農業技術大系・野菜編 2006年版(追録第31号)


品種も栽培法も多様で高度になったトマトの大改訂。
イチゴ,ナスの省力化に向けた新技術と品種を紹介。
養液栽培が新研究に基づいてさらに充実。

  ●新品種・新台木を使いこなす。高品質化と省力化を実現した多様な栽培技術の特集

  ●精農家のトマト栽培技術を一挙に15事例収録

  ●イチゴの養液土耕,低コスト花芽分化促進新技術

  ●養液栽培の培養液管理の新研究「量的管理(定量施与)」,省力・高生産システムを支える新育苗システム「苗テラス」を収録。「各種の養液栽培方式」のコーナーを新設


〈品種も栽培法も多様で栽培技術も高度になったトマトの大改訂〉

●新品種をつくりこなす

 トマトの品種は,ここ数年,各社,各県で新品種が育成されて,各種の病害虫抵抗性,新栽培法に対応したもの,低コスト化や作業の省力化を実現するもの,大・中・ミニ・加工用と多様になっている。トマト栽培で問題になってきたのはタバココナジラミ類が媒介する黄化葉巻病。トマトは施設野菜で天敵を利用した減農薬栽培の先頭を切ってきたが,一挙に防除体系を転換せざるを得なくなった。しかし今,それに対応した品種が開発されてきた。そこで,「病虫害抵抗性品種の特性」のコーナーを最新の内容に改訂した。海外から導入されている黄化葉巻病抵抗性品種を導入する場合に,抵抗性の台木品種がないために,温度条件などによっては発病してしまうなど,注意すべき点が明らかにされている(野菜茶業研・斎藤氏)。

 また,「経営のねらいと品種選択」も一新するとともに,多様になった品種をつくりこなすために,「品種特性と作型適応性・栽培のポイント」を新設した。国・県・各種苗会社が販売している42品種(大玉23種,中玉5種,ミニ10種,加工用などのその他4種)の特性や栽培のポイントが詳細に解説されている。

 収録されている品種は,新しい栽培システム向けのものから,単為結果性の‘ルネッサンス’(写真1)など低コスト品種,産直,直売用の高糖度,高栄養品種まで幅広い。この情報を今後のトマト栽培に活かしていただきたい。


 写真1 単為結果性品種ルネッサンスの果実

●台木を使いこなす

 トマト栽培では,幼苗直接定植栽培,長期一作長段栽培,高糖度栽培,養液栽培など栽培方式が多様になっている。そうしたなかで,問題になっている青枯病や萎凋病レース3などに抵抗性をもつ品種が育成されている。そこで,「台木の種類・品種と生育特性」を最新の内容にするとともに,主要6社が育成している24品種の特性と使いこなし方を収録した。土壌病害の発生状況や栽培の目的に合わせて選択できるようになっている。

●高品質化と省力化を実現した多様な栽培技術の特集

 「作型,栽培システムと栽培の要点」のコーナーなどに高品質化や省力化,環境保全型栽培を実現する新たな5つの技術を収録した。

 まず「塩ストレス処理による果実品質の向上」は,高糖度化をねらったもの。塩ストレス処理したトマトでは,葉から果実への光合成産物の転流と分配が促進されることがわかり,塩ストレス処理は単なる濃縮効果だけでないことが解明された。ここでは,使用する塩はNaClが最適であること,果実肥大の後期のみ処理することで尻腐れ果の発生率が低減する,収量が落ちない最適な処理期間や栽植密度(高密植栽培でも可能)などが明らかにされている。(筑波大学・斎藤氏)。

 次は「袋培地栽培システム」(写真2)。培地の容量は30lで,1袋当たり4株植えを基本にしている。袋培地ごとに独立しているため,土壌病害が発生しても,その袋だけ更新すればよいので自根栽培が可能になる,自家施工が可能でコストがかからない,少量多回の液肥と灌水で草勢がコンパクトになるなどメリットは多い。しかも,収量は安定し,奇形果や乱形果などの発生が少なくなる優れものである(愛知農総試・金子氏)。


 写真2 袋培地栽培システムの定植後のトマト

 次いで「遮根シートを用いた環境保全型栽培」。遮根シートには溝敷設と全面敷設の2つの方法がある。それに太陽熱土壌消毒を組み合わせて,接ぎ木栽培や抵抗性品種で回避できない褐色根腐病とネコブセンチュウを防除する栽培法である。施肥部分が局所的になるので,施肥量を慣行の半分にしても同程度の収量を確保できる。従来の遮根シート栽培を大幅に改良した画期的な栽培法である(千葉農総研・川上氏)。

 4つ目は「Qターン整枝栽培」。トマト栽培は省力化が進められているものの,誘引整枝作業が負担になっている。この整枝法は,作業時間が7割程度までに短縮できるだけでなく,腰を伸ばして収穫できる通路からの高さが70?以上の部分の果房が6割程度になって,作業環境が大幅に改善できる。しかも,平均1果重が重くなり,A品率も高くなる(群馬農技セ・金井氏)。

 養液栽培で高糖度トマト生産技術を確立しているのが,静岡県で開発された「低段密植周年栽培システム」。高糖度トマト生産には肥大過程を通じて水分ストレスを継続的に与える必要があるが,それを可能にするために,1~3段果房だけを収穫する低段密植栽培を年間3.5回くらい繰り返して栽培するもの(1作当たり3t/10aの収量)。栽培装置にはワンポットシステム(写真3)と遮根培地ユニットシステムがある。後者は1株当たりの培地量を約200mlに減少させ,培地の充填や除去作業を簡易化したもの。年間を通じて大量の苗を供給するために,人工光利用による閉鎖式育苗システムも導入されている(静岡農試・大石氏)。


 写真3 低段密植周年栽培でのワンポットシステム

●精農家のトマト栽培技術を一挙に15事例収録

 それぞれ,いち早く新品種を導入したり,独自の技術を導入して省力的で高品質生産を実現している。伝統的な産地だけでなく,高軒高ハウスの立体空間を利用した生産システム(写真4)や,籾がら水耕栽培など独自に開発した低コスト養液栽培など新たな栽培様式や個性的な品種を栽培したり,加工や直売している事例を加えた。有・カンジンファームのような反収45tをあげている生産者を収録するとともに,埼玉県の養田昇さんのような篤農家の事例も最新の内容に改訂した。養田さんは,従来の不耕起栽培に加えて,U子を独自に開発して,ネットの最長部に達した主枝を北側にUターンさせる整枝方法をとり(写真5),収穫段数や果実品質の向上を実現している。


 写真4 上下立体時間差連続栽培のようす


 写真5 養田さんのU子によるUターンのようす

〈イチゴ,ナスの省力化に向けた新技術・品種を紹介〉

●イチゴの養液土耕,低コスト花芽分化促進新技術

 イチゴでは,近年導入が始まった養液土耕栽培を新設した。慣行栽培と異なるのは,基肥を用いず,薄い液肥を灌水するともに,生育や吸収量に応じて灌水量と施肥量を同時に自由にコントロールできること。加えて,熱水土壌消毒と不耕起栽培を組み合わせた技術も紹介した。熱水土壌消毒により,不耕起栽培で問題になるセンチュウ類や土壌病害が防除できる。また不耕起栽培では,根系が深くなること,残根の寄与によって,土壌の膨軟性が増していることも明らかにされている(茨城農総セ園研・鈴木氏)。

 さらに,「蒸発潜熱を利用した紙ポット育苗の花芽分化促進技術」も収録。これは,紙ポットを利用した新たな育苗法で,灌水によって紙ポットと用土に吸収された水が日に当たり,ポットとその内部が冷えることによる気化冷却を利用したもの。クラウン部の局部温度制御によって,花芽分化が促進できる低コスト技術として注目したい。また,紙ポットはポリポット以上に窒素が切れやすいので,花芽分化がより促進されて収穫時期を早めることが可能になる(野菜茶業研・荒木氏)。

●大幅な省力化が可能になるナスの穂木品種と台木品種が登場

 ナスでは大幅に省力化できる品種が高知県で育成されている。穂木品種では受粉作業が不要になり,大幅な省力化が期待できる単為結果性品種‘はつゆめ’を,台木品種では青枯病と半枯病に抵抗性があり,無加温栽培でも導入できる‘台二郎’を紹介(高知農技セ・松本氏,岡田氏)。

〈養液栽培の新研究に基づく大改訂〉

 養液栽培は,システムも技術も高度になり,栽培される品目も多様になっている。今追録では,「量的管理」という画期的な新研究を収録するとともに,各品目ごとの管理法を解説する「養液栽培での生育と技術」のコーナーを全面改訂した(第12巻)。

●養液栽培の培養液管理の新研究「量的管理」

 従来の養分濃度に基づく「濃度管理」ではなく,各作物で最大収量を得るための最適な養分量を基準に,1,2週間間隔で一定量の培養液を施用するものである。従来よりも大幅に少ない施用量で,的確で容易に培養管理ができる画期的な研究である。少ない施用量でも,収量・品質が落ちることはない。量的管理はさらに,必要施与量を日射量に応じて与える「日射比例型量的管理法」や固形培地耕での量的管理など新たな研究も進められている。この研究が養液栽培の技術を大きく変えそうである(京都府大・寺林氏)。

●「養液栽培での生育と技術」を最新の内容に全面改訂

 今追録でイチゴ,トマト,ミツバ,ネギ,ホウレンソウを最新の内容に改訂した。

 イチゴでは高設栽培で導入が進んでいるが,近年はコスト低減のためにロックウール粒状綿やヤシ殻などと混合した有機培地の利用が多くなっている。有機培地は連用によって保水性や排水性という物理的特性が変化する。今追録では,「粒子サイズの大きいヤシ殻の混合比率が高いほど連用に伴って保水性が増加する」など,使いこなし方が詳細に解説されている。高設栽培でポイントになるのは根域の温度管理だが,温度管理の違いによる根の状態などの詳細なデータに基づく緻密な根域加温法が解説されている(静大・遠藤氏)。

 トマトでは,養液栽培でも完熟系を中心とした大玉トマトのほか,品質重視のミニトマトや中玉トマトも栽培されるようになった。高糖度トマト栽培のために,年間を通じて2.5~3.5作程度の周年栽培をする低段密植栽培で導入されている。そのために導入されているのが閉鎖型苗生産システム。これでトマト苗を育苗し,周年安定して苗を供給できるようになった。こういった研究や,先に紹介した「量的管理」や「日射比例型量的管理法」(表1)という最新の養液管理法に基づいて解説されている(千葉大・北条氏)。


 表1 日射比例型量的管理法がトマトの収量と糖度に及ぼす影響(丸尾,2003)

処理me/MJ上物収量(kg/株)果数(個/株)1果重(g/果)糖度(%)
日射比例型量的管理0.60me1.26.7176.06.0
0.45me1.36.6202.05.4
0.30me1.26.9181.05.1
EC制御EC1.2dS/m0.63.9156.05.5

 水耕ミツバは,日本の養液栽培の代表的な作物で,その歴史も古く,全工程で自動化と機械化が進んで世界的にもトップレベルの技術を誇っている。今追録では,最近導入された移植栽培や,季節ごとにpHの変動を見ながら追肥を施用する新しい培養液管理などが紹介されている(千葉大・丸尾氏)。丸尾氏には水耕ネギも執筆いただいたが,ここでも先の量的管理による培養液管理が紹介されている。注目したいのは,ネギは葉で吸収した空気を根に運ぶ組織がないことから,水耕栽培では根のごく近辺が酸素不足になることが多い。そのために,各種の酸素富化装置が開発され,導入されている。

 水耕ホウレンソウは,移植栽培で年間21作作付けされている農園もあるそうだ。ホウレンソウの技術で最も重要なものの一つが育苗で,苗質が生産に大きく影響する。不織布を利用した育苗チップを培地にして,そこにネーキッド種子(種子のからを物理的に剥いだもの)を播種する方法や,セル成型苗の育苗技術を応用して普通種子を播種する方法など新たな育苗法が開発されている。養液栽培特有の根の障害「オルピディウム症」や病害についても,栽培ベッドを小さなブロックに分けて独立した培養液循環系にすることで発病を防ぐ対策が開発されている。また,葉中硝酸濃度を低減させる方法も詳細に紹介されている(太洋興業・岡部氏)。

●省力・高生産システムを支える新育苗システム「苗テラス」

 苗テラスは第12巻の施設・資材のコーナーに収録した。このシステムは,人工光閉鎖型生産装置ともいわれるもの。育苗センターなどだけでなく,低段密植栽培の導入が広がっているトマトや葉物類などで導入されている(写真6)。トマトの低段密植栽培では年間を通して大量の苗が必要になるが,苗テラスの導入で,苗を少ない労力で,計画的に供給できる。また,胚軸が太く,葉長が短く葉幅があるなど良質な苗がつくれる,接ぎ木した場合に生育が通常よりも格段に速い,苗揃いが良いなどとメリットがきわめて多い(太洋興業・中南氏)。


 写真6 苗テラスの導入例(桃沢農園の苗テラス)

●中山間地の傾斜地でも養液栽培が可能な新システムが開発される

 傾斜地の多い四国地方の中山間地での導入を目的に,独・近畿中国四国農業研究センターが開発した傾斜地施設での養液栽培を紹介した(東出氏)。不整形な圃場でも導入でき,傾斜地での養液栽培で問題になる給液バルブ閉鎖後の漏出を防ぐ水だれ防止機能付き点滴チューブ,余剰培養液を回収して再利用するなど様々な工夫がされている。

 何といっても,システムの導入資材費が10a当たり116万円と安価なことは導入しやすく,うれしいことである。この記事には,夏秋トマトの栽培法が解説されているが,病害虫や気象災害が回避できるために,ほとんどの生産者が10a当たり14tの収量を毎年安定してあげることができるのが最大のメリットである。なお,この記事は,今追録で新設した「各種の養液栽培方式」に収録したが,今後もこのような独自な技術を紹介していく。