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農業技術大系・畜産編 2017年版(追録第36号)


黒毛和種の産地戦略と種雄牛情報

 強固な指導・支援体制によって、軽種馬産地に黒毛和種の新しい産地をつくる 優良血統種雄牛と交配した妊娠牛を導入し、短期間で子牛を出荷、牛群を改良(図1)。その結果、本格導入15年目で販売金額が6億円を突破。血液検査で子牛の栄養状態を把握・改善、草地の施肥改善・適期収穫で良質粗飼料を確保、HACCP方式による衛生管理で安心・安全を担保。哺育期スタータ給与で絨毛の発達を促し、高蛋白質飼料と離乳後の良質粗飼料で肋張り・体高があり、筋間脂肪を咬まない子牛を育成。セリでは「赤いもくし」を装着し、血統別に出品することで市場性を向上。パドックの泥濘化は石炭灰で改善、繁殖牛の高齢化は増頭・更新を支援、簡易牛舎の建設、厩舎の改造を支援、和牛青年部を設置、新技術研修会も開催(北海道日高農業改良普及センター・淺石斉)。以降、同様に冒頭は記事タイトル、文末のカッコ内は著者の所属と氏名(敬称略)。

図1 北海道新ひだか町静内で牧草を食む黒毛和種と軽種馬

●黒毛和種の代表系統とその特性

 今年は5年に1度の和牛オリンピック「全共」(第11回全国和牛能力共進会)が宮城県で開催される。

 宮城県の黒毛和種牛は、脂肪交雑に優れる「茂重波」に代表される「茂金波」系の特徴を有している。造成された種雄牛の多くは「茂重波」の息牛または本牛を血統内にもつものであり、繁殖雌牛の30%弱は「茂重波」の息牛「茂勝」、その息牛「茂洋」の娘牛などで占められている。一方、課題として増体・発育能力、体幅・後躯の体型の改良や子牛市場上場時の日齢体重の増加、肥育期間の短縮、枝肉重量の増加があった。また、交配では茂金系の近交係数が上昇し生時体重の低下が指摘されたため、10%を超えないような交配を推進してきた。しかし、近年は「茂洋」の利用により、増体、発育、体型、枝肉成績が大きく改善されている(図2)。

図2 宮城県で作出された黒毛和種の種雄牛「茂洋美」

 今回は黒毛和種それぞれの産地の種雄牛情報を改訂。造成の経緯から供用中の基幹種雄牛まで一挙紹介(家畜改良事業団・廣濱清秀、道総研畜産試験場・酒井稔史、青森県産業技術センター・阿保洋一、宮城県畜産試験場・石黒裕敏、秋田県畜産試験場・小野寺亨、福島県農業総合センター・佐藤亮一、兵庫県立農林水産技術総合センター・福島護之、鳥取県農林水産部・岡垣敏生、岡山県農林水産総合センター・片岡博行、広島県立総合技術研究所・横田文彦、金ヶ江崇、山口県農林総合技術センター・石川豊、佐賀県畜産試験場・山口博之、大分県農林水産研究指導センター・飯田賢、宮崎県家畜改良事業団・横山寛二、全国和牛登録協会鹿児島県支部・八重尾直、沖縄県農林水産部畜産研究センター・渡慶次功)。

〈自給飼料を活かす〉

 木造フリーバーン牛舎、乳牛任せの昼夜放牧で、牛を牛らしく、のびのびと健康に飼う 余裕のある規模の維持で経営内容を充実させ、牛を牛らしく、のびのびと健康に飼う。フリーバーン牛舎は肢蹄に負担がかからず、足場のよい環境で発情行動が強く発現。牛舎は木造で、頑丈な柵がないのも牛にストレスがかからない。放牧地は牛が牛舎と自由に行き来でき、3日間で転牧する中牧区の昼夜放牧(図3)。放牧地はメドウフェスクが出穂したら掃除刈りで株化を防ぐ。飼料はロールサイレージ主体にデンプンかすサイレージを組み合わせる。嗜好性を重視しつつ、細かい飼料設計よりも、牛の判断に任せる栄養管理。子牛は満腹哺育で丈夫に育て、繁殖ははっきりしない発情であっても必ず授精、牛群は死亡・廃用を減らして計画的に更新(北海道広尾郡広尾町・小田治義)。

図3 左奥が牛舎で、搾乳の時間が近づくと牛が自分たちで帰ってくる

 周年放牧肥育技術 九州低標高地で1年を通して草地に牛を放牧する飼養技術である。補助飼料にトウモロコシサイレージや焼酎かす濃縮液などを用いれば、国産飼料100%の牛肉生産が可能になり、出荷時体重は褐毛和種で700kg以上、黒毛和種で600kg以上を確保できる。牛舎で繋養される牛が少なくなるので、ボロ出し(除糞)、給餌などの労力が減り、購入飼料費などのコストも節減でき、増頭する場合も牛舎を増築せずにすむ。耕作放棄地で放牧すれば、牛による除草で労力をかけずに農地への復元が可能になる。野生動物の餌場や住み場と人里との間に放牧すれば両者の距離が広がり、鳥獣害の対策となる。放牧により牧歌的な風景を維持することもできる(農研機構九州沖縄農業研究センター・小林良次、中村好徳、金子真、林義朗、神谷充、吉川好文、山田明央)。

 都府県酪農における後継牛確保と公共育成牧場の役割 わが国の酪農は、急速な飼養頭数規模の拡大により、草地面積が確保できない地域や労働力が不足する経営で、乳牛初妊牛の導入が増加している。しかし近年、初妊牛価格が高騰していることから、安定した後継牛確保は喫緊の課題である。その方策として、公共育成牧場への預託があるものの、育成牧場の多くは厳しい運営を迫られている。そこで、関東地域を中心に後継牛確保の選択性と性選別技術の利用について調査を実施し、それらを規定する要因を明らかにした。さらに、高度な繁殖技術をもって効率的かつ資産価値の高い乳牛初妊牛の生産に努めている栃木県の先進的な事例から、育成牧場が果たすべき今後の役割も明らかにした(日本獣医生命科学大学・長田雅宏)。

 イネのサイレージ発酵による水田雑草種子の死滅とその要因 ロールベールラップサイレージは、4~6か月間の発酵で乳酸が生成され、発酵品質に影響を与えない程度の酢酸も生成されてpHが低下するため、ほとんどの非硬実の雑草種子が死滅した状態で牛に給与される。発酵後に生存した雑草種子も、牛の消化作用により死滅が促進される。そのため、大量の雑草種子が混入したイネ発酵粗飼料であっても、すぐに開封せずに3~6か月間、発酵させたあとに開封、給与すれば、雑草の発生拡大を防ぐことができる。一方、硬実種子のクサネムは、3~6か月間のサイレージ発酵では、ほとんどの種子が生存した状態で牛に給与され、消化作用による影響も受けないことから、排泄による草地での蔓延が危惧される(農研機構九州沖縄農業研究センター・小荒井晃)。

〈畜産物の有利販売〉

 飼養管理の要所を外さない平飼い養鶏で、卵質・味が好評の「つまんでご卵」を生産 ボリスブラウン7,000羽の平飼いで「つまんでご卵(らん)」を生産(図4)。平飼い養鶏で軽視されがちな技術の要所をしっかり押さえて健全経営。平飼い養鶏でただ卵をつくれば売れる時代は終わった。1日の明るい時間を14時間程度に保たないと、鶏は産卵しなくなるから、点灯が必要。鶏病は産卵成績、卵の商品価値の両方に影響するので、ワクチンでしっかり予防する。昔ながらの給餌では成分が不足するため、鶏種の標準を下まわらないよう飼料配合設計を組む。鶏は気嚢で呼吸し、感染症が全身に広がりやすいので、冬場も保温より換気を優先する。卵を割って歓声があがるほどの品質なら営業も楽になり、加工・外食産業にも展開できる(福岡県糸島市(有)緑の農園・早瀬憲太郎、早瀬憲一)。

図4 消費者に好評な「つまんでご卵」

 秋田県における日本短角種の供給力の回復傾向とその要因―かづの牛の事例 短角牛を取り巻く環境が厳しいなか、先駆的に状況が回復している事例がある。秋田県畜産農業協同組合鹿角支所では、効果的なマーケティング活動を行ない、ほかの短角牛産地のシェアを奪うことなく、新規の販路で販売量を増やしている。鹿角支所では、繁殖も含めた牧野での管理のみならず、支所隣接の直営店で精肉を販売し、業者への配達、全国発送も行なっている。産地見学会を実施し、出荷時期の偏りなど短角牛特有の事情を顧客・販売先に理解してもらいながら、商品開発を進めている。産地と実需者をつなぐコーディネータ役が地元出身者であり、地域に対する意識の高さと販売への意欲の大きさも回復の大きな要因と考えられる(東京農業大学・菊地昌弥)。

 鶏肉の熟成過程とその評価 旨味物質のイノシン酸は、生体の筋肉内エネルギー物質であるアデノシン三リン酸の分解後に生成し、筋肉内に蓄積するが、鶏肉の場合は死後すぐにイノシン酸の蓄積量が最高値に達し、ほどなく無味のイノシン、苦味を呈するヒポキサンチンへと分解していく。鶏肉のおいしさは香りよりも呈味成分の寄与が大きく、熟成期間を長期化するメリットはない。イノシン酸とグルタミン酸との間には味覚上の相乗作用があるものの、鶏肉中の遊離グルタミン酸量は貯蔵後3日間ほぼ横ばいである。核酸関連物質群の分解を抑制し、不飽和脂肪酸の酸化などを防ぐためにも、鶏肉は徹底した品温管理を行ない、速やかに利用することが大切である(広島女学院大学・佐藤努)。

●低コスト省力の経営

 加速度センサーを用いた乳牛の発情発見補助装置 発情前期から発情期の雌牛は、雄牛を探して歩き回る、同居の雌牛に乗駕するなどの行動を示す。その特性を利用して牛の頸部に加速度センサーを装着し、加速度から算定した行動量から発情を検知する装置が開発され、国内外の大規模な農場を中心に導入が進んでいる(図5)。この装置はセンサーで上下・左右・前後の加速度を計測し、測定値を基に算出した値を単位時間当たりの牛の行動量として評価する。この際、非発情期の行動量、すなわちベースラインの行動量を発情判定の閾値の設定に使用する。加速度センサーによって記録された行動量が非発情期の閾値を超えて上昇した場合に「発情徴候あり」と判定し、管理者に通知される(東京農工大学・遠藤なつ美)。

図5 加速度センサーを用いた発情発見補助装置

 過剰排卵処理後の乳牛から採取した卵子と性選別精液による性判別胚の生産 ヒトやマウスのように排卵前後に体内成熟卵子を採取する方法は、牛でも体外受精後の発生能が高いが、排卵まぎわの卵胞から体内成熟卵子を採取するためにホルモン処理や採卵を行なう時間の設定が必要である。そこで、ホルモン剤投与後25時間で採卵したところ、採取された卵子のうち74%は卵丘細胞が膨化し、そのうちの83%が投与後30時間に第一極体を放出していることが確認された。性選別精液は非選別精液に比べて精子数が少ないものの、体外受精であれば精子濃度を調整して利用できる。体内成熟卵子は食肉処理場由来の卵巣や生体から採取した未成熟卵子に比べて発生能が高く、多数の性判別胚を生産することができる(神奈川県環境農政局・秋山清)。

 畜産経営における「消費電力の可視化」 畜産経営では省力化のためにさまざまな作業に機械が導入されていて電気が欠かせないものとなっている。そこで、農家自らが作業や時間帯別の消費電力量を把握することで電気代を節約できないか検討した。電力消費の効率化には、電力需要のピークにあたる時間帯の電力消費を低くおさえるピークカット、夜間など比較的電力需要の少ない時間帯に電気を使用する時間を移動させるピークシフトがある。消費電力が最大値となる時間帯の作業および稼働装置を確認し、装置の稼働を消費電力量の少ない時間帯に移したり、稼働している装置に優先順位をつけ、優先順位の低い装置の稼働を停止したりするなどして、電力消費の効率化が可能になる(神奈川県畜産技術センター・川村英輔)。

〈家畜のストレス軽減〉

 暑熱環境下における乳用牛の行動変化 青森県、岩手県、秋田県の14農場で乳牛の24時間の行動時間配分を調査したところ、暑熱期は平温期に比べて立位休息時間、立位摂食時間、立位反芻時間が長くなり、横臥位反芻時間、横臥位休息時間が短くなっていた。立位時間の増加は、体表面積を増やすことで対流や蒸散による放熱を促進するための行動的な適応と考えられる。立位姿勢はエネルギー消費量が高く、横臥位姿勢は乳房の血流量を増やし、乳量を増加させることから、暑熱期の立位時間の増加は乳量に対して不利に作用する。一方、トンネル換気利用農場(図6)では摂食時間が長くなり、立位休息時間が短くなっていた。これは、対流による熱放散が促進されたためと考えられる(農研機構東北農業研究センター・深澤充)。

図6 トンネル換気による牛舎の暑熱対策

 暑熱ストレスの家畜への影響と対策 暑熱ストレスによる家畜の反応は、直接的には体温(直腸温、皮膚温)、呼吸数、心拍数、熱産生量などの生理的変化に現われ、間接的には増体性(産肉量)、採卵数、乳量、繁殖成績などの生産性に影響する。とくに暑熱ストレスによる家畜の繁殖性低下は、長期的に見ると重大な経済損失を引き起こす。酪農は乳牛が分娩しなければ乳生産できず、養豚は繁殖豚が産む産子数が肉生産の肥育豚数に直結するからである。暑熱ストレスによる影響を緩和するには家畜の体温上昇を防ぐほか、体温上昇によって生じる生体反応を軽減するなどの方策があり、畜舎環境の改善、飼養管理による改善、繁殖技術などを利用した対策技術がある(農研機構九州沖縄農業研究センター・阪谷美樹)。

 豚の尾かじり被害を軽減する飼養管理 尾かじりは、被害を受けた個体のストレスによる発育遅延のほか、尾の外傷部からの二次感染による膿瘍や脊髄炎、さらには敗血症、肺腫瘍、起立不能などの疾病や事故をもたらす。尾かじりは、豚にとって正常な環境探査行動が制限されたとき、その代替として発生するという説がある。実際、放牧では被害が発生せず、鎖やロープなどを与えると被害が軽減されるとの報告がある。また、ミネラル不足に陥った豚がほかの豚の血液から補給するために発生するという説もある。そこで、子豚に鎖やロープを提供したところ、豚はそれらをよくかじり、被害の悪化が抑えられた。また、塩水の給与によって被害を効果的に軽減することができた(栃木県畜産酪農研究センター・佐田竜一)。