農業技術大系・土肥編 2009年版(追録第20号)


●2009年版・追録20号は,環境保全型農業による農家の低コスト省力化,増収・品質アップ,地域づくりといった視点でお届けします。

(1)効率的な施肥で低コスト・生育改善 肥料の部分施用のほか,リアルタイム土壌診断の活用,栄養吸収・代謝をめぐる最新研究まで

(2)化学農薬に頼らない病害・雑草防除 低濃度エタノール消毒法,アブラナ科薫蒸作物,病害を抑える堆肥,作物の抵抗性誘導,耕種的除草法など

(3)地元の未利用資源を売れる堆肥に 臭気を低減する高窒素濃度堆肥の製造,帰化昆虫による堆肥化,牛尿の液肥化,焼酎かすの肥料化

(4)環境保全型農業による地域づくり 地元堆肥・冬期湛水・米ぬか除草・深水管理などを組み合わせたコウノトリ育む農法,世界の環境問題も

(5)世界的なリン資源の枯渇に備えて カバークロップの利用,省耕起栽培,熔成汚泥灰複合肥料の活用など

(6)各種生理障害の診断と対策 イネの高温障害,トマト・イチゴの生理障害のほか,要素別障害の最新研究も


環境保全型農業 最前線――減肥・減農薬から地域づくりまで――

 今ではだれもが知っている環境保全型農業だが,文字どおりの環境形成・維持だけでなく,肥料や農薬を減らした栽培や,適正管理による収量・品質の向上などで農家経営を改善し,耕畜連携などで地域づくりにも役立っている。今回は,そのような実用面で環境保全型農業を整理し,最新研究・情報を紹介する。

〈効率的な施肥で低コスト・生育改善〉

 肥料は一時の高騰が落ち着いてきたものの,依然としてむだのない施肥法への関心は高い。圃場外への肥料の流亡を抑えるだけでなく,作物の生育改善にもつながるからである。そのような効率的な施肥として今,注目されているのが肥料の部分施用である。

 「露地野菜作で施肥量を削減できるうね内部分施用法」(屋代幹雄氏 中央農業総合研究センター)によると,うね間や側面には施肥されないので(写真1),従来の全面全層施肥に比べて施肥量を30~50%削減でき,うね間や側面の雑草の生育も抑制できる。また,従来の局所施用では施肥位置が苗の定植位置から離れるので初期生育の遅れが問題になっていたが,部分施用では肥料を土壌と混和・攪拌しながら,すじ状に施すので,苗は定植直後から肥料を吸収する。さらに施肥量だけでなく,農薬の土壌処理量も減らすことができ,それらの圃場外への流出(環境負荷)も少なくなる。

写真1 うね内部分施用法による資材混合状況と施用範囲

 また,安価な鶏糞をじょうずに効かせてコストを下げる農家もある。「鶏糞のスポット施肥法――草・残渣,輪作,灌水」(桐島正一氏 高知県四万十町)では,多品目の露地野菜を少量栽培する桐島さんが,肥料と土壌を混和するような基肥は施さず,作物の根の伸長に応じて株から少しずつ離していく追肥主体の栽培について解説する。

 「鶏糞と単肥の利用で経費節減,葉層確保で収量も品質も落とさないお茶生産」(秋山勝英氏 静岡県富士市)では,自園・自製・自販の茶農家・秋山さんは越冬葉層8cmを確保する枝管理による早寝早起き型の樹で施肥のタイミングを逃さず,年間窒素成分量47kg/10aを実現している。

◆リアルタイム土壌診断の活用

 土壌診断は人間の健康診断にたとえられる。土も人と同じで年に一,二度の定期健診(精密診断)によってメタボリック症候群(肥料過剰)などがわかり,食事制限(基肥減量)の目安になる。さらに日常的な健康状態(リアルタイム土壌診断)は体温や血圧(pHやEC)などが体調管理(追肥や灌水)の目安になる。今回の追録では後者の日常的な診断法に重点を置いた。

 「各種リアルタイム土壌診断分析器具の特徴と使い方」(後藤逸男氏 東京農業大学)では,分析が安価・簡便・迅速な「みどりくん」,それよりもさらに簡便な「コンパクトEC・pHメーター」,その逆に多くの分析項目が数値で把握できる「Dr.ソイル」「RQフレックス」,さらに本格的な分析が可能な「ZAパーソナル」など,分析器具それぞれの活用場面を短所も含めて解説(表1)。そのほか,土壌溶液を採取する「ミズトール」や採土用の「土壌診断スコップ」についても触れられ,現場での診断を強く意識した内容になっている。

表1 各種リアルタイム土壌診断分析器具の評価比較

 

 「精密診断,簡易診断,形態診断で野菜の品質・収量アップ,堆肥診断で減肥」(青森県・JA十和田おいらせ)は,農協での精密診断で圃場の残肥を把握して基肥を設計し,さらに堆肥診断で化成肥料を安価な畜糞に代替し,圃場での形態診断と簡易診断を追肥の目安にする取組みである。

 「農家自らが参画する観察と簡易土壌分析によるリアルタイム診断」(岡林俊宏氏 高知県農業振興部)では,うねの上層・中層・下層・肩下の土や根の状態を観察し,さらにpH・EC・硝酸態窒素の分析値を組み合わせた診断で追肥・灌水していく簡易な方法を紹介。

 農家の手による「土壌診断を基調とした土壌改良・施肥改善」(池上洋助氏 長野県(有)上ノ原農園)は精密分析であるものの,前作終了時の分析で土壌改良を施し,作付け直前の分析で改良状態を確認し,作付け途中の分析を生育管理の目安にするリアルタイム診断でもある。

◆栄養吸収・代謝をめぐる最新研究

 そのような効かせる施肥を考えるうえで欠かせないのが,作物の栄養吸収・代謝の仕組みの解明である。「多量要素(窒素,リン,カリウム,カルシウム,マグネシウム,硫黄)の吸収特性」(渡辺和彦氏 東京農業大学)は水耕での試験だが,アニオン・カチオンやミネラルバランスではない,肥料についての新しい見方を提供する。窒素・リン・カリウムはどんなに低濃度でも吸収でき,カルシウム・マグネシウム・硫黄は一定濃度を下回ると吸収できない。「施肥は三要素で,他のミネラルは土つくりで」という,かつての生産現場の発想にも通じる知見である。

 「植物のアミノ酸吸収――植物の種類,アミノ酸の種類による違い」(二瓶直登氏 福島県農業総合センター)では,イネ・チンゲンサイ・コムギ・キュウリ・ダイズで,21種類のアミノ酸と無機態窒素の吸収窒素量を比較し,植物によるアミノ酸の吸収過程をラジオアイソトープによって画像化。そして,植物はアミノ酸だけでも生育できるものがあり,とくにグルタミンは無機態窒素以上の生育を示している。

 「葉面の細霧冷却による軟弱野菜の硝酸イオン低減技術」(永井耕介氏 兵庫県立農林水産技術総合センター)では,高温条件下で細霧冷却によって葉面の温度を下げてやると,光合成が促進されて葉中の硝酸含有率が下がるという。軟弱野菜の生育を健全にするだけでなく,店持ちをよくし,健康価値もアップさせる実践的な研究である。

〈化学農薬に頼らない病害・雑草防除〉

 臭化メチルはウイルスから細菌,糸状菌,センチュウ,土壌害虫,雑草まで,広範にわたって防除効果がある。しかし,代替できない用途で認められている使用の延長も2013年まで。新しい防除法の開発が待たれるなか,毒性がほとんどなく,自然界で分解しやすく(残留せず),処理コストも安い土壌処理法が注目されている。

 たとえば,エタノールは水にわずか2%(体積濃度)加える土壌処理で臭化メチル並みの防除効果がある(写真2)。「低濃度エタノールによる低コスト土壌消毒法」(小原裕三氏 農業環境技術研究所)によると,まだメカニズムが明らかでないものの,エタノール自体の消毒効果だけでなく,それによって死滅した微生物の分解によって土壌が還元状態になるためと推測されている。

写真2 低濃度アルコールを用いた土壌消毒の手順
(1)エタノール水溶液を積載した灌水装置
(2)エタノール水溶液を湛水状態になるまで灌水処理
(3)土壌表面を農業用ポリエチレンフィルムで被覆する

 また,チャガラシ,クロガラシ,クレオメなどのアブラナ科作物を栽培し,細断してすき込むと土壌病害虫に防除効果がある。これはアブラナ科作物に含まれる辛味成分グルコシノレートが土壌中で分解され,イソチオシアネートというガスを生じるためである。緑肥による新しい防除法「薫蒸作物による土壌病害と有害センチュウの対策」(橋爪健氏 雪印種苗(株))も注目である。

◆病害を抑える堆肥

 抗生物質を生産する枯草菌でボカシ肥をつくり,その枯草菌の増殖したボカシ肥を施してから太陽熱処理をする「太陽熱消毒補助資材として枯草菌ボカシを利用した土壌病害防除技術」(後藤逸男氏・大島宏行氏 東京農業大学)。フザリウムなどの病原菌は枯草菌よりも高温に弱く,処理後わずかに生き残った病原菌を,より多く生き残った枯草菌に抑えさせる技術である。

 圃場で利用したい有用菌を摂取してのコンポスト化では,コンポスト原料中の雑菌が有用菌の増殖を阻んでしまう。そこで,「有用糸状菌の濃度を高める2段階のコンポストによる病害防除」(中崎清彦氏 静岡大学)は,高温発酵によって雑菌の密度を下げてから有用菌を摂取し,低温発酵によって有用菌を優先的に増殖させている。

◆作物の抵抗性誘導

 抵抗性誘導とは病原菌による攻撃など,植物体にストレスが与えられたとき,その情報が全身に伝わるとともに,そのストレスに対する新たな抵抗性が全身に誘導される現象である。このように植物が本来もっている生体防御機構を活性化させる化学物質などの研究が注目されている。

 今回は民間技術として生産現場で広く取り組まれている塩の施用や海水の散布に,じつは抵抗性誘導の働きがあったという「塩,海水による抵抗性誘導の発現」(渡辺和彦氏 東京農業大学)さらに近年,何かと目の敵にされている硝酸態窒素(酸化窒素)だが,同様に抵抗性を誘導しているという「一酸化窒素の病害抵抗性への関与」(渡辺和彦氏 東京農業大学/杉本琢真氏・大塩哲視氏 兵庫県立農林水産技術総合センター/吹田憲治氏・山形裕士氏 神戸大学)を紹介。

◆耕種的な除草法

 「ムギ類によるリビングマルチダイズ栽培の課題と対策」(小林浩幸氏・好野奈美子氏・内田智子氏 東北農業研究センター)はダイズのうね間にムギを生育させ,雑草の生育を制御する技術を紹介。品種の選定,播種や施肥の方法,除草剤の併用など,リビングマルチダイズ栽培の課題・対策を整理する。

 「水田への新鮮有機物施用による二価鉄増加と雑草制御」(野副卓人氏 北海道農業研究センター)によると,新鮮な有機物(稲わら)を水田に施すと,還元作用によって土壌中の三価鉄が二価鉄になり,植物の発芽・伸長を抑制する。そして,この抑制はイネよりもヒエで強く働く。米ぬか除草法などの民間技術に対し,科学的に迫った研究ともいえる。

〈地元の未利用資源を売れる堆肥に〉

 畜糞の堆肥化で問題になるのがニオイである。臭気を出さない密閉式の処理施設もあるが,開放式に比べて導入コストが高い。そこで,出来上がりの堆肥に臭気成分のアンモニアを吸着する能力があることに着目したのが「堆肥脱臭による臭気低減と高窒素濃度堆肥の製造」(田中章浩氏 九州沖縄農業研究センター)である。臭気を吸着させる堆肥はシステム内部で次々と出来上がっていき,窒素成分が約6%の牛糞堆肥となる。しばしば,繊維に富む牛糞は土つくりに,窒素に富む鶏糞は肥料に,といわれるが,窒素に富む牛糞で,その両方をねらう試みともいえる。

 「帰化昆虫アメリカミズアブを利用した生ごみの堆肥化」(普後一氏 東京農工大学)は,アメリカミズアブはどこにでもいる帰化昆虫で,刺さないアブだが,幼虫はシマミミズに迫る有機物処理能力をもつ。人工飼育法も含めて,生ごみ堆肥化での活用法を解説。また,「地元牛糞の堆肥,ボカシ堆肥で減化学肥料,土壌物理性の改善」(大内一也氏 瀬峰農場)では,地域の堆肥センターに持ち込まれた牛糞を3~4か月かけて堆肥化するだけでなく,米ぬかと微生物資材を加えて発酵させたボカシ堆肥にしている。

◆肥料としての利用

 畜糞は堆肥化できるが,尿汚水は処理が難しい。「牛尿の簡易曝気処理で悪臭のない液肥誕生」(正吉輝彦氏 岡山県備前県民局)は曝気槽に中古サイロを利用するシステムで,農家が自分で施工でき,メンテナンスも簡単。田んぼでの散布や流し込みで食用イネ・飼料イネの増収もはかれる。

 「米焼酎のかすを利用して肥料を製造,地域に還元」(宮原辰美氏 球磨地域農業協同組合)は農協が地元の焼酎かすを肥料化し,稲作農家に供給。乳白などの高温障害対策として,ジックリ型の肥効と‘にこまる’などの耐暑性新品種の組合わせで成果を上げている。

〈環境保全型農業による地域づくり〉

 一時は絶滅した野生のコウノトリを人工飼育による放鳥でよみがえらせる「コウノトリ育む農法で,子々孫々まで安心して暮らせる地域づくり」(西村いつき氏 兵庫県但馬県民局)。コウノトリをよみがえらせるには,田んぼにえさとなる生きものを増やさなければならない。そこで地元の堆肥を使い,冬期湛水,米ぬか除草,深水管理などの技術を組み合わせ,地域ぐるみで減農薬もしくは無農薬による稲作に取り組んでいる。米は収量が下がるものの単価が上がり,また労力が増したものの経費が減り,結果として収益がアップ(図1)。普及センターの農家へのかかわり方も詳説。

図1 育む農法の経営収支

 茨城県坂東市での耕畜連携と産地専用有機質肥料の開発による減肥の取組み「露地野菜産地での耕畜連携を核とした堆肥供給システム」,性フェロモン剤や黄色防蛾灯による面的防除,販売用トウモロコシ導入による連作障害を回避する「チョウ目害虫防除を核とした地域ぐるみの取組み」(いずれも木村仁氏 茨城県結城地域農業改良普及センター)も収録。

 以上のほか,アメリカ土壌問題,冬作カバークロップ利用,省耕起栽培,熔成汚泥灰複合肥料,グアノ,イネの高温障害,トマト,イチゴの生理障害,各種生理障害の最新研究など,ぜひご一読いただきたい。