軽邑耕作鈔(陸中)・遺言(陸中)・地下掛諸品留書(岩代)・農民之勤耕作之次第覚書(岩代)・亀尾疇圃栄(松前)

口絵

軽邑耕作鈔(陸中)<けいゆうこうさくしょう>

南部軽米地方の畑作指針書。飢饉に備え,日常の基本食糧として穀物と野菜を重視し,これらの作物の栽培法と組合せを詳述。東北畑作の基本型がうかがわれる。

遺言(陸中)<ゆいごん>

「人と生れて人の道を知らずんば有べからず」で始まる格調高い遺言。人の道,凶作の心得から商人の心得,家族・使用人についての心得にいたる9条からなる。現代に通じる普遍性をもつ。

地下掛諸品留書(岩代)<じげかかりしょしなとめがき>

田畑の耕作について,技術と経営の両面から述べた書。一般論でなく,上田,中田,下田,さらには乾田,湿田など,それぞれの条件下での必要労力,技術を考察しているところに特色がある。

農民之勤耕作之次第覚書(岩代)<のうみんのつとめこうさくのしだいおぼえがき>

高冷地猪苗代地方での稲作を詳述。稲作に不利な寒冷という自然条件をどうとらえ,どう克服していったかがよくわかる。年間の作業手順,男女それぞれの作業標準,労力配分など,経営方法も詳述。

亀尾疇圃栄(松前)<かめのおちゅうほのさかえ>

神奈川条約により開港を余儀なくされた当時の函館では,住民の定着と食糧の自給が急務であった。庵原凾斎は函館近在の亀尾沢を拓き,各種作物を試作して,この地での農業の可能性を示した。