農業技術大系・畜産編 2012年版(追録第31号)


いよいよ始まる、日本のアニマルウェルフェア

 日本の動物愛護と欧州のアニマルウェルフェアは、どちらも動物に対する配慮の倫理である。愛護では人が主体であり、動物へ配慮した結果、動物の状態がどう変わったのかの評価は不要である。一方、アニマルウェルフェアは動物(アニマル)が、望みに沿って(ウェル)、生活する(フェア)ことである。人の行為が、動物の望みに沿った生活に貢献できたかの科学的評価が必要となる。

 アニマルウェルフェアは愛護に比べて動物種、状況、時、所により使い分けを不要とする普遍化の可能性が高く、しかも動物の健康に通じるという実利性ももつことからグローバル化しやすく、法律や国際条約を通して世界の人々の行動を拘束しつつある。具体的には次の「5つの自由」として国際的な共通認識となっている。

 1)空腹・渇きからの自由――健康と活力を維持させるため、新鮮な水およびえさの提供。
 2)不快からの自由――庇陰場所や快適な休息場所などの提供も含む適切な飼育環境の提供。
 3)痛み、損傷、病気からの自由――予防および的確な診断と迅速な処置。
 4)正常行動発現への自由――十分な空間、適切な刺激、そして仲間との同居。
 5)恐怖・苦悩からの自由――心理的苦悩を避ける状況および取扱いの確保。

 このような動物愛護とアニマルウェルフェアの違いのほか、海外と日本の状況、評価法の意義について東北大学・佐藤衆介氏が解説。

 また、集約畜産システムの問題点と代替法、評価法の詳細について、乳牛(図1)は帯広畜産大学・瀬尾哲也氏、肉用牛は信州大学・竹田謙一氏、豚は茨城大学・小針大助氏、採卵鶏は名古屋大学・新村毅氏、ブロイラーは(株)イシイ・小原愛氏が解説。以上が今回の特集である(第1巻)。

図1 繋ぎ飼い牛舎での福祉向上(トンネル換気)

〈酪農での暑熱対策、飼養改善〉

 高温多湿となる6~9月は、乳牛にとって厳しい環境となる。暑熱環境下では乳量、乳脂肪率や乳蛋白質率が低下するなど生産性が大幅に低下し、酪農経営で大きな問題となっている。周産期の乳牛は、乾乳、分娩、泌乳の開始と、状態が大きく変化するため、ストレスを受けやすい状態にある。分娩前でも、胎児の発育のために栄養要求量が高まり、また分娩、泌乳の準備が必要なため、適切な飼養管理を行なうことが重要である。分娩前の乳牛の飼料摂取量や栄養状態を適温環境と暑熱環境で比較し、さらに暑熱環境下で分娩を迎える乳牛に適する飼料給与方法について、九州沖縄農業研究センター・神谷裕子氏が「分娩前の高TDN給与による暑熱対策」で解説(第2-(1)巻)。

 暑熱環境で泌乳牛の繁殖性が低下することはよく知られている。その受胎率は、気温や湿度よりも温湿度指数の影響をより受ける。温度が低くても湿度が高い場合、温湿度指数が高くなるためである。乾燥気候下では温度が暑熱ストレスの制限因子となる反面、多湿気候下では、湿度が暑熱ストレスの制限因子となる。したがって、高温多湿が特徴のわが国では、湿度の影響も十分考慮する必要がある。この「温湿度指数(THI)を活用した暑熱ストレス軽減技術」を宮城県畜産試験場・鍋西久氏が紹介(第2-(1)巻)。

 酪農では従来、‘乳期乳量はピーク乳量の200倍’というのが一般的であり、総乳量を上げるためにはピーク乳量を上げることが必要であった。しかし、305日乳量が6,000~7,000kgから現在の9,000~10,000kgに上がるにつれ、ピーク乳量も30kg台から50kg台になっている。

 このようにピーク乳量が上がるにつれ、高い能力を発現できる農家とできにくい農家がでてきており、分娩後の採食を早期にいかに多く採食させるかという技術に農家間で差がでてきている。技術レベルが高い農家は、受胎性の大きな低下や疾病の増加もないようである。問題がない農家は、今まで同様にピーク乳量の増加による総乳量の増加もむずかしくないと思われるが、今後もピーク乳量が上がり続けるなら、それを支える飼養管理技術のレベルアップがまた必要になる。

 もし、従来の305日乳量という乳期全体の乳量改良量を同じ、または増加させる一方で、牛が強いストレスを受ける泌乳前期の乳量を抑制し、そのかわりストレスの少ない泌乳中後期の乳量をより高めれば、泌乳前期の繁殖や疾病の問題を軽減させながら生涯生産性を向上し、飼料給与メニューの単純化や群管理の容易さなど、管理のしやすさにも貢献できる(図2)。この「泌乳曲線平準化による乳牛改良と飼養管理」について(社)家畜改良事業団・富樫研治氏が解説(第2-(1)巻)。

図2 泌乳曲線とエネルギーバランス

〈肉牛を耕作放棄地、水田で放牧〉

 おいしい霜降り牛肉はいくつでも思い浮かぶが、おいしい赤身牛肉というとなかなか見当たらない。輸入牛肉は赤身牛肉であるが、日本人の味覚にはあまりあっていないようである。日本人の味覚に合致した黒毛和牛で赤身牛肉がつくれないか? 去勢牛や未経産牛ではコスト的に困難であるが、繁殖の役目を終えた経産牛ならば、老いても黒毛和牛であり、肉の味はしっかりしている。

 一方、中山間地域で耕作放棄地を保有している高齢の農家は多額の投資ができないが、放牧なら電気牧柵さえあれば牛舎が必要なく、耕作放棄地間を移動するときに労力がかかる程度で、えさ代もほとんどかからない。そこで「黒毛和種経産牛の放牧仕上げ肥育」に挑戦。近畿中国四国農業研究センター・松本和典氏が紹介(第3巻)。

 放牧は、手軽にできるということが謳い文句であるが、ただ牛を放しておけばよいというものではない。家畜の健康や繁殖などは、当然ながら、草の質的・量的影響を受けることから、放牧地の草や家畜の健康管理などは絶えずモニタリングが必要となる。さらに、放牧管理では「脱柵」が発生することがある。脱柵はさまざまな原因で発生するが、多くは放牧地の草がなくなると電気牧柵に対する恐怖心を超えて、柵外にある草に対する欲求が勝る場合に発生する。脱柵は周辺に迷惑をかけ、放牧に対する地域住民の理解を阻害する。

 そのような放牧の支援技術として、ラジコン飛行機に搭載したデジタルカメラで放牧地を空撮して草量を推定。さらに、咀嚼センサーによりアゴの動きを取得し、咀嚼行動データで家畜の健康管理や放牧地の草がなくなったことを判断し、適切な転牧時期を判定する。この「咀嚼センサーを利用した転牧時期の把握」について広島県立畜産技術センター・新出昭吾氏が紹介(第3巻)。

 元(社)日本草地畜産種子協会・北原徳久氏は「水田裏作を利用した繁殖牛の周年放牧」について紹介。まず、春から秋まで、いわば核となる永年草地で通常の放牧をする。一方、その草地に隣接する水田で冬期放牧用草地を造成する。造成は稲刈り前日または前々日にイタリアンライグラスを立毛播種する。稲わらを撤収したあとのイタリアンライグラスは晩秋から初冬に草丈が大きくなり、冬期間放牧できる草量が確保される。永年草地から移牧した牛を3月下旬~4月上旬まで放牧し、5月からの水稲栽培に備える。再び放牧牛は永年草地に移り、一サイクルとなる。

〈豚の新系統育成、人工授精技術〉

 イノシシの平均産子数は5頭前後で、発育はおそく産肉量も少ないが、肉は野趣あふれる独特の風味が特徴で、肉色は濃紅鮮色を呈し、保水性に優れ、高級肉として扱われている。豚はイノシシより産肉性、繁殖性、飼いやすさなど生産性に関する形質を重点的に改良されて家畜化されたが、肉の色調が淡く、軟質で締りが悪い、あるいは保水性の悪い肉の発生が問題とされている。これは家畜化の過程でイノシシのもつ高い保水性と赤い肉色に関わる遺伝子が排除された可能性がある。

 もし、生産性を落とすことなく、これらの遺伝子を豚に導入することができれば、高品質豚肉として一般的な豚肉に対して明確な差別化を図れる。DNA情報を活用した育種改良手法を用い、イノシシの肉質関連遺伝子を特異的に豚群へ取り込み、短期的にイノシシの肉質特徴を豚に保持させる手法である。「イノシシとの交配・遺伝子解析による肉の赤みと保水性が高い豚の育成」で徳島県立農林水産総合技術支援センター・新居雅宏氏が紹介(第4巻)。

 牛では凍結精液が利用がされており、豚のように自然交配や生精液を用いることはない。豚でもそんなふうにできないだろうか? なぜ豚ではうまくいかないのか? 好きなときに、好きな精液を融解して繁殖管理できないだろうか? 豚の凍結精液を用いた人工授精は、精子の耐凍性が弱く、融解後の精子の生存性が悪いため、注入する精子数が多くなるなど効率性が低い。

 そこで、遠心分離処理した少量の濃縮精子を子宮深部注入カテーテルで子宮深部に人工授精する技術を開発。精子数が従来の自然交配の約170分の1量、生精液や凍結精液を人工授精した場合の14分の1量~60分の1量まで低減しても、受胎・分娩が可能になった。この「少量凍結精液による人工授精技術」を埼玉県農林総合研究センター畜産研究所・中村嘉之氏が解説(第4巻)。

〈地域の未利用資源を飼料に〉

 輸入穀物価格が今後どのように推移するかは依然不透明な情勢ではあるものの、以前のように安価でかつ安定的に入手するのはかなり困難である。海外依存度の高い輸入穀物の代替となる濃厚飼料資源の自給生産は、環境負荷の少ない地域資源循環型畜産への転換も可能にする。しかし、畜産農家では規模拡大による多頭化が進み、濃厚飼料生産にあてる飼料畑はほとんどない。一方、畑作農家も規模拡大によって労働力不足が顕著となり、より省力的な作物に対する要望が高まっている。さらに、畑の地力低下が顕在化し、畑地への有機物施用の必要性が指摘されている。そこで、畜産農家が畑作農家との連携で生産できる濃厚飼料資源として飼料用トウモロコシの雌穂(図3)に着目。北海道農業研究センター・大下友子氏が「イアコーンサイレージ」を紹介(第7巻)。

 九州地域を中心に生産される焼酎は、最近の焼酎ブームにより、生産量が年々増加している。それに伴って排出される焼酎かすは従来、産業廃棄物として処分されていた。しかし、ロンドン海洋投棄条約批准に伴う国内法の改正により、2006年4月1日より海洋投棄が原則禁止となったことから、焼酎メーカーは処理プラントを建設し、処理を行なっている。処理した焼酎かすは水分が減少し、栄養価が濃縮されることから、保存性、栄養価に優れ、飼料としての利用価値が高い。九州沖縄農業研究センター・服部育男氏、神谷充氏、農研機構本部・鈴木知之氏が「焼酎かす濃縮液を利用した発酵TMR」を紹介(第7巻)。

 農業生産の過程で大きさや形、あるいは損傷などの理由で流通規格から除外される規格外農産物は水分含量が多く、排出時期が一時期に偏るなどの理由で、利用しにくい食品残渣として未利用のまま廃棄されることが多い。規格外農産物は資源の有効活用という点で検討を必要とするだけでなく、青果のままでは腐敗しやすく悪臭などの環境汚染の原因にもなる。ジャガイモは連作されることが多く、病害の蔓延を防止するために規格外品の圃場還元が敬遠されている。長崎県農林部農政課・嶋澤光一氏が「規格外ジャガイモの飼料利用による高品質豚肉の生産」(第7巻)を紹介。

図3 トウモロコシの雌穂(イアコーン)

 飼料米は養豚農家での利用があまり進んでいない。鶏は飼料米を籾米のまま給与しても筋胃があり消化されやすいが、豚では籾米のままだと消化率が悪く、粉砕など何らかの加工が必要になり、調達コストが高くなるためである。三重県畜産研究所・市川隆久氏による「肥育豚への飼料米ソフトグレイン飼料の給与」(第7巻)では、収穫した飼料米を火力乾燥せずにギ酸、グルコース、乳酸菌の添加で発酵貯蔵し、豚に給与。嗜好性、豚肉の品質や食味評価に遜色ない結果が得られた。

 そのほか、黒毛和種の育種改良、「汎用コンバインを活用した稲わらの迅速乾燥・収集体系」(第7巻)ミルクヒートポンプシステム(第2-(1)巻)、糸黒穂病が回避できるソルガム育成(第7巻)、養豚での温室効果ガス排出抑制を収録(第8巻)。ぜひお役立ていただきたい。