農業技術大系・土壌施肥編 2007年版(追録第18号)


●2007年版・追録18号は,化学肥料・有機肥料,土壌改良資材,未利用資源の肥料化技術など,農家の工夫も含めた大幅追録でさらにパワーアップしました。

(1)話題の肥料・資材を追録・改訂し,一挙にパワーアップ

(2)環境保全型施肥の切り札の一つ「被覆肥料」の最新情報と,それを生かした施肥技術を徹底追跡。むだをなくす施肥機器もさらに充実

(3)おもしろ・ユニークな土壌病害虫防除技術。地域の厄介者が宝に変わる

(4)世界的な視野で環境と農業を考える充実記事。中国,EUの土壌の実態と土壌管理の最新情報


地域の未利用資源を肥料に変える! 防除資材に変える!

〈肥料・資材をさらにバージョンアップ〉

 土壌施肥編に収録されている肥料・資材の情報はこれまでも大いに活用していただいてきたが,今追録で大幅に改訂。肥料取締法の改正に伴う改訂はもちろんだが,有機農業の広がりのなかで話題になっている資材や自家製肥料を大幅に収録し,その内容が一段とパワーアップした。

◆肥料取締法に則った最新情報

 昭和25年に制定された肥料取締法は,これまで何度か改正されて現在に至っている。BSE(牛海綿状脳症)の発生や残留農薬の問題など,食の安全性に対する消費者の関心の高まりから,最近の改正では,この法律の目的に「国民の健康の保護に資する」という言葉が加えられている。

 今追録では,BSEに大きな問題となった骨粉など牛の部位を原料にした肥料については全面的に見直し,また未利用資源活用の流れのなかで急激に増えてきた「有機液肥」(中野明正氏(独)農研機構野菜茶業研究所),「汚泥肥料」(上原洋一氏(独)農研機構野菜茶業研究所),肥効を調節し作物に必要な時期に溶け出してくる環境に優しい肥料として開発された「被覆肥料」(羽生友治氏 開発肥料販売株式会社)などを新しく追録,ないし全面改訂した(第7-(1)巻)。大きく変わった「肥料取締法」については,最新の情報をもとに,神奈川農技センターの上山紀代美氏にわかりやすくまとめていただいている(第7-(2)巻)。

◆自家製肥料を一挙に収録

 減農薬・減肥料の大きな流れのなか,農家の間ではさまざまな自家製肥料が生み出されている。今追録では,第7-(2)巻に農家事例を中心に,農家の間で話題を呼んでいる「ダイズ肥料」「土着菌ボカシ肥」「くず昆布・魚かす肥料」「海藻発酵肥料」「天恵緑汁」「魚のアラ液肥」を,また素材として「海藻」の科学的知見を収録。そのほか,第7-(1)巻には,有機物素材として「廃菌床」,「生ごみ処理物と牛糞,剪定くずの混合による高品質融合堆肥」(竹本稔氏 神奈川農技センター)。




 そのほかにも,農家事例ではないが,病害虫抵抗力を強化するということで大きな話題となっているケイ酸資材の手づくり情報を追録。ケイ酸を多量に含むイネの籾がらを利用した「籾がら灰」(図1)がそれ。(第7-(1)巻:伊藤純雄氏 (独)農研機構中央農総研センター)。なお,ケイ酸の病害虫抑制効果については第2巻に詳しい。第7-(2)巻には農家の間で話題沸騰している「塩(海水ミネラル)」(渡辺和彦氏 東京農業大学),岩石が発する微弱エネルギーによって土壌を活性化するとされる「麦飯石」(竹田紀子氏・石川勝美氏 高知大学),竹を繊維に粉砕し肥料化するための機械情報など,話題の肥料・資材や機械を収録。おおいにご活用いただきたい。

〈減肥と高品質を同時に実現する施肥法の開発〉

 今追録では,減肥と高品質を同時に実現する施肥法に注目したい。施肥の考え方,新しい肥料とその施肥技術,施肥機器など,環境保全型施肥に向けて一歩前進した内容となった。

◆塩基バランス施肥をめぐって

 農家の間では,施肥する際に「塩基バランス」という考え方が広まっている。これは,施肥の目安を,「塩基飽和度80%,石灰:苦土:カリの割合を5:2:1」とするというものである。この目安をどのように見るか,研究者,民間指導者,農家の間でもさまざま。それを,歴史的な流れもおさえて整理したのが「塩基バランスの考え方と歴史」(第4巻:藤原俊六郎氏 神奈川農技センター)である。「石灰による酸性改良の時代」→「三塩基の基準を定めた地力増進法」→「鎌田博士の塩基バランス基準」と,土壌改良と施肥の歴史を追いながら,この目安のきっかけをつくった鎌田春海博士の研究から説き起こしていく。「養分過剰を招かないために」という立場から,じつにわかりやすく解説されている。ぜひ多くのかたに読んでもらいたい記事である。

◆新型肥料開発による「接触施肥技術」




 前述した「被覆肥料」(肥効調節型肥料)の開発は,施肥法を大きく変えつつある。今追録で収録した菅野均志氏(東北大学)による「接触施肥技術」の提案は,施肥の考え方を大きく変えた(図2)。

 接触施肥技術は,肥効調節型肥料を根のそばに施して,土壌を介在させないで作物に吸収させる技術である。これまで,肥料やけするから「肥料は根のそばに施してはいけない」というのが常識で,「間土施肥」とも呼ばれてきた。しかし,この方法ではどうしても肥料が溶け出して根に吸収されるまでの間に,肥料成分が形態変化を起こしたり,ガス化して逃げたり,土壌に固定されたり,地下水に溶脱することが避けられなかった。ところが,肥料成分の溶出を正確にコントロールできる被覆肥料が開発されることによって,根のそばに施しても作物を肥料やけさせないため,これまでの施肥では避けられなかった損失がなくなって肥料効率が高まるというのである。水稲の育苗箱施用がその代表例だが,リン酸吸収係数の高い黒ボク土でのリン酸肥効向上,葉もの野菜での施肥などにも広がりつつある。

 この考え方に関連する記事として,今追録では第6-(1)巻の「野菜の施肥技術」コーナーに,長期どりの野菜であるトマトでの「鉢内全量施肥」(小杉徹氏 静岡県農業試験場),「夏キャベツ―株元点状施肥」(松崎守夫氏(独)農研機構中央農総研センター),「ニラ」(森聖二氏 元栃木県農業試験場)などを収録。いずれも環境保全型施肥として注目されている技術である。既収録にも関連の記事が数多くあり,あわせて役立てていただきたい。

◆精密施肥機械の開発による減肥




 減肥料,肥料効率向上の技術として「点滴灌水」も注目されている。しかし問題は,装置にお金がかかること,一定の水量が必要なことなどなど,高齢者が多い産地では簡単には導入できない。そんな問題を一気に解決してくれそうなのが第6-(1)巻に収録した「化学肥料を削減できる低コスト日射制御型拍動自動灌水装置」(吉川弘恭氏ら)である(図3)。20a分に点滴灌水できる施設で,かかる費用が17万円。しかもソーラーパネルを利用するから電源の必要がない。それに,日差しが強ければ給液量も自動的に増えるという優れものである。傾斜地でも利用できるので中山間地域にはピッタリである。開発のきっかけが「水洗トイレ」であったというからおもしろい。これまでも「茶園用歩行型精密施肥機」(深山大介氏),「圃場肥沃度にあわせ作業中の施肥変更を可能にする精密施肥機」(西村洋氏)など,肥料効率を高める作業機を収録してきているので,ぜひご利用いただきたい。

〈おもしろ・ユニークな土壌病害虫防除技術〉

 土壌施肥編の第5-(1)巻には「直接的土壌病虫害対策」という面白いコーナーがある。このコーナーには,「太陽熱土壌消毒」「土壌還元消毒法」「熱水土壌消毒」などのオーソドックスな手法以外にも,「ネギ・ニラ混植」や,あっと驚くような「マイクロ波」を利用した方法などがびっしりと紹介されている。今回加わったのは「甘草抽出物による糸状菌病害の抑制」(宮川久義氏(独)農研機構近畿中国四国農研センター)と「おから・コーヒーかす堆肥によるネグサレセンチュウ被害抑制」(武田甲氏ら 神奈川農技センター)。

◆甘草抽出液が褐斑病などを抑制

 「甘草」は薬草としての歴史は古く,古代ギリシャの医者ヒポクラテスの著書にも登場するという。わが国には遣唐使が持ち帰ったとされ,奈良時代から用いられていたらしい。甘草には,グリチルリチン酸などやフラボノイド類がたくさん含まれており,グリチルリチン酸は甘味料(食品添加物)に認定されている。また抗炎症作用,抗アレルギー作用があり,医薬品や化粧品にも使われている。この製造段階で出る抽出液(これまでは廃棄処分)が原料である。詳細は本文を見ていただくとして,この希釈液を植物に噴霧することで,トマトの褐色輪紋病,疫病,キュウリの褐斑病,炭疽病,べと病,ピーマンの斑点病などをぴしゃりと抑えてくれる結果が報告されている。

◆おから・コーヒーかす堆肥がネグサレセンチュウ抑制

 ダイコンのキタネグサレセンチュウは,外観品質を落として出荷できなくする厄介な線虫である。これまではマリーゴールドを栽培することで軽減していたのだが,栽培期間が長くて手間がかかる。そこで浮かび上がってきたのが,おから・コヒーかす堆肥である。

 つくり方は簡単。おからとコーヒーかすを1対1の比率で混合して,10日間の一次発酵後,さらに下部から送風しながら二次発酵し,合計100日余りで完成する。施用量は,露地栽培で1t/10a,施設栽培で2t/10a。おから・コーヒーかす堆肥には,4時間で効果を示す急性毒性因子が含まれていることも明らかになってきた。作用機作についてはまだ未解決の部分も多いが,地域の廃棄物が宝に変わり,地域の農産物を救う点は魅力的である。

〈金と手間をかけずに景観・環境を維持する〉

◆遊休農地の省力管理と再生法

 耕作放棄地は年々増加し,全国で38万haと報告されている(2005年農業センサス)。そのまま放置すれば雑草は繁茂し,病害虫の巣となるだけでなく,地域景観も損ねる。そんな課題に応えてくれるのが,第5-(1)巻に収めた「遊休地休閑期間の管理法と輪作体系」(臼木一英氏(独)農研機構北海道農研センター)と「冬期間のヘアリーベッチ導入による水田地力窒素増強」(岡山清司氏 元富山県農業技術センター)である。




 臼木氏は,全国で行なわれた試験成果をもとに,温暖地(都府県)での休耕田や水田輪作の休閑期間を利用した緑肥導入,北海道大規模畑作地帯での休閑期間への緑肥導入の方法を詳述。夏作・冬作に何を導入したらよいかの貴重なデータである(表1)。一方,岡山氏は,水田輪作,とりわけダイズ作導入で問題となっている地力低下を,冬期間の緑肥導入で抑止し,むしろ地力を高めて安定した収量と品質を実現する技術。なお,ヘアリーベッチはアレロパシーが強く,雑草を抑制する効果もあるため,休耕田に導入して「雑草退治+地力増強」のダブル効果をねらって取り組んでいる農家も現われているそうである。

 第8巻「実際家の施肥と土つくり」に収録したのは,一つは,冬期間の風食害が地域住民の悩みだった茨城県ひたちなか市の取組み。休耕地にくずムギをまくことで風食害を抑制し,地域特産の「干しいも」も土埃から守って高品質を実現した。(山田健雄氏 太田地域農業改良普及センター)。もう一つは,地域に増え続ける遊休農地を,緑肥とムギを組み合わせた輪作によって,省力でしかも高品質の農産物が生み出される農地に蘇らせている茨城県牛久市の農家,高松求さんの取組みである。現在,高松氏や学識者,機械メーカーも含めて「ふるさと農地再生委員会」が結成され,精力的な活動が始まっている。

◆話題の‘ふゆみず田んぼ’―冬期湛水土壌の実態追求

 冬の間は落水してできるだけ土を乾かすこととされてきた水田に,その常識とは正反対に,水を湛えて渡り鳥を呼んだり,水田の生物相を豊かにしていこうという‘ふゆみず田んぼ’(冬期湛水)の動きが広がっている。古くは江戸時代の農書『会津農書』に「田冬水」という表現で残されているが,現代の‘ふゆみず田んぼ’は,湛水した水田に渡り鳥が訪れ,かつての田んぼの生き物たちが復活することによって「自然」のイメージが高まり,その景観とともにとれた農産物にも付加価値がつくといった,地域活性化にも一役かっている。

 意外なのだが,冬期間,水田を湛水し続けることによる水田土壌の化学的・物理的・生物的な様相の変化に関する研究は少ない。今回の追録で,各地の冬期湛水水田土壌を追跡している伊藤豊彰氏ら(東北大学)に,土壌の酸化還元,養分動態,土壌硬度,イトミミズの発生など,冬期湛水することによる土壌変化の詳細な報告を収録(第5-(2)巻「冬期湛水・不耕起・有機栽培水田土壌の特徴」)。トロトロ層の発達などにも触れられており,大変貴重な内容である。

〈世界的な視野で環境と農業を考える〉

◆IPCC報告と地球温暖化

 2007年2月,「気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)第1作業部会」は,第4次評価報告書を発表し,人為的な温室効果ガスが温暖化の原因である確率は「90%を超える」と報告した。最新の予測では,21世紀末の平均気温は最大で6.4℃,海面水位は59cm上昇するとされ,以前の予測を上回るペースで温暖化していることが確認された,というのである。

 今追録では,地球温暖化も含めて,農業がこうした地球環境の悪化にどのようにかかわっているのか,また,その環境悪化に歯止めをかけるためにどのような施策が行なわれているか,最新の研究成果と情報をもとに,第1弾として第3巻に,EU諸国と中国の,土壌と農業の現状と対策を追求した。

◆EUの土壌の実態

 EU(欧州連合)の加盟国は,2007年1月現在27か国に増え,ほぼヨーロッパ全域を覆うまでに成長した。それだけに栽培される品目も異なり,土壌や圃場の条件も多様である。EUは,EC(欧州経済共同体)時代から共通農業政策(CAP)を導入して改革を重ね,環境保全と農業支持の政策を打ち出してきたことは周知のとおりである。しかし,それでも,EUの全陸地面積の16%強で土壌劣化が生じ,地中海沿岸ではひどい土壌侵食,土壌有機物の減少や塩類集積,北西部の工業地帯では土壌汚染などが大きな問題となり,農業も含めた環境汚染や環境破壊は進み続けている。本稿は,EU土壌の実態を谷山一郎氏((独)農業環境技術研究所)に,そうした現状に対するEUの制度的取組みについて西尾道徳氏(元筑波大学)に最新の情報でまとめていただいた。

◆中国の土壌の実態

 地球上の農耕地の9%,水資源の6%,人口の22%を擁する中国。化学肥料や農薬の施用量は急増し,一方で畜産家禽養殖の規模拡大が進み,農業による廃棄物汚染が大きな問題となっている。ビニ-ルマルチによる「白色公害」,土壌の風食や水食による「水土流出」,「土壌劣化と塩類集積」が進んでいる。日本海の水質,黄砂など,隣国であるわが国とは密接にかかわっている。つい最近まで中国の土壌改良に邁進しておられた上沢正志氏(前JICA)および中国農業科学院の宋吉青・李茂松氏ら,日中両国の研究者による労作である。

◆わが国での環境保全型農業の進展

 わが国でも1994(平成6)年に全国環境保全型農業推進会議が設置され,1997(平成9)年には環境保全型農業推進憲章を制定。会議設置の翌年からは全国の環境保全型農業に取り組んでいる優良事例のコンクールが始まり,2006年で12回となる。今追録では第10,11回の受賞グループの取組概要を収録した。減農薬や減化学肥料はもちろん,加工や販売までとり込み,単に農業生産だけでなく地域環境にも配慮した魅力的な取組みが満載である。

 今回,第8巻の事例として,茨城県の「茨城ほしいも対策協議会」を詳細にとり上げた(山田健雄氏 茨城県農業総合センター常陸太田地域農業改良普及センター)。風食害による土壌飛散を,地域に麦作を導入することで防ぎ,干しいもの品質も向上させていこうとしている。冬期間の風害は,地域住民にとっても大きな問題だけに,その取組みは他地域にとっても参考になるはずである。

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 なお,これらのほかにも,工業界では光触媒をして注目を集めているチタンを葉面散布して,葉もの野菜の硝酸含量を低下させる技術(第2巻:渋谷政夫氏「チタンの葉面散布による硝酸塩低減」)や,農産物の品質診断への「RQフレックス」の活用技術(第4巻:吉田誠氏 神奈川県農技センター)なども収録。