農業技術大系・作物編 2020年版(追録第42号)


ジャガイモの品種と基本技術 サツマイモの品種と最新技術 イネの生産者事例

 本追録では,ジャガイモとサツマイモの内容をおよそ40年ぶりに大幅改訂した。ご存知のように,ジャガイモとサツマイモは元来,コメ,ムギなどと同じく食糧として,あるいはデンプン原料としての利用が主だった。だが,現在は食糧としての役目はほぼ終え,ふだんの食用(調理用)のほかに,ポテトサラダ,ポテトチップス,焼きいも,干しいも,スイーツなどの加工食品用として利用されることが多くなった。この点を踏まえた追録内容となっている。

●ジャガイモの品種と基本技術

 ジャガイモ栽培の動向や利用の変化などについて,カルビーポテト(株)の森元幸氏に改訂していただいた(「ジャガイモの農業上の位置」「日本人の生活とジャガイモ」「日本でのジャガイモ栽培の将来」)。それによると,わが国のジャガイモ消費の転機は1970年の大阪万博EXPO’70。レストランでフレンチフライが人気を博し,ジャガイモを油で揚げる用途が生まれたため,低下し続けていた消費量が増加に転じた(その後は1人当たり年間消費量17㎏前後で平行線)。また,ジャガイモ栽培の適地と分布,分類などは,筑波大学の渡邉和男氏に改訂していただいた(「原産地でのジャガイモ」「原産地・栽培の起源と分布」「分類と類縁関係」)。ジャガイモ生産の多い国は20世紀半ばではヨーロッパの中~北部に分布していたが,ここ30年くらいでインドや中国などに移っており,いずれもジャガイモに好適な比較的低温の気候帯の地域である。

 本追録では,品種の項目を約60ページに渡って大幅改訂・新規収録した。「休眠性と品種選択」「耐病虫性,生理障害耐性と品種選択」「主要品種の特性(一期春作用品種)」を農研機構北海道農業研究センターの浅野賢治氏に,「用途と品種選択」を森元幸氏に,「主要品種の特性(二期作用品種)」を長崎県農林技術開発センター馬鈴薯研究室の茶谷正孝氏にまとめていただいた。それによると,栽培面積の多い‘男爵薯’‘メークイン’‘トヨシロ’‘コナフブキ’などの主要品種のほとんどはジャガイモシストセンチュウ抵抗性を持たないため,‘キタアカリ’‘とうや’‘さやか’など抵抗性を持つ品種に置換えが進みつつある(図1)。本追録で収録した品種‘キタムラサキ’(写真1)‘ノーザンルビー’(写真2)‘はるか’(写真3)‘ぽろしり’(写真4)などもジャガイモシストセンチュウ抵抗性品種である。

図1 品種ごとの栽培面積の推移

その他は,明確な用途区分が不明な品種の合計面積を示す

用途が明確な品種は,調理(生食)用品種,加工食品用品種,デンプン原料用品種として合計面積を示す


写真1 キタムラサキ


写真2 ノーザンルビー


写真3 はるか


写真4 ぽろしり

(写真提供:カルビーポテト株式会社馬鈴薯研究所)


 また,栽培の基本技術の項目も改訂を進めた。「秋作栽培」「冬作・春作マルチ栽培」を長崎県農林技術開発センター馬鈴薯研究室の茶谷正孝氏・坂本悠氏にまとめていただいた。それによると,秋作栽培の栽培期間にあたる8~12月の最高気温が30年前より上昇している一方で,生育後期の初霜日は30年前とほぼ同じであるため,ジャガイモの生育に適する期間が短くなってきている。そのため,適期に栽培し,早期生育,早期肥大を促すことが重要になっている。また,冬作・春作マルチ栽培では管理機装着型マルチャー(写真5)や乗用タイプの小型ポテトハーベスタ(写真6)などの機械化が進み,大雨による土壌流亡防止と地力維持向上のための緑肥栽培が増えている。

写真5 管理機装着型マルチャー


写真6 乗用タイプの小型ポテトハーベスタ


 なお,本追録から,種いも生産の項目を新設し,「種いも生産体系」(農研機構種苗管理センター・木村鉄也氏),「ジベレリンを活用した小粒種いも生産技術」(農研機構北海道農業研究センター・津田昌吾氏)を収録した。

 貯蔵技術の項目には,「エチレンを用いた加工原料用ジャガイモの貯蔵」(カルビーポテト(株)・津山睦生氏)を収録し,当面する技術課題の項目には,省力化に向けて北海道で導入が進む大規模機械化体系として「早期培土栽培」「ソイルコンディショニング(ソイルコン)栽培」(北海道立総合研究機構十勝農業試験場・大波正寿氏)を収録した(写真7)。

写真7 砕土装置付き培土機


●サツマイモの品種と最新技術

 サツマイモでも品種の項目の改訂・新規収録を進めた。カラー口絵として「サツマイモの品種」を農研機構北海道農業研究センターの片山健二氏にまとめていただいた。口絵とは別に‘べにはるか’を農研機構九州沖縄農業研究センターの甲斐由美氏にまとめいただいた(写真8)。これによると,サツマイモの国内における用途は食用(青果用)がほぼ半分を占め,次いでアルコール醸造用,デンプン原料用,加工食品用の順に多い。サツマイモの消費は近年,嗜好品としての役割が強まり,近年の青果用品種はとくにその傾向が著しい。そんな中で,‘べにはるか’はいもの表面が滑らかで外観が優れるだけでなく,食味もよい。蒸しいもや焼きいもにすると肉質がしっとりと軟らかくなる。現在では全国のサツマイモ作付け面積の約1割を占めるに至っている。

 こうした動向の変化から,サツマイモの品質特性は収量性やデンプン含有率などに加えて食味,加工適性,貯蔵性が重視されるようになってきた。本追録では,「サツマイモの甘さと食感にかかわる要因」を農研機構の中村善行氏にまとめていただいた。

写真8 べにはるかの塊根


 また,各地の作型と技術の特徴の項目に「直播栽培の概要と栽培上の留意点」(農研機構九州沖縄農業研究センターの境垣内岳雄氏・甲斐由美氏)を収録した(写真9)。生食用に比べて単価の低いデンプン用や焼酎用のサツマイモ生産における省力化のために,ジャガイモやサトイモのように種いもを直接圃場に植え付ける研究が進められている。また,当面する技術課題の項目には,「サツマイモネコブセンチュウ被害に影響を及ぼす要因」(農研機構九州沖縄農業研究センター・鈴木崇之氏)を収録した。

写真9 直播栽培したサツマイモの塊根


種いも(親いも)を植えると,子いもとして,親いもの根が肥大した親根いもと,親いもから伸びたつるに着生したつる根いもが得られる。つる根いもがおもに着く品種がよい

 サツマイモ栽培の動向などについては,元農林省農林水産技術会議の坂井健吉氏に改訂していただいた。サツマイモはもともと熱帯が原産なので,高温を好む作物とされており,世界的な分布をみれば熱帯,亜熱帯のほか温帯にも広く分布。国別では中国が断然多い。

●イネの生産者事例

 イネは比較的規模の大きい経営体の生産者事例を5例収録した。2021年産米の需給均衡に過去最大規模の作付け減が求められるなか,現場の個別具体的な実践に学びたい。

 たとえば,広島県神石高原町の株式会社ヴィレッジホーム光末(水稲作付け面積33haのうち主食用23.7ha,モチ用0.7ha,WCS用9ha)では,和牛子牛の繁殖・育成で発生する糞尿を堆肥化した有機質肥料を米生産で活用し,米生産で生ずる稲わらを子牛のえさとする資源循環型の農業を実践している。このため,‘コシヒカリ’での化学肥料由来の窒素施用量は約4㎏/10aと比較的少ない。育苗関連の経費削減のために,高密度播種苗専用の高精度移植機を導入。10a当たりの使用苗箱数は18箱から6.5~7.5箱に減り,育苗や田植えに関連する資材費や労務費など合わせて年間150万円程度削減となった。繁殖和牛の素牛57頭,白ネギ1.1haなどの複合経営で従業員7名を雇用し,中山間地域の中心的役割を担っている(「高密度播種で苗箱削減,品種の組合わせで作業分散,施肥の最適化で経費削減,増収」)。

 このほか,愛知県刈谷市・農事組合法人よさみ「不耕起V溝直播栽培を核とした水稲―小麦―大豆の大規模水田作経営」,兵庫県三木市・殿畑営農組合「酒米の山田錦で湛水直播栽培,作業労力を軽減しながら高品質米生産」,滋賀県東近江市・栗見出在家町魚のゆりかご水田協議会「琵琶湖と田んぼを魚が行き来し,人々の交流で米の販路拡大・6次産業化」,岡山県倉敷市・株式会社コアラファーム「肥料代半減,農薬削減,苗箱枚数も削減,毎朝つきたての軟らかいお餅を地元で販売」を収録した。