農業技術大系・土肥編 2013年版(追録第24号)


2013年版「追録24号」企画の重点

脱臭化メチル栽培がスタート

 臭化メチル剤は国連環境計画でオゾン層破壊関連物質に指定され、先進国では2005年に原則廃止となった。その後、日本では不可欠用途用として使用されてきたが、その特例措置も2012年で終了し、収穫物用途も2013年に全廃となる。そこで、臭化メチル剤に依存しない新たな生産体系を追究・確立。その経緯を中心に「土壌くん蒸用臭化メチル剤の終焉」で中央農研・津田新哉氏が解説。

 茨城県のピーマン栽培ではモザイク病、ネコブセンチュウ、疫病が問題となる。発病株の確認と抜取りなど感染拡大の防止、残根の腐熟促進による土壌中のウイルス濃度低下、ELISA法による土壌伝染の発病リスク評価、抵抗性品種、根を保護して定植する紙包み法(写真)、弱毒ウイルス(植物ワクチン)による防除、モザイク病を発生させないための対応など、「ピーマンの脱臭化メチル栽培」を茨城農総セ・小川孝之氏が紹介。

 和歌山県の施設ショウガ栽培では根茎腐敗病、腐敗病、立枯病などが問題となる。ヨウ化メチルくん蒸剤、被覆内気温、処理量の低減、スペーサー設置、処理期間、二重被覆太陽熱土壌消毒、殺菌効果と成否の目安、土壌中の根茎腐敗病菌密度の推移、後作作物の発病抑制、生育期薬剤処理、健全な種ショウガの定植など、「施設ショウガの脱臭化メチル栽培」を和歌山農試・衛藤夏葉氏と安井洋子氏が紹介。

ピーマンの脱臭化メチル栽培。根を保護して定植する「紙包み法」は紙を敷いて(上)、土を寄せる(下)

▼トマト青枯病の高接ぎ防除

 今回「高接ぎ木法によるトマト青枯病総合防除」コーナーを新設。青枯病菌は土壌中に存在し、トマトが栽培されると根の傷や自然開口部から感染し、皮層や根の導管を通じて茎へ移行して増殖し、水分通導機能を低下させて萎凋症状が引き起こされる。高接ぎ木法は、慣行接ぎ木より高い位置に接いだ苗を利用する防除技術。台木による青枯病菌の移行・増殖の抑制能力を活用し、穂木への感染を抑制する。「高接ぎ木法の技術開発とその防除機構」で中央農研・中保一浩氏が解説。

 青枯病は高温性の病害とされるが、冷涼な北海道でもしばしば大きな被害をもたらしている。深耕土壌還元消毒、台木品種の選択、消毒後1作目から3作目以降まで、高接ぎ木に適するセルトレイ、播種と育苗日数、接ぎ木法と接ぎ木時の苗質、防除効果、生育や栽培への影響、コスト試算について「北海道での高接ぎ木法による防除」で北海道花・野技セ・野津あゆみ氏が紹介。

 新潟県での施設トマト栽培では、高接ぎ木法による青枯病防除効果、糖蜜を用いた土壌還元消毒法との組合わせ、高接ぎ木法導入の考え方(半促成作型、抑制作型での利用)、今後の課題について「新潟県での高接ぎ木法による防除」で新潟農総研・前田征之氏が紹介。

 山口県では、トマト産地と青枯病防除の問題点、高接ぎ木栽培による発病抑制効果、クロルピクリン錠剤の深耕処理との組合わせ、夏秋トマト栽培での高接ぎ木栽培導入基準、コスト試算について、「山口県での高接ぎ木法による防除」で山口農総セ・鍛治原寛氏が紹介。

地域未利用資源の活用

 「わが国の有機性廃棄物の発生量と農地受入れ量」について農環研・三島慎一郎氏が解説。OECDの中で、日本は農業で窒素を4番目に贅沢に使い、リンをもっとも贅沢に使っている。そのいっぽうで食料として多量の窒素とリンを輸入し、食品廃棄物、下水、し尿で廃棄している。

 近年、問題となっている「堆肥に残留する除草剤クロピラリドによる障害と対策」は長野農試・佐藤強氏が解説。通常、糞尿や副資材に残留している農薬成分は、堆肥化が進むうちに分解され、数か月堆積した状態の堆肥から農薬成分が検出されることはない。しかし、クロピラリドなど一部の農薬は、堆肥中での分解が非常におそいために残留し、作物に障害を及ぼす。

 「メタン発酵消化液の液肥としての利用」について農工研・中村真人氏が紹介。メタン発酵とは、微生物の代謝作用により、家畜排泄物や食品廃棄物などから再生可能エネルギーのメタンを回収する技術。そのさいに生成される消化液は肥料成分が多く含まれ、液肥として利用できる。

▼自給有機質資材の利用

 有機質肥料は施肥について確たる判断基準がなく、生産現場では自信がもてない状態で利用している場合も少なくない。そこでコマツナのポット試験で魚かす、大豆かす、菜種かす、米ぬか、それらを混ぜたぼかし肥料、家畜糞堆肥といった有機質肥料での総合的な肥効特性を比較。「各種有機質肥料の肥効特性を考慮した利用法」で福島地域農業活性化セ・佐藤紀男氏が紹介。

 水稲移植直後に米ぬかを土壌表面処理すると土壌還元で低酸素状態になり、抑草効果がある。しかし、その効果は不安定で、水稲苗が障害を受けることもあり、散布量や散布時期など、不明な点が多い。「米ぬかの土壌表面処理による水田雑草の抑草効果」で滋賀農技セ・中井譲氏が検討。

 有機質液肥を用いた低温期のレタスセル成型育苗で、その表面をくん炭で覆ったところ、苗質が向上。そして、その効果は必ずしも培地温度が上昇したからではなかった……。「籾がらくん炭覆土による有機育苗セル成型苗の苗質向上効果」で野茶研・佐藤文生氏が解説。

 湿性土壌では暗渠が積極的に整備されてきたが、新設は費用面から容易でないため、排水機能を回復・向上させるには補助暗渠の整備が有効である。そこで、農家みずから調達できる、わらや茎葉の作物残渣、堆肥など、多様な有機質資材を疎水材に活用できるカッティングソイラ工法を開発。「有機質資材を活用した低コスト土層改良技術」で農工研・北川巌氏が解説。

環境保全型農業の技術体系

 日本では「無農薬・無化学肥料なら有機農業」という誤解が広がり、必ずしも有機農業が環境保全型農業の普及・拡大に貢献していない。有機物の施用量に制限が設けられていないなどの問題もFAOから指摘されている。有機農業の発展経過、定義、環境保全の理念と現実、EUとアメリカの環境保全に関する規定、有機農業に対する公的支援の概要、農業者の有機農業計画の申請について「有機農業の理念と欧米政府の支援の概要」で元・筑波大・西尾道徳氏が解説。

 ジャガイモの有機栽培では、疫病の発生が収量に大きく影響する。そのため、疫病抵抗性品種の作付けが有効である。疫病抵抗性が弱い品種で栽培する場合は窒素無機化が速い肥料で生育を早めることが望ましい。「ジャガイモ有機栽培の安定生産技術」について道十勝農試・田村元氏が紹介。

 十勝農業試験場では有機栽培圃場を使って4年間、春まきコムギ、ジャガイモ、ダイズの3輪作を実施。土壌の理化学性、地力、収量、病害虫発生の推移と特徴を明らかにし、機械除草の効果も検討。「有機畑輪作での地力・収量の維持と病害虫・雑草の抑制」で道十勝農試・谷藤健氏が紹介。

 さらに有機栽培・露地野菜畑での土壌窒素診断技術も確立。まず、土壌からの窒素供給量を反映した窒素肥沃度指標を選定し、その指標の簡易測定法を開発。さらに、適正な窒素肥沃度を設定し、その土壌窒素診断基準値に見合った施肥量を算出。「有機栽培露地野菜畑の土壌窒素診断技術」で道中央農試・櫻井道彦氏が紹介。

 北海道ではかつて深くまで土壌が凍結し、融雪水の表面流出による土壌浸食、湛水による越冬作物の枯死のほか、ぬかるんでなかなか畑に入れなかった。土壌凍結が浅くなった現在、今度は穫り残したジャガイモの越冬・雑草化が問題になり、残肥の下層移動も危惧されている。「土壌凍結深の変化と水分・溶質移動の特徴」について北農研・岩田幸良氏が解説。

▼病害虫の耕種的防除法

 土壌還元消毒は米ぬかやフスマなどを多量に施して灌水し、土壌を還元状態にして病原菌やセンチュウなどを死滅させる防除法。しかし、山梨県は米麦生産量が少ないため、米ぬかやフスマの入手がむずかしい。糖蜜や果汁絞りかすなども検討されているが、同じく入手が困難である。そこで、県の主要野菜スイートコーンの残渣に着目。「スイートコーン残渣を用いた土壌還元消毒の防除効果と土壌化学性への影響」について山梨総農セ・長坂克彦、舟久保太一、東京農大・後藤逸男の各氏が紹介。

 農業生態系は多くの生物に生息場所を提供してきたが、農業の近代化は化学物質などで環境や生物多様性に負の影響を及ぼしている。環境に配慮した農業は、それらを保全する効果があると考えられているが、それを定量的に評価する方法がなかった。「農業に有用な生物多様性の指標とその評価手法」について農環研・田中幸一氏が紹介。

〈水田の地力低下問題〉

 一般に、地力は水田土壌で高く、畑作化で低下すると考えられている。長期の田畑輪換によって実際、ダイズの収量は低下傾向にあり、水稲も高温による玄米外観品質の低下が目立っている。このような「長期の田畑輪換による地力低下の現状と対策」について中央農研・新良力也氏が解説。

 ケイ酸は水稲へのストレスを軽減し、光合成の促進、根の酸化力向上、耐病虫性の強化、耐倒伏性の向上など、水稲の生育・収量形成に深くかかわっている。しかし、労働力不足やコスト削減により、ケイ酸資材の施用が省かれている。「ケイ酸の効率的な施用技術と気象災害の軽減効果」について山形大・森静香氏が解説。

 ダイズは根粒菌によって窒素を固定し、利用するが、連作すると非根粒菌が根粒内に侵入し、増殖する。この非根粒菌によって根粒の窒素固定活性が阻害される。熱水土壌消毒による対策も含めて、「転換畑連作ダイズの収量低下とその回復技術」で京都農技セ・小野愛氏が解説。

〈液肥栽培の新システム〉

 低コストで、組立て・操作も簡単な日射制御型拍動自動灌水装置は、露地栽培や雨よけ栽培など商用電源のないところでも自動灌水の導入が可能。これに、慣行の点滴灌水の1/5~1/10の流量で灌水を行なう極微量灌水技術を組み合わせ。「施設園芸での日射量対応型極微量灌水装置」で近中四農研・長崎裕司氏が紹介。

 ‘マルドリ方式’とは、マルチ被覆によって降雨を遮断しつつ、自在に灌水や施肥を行なえる栽培法。適度な水ストレス管理ができ、長雨や干ばつなど、気象変化の影響も最小限に抑えられる。カンキツの新たな灌水施肥システム「マルドリ方式」について岡山大・森永邦久氏が紹介。

 有機液肥に含まれるアミノ酸(発酵副生液)は作物の病害抵抗性関連遺伝子に作用し、イチゴうどんこ病、キュウリ炭疽病、イネいもち病などの病気、CMVやTMVといったウイルス病を抑制。病害抵抗性関連遺伝子の消長・持続時間、酸性下での加熱利用、作用の引き金となるグルタミン酸と微量元素など、「アミノ酸による作物の病害抵抗性誘導」について東京農大・渡辺和彦氏が解説。

〈果樹の土壌病害、生理障害〉

 リンゴの紫紋羽病は被害が大きく、とくに火山灰土壌で多発しやすい難防除土壌病害である。ところが、樹の地際部周辺に液状複合肥料を地表面灌注処理したところ、発病抑制傾向が認められた。主成分の尿素が主たる要因。「液状複合肥料の地表面灌注処理によるリンゴ紫紋羽病の抑制技術」について秋田鹿角の果樹セ・浅利正義氏が紹介。

 カキ‘西条’には、9月上旬から収穫期にかけて果実が軟熟し、落果する系統がある。この現象は後期生理落果の一つで、多発年には数十%の発生率となる樹もみられ、生産量減少の大きな原因となっている。樹上軟化の発生実態から発生要因、防止対策まで、「カキ(品種:西条)の樹上軟化の原因と対策」で島根農技セ・持田圭介氏が解説。

 温州ミカンでは、温州萎縮ウイルスに感染した樹が次第に樹勢が衰えて収量・品質ともに低下する。ウイルス病は治療法がないので、確実な診断による健全穂木の確保が必要。栽培圃場で保毒樹が確認された場合は伐採するなどの感染拡大防止も重要。「カンキツの温州萎縮病と簡易・迅速診断法」について福岡農総試・草野成夫氏が解説。

 カンキツでは今後、地球温暖化が進めば、発芽・開花期の前進、花芽分化の遅延(施設内)、生理落果の増加、大玉化、低酸化、果実着色の遅延・不良、日焼け果の増加、浮皮の増加、貯蔵性の低下などが危惧される。「地球温暖化が温州ミカンに及ぼす影響とその対策」について果樹研・佐藤景子氏が解説。

〈畜産での放射能汚染とその対策〉

 昨年度、新設したコーナー‘放射性物質による汚染とその対策’の畜産領域での収録。東京電力福島第一原子力発電所事故での飼料作物の汚染経路、放射性セシウムの移行係数と変動要因、チェルノブイリ事故での汚染対策技術、永年牧草、飼料用トウモロコシの汚染状況と低減対策について、「草地・飼料畑の放射性セシウム移行低減対策」で畜草研・栂村恭子氏が解説。

 福島県での酪農再興のため、放射性物質未検出(ND)の原乳生産を目標に、泌乳牛での粘土鉱物の放射性セシウム吸収抑制効果を検証。粘土鉱物であるゼオライト、ベントナイトは、これまでカビ毒吸着資材として畜産農家が利用していたことから農家が容易に調達できる。「泌乳牛でのゼオライトとベントナイトの放射性セシウム吸着抑制効果」について福島農総セ・生沼英之氏が解説。

 短期間ながら、放射性物質に汚染された稲わらを給与した肉用牛の牛肉が流通し、出荷が制限された。暫定規制値を超過する牛肉の生産・流通を未然に防止するため、肉用牛をと畜する前に筋肉中の放射性セシウム濃度を推定する技術を開発。「牛肉中放射性セシウム濃度の血液からの推定」について福島農総セ・内田守譜氏が解説。