農業技術大系・野菜編 2015年版(追録第40号)


2015年版「追録40号」企画の重点

・環境制御技術の最新研究と経営事例―キュウリ・イチゴ・トマトを軸に解説

・イチゴのIPM技術―熱ショック処理,紫外光照射,高濃度炭酸ガス処理

・トマトの基礎生理・生態とイチゴの起源・来歴

〈ここまで見えた環境制御技術〉

 施設園芸の増収技術として注目の環境制御技術。この技術の特徴は,温度や湿度の管理,CO2の施用法,栽植の方法などが,これまでの常識と大きく異なり,それが確かな増収につながることだ。今号では昨年にひきつづき,この環境制御技術の最新情報を研究と経営事例の両面から大きく取り上げた。

●キュウリ

 10a当たり約40tという驚異的な収量をあげている佐賀県武雄市の山口仁司さんの経営事例を収録した。山口さんは作型を組み合わせて切れ間のない収穫期間を確保しつつ,環境制御技術を積極的に取り入れている。CO2を日中に施用し,温湿度を高めに管理する。なかでも,多収農家と中位農家,一般農家とでハウス内湿度の違いを調査したところ,「収量が高い農家ほど,ハウス内の湿度を高めに維持する傾向が認められる」という。大串和義氏(佐賀県杵島農業改良普及センター)による紹介。

 山口さんの実践を裏付ける研究報告が,野菜茶業研究所・東出忠桐氏による「環境制御からみたキュウリの生理・生態的特性」だ。キュウリの収量構成要素(図)を示したうえで,高湿度がキュウリの収量の増加につながるメカニズムを述べている。まず高湿度によって葉面積,側枝,節数が増加する。葉面積増加により受光量が増加し,節数の増加で着果数が増加し,この結果,収量が増加する。これは,高湿度で蒸散が低下して葉のカルシウム欠乏が生じ,葉面積が減少する結果,収量が減少することがあるトマトの場合と対照的だとしている。




図 キュウリの収量に関係する要素とその関係

 このほか,栽植密度,仕立て方法,温度,CO2がキュウリの生育や収量にどのような影響を与えるかについても解説。ちなみに,キュウリのCO2施用による増収効果はトマトより大きいとのこと。キュウリ農家の環境制御技術導入を後押しする報告だ。

●イチゴ

 イチゴは本来,秋に花芽分化したあと,冬の間休眠に入り,春に花を咲かせて果実をつける。これをハウス内で保温することによって花芽分化や休眠を制御して連続的に収穫させるのが現在主流の促成栽培だ。その意味でイチゴの促成栽培は環境制御の成果の賜物といえる。

 環境制御によって連続収穫を実現して10a当たり6.5tの収量をあげている静岡県掛川市の佐々木敦史さんの経営事例を収録した。佐々木さんの技術支援をしているのが,執筆していただいたJA静岡経済連技術コンサルタントの渥美忠行氏。渥美氏によれば,増収のポイントの一つは腋花房の花芽分化と分化後の温度管理。佐々木さんのイチゴは連棟ハウスによる高設栽培で,天井フィルムが周年張りっぱなしのため,定植後のハウス内温度が高くなりやすく,腋花房の花芽分化が遅れ,中休みにつながりやすい。そこでハウスのサイドと妻面,谷換気部分に2段式巻き上げをつけて,保温開始前まで全開で管理することでハウス内気温を下げて腋花房の花芽分化遅延を防いでいる。

 いっぽう,腋花房の花芽分化後は一転,保温につとめ,葉の展開と果実の着色を進める。厳寒期の温度管理は徹底しており,妻面とサイドのビニールはビニペットで固定張りにすることで隙間風をなくす。佐々木さんは保温開始頃からCO2の日中施用を始めているが,隙間風をなくすことは湿度保持につながり,CO2施用効果を安定させることにもつながるという。

 環境制御技術を導入したイチゴの生産者事例は,ほかにも3本収録。

 宮城・亘理いちごファームでは,環境制御技術が要の一つとなって東日本大震災からの産地復興を牽引している。齋藤智芳氏(亘理郡農業振興公社)による紹介。

 奈良・谷野隆昭さんは換気扇と天窓による温度制御,テープヒーターという資材を使ったクラウン加温,ファンヒーター型の光合成促進機を使ったCO2施用などによって安定した品質と収量をあげている。西本登志氏(奈良県農業研究開発センター)による紹介。

 香川・苺ファーム森本は,日射量に比例して培養液が給液される制御装置とピート栽培システム「らくちん高設システム」によって女峰の高品質生産をしている。同農園の櫻井有造氏による紹介。

 CO2施用をはじめとする環境制御は,環境条件の測定と組み合わせることで成果があがる。東日本大震災による被災地のイチゴ団地に導入された環境モニタリングシステムの活用方法を,宮城県の農業生産法人GRAの山根弘陽氏に紹介していただいた。

 今号では,中休み,成り疲れの発生とイチゴの生理の関係についても取り上げた。執筆をお願いした岡山大学の吉田裕一氏によると,中休みは「近年の温暖化とともにPOフィルムの周年展張が広まったことも影響している可能性が高い」。執筆にあたって行なわれた全国の主産地を対象としたアンケートの結果をみると,各地域の育苗方法と定植・保温開始時期などがわかる。連続収穫のための基礎資料として参考にしていただけたら幸いである。

●トマト

 現在,環境制御技術の導入がもっとも進んでいる作物はトマトだと思われる。今号では,その先進県の一つ,栃木県で環境制御の研究と普及をしてきた吉田剛氏に「土耕栽培での環境制御技術」をまとめていただいた。促成長期どり作型における温度管理の重要ポイントのほか,温度・飽差管理,CO2管理,光利用効率の向上方法などの実践的手法をデータとともに紹介している。とりわけ目を引くのが,腋芽ブリックス値による生育診断。現場では光合成の促進をねらった環境制御技術が盛んに取り入れられるようになったが,実際にトマトの植物体内で光合成がしっかり行なわれ,植物の呼吸消耗が抑えられているのかは判断しにくい。そこでトマトの腋芽のブリックス値を測定することで大まかな生育診断をする手法を紹介している。簡単な方法なので現場で活用できそうだ。

 また,トマトのロックウール栽培における植物体管理も環境制御技術の一つとして収録した。トマトの樹勢の強弱,栄養生長と生殖生長のバランスを生育調査によって把握し,適正な状態に近づける管理方法を日東紡績(株)にまとめていただいた。日東紡績(株)はオランダのグロダン社のロックウール培地の販売元であり,グロダン社の提唱している技術情報と自社の植物工場の実証栽培結果をもとに栽培サポートをしている。

〈イチゴの新しい防除技術〉

 イチゴに限ったことではないが,近年は薬剤耐性菌の発生あるいは薬剤抵抗性の発達が顕在化し,IPM(総合的病害虫管理技術)技術の開発が強く求められている。今号では,イチゴのIPM技術を3本収録した。

 「紫外光(UV-B)照射によるイチゴうどんこ病の防除」は,紫外光によってイチゴの病害抵抗性を高めることにより,病気にかかりにくくする技術。すでに導入している現場もあるようだが,従来の装置「タフナレイ」よりも低価格の「UV-B電球形蛍光灯」が発売されたことで,さらに導入が進みそうだ。兵庫県立農林水産技術総合センターの神頭武嗣氏による紹介。

 「炭酸ガスくん蒸によるハダニ防除」は,苗を気密性の高い装置に入れて高濃度炭酸ガスで処理することで薬剤抵抗性を発達させずにハダニの発生を抑える技術。こちらもすでに栃木県をはじめ現地に導入され始めている。(株)アグリクリニック研究所の村井保氏による紹介。

 「熱ショック処理による病害抵抗性誘導」は,温湯散布装置などによってイチゴの株を高温に短時間さらす熱ショック処理によって病害抵抗性を高め,うどんこ病などの発生を予防する技術。茨城大学の佐藤達雄氏にまとめていただいた。熱を利用した病害虫防除の研究は国の研究機関などでも進んでおり,今後ますます目が離せないものとなりそうだ。

〈トマトの生理・生態とイチゴの起源・来歴〉

 今号では,基礎編の改訂にも力を注いだ。一つはトマトで,「花芽分化の生理,生態」と「花芽発育の生理,生態」。元東北大学の斎藤隆氏自身による約40年ぶりの改訂である。当初は海外も含めたさまざまな研究成果を列挙していたが,今回筋道をわかりやすくするために自身の研究を中心にまとめていただいた。

 もう一つはイチゴで,「栽培イチゴの起源と来歴」。こちらも元横浜国立大学で日本イチゴセミナーの織田弥三郎氏自身による約10年ぶりの改訂。現在,栽培されているイチゴ品種は南米チリのチリーイチゴと北米産のバジニアイチゴの交雑から誕生したといわれる。それが誰によってどのようにして生まれたのか。またそれが日本にどのように伝来し,現在までどう変遷してきたのかをよりくわしくまとめていただいた。また,日本のような冬の低日射とビニール被覆の施設栽培で多収するには,高い光合成能力をもった品種の育成が大きな課題だと提言している。

 なお,イチゴの記事ではほかにも,籾がら培地を利用した夏どりイチゴの高設栽培を岡田益己氏(岩手大学)に,苗の間欠冷蔵処理を導入した奈良の仲西芳美さんの経営事例を矢奥泰章氏(奈良県農業研究開発センター)に紹介していただいた。

〈アスパラガスの最新研究〉

 人気作物であるアスパラガスの最新研究も2本収録した。

 「伏込み促成栽培」は,国産品がほとんど出回らない12〜3月に収穫する作型で,夏のアスパラガスの2〜3倍の単価が期待できる。毎年1〜2月に播種し,4〜5月にかけて露地に苗を定植して11月ころまで株を養成。秋の寒さで休眠に入り,一定期間の低温遭遇によって休眠打破された根株を掘取り,ハウス内の床に伏込んで12月から収穫する。秋の一定期間の低温遭遇により休眠が打破されていることが多収条件であることから,寒冷地向けの技術である。ただし近年,アスパラガスの休眠は高温によっても打破されることが明らかとなっており,今までは低温遭遇の問題で栽培できなかった温暖地域でも適用できる可能性もあるという。岩手県農業研究センターの山口貴之氏の紹介。

 「加工利用と流通および販売戦略」は,アスパラガスの缶詰加工をはじめ,「ミニアスパラ」「太もの」「3色アスパラ」(グリーンアスパラガスとホワイトアスパラガス,ムラサキアスパラガス)といった販売戦略についての解説。明治大学の元木悟氏にまとめていただいた。

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 このほか,サトイモの「水田での湛水栽培」を鹿児島県農業開発総合センターの池澤和広氏にまとめていただいた。通常畑地で栽培されている品種も,湛水状態で栽培すると光合成が促進され,増収する。湛水によって味が水っぽくなることもなく,食味は畑地栽培と同程度とのこと。遊休水田の活用も期待できる研究成果だ。

 キュウリの養液栽培システムも収録した。ヤシがら培地を使ったシステムで,自作可能な単純構造のシステムなので低コストですむ。このため小規模なハウスで導入できる。東京都農林総合研究センターの野口貴氏による紹介。