農業技術大系・土肥編 2008年版(追録第19号)


●2008年版・追録19号は,自分の田畑の土を知る土壌断面調査,肥料価格高騰を乗り切る自給有機質肥料の充実,地球温暖化の実態と対策を追録しました。

?自らの田畑の土を熟知してこそ打つ手が決まる! 農家が行なう農家のための土壌断面調査

?肥料価格高騰を克服する! 自給有機質肥料の追求(家畜糞尿,人糞尿,緑肥など)

?家畜糞尿活用のための最新情報。超臨界水処理,バイオジオフィルターなど,ユニークな活用

?元気が出る楽しい環境保全型農業を! みんなで楽しく儲けるための実例


温暖化,肥料価格高騰の今だからこそ,じっくりと自分の足もとから考える時代です

〈自らの田畑の土を熟知してこそ打つ手が決まる!〉

 大型機械が走り,大量の有機物や土壌改良資材が施されてきた田畑…。今,自分の田畑の土の状態が,そこで農作物を育てる人自身にもわからなくなっているのが実態ではなかろうか?

 窒素やリン酸など,土壌の養分状態を知る化学分析は盛んに行なわれてきた。しかし,その数値に基づいた施肥改善だけで大きな成果を上げることは難しくなっている。では,どうするか? 今回の追録で収録した2本の記事は,まさにそうした疑問に応えてくれる。

◆農家だからできる「土壌断面調査」

 千葉県農総研センターの金子文宜氏に書いていただいた「農家が行なう農家のための土壌断面調査」(第4巻)は,その畑の地形と地質,断面の色や硬さ,耕盤の有無,団粒や水分の判定法,臭いなど,五感を最大に活かした,まさに「農家のため」の診断法が書かれている。

 一例をあげよう。写真1は,いずれもダイコンが栽培されている畑で,左は生育良好だった畑,右は生育不良の畑の土を掘って,その断面を見たものである。


 写真1 ダイコン畑の土壌断面診断(いずれも黒ボク土の露地畑)

 左の生育良好のダイコン畑の断面は,地表から40cm以上の深さまで腐植に富んだ黒い土で,直根は下方に真直に伸び,43cmより深い赤土の部分にまで達している。断面の硬さを判断する「人差し指判定法」では,うねの表面から18cmまでは軟らかい作土層があり,その下32cmまでがやや硬い土層で,よく現場で話題に上る耕盤層は32~43cmに存在していた。

 右の生育不良のダイコン畑は,全体に赤っぽい土で,大切な作土層にも腐植が少ないことがわかる。作土層の下,深さ13~20cmには,人差し指で押しても跡がつかないほど硬い耕盤層が存在していた。それが,右のダイコンの先細りの原因であろうと推測。

 土壌断面診断をもとに,金子氏が示した改善処方箋は次の二つ。1)作土層を軟らかくするために,窒素含有率が現物で1%以下の有機物を1~2t/10a施用し,2)耕盤層改良のために,耕うんの深さを1~2cmと少しずつ深くするロータリ耕をあげている。

 「視覚」であれば,断面の「色」によって有機物や水分の状態,土壌の「形状」によって団粒の発達具合がわかり,「触覚」では触れることによって「ふわふわ,ほんわか,硬い,冷たい」などで土層の軟らかさや水分を,「嗅覚」では,「香ばしい匂い,腐敗臭,硫化水素臭」などで,土の中で起こっている化学反応の状態が判定できるとする。そのほかにも「聴覚」や「体感」など,五感を総動員した手法は,現場の人たちにとって大いに参考になるはずである。今追録では,カラー口絵に土壌断面診断の方法を収録したので,大いに活用していただきたい。

◆CEC(陽イオン交換容量)をもっと活かす

 土壌の化学分析に欠かせない数値が「**me/100g」と書かれたCECの値である。この値は,もともとの土壌の性質を色濃く反映し,大きな変化はしないと考えられている。そのため土壌の化学分析でも改めてCECの分析を行なうことは少なく,毎年同じ値が示されていることが多い。これはCECの分析に大変な時間がかるからである。しかし,現在では施される有機物の量がかつてとは比較にならないほど大きく,それらが腐植に変化していくと,CECの値にかなりの影響を与えることになる。そうした背景を明らかにし,もっと簡単で誰でもできるようにするために,今回の追録で,八槇敦氏(千葉県農総研センター)に「CECに影響を及ぼす土壌要因とCECの簡易推定法」(第4巻)をまとめていただいた。

 CECの簡易測定についての八槇氏の推定式の詳細は本編を見ていただきたいが,その方法は,石灰,苦土,カリ含量と,pH,ECの値をもとに推定する。また,褐色森林土では土壌の仮比重によって推定する方法もある。黒ボク土では,色彩色差計によって測った土の色による推定,もっと簡便な方法としてマンセル色票による推定法を紹介。褐色低地土では,土を少量の水でこねて判定する「触感土性」が紹介されている。

 そのほかにも,CECによって異なる石灰,苦土,カリなどの適正値や,pH矯正のための石灰施用量など,現場にとっての実践的な武器としてまとめられている。前述の金子氏の記事と併せてぜひ有効にご利用いただきたい。

〈肥料価格高騰を克服する!〉

 肥料価格高騰のなか,改めて注目を集めているのが自給有機質肥料である。昨年の追録では,ダイズ肥料,土着菌ボカシ肥,くず昆布・魚かす肥料,海藻発酵肥料などを大幅に加えたが(第7-?巻),今年はもっともオーソドックスな家畜糞尿,人糞尿,そして緑肥などの記事を最新の情報に基づいて全面改訂した(第7-?巻)

◆牛,豚,鶏,人の糞尿を活かす

 牛糞尿・豚糞尿 副資材の多様化による堆肥成分の変化,スラリーや尿の利用など,その施用も大きく変化してきている。また,流通している堆肥(特殊肥料)も,肥料成分が高いもの,重金属の含有などが問題となっており,その使い方も多様化している。排水の規制もきびしくなっており,尿のじょうずな活用も大きな課題である。そうした読者の要求に応えるため,尿利用のための知見も充実させた最新の内容に改訂(山口武則氏 東京農大)。

 鶏糞 安価でコストパフォーマンスの高い肥料として注目を浴びているのが鶏糞である。採卵鶏と肉鶏(ブロイラー)の鶏糞の質の違い,ケージ飼い,平飼い,ウインドレスなど飼育形式による違いなど,詳細な情報を満載。その処理法によって高窒素肥料型,リン酸・石灰肥料型,副資材混合型堆肥に分類し,焼却灰まで含めてその利用場面まで踏み込んだ内容は大いに役立つ(村上圭一氏 三重県科技振興センター)。

 人糞尿 その使用が減ったとはいえ,人糞尿は貴重な自給有機質肥料の一つである。生糞尿,単独浄化槽,合併浄化槽,汚泥肥料など,その処理法による肥料成分の違いと利用法,また,江戸時代の使用法や現代の活用事例も含めて全面改訂(藤原俊六郎氏 神奈川県農技センター)。

◆緑肥活用で減肥する

 生育した有機物をそのまま土にすき込んで肥料として利用する作物を「緑肥」と呼んできたが,近年,景観緑肥や線虫対抗植物としての利用法など,従来の緑肥の枠を超えて活用されてきている。今追録で,『新版 緑肥を使いこなす』の著者である橋爪健氏(雪印種苗)にまとめていただいた(第7-?巻)。緑肥中の肥料成分,緑肥施用後の減肥量の決め方,留意点など,実践的に紹介されている。なお,線虫対抗植物としての緑肥の利用については第5-?巻に収録しているので併せてお読みいただきたい。

 雑草を抑制し,土壌改良効果に加えて肥料成分も補給できる緑肥として注目を集めているのがマメ科の緑肥ヘアリーベッチである。今追録で佐藤孝氏(秋田県立大学)に書いていただいたのは,水田から畑への短期間での土壌改良への利用で,おもしろいのは転作で作付けしたダイズとの関係である。ダイズの収量が400kg/10aと大幅に増収しており,マメ科緑肥であるヘアリーベッチがうまく機能している(第5-?巻,「ヘアリーベッチ植栽による土壌改良とダイズ作への効果」)。土壌改良の詳細な報告とともに注目していただきたい。横道にそれるが,同じく佐藤氏にお書きいただいた根粒菌の記事も注目である(第1巻,「優良ヘアリーベッチ根粒菌の分離と接種効果」)。根粒菌と一口に語られることが多いが,根粒菌の種類はたくさんあり,宿主が決まっている。根粒菌の基本的な知見とともに,選抜された優良ヘアリーベッチ根粒菌Y629株の発見は,その土地に適した優良ダイズ根粒菌発見によるダイズ多収への可能性を感じさせてくれる。

 なお,緑肥も含めたカバークロップについては,地球温暖化をもたらす炭酸ガス発生を抑制する立場からまとめた「カバークロップ導入による持続的生産と炭素貯留機能」(第3巻,小松崎将一氏茨城大学)を今回追録した。緑肥の意味を世界的視野で考えさせられる論文だ。

◆施肥量を減らす

 「レタスの条施肥」と「セルリーのポット施肥」を収録(第6-?巻,出澤文武氏 長野県野菜花き試佐久支場)。いずれも多肥作物で知られる野菜だけに,減肥効果は大きい。前者は条施肥機でうね内部(株横4cm,深さ6cm)に施肥(図1)。それで約20~30%の減肥を可能にする。後者は文字どおりポット内に施肥し,本圃での施肥量を大幅に減らす。その結果,約30%の減肥は可能だとされている。第6-?巻にはたくさんの減肥技術が収録されているのでご活用いただきたい。


〈家畜糞尿活用のための最新情報〉

◆家畜糞尿の超臨界水処理技術

 家畜糞尿の処理というと,もっぱら「堆肥化」が主で,一部に「メタン発酵」が話題になるていどだが,今回の追録で収録した杉山典氏(静岡畜産技術研究センター)による「超臨界水処理による家畜糞尿のエネルギー利用技術」は画期的である(第3巻)。

 「超臨界水」とは耳慣れない言葉だが,水を臨界点以上の高温・高圧下におくことで,有機物溶解度が高く,しかも反応性の高い「超臨界水状態」をつくり出し,その中で水分が多く,しかも有機物含量が高い家畜糞尿を短時間に,しかも完全に分解しようとする技術である。その結果,残渣は何も残らない。

 図2にそのシステムのフローをあげたが,このように,反応で得られるエネルギーを利用して発電したり,完全分解させずにバイオクルード(精製度の低い油脂)をつくりだして燃料として利用するなど,さまざまな可能性が検討されている。


◆バイオジオフィルターによる浄化

 家畜糞尿専用というわけではないが,汚水を浄化する手法として,有用植物を用いた処理技術がある。今追録で収録したのは,尾崎保夫氏(秋田県立大学)による「有用植物を用いた生活排水などの高度処理システム」。合併処理浄化槽と組み合わせたバイオジオフィルター。ゼオライトや火山礫を敷いた水路に廃液を流し,液に含まれている栄養分でトマトやモロヘイヤ,サトイモ,エンサイ,クワイ,キヌサヤエンドウなどを栽培するのである。まさに一石二鳥。収穫したトマトやサトイモは食用に,小学校や幼稚園では水質浄化の話や,パピルスによる紙漉き学習をして,喜ばれているそうである。有用植物の年間植栽組合わせモデルも紹介されており,子どもたちも含めて取り組むことができる技術は魅力的である。

◆その他の堆肥化関連注目記事

 堆肥づくりには長い歴史があるが,その堆肥化過程でどんな微生物がどのように活躍しているのかについては意外とわかっていない。今回,中井裕氏ら(東北大学)に,「堆肥化過程で生じる微生物の消長」のテーマで,堆肥化の過程での微生物群集の変化と,堆肥の品温と細菌数の変化の綿密な研究成果をまとめていただいた(第7-?巻)。

 堆肥の安全性については,これまでも「堆肥施用と病原菌汚染」(染谷孝氏 佐賀大学),「家畜糞堆肥中の抗生物質耐性菌とその影響」(小橋有理氏 筑波大学),「超高温・好気発酵法による新コンポスト化技術」(金澤晋二郎氏 九州大学)など,堆肥の安全性の確立に向けての研究を収録(第7-?巻)してきたが,今追録では,同じ巻に「堆肥および堆肥投入土壌における生物的安全化のための営農技術」のテーマで,橋本知義氏(九州沖縄農研センター)に大腸菌の検出法および,堆肥化の留意点と太陽熱消毒と組み合わせる施用法などの実践技術を収めた。食の安全が求められる今,ぜひこれまでの堆肥の安全性をめぐる流れを抑えておきたい。

 堆肥素材としては,「きのこ廃菌床と竹チップ」(坂井隆宏氏 佐賀県畜産試験場),「剪定枝および果実搾りかす」(森 聡氏 徳島県農林水産部とくしまブランド戦略課)を収録した。

〈元気が出る楽しい環境保全型農業〉

◆焼畑と菜の花が元気の源

 一つは,山口聰氏(愛媛大学)の焼畑を通じた取組み「焼畑の復活と森林・地域の再生」(第8巻)である。焼畑文化の意味から,自然の力を最大限に活用する農業としての見直しに向けて,大学生とボランティアと地域の農家が力を合わせて焼畑を復活させた高知県旧池川町の取組みの報告である。焼畑での伝統野菜の復活と特産化など,林業も含めた「山起こし」は楽しそうだ。

 もう一つは,米と休耕田での菜の花栽培と加工によって元気を取り戻した熊本県天草市の宮地岳営農組合(西口文克組合長)の取組みである(「町全体での集落営農活動によって,中山間地に環境保全型農業を実現」第8巻)。宮地岳町は人口は半世紀前の38%,高齢化率41%強と,このままでは集落の維持すら危ぶまれる地域であった。そこに集落営農を立ち上げ,きれいな水を活かしたブランド米生産,さらには休耕田に菜の花を栽培して景観を維持し,種子を搾って菜種油を生産。学校給食に使う油は,この菜種油である。いよいよ菜種油のブランド化も目前。中山間地直接支払い制度や農地・水・環境保全事業などの制度を地域活性化に向けてじょうずに生かしている好例であろう。

◆少量・多品目輪作に向けて

 輪作というと大規模な輪作を想像するが,現在のように直売所や産直が盛んになると,小規模でこまめに作物同士を組み合わせていく知恵が光る。第8巻の土つくり事例(施設)に収録した三重県の青木恒男氏のストック栽培事例は,まさに輪作による作目選択と不耕起・耕起をじょうずに組み合わせて少量・多品目生産を実現している例である。うねを巧みに使い,残肥料を考え,作目同士の組合わせを考える。「不耕起うね連続栽培」「不耕起うねの低コスト酸性改良法」「ブロッコリー2条2本植え・2期作栽培」「輪作の要としてのトウモロコシ」(図3)など,青木氏のアイデア満載である。


 そのほかにも,ダイズを栽培した後作の水稲やコムギ栽培を,高品質・多収に結びつけるための仕組み方(第5-?巻,山野秀真氏 大分県農林水産研究センター)を収録。昨年の追録で収めた「遊休地休閑期間の管理法と輪作体系」(臼木一英氏),「冬期間のヘアリーベッチ導入による水田地力増強」(岡山清司氏)も併せてお読みください。

〈地球温暖化のなかで起こっていること〉

◆IPCC報告の読み方

 2007年2月に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書は,日本の農業にとってどのような影響を与えると報告しているのだろうか? 今追録で,小林和彦氏(東京大学)に「地球規模の気候変化と日本の農業」のテーマでまとめていただいた(第3巻)。「できるだけ正確にしかも身近な感覚で伝えたい」との言葉どおり,地球規模の気候変化が報じられる背景とその本質,報告書の中身,そして日本の農業への影響が冷静に報告されている。

 小林氏は,「私たちが今後どのような社会を選んでいくかにかかっている」と結んでいるが,その実態を鋭くえぐっているのが,井上君夫氏(独・農研機構中央農総研セ)の「農業のもつ多面的機能――モデルによる気候緩和効果の定量的評価」である(第3巻)。水田や森林が消えることが,私たちの暮らしにどのような影響を与えるか,精密なモデルを用いたシミュレーションによって展開される。これまでムードや雰囲気でしか語ることができなかった,農地を潰し続けることによって進められてきた都市化が何をもたらすのか,を知ることができる。

 ぜひじっくりとお読みいただきたい。

◆世界の農地・日本の農地の今

 昨年の追録で第3巻「海外のおける土壌問題と土壌管理」に収録した「中国」の実態は,大きな話題を呼んだ(上沢正志氏ら 前JICAほか)。ここ数年の日本でのウンカの多発など,人ごとではいられない現実がある。今追録で収録したのは「東南アジア」(舟川晋也氏 京都大学)。詳細な土壌分類とそこでの営農の課題と対策を,多様な土壌環境とそこでの伝統農業のなかに見る。

 エロージョン(侵食)は海外の事例で語られることが多いが,今回,日本で進んでいる「水食」「風食」の実態について,谷山一郎氏(農環研)に報告していただいた(第3巻「農地の土壌流亡・土砂崩壊」)。裸地になった土地からの土壌侵食量は,作物を栽培しているときの5倍近くにものぼり,各地で土壌劣化が激しく進行しているという。雪のない茨城県の風食量は,裸地の場合,表面が作物で覆われているときの20倍以上にのぼる(写真2)。濁水や土砂崩壊も含めて,その実態はきわめて深刻。前述の小松崎氏のカバークロップも含めて読んでいただけると,その大切さがよりいっそう理解できる。

 そのほか,日本の農地から検出された,30年以上前に登録失効した農薬の問題を入り口に,農薬残留の実態,作物による吸収を抑制する技術などを紹介した大谷卓氏(農環研)の「農薬の土壌残留と作物吸収抑制技術」,海外からの報告として,西尾道徳氏(元筑波大学)の「EUの第3回硝酸指令実施報告書」「グローバルギャップの概要」を収録した(いずれも第3巻)。

 写真2 風食(茨城県ボク土)


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 そのほかにも,米ぬか除草をテーマにした「水田土壌環境の変化」(第5-?巻,佐藤紀男氏 福島県農業総合センター),海洋深層水についての報告(第7-?巻,葭田隆治氏 富山県立大学)など,読み応えのある記事満載だ。