歴史的な高水準で,農家の経営を圧迫し続けている。また,高齢化や経営面積拡大で堆肥の投入量が減少し(水田では過去30年で約4分の1に減少),田畑の地力低下が指摘されている。

 現場では,化学肥料の施用量が減らせて有機物補給もできる緑肥が人気だ。緑肥は堆肥とは違い,外部から持ち込むものではなく,その場で育ててすき込むため,輸送コストや投入労力が少ない。地域にある有機物としては,家畜糞堆肥やメタン発酵消化液,オオムギ焼酎かす濃縮液などの肥料利用も進んでいる。また,市販の堆肥入り肥料(混合堆肥複合肥料,指定混合肥料)の開発が各地で進み,価格も既存の有機化成肥料の15~30%安であることなどから利用が増えつつある(2021年の混合堆肥複合肥料の生産量は9,854t)。

 そこで本書では,減肥と地力アップのための資材として緑肥,堆肥入り肥料のほか,家畜糞堆肥,メタン発酵消化液などを取り上げ,化学肥料の上手な使い方も含めて収録した。

 緑肥では,マメ科のクロタラリアすき込みと硝酸化成抑制材入り肥料を組み合わせるとブロッコリーが慣行の窒素施肥量を50%減らしても同等の収量が得られたとする長崎県の成果「緑肥と硝酸化成抑制材入り肥料で秋作ブロッコリーの減化学肥料栽培」を五十嵐総一氏(長崎県農技セ)に執筆いただいた(写真1)。地力窒素(可給態窒素)が減少しやすいダイズで,ライムギおよびヘアリーベッチすき込みによって増収と可給態窒素量維持を試みた岩手県の試験成果「ダイズに適した緑肥選びと導入効果」を佐々木俊祐氏(岩手県農研セ)に,北海道で秋から翌春の農閑期を利用してライムギとヘアリーベッチを混播して有機栽培すると,減肥しても収量に影響はなく,メリットが多いとする試験成果「ヘアリーベッチとライムギ混播越冬緑肥を使った有機栽培」を櫻井道彦氏(北海道農政部)に執筆いただいた(表1)。

写真1 緑肥の選定(長崎県農技セ)
 左がソルガム,中央手前から右奥に向かってエビスグサ,クロタラリアスペクタビルス,クロタラリアジュンセア。いずれも無施肥,播種量はクロタラリアのみ6kg,ほかはどれも5kg


表1 越冬緑肥の栽培体系と後作物の減肥対応(北海道農政部)

 ヘアリーベッチ混播(ライムギ+ヘアリーベッチ)
播種期                 9月上旬~10月上旬
※日平均気温から4℃を差し引いた値(下限0)を年末から遡っての積算値が350℃以上となった日の一日前
播種量
(kg/10a)
          5ライムギ:5,ヘアリーベッチ:5
窒素施肥量
(kg/10a)
          0
※種子のみの散布が困難な場合,必要最小限の肥料を増量材として散布する
5
播種方法散播後,ロータリーなどで深さ3cm程度に覆土する。その後,鎮圧するのが望ましい
すき込み時期                    5月下旬~6月中旬
※日平均気温から4℃を差し引いた値(下限0)を年始から積算し,その積算値が300℃以上となった日
想定収量
(乾物kg/10a)
250600
すき込み方法フレールモアなどで細断後,ロータリーなどですき込む
後作までの腐熟期間2週間以上
後作物の窒素減肥量
(kg/10a)
乾物重(kg/10a)
草丈(cm)1)
100
15
200
30
250
35~40
300
45
400
60
有機栽培
(有機質肥料)
2.04.55.57.09.5
慣行栽培
(化学肥料)
1.63.64.55.67.6
乾物重(kg/10a)
草丈(cm)1)
200
400
600
800
有機栽培
(有機質肥料)
0.51.01.52.0
慣行栽培
(化学肥料)
0.40.81.21.6

注 1)つるを伸ばさずそのままの状態で地面から測定した値
  2)緑肥に含まれるカリは乾物100kgにつきヘアリーベッチで4kg,混播で3.5kgを目安とする。カリの減肥量は緑肥に含まれるカリの80%とする(土壌中の交換性カリ含量が30mg/100g以上の場合)
  3)供試品種:ヘアリーベッチ;寒太郎,ライムギ;R-007

 堆肥入り肥料では,散布しやすい粒状製品であることから有機物補給不足,地力低下の救世主として注目される混合堆肥複合肥料と指定混合肥料の研究成果を収録。

 それらによると,混合堆肥複合肥料の窒素肥効は,原料堆肥に比べてかなり高く,同成分量の化学肥料と同等の肥効を示した。混合堆肥複合肥料は登録肥料であるため肥料効果が期待されている。「混合堆肥複合肥料の肥効特性と施肥設計」を畠中哲哉氏(畜産環境技術研究所)に(写真2),「牛糞堆肥を混合した混合堆肥複合肥料の開発とその利用」を竹本稔氏(神奈川農技セ三浦半島地区事務所)に(写真3),「豚糞堆肥入り混合堆肥複合肥料の水稲栽培での利用と効果」を棚橋寿彦氏(岐阜県農技セ)に執筆いただいた(写真4)。

写真2 混合堆肥複合肥料によるレタスの栽培試験(畜産環境技術研究所)
 牛糞堆肥を混合した混合堆肥複合肥料の真ん中2列(グリーンとサニー)と豚糞堆肥を混合した混合堆肥複合肥料の右側2列のレタスの生育は,有機質肥料と堆肥の慣行施肥の左側2列のレタスと遜色ない


写真3 牛糞堆肥を混合した混合堆肥複合肥料「エコレット236」(神奈川農技セ三浦半島地区事務所)


写真4 豚糞堆肥を混合した混合堆肥複合肥料「エコレット048」。粒状(岐阜県農技セ)


 いっぽう指定混合肥料は,既存の有機化成肥料と比べて有機物(炭素)の残存量が多いことが示されたとのこと。指定混合肥料は混合堆肥複合肥料に比べて土つくり効果が期待される。省力的な施肥と有機物補給ができそうだ。「土壌改良資材入り指定混合肥料の養分補給と土つくり効果」を武田甲氏(明治大学黒川農場)と竹本稔氏に執筆いただいた。なお,2022年に収録した「指定混合肥料制度」「指定配合肥料 指定化成肥料」「特殊肥料等入り指定混合肥料」「土壌改良資材入り指定混合肥料」「指定混合肥料の特徴と効果」「指定混合肥料の粒状加工」を制度の見直しに合わせて浅野智孝氏(朝日アグリア)に改訂していただいた。

 国産の肥料資源では,「家畜糞堆肥の肥料成分簡易測定によるミズナの減肥技術」を遠藤佳那子氏(茨城県農研)に,「牛糞堆肥施用と可給態窒素に応じたダイズの肥料削減」を佐々木俊祐氏に,「メタン発酵消化液の基肥施用によるテンサイ・アズキの生育と収益」を木村繁久氏(北海道十勝農改十勝西部支所)に,「オオムギ焼酎かす濃縮液の肥料利用」を加藤貴浩氏(大分県農研セ)に解説いただいた。

 化学肥料では,ゆっくり肥効の固形肥料やペースト肥料,イネ生育後半の肥効をねらう硝化抑制剤入り流し込み施肥など,化学肥料の効率的な使いこなしを収録した。「高密度播種苗(密苗)×ペースト二段施肥で稲作の省力・軽労化」を高須栄一氏(片倉コープアグリ)に,「硝化抑制材入り尿素液肥による流し込み施肥一貫体系」を松山稔氏(兵庫県農技セ)に執筆いただいた。

 また,単肥のリン酸・カリ肥料や,普通化成・高度化成肥料をかしこく使うための特性や利用方法も網羅した。「過りん酸石灰」「けい酸加里肥料」(表2)などの単肥のリン酸・カリ肥料を吉田吉明氏(元JA全農)に,「固形肥料」「ペースト肥料」などの緩効性化学肥料,「肥料の物性と品質,配合の可否」や「普通化成肥料」(表3)「高度化成肥料」などを羽生友治氏(元JA全農)に執筆いただいた。


表2 けい酸加里肥料の国内生産量および輸入量(単位:t/年)
(出典:ポケット肥料要覧2021/2022)

年度(暦年)2016年2017年2018年2019年2020年
生産量
輸入量
34,357
406
35,824
20
32,517
104
36,271
142
41,322
288

表3 くみあい普通化成の種類と特性

肥料名称保証成分
(N―P―K)
おもな原料特 性代表作物施肥量例
(kg/10a)
化成3号8―9(7)―6硫安,過石,塩化加里窒素は硫安,平下がり型,どんな作物にも対応水稲(基)45~90
化成7号8―8(6)―5硫安,過石,塩化加里窒素は硫安,平下がり型,どんな作物にも対応水稲(基)45~90
化成8号8―8(6)―8硫安,過石,塩化加里窒素は硫安,水平型,どんな作物にも対応水稲(基)45~90
尿素化成2号6―11(7)―11尿素,硫安,過石,塩化加里窒素は大部分が尿素,上り平型,草地用に適応草地(基)60~90
腐植酸苦土尿素
入り化成S846号
18(11)―4(2)―6―1尿素,硫安,りん安,腐植酸苦土,硫酸窒素は40%が尿素,下がり平型,カリは硫酸加里,腐植酸苦土を含み,チャに適応チャ(春肥)60~90
(夏肥)50~60
(秋肥)80~100
化成日の本7号5(4)―9(7.5)―5硫安,過石,石灰窒素,塩化加里窒素は80%が硫安,硝化抑制材シアナミドが20%,山型,肥効緩やか,どんな作物にも適応水稲(基)60~90

注 保証成分の( )は内数。全窒素のうちのアンモニア性窒素,可溶性リン酸のうちの水溶性リン酸

 また,近年注目が集まるバイオスティミュラント研究の一つとして,「エタノールによるコムギ,レタス,イネの環境ストレス耐性強化作用」を戸高大輔氏ら(理化学研究所)に執筆いただいた。