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牛の受精卵移植は,牛肉生産または牛乳生産の能力に優れる母牛(供卵牛)に排卵誘発剤で過剰排卵させ,人工授精して胎内に多数の受精卵を作り,それらを採卵して直接または凍結保存などの後,代理母(受卵牛)の子宮に移植し,優秀な子牛を産ませる技術である。
わが国では,おもに肉牛(黒毛和種)の受精卵が乳牛(ホルスタイン種)に移植されてきたが,北米などから優秀な乳牛の受精卵を輸入して自家の乳牛への移植も行なわれている。受精卵移植技術の開発・普及は,おもに国や都道府県のような公的機関で進められてきたが,近年は受精卵移植を専門に行なう民間会社も増え,技術開発研究なども活発に行なわれている。
優秀な雌牛に性腺刺激ホルモンを注射して多量の卵胞を発育させる方法,人工授精後に子宮に降りてくる受精卵を洗い出して採取する方法,取り出した受精卵の品質を顕微鏡でチェックしてストローに入れ凍結する方法,その受精卵を受卵牛に移植する方法など,受精卵移植には多くの高い技術が必要となる。しかも,酪農家や肉牛農家,獣医師や移植師が密接に関わらなければ運用できない技術でもある。
さらに近年,生後すぐにゲノミック評価による供卵牛の選定が行なわれるようになった。体型評価や泌乳成績を持たない育成牛から,生体卵子吸引技術による採取と体外受精技術による受精卵の生産(OPU-IVF)が日常的に行なわれている。また,新たなXY精子の分離技術が開発され,性選別精液の受胎率も向上している(図1)。
図1 性判別後の受精卵を移植
以上,酪農学園大学・堂地修氏が監修,堂地氏のほか,酪農学園大学・今井敬氏,西寒水将氏,石川県立大学・橋谷田豊氏,農研機構畜産研究部門・的場理子氏,家畜改良センター・山之内忠幸氏,ABS・山口誠司氏が執筆。
暑熱期には種雄豚の精液性状の悪化が問題となる。そこで,抗酸化作用を有するアスタキサンチンを含有する飼料を給与し,継時的な精子運動率を観察したところ,精子数の増加や液状保存後の希釈精液の品質が維持できた(図2)。また,豚で人工授精を行なう前に,カフェインを添加した希釈液を注入すると,子宮内に出現する白血球数を抑制し,生存精子数が増加する。これを暑熱期に試みたところ,精液性状悪化にともなう分娩率の低下を改善できた。「暑熱期の種雄豚へのアスタキサンチン給与による精液性状改善」「カフェイン添加希釈液の前注入による暑熱期の受胎率向上技術」で福岡県農林業総合試験場・山口昇一郎氏が解説。
図2 抗酸化作用のあるアスタキサンチン
そのほか,福岡県北部家畜保健衛生所・北崎宏平氏「トレハロースの飼料添加による暑熱ストレスの低減効果」,農研機構北海道農業研究センター・山崎武志氏「乳牛の泌乳持続性の向上と乳中体細胞数の低下」,帝京科学大・戸澤あきつ氏「肥育豚のアニマルウェルフェアと各種飼育方式におけるウェルフェアの相違点」も。
豚の林内放牧には,林地が綺麗になる,豚がのびのび育つ,管理する人が楽しいといったメリットがある(図3)。自給飼料である粉砕玄米を給与したところ,増体や飼料利用性は変わらず,脂肪中のオレイン酸割合が高まった。「荒廃林地における豚放牧の可能性」で鹿児島大・髙山耕二氏,中村南美子氏が解説。さらに髙山耕二氏は「草食家畜としてのガチョウの魅力」(図4),「水田放飼用カモ「薩摩黒鴨」」(図5)も執筆。
また,農研機構 畜産研究部門・平野清氏「耕作放棄地での肉用牛放牧,ムギ類による放牧期間の延長」,千葉県畜産総合研究センター・長谷川輝明氏「硫黄脱窒法を利用した畜舎排水の窒素除去技術」,宮崎大・土手裕氏「養豚廃水中の窒素・リン・カリウムの同時回収」,神奈川県環境農政局・川村英輔氏「密閉縦型発酵装置の排気熱を回収・利用する技術(温風返送)」も。
図3 豚を放牧すると鼻先を土中に潜り込ませて上へ突き上げるように掘り返す
図4 イタリアンライグラス草地(水田裏作)でのガチョウの放飼
図5 薩摩黒鴨の水田放飼
わが国のような多湿環境の酸性土壌では,アルファルファのような高タンパク牧草の栽培が難しい。そこで,イタリアンライグラスで雑草を抑制しながらダイズを栽培し,子実肥大盛期~黄葉中期に収穫してホールクロップサイレージにしたところ,飼料設計の20%程度であれば輸入アルファルファ乾草に代替可能であった(図6)。「ダイズホールクロップサイレージ」で農研機構 東北農業研究センター・河本英憲氏が解説。
そのほか,鹿児島県農業開発総合センター・大小田勉氏「かごしま黒豚の背脂肪厚改善による上物率向上技術」,鹿児島大・髙山耕二氏,中村南美子氏「畜舎・牧草地での野生動物の被害対策」も。
図6 上はイタリアンライスグラスで雑草を抑制しながらダイズが伸長。下はダイズホールクロップサイレージ