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かつては低温による出芽不良の危険から,寒地(北海道)で直播は困難とされていたが,現在は湛水直播のみならず,さらに省力的な乾田直播も広がっている(図1)。地域的な取組みのほか,施肥,出芽不良,水管理,アメリカ合衆国の湛水直播&乾田直播について収録(以降,それぞれ冒頭の太字は記事タイトル,文末のカッコ内は著者の所属と氏名)。
図1 北海道岩見沢地域での乾田直播。垂直爪のハローによる耕起と,ドリルによる播種が同時にできるコンビネーションハローシーダー。乾田直播のみならず,ムギ・ダイズなど穀類の播種に幅広く使用できる。作業速度は毎時6~10kmで,1ha以上の大区画圃場なら1日8~10haの播種作業が可能
乾田直播を組み込んだ水田の輪作農業―北海道岩見沢地域 北海道空知地方は8割が水田で,転作率は約40%である。規模拡大で労働力が不足し,農作業機械の汎用性が高く,水稲の機械・施設の一部が共有できるなどの理由から,転作の主力はコムギ・ダイズである。水稲の直播栽培は,投下される消費燃料が慣行栽培より少ない。輪作で導入した場合は復元田での栽培となるため,タンパク値が上昇するものの,施肥量が少ない。直播作業機は高価だが,畑作の作業にも稼働できる汎用機であり,その費用は移植栽培より小さくなる。乾田直播の普及により,均平機,ケンブリッジローラーの導入が進み,これらの作業機を活かした無代かき移植栽培も急増している。乾田直播と同じく団粒構造を破壊しないので,田畑輪換に有効である(元北海道普及指導員・齊藤義崇氏)。
北海道での水稲乾田直播栽培の窒素追肥時期の検討 北海道の水稲乾田直播栽培では,落水状態での茎葉処理除草剤の使用が必要不可欠である。処理時期は,一度で効率的に防除するため,ノビエ5~6葉期の晩限に散布されることが多い。その時期は水稲‘ほしまる’の6葉期前後で,ちょうど追肥の時期に重なる。北海道ではイネが幼穂形成期以降に最高分げつ期を迎えるので,遅れ穂による米の品質低下(青米や屑米など)を防ぐため,追肥は幼穂形成期までが目安である。落水をともなう茎葉処理除草剤を晩限に散布するさいは,その直前に追肥すると落水によって流れてしまうため,追肥は除草剤散布後の幼穂形成期ころが望ましい。落水しない場合は,幼穂形成期直前に追肥すると施肥効率が高く,穂数が増えて増収する(農研機構 北海道農業研究センター・牛木純氏)。
節水型水田灌漑技術による農業用水の効率的利用 夏季の気温が高い時期の水温上昇による,水稲の高温障害を回避する手法として,深水灌漑がある。愛知県三河地方の矢作川下流域は恒常的な取水制限があり,1990年ころから冬季代かき深水無落水灌漑方式を取り入れた不耕起乾田直播栽培が普及している。冬季の農業用水を利用した冬季代かきは,春先の代かき・田植え期に発生する矢作川からの取水量のピークを緩和し,農業用水の節水利用に貢献している。また,深水無落水による灌漑方法は,灌漑期間中のほとんどの降雨が圃場内に貯留され,灌漑水とともに長期間保水されることで,農業用水の効率的利用にも貢献している。農家にとって灌漑水の確保に対する不安が少なくなるという心理的な利点もある(東京農業大学・中村好男氏)。
湛水直播栽培での出芽・苗立ちの確保 播種後の落水管理では,過度の代かきを行なわず,播種当日または翌日には落水し,圃場の均平精度を高め,必要に応じて作溝して滞水箇所をつくらないようにし,田面に大きなひび割れが生じそうな場合には早期入水して浅水管理とする。また近年,鉄コーティング種子が注目されている。鉄資材を重りとすることで,浮き苗を抑制しながら,土壌表面への播種で初期生育量を確保する。種子表面の色調によるカモフラージュ効果や,鉄資材と種子との高い固着性で鳥害を回避する効果もある。さらに苗立ちは気温日較差による影響もあり,差が大きな内陸部では早期に播種でき,差が小さな沿岸部では播種を遅らせることによって生育が安定する(農研機構 中央農業総合研究センター・古畑昌巳氏)。
タイヌビエの生育抑制を目的とした飼料イネ湛水直播様式と目標苗立ち数 飼料イネの生産は,輸入粗飼料に対抗するためにできるだけ低コストにする必要があり,育苗と田植え作業の省略により,生産費や労働時間を削減できる直播栽培の導入が図られている。しかし,移植栽培と異なり,イネと雑草の生育ステージに差がないなど,雑草防除を困難にする要因が存在する。寒冷地の湛水直播栽培では,条播で苗立ち数が105本/m2の場合,タイヌビエを許容残草量以下にする必要除草期間は40日間前後となるため,一発処理除草剤の残効期間が長くない場合は効果が不足する恐れがある。そこで,耐倒伏性の高い品種(べこあおば)で散播し,播種量を多くして苗立ち数を210本/m2程度とすれば,必要除草期間は30日間に短縮できる(農研機構 近畿中国四国農業研究センター・橘雅明氏)。
鉄コーティング湛水直播栽培での落水管理と点播による安定栽培技術 鉄コーティング種子はカルパーコーティング種子に比べて出芽・苗立ちが遅れることがあり,苗立率の変動も大きい。出芽・苗立ちを向上させるには,気温が低い時期の早まきは避け,播種床を軟らかくしすぎず,乾籾重量の1.25倍程度の鉄コーティング種子を土壌表面に播種する。播種後は落水管理を基本とするが,カルパーコーティング直播よりも土壌を湿潤に保つ。出芽に必要な水分を籾に補給するため,種子が乾燥しすぎる場合には適宜灌水する。また,北陸地域‘コシヒカリ’での収量安定化のためには,播種様式を点播にして受光態勢を改善し,籾数の確保と出穂期以降の登熟能力を向上させることが重要である(新潟県農業総合研究所・佐藤徹氏)。
アメリカ合衆国の稲作 玄米収量(籾収量から推定)は,カリフォルニア州が1980年に,アーカンソー州とミシシッピ州が2001年に,日本を凌駕している(図2,3)。直近5年間では,カリフォルニア州が10a当たり745kg,アーカンソー州が644kg,ミシシッピ州が647kgと,日本の534kgよりも高い。多収の要因は,豊富な日射量によるところが大きいものの,育成品種の貢献も約5割程度と考えられる。中南部では,乾田直播で大きな問題になる赤米を枯らす除草剤に耐性をもつ品種も育成されている。この20年間で病害の問題も大幅に解決された。これは有効な殺菌剤が開発され,普及したためであり,いもち病は生育中期の深水でも軽減化した。施肥管理も土壌診断によってリン酸など窒素以外の不足成分が施用されている(農研機構 九州沖縄農業研究センター・森田敏氏)。
図2 米国アーカーソン州での収穫作業(乾田直播,8月30日,撮影:農研機構・住田弘一)
図3 日米の水稲収量の推移。米国の各州の収量はUSDA National Agricultural Statistics Service(2015b)資料(籾収量に0.8を乗じて玄米収量を算出),日本の収量は農林水産省作物統計のデータを用いた
山口県の主要品種の疎植栽培特性と「エコ50」水稲への疎植栽培の導入 山口県でも省力・低コスト技術として,疎植栽培が広がっているため,主要品種‘ヒノヒカリ’で,生育,収量や品質に及ぼす影響を検討した。疎植栽培では,使用する育苗箱数が減るので,播種,育苗,移植に要する労働時間や育苗資材費が低減できる。圃場の前歴にかかわりなく施肥量が同じであれば,m2当たり籾数や千粒重および登熟歩合の登熟形質に差はなく,収量にも差がなかった。疎植栽培では茎数と穂数を確保することが重要であることから,分げつの発生を阻害しないように,地力の低い田を避け,健苗育成や浅水管理の徹底を図るなど,生育特性を考慮した圃場選定や栽培管理が必要である(山口県農林総合技術センター・池尻明彦氏)。
水稲品種にこまるの育苗箱全量施肥における育苗法 ‘にこまる’は苗の生育が旺盛で‘ヒノヒカリ’などに比べ徒長しやすい。育苗箱全量施肥では,20日間の育苗期間中にも,すでにわずかではあるが窒素の溶出が始まる。5~6月の育苗では後半に過度の窒素溶出が始まりやすく,苗マットの強度も低下する傾向がある。そのため,育苗期間を約2週間と短くし,苗箱の下を浮かして排水を良くすることで苗の徒長が抑制できる(図4)。窒素を40%削減した疎植栽培では,初期の窒素の溶出率が低く,茎数は少ないが,幼穂形成期ころに溶出率が高まり,穂数が少なく1穂籾数が多い偏穂重型の草型となる。ただし,生育初期から高温多日照だと,過剰分げつとなることも考えられるので,中干しなどによる分げつの抑制が必要である(長崎県農林技術開発センター・古賀潤弥氏)。
図4 左は育苗箱全量施肥で徒長したにこまる。被覆尿素肥料の層状施肥(中央),苗を浮かせる排水性改善(右)で徒長を防ぐ
成熟期レンゲの鋤きこみが水稲の窒素吸収と収量に及ぼす影響 成熟期レンゲは,開花期レンゲに比べると基肥窒素代替効果は低いが,還元障害や窒素過剰が発生する恐れがなく,湿田であっても全量を鋤きこむことができる。レンゲの生育が旺盛なら,鋤きこみ後2~4週間待って水稲を移植すれば,基肥に添加する化学肥料が省略できる。移植時期を遅らせられないときは,窒素10a当たり3kg程度を基肥にすると初期生育がよくなる。可給態窒素が少ない圃場では,さらに3kg程度の穂肥が有効である。成熟期レンゲは自然の種子散布も期待でき,鋤きこめば腐植物質となり,土壌肥沃度を高める効果もある。レンゲ生産量に合わせた,開花期レンゲと成熟期レンゲの使い分けも有効である(静岡大学・南雲俊之氏)。
コシヒカリの外観品質低下要因とその対策 愛知県での‘コシヒカリ’の外観品質低下は高温・多照による基部未熟粒の増加が要因である。そのため,全量基肥肥料の配合を,従来型の被覆尿素肥料から,新型肥料に改良した。新型肥料は生育前半の肥効を抑え,後半の肥効を高めた配合である。しかし,新型肥料が多くの生産現場で使用されたにもかかわらず,1等米比率は低迷し,十分な成果があげられなかった。これは,食味向上の目的で玄米タンパク質含量を抑制するため,過度に窒素施用量を減らしていることに加え,輪作体系により地力が低下していることが原因と考えられる。窒素供給を適正量まで増やすことで,白未熟粒の発生を抑制し,米の外観や食感を改善しつつ,食味の低下も抑えられる(愛知県農業総合試験場・杉浦和彦氏)。
遮光・高温の玄米への影響と粒厚選別・光選別による外観品質向上 ‘日本晴’‘ヒノヒカリ’を栽培し,高温・遮光処理を施した結果,粒厚が小さくなるほど,穀粒判別器による整粒割合,炊飯食味計による食味値,官能検査による総合食味が低下した。粒厚が大きいほど白未熟粒割合,タンパク質含有率が低く,アミロース含有率は高まるものの,アミログラム特性に優れ,食味が向上した。粒厚選別と光選別の組合わせについて検討したところ,粒厚選別を2.0mmと1.8mmの2段選別とし,2.0mm以上を高品質に仕上げて出荷し,1.8~2.0mmを商品価値の高い状態に仕上げ,等級の整粒割合閾値に届かないものは光選別機を補助的に使用することで,さらなる玄米の外観品質向上と歩留り向上が期待できる(岡山大学・齊藤邦行氏,株式会社サタケ・石突裕樹氏)。
コムギ育種の現状と今後の展開 わが国のコムギの自給率は約13%だが,その比率は用途ごとに大きな違いがある。日本めん用は約60%と高いが,そのほかはパン用が2.6%,その他めん用(中華めん,即席めんなど)が5.7%,菓子用が13.9%と低い。また,国内産コムギに対する補助金には,畑作物の直接支払交付金と水田活用の直接支払交付金がある。畑作物の直接支払交付金は数量払と面積払から構成され,コムギの数量払はパン・中華めん用品種に加算があり,それら品種の栽培を推進する仕組みにもなっている。国産コムギの増産には,これら自給率の低い用途に適したコムギ品種を開発し,栽培面積を増やすことが必要である(農研機構 作物研究所・小田俊介氏)。
オオムギ育種の現状と今後の展開 オオムギには六条と二条,カワムギとハダカムギの区別があり,日本国内では精麦して麦ご飯用(丸麦,押麦,米粒麦など)や,精麦をさらに焼酎・味噌用に醸造して使われる。また,焙煎して麦茶用に加工されるなどの幅広い用途がある。2014年産は国内で約18万t生産されているが,生産量は実需者が求める量を下まわり,増産が求められている。育成品種は,炊飯後に褐変しないもの,食物繊維β-グルカンが多いもの,もち性のもの,鮮度が劣化しにくいビール醸造用などがある。そのほか,土壌伝染性ウイルス抵抗性があるもの,赤かび病に強いもの,凍霜害を受けにくいもの,飼料用,硝子率低減などの系統選抜,実需者と連携した育種も進んでいる(農研機構 作物研究所・柳澤貴司氏)。
コムギの開花期窒素追肥による子実タンパク質含有率の向上 開花期前後,登熟中期の窒素追肥は開花後同化窒素量を増やし,葉の老化を抑制し,光合成能力を維持して開花後同化乾物量を増やす。また,同化窒素量の増加が,同化乾物量の増加よりも多くなるため,子実タンパク質含有率も高くなる。節間伸長期の窒素追肥は開花期の窒素蓄積量を増やし,分げつの枯死を防ぎ,新たな分げつ発生を促して葉面積を拡大・維持し,葉身中の窒素濃度を高め,光合成活性を向上させる。その結果,穂数が増え,開花後同化乾物量が増え,収量が増えるいっぽう,分げつの増加で窒素需要が増えるため,子実タンパク質含有率は高まらない(農研機構 中央農業総合研究センター・島崎由美氏)。
ハダカムギの晩まきによる弊害と施肥対応 ハダカムギは湿害や低温害に弱いにもかかわらず,近年,播種期の降水量が増加傾向にある。播種適期幅も短く,秋雨の晴れ間をねらって耕起,溝切り,播種,除草剤散布などの作業が集中する。作付規模も拡大しているため,播種遅延や出芽不良によるまき直しを余儀なくされ,収量と品質が低下している。そこで,総窒素量を増やしたところ,穂数と全粒数の減少を抑制し,減収が軽減できた。なかでも穂肥の増量は効果が高いが,硝子率の上昇を促し,全粒数が増えるため,粒当たりの光合成産物の蓄積量が減少し,品質が低下する恐れがある。そのため,基肥や中間追肥の増量によって初期生育を促進し,分げつの発生を促し,地上部の乾物重と穂数の確保を図る(愛媛県農林水産研究所・辻田泉氏)。
コムギの播種遅れによる減収を防ぐ施肥法 山口県でのコムギ‘ニシノカオリ’‘ふくさやか’の播種適期は11月中下旬である。しかし,作付規模が拡大していることから,降雨などの影響で12月上旬~中下旬に遅れることが少なくない。そこで,ニシノカオリの晩播では穂肥窒素を増量すればほぼ慣行並みとなり,極晩播では分げつ肥を省いて穂肥窒素をさらに増量すれば慣行よりも増収した。しかし,‘ふくさやか’は分げつ力が弱く,晩播では慣行並みだったが,極晩播では慣行よりも減収した。そのため,播種量の増量により,初期茎数を確保する必要がある。いずれも成熟期の遅れはなく,穂肥窒素の増量による倒伏の増大や外観品質の低下,子実タンパク質含有率への影響は小さかった(山口県農林総合技術センター・池尻明彦氏)。
改良型アップカットロータリによるオオムギ跡ダイズの耕うん同時うね立て狭畦栽培 オオムギ跡ダイズでは,栄養生長期間が短くなって生育量が確保されずに莢数が不足し,単収が少なくなることがある。そこで,改良型アップカットロータリを用いた耕うん同時うね立て播種機と狭畦栽培法を組み合わせたところ,高い砕土率,苗立率が得られて初期生育は良好で,密植によって節数や莢数が多くなり,収量が向上した(図5)。耕うん・うね立て・整地・施肥・播種作業の1工程化と,中耕・培土作業が不要になることにより,労働時間も短縮する。ただし,作業速度の上昇によって播種精度が低下してバラツキも大きくなり,またうね高が低くなる恐れがある。倒伏を回避し,安定した多収を得るため,適正な播種時期,栽植密度,作業速度を維持する(富山県農産食品課・中村一要氏)。
図5 ダイズの耕うん同時うね立て播種機
耐倒伏性ダイズ品種による耕うん同時うね立て狭畦栽培法 新潟県の重粘土地帯では,降雨後に圃場が乾きにくく,好条件で培土作業を行なうことが困難である。大規模な経営体では,適期に作業を実施できずに雑草を繁茂させ,収量・品質の低下につながることがある。そのため,条間を従来の半分ほどに狭めて播種し,ダイズ自身の茎葉によって地表面を早期に覆い,中耕・培土作業を省いても雑草の生育を抑制できる栽培法について検討した(図6)。その結果,播種後に散布する土壌処理除草剤の効果が切れて後発雑草が発生したときに茎葉処理除草剤を散布すれば,その後に中耕・培土をしなくてもダイズの被覆効果により雑草の発生を十分に抑えられた(新潟県農業総合研究所・藤田与一氏)。
図6 播種50日目のうね立て狭畦栽培(左)と慣行栽培(右)
極強酸性土壌でのソバ栽培の導入 国内のソバ主要産地では近年,台風など気象被害の頻発により生産量が非常に不安定となっている。いっぽう,沖縄では温暖な気候を活かし,台風襲来が少ない晩秋~初夏にソバを栽培すれば,端境期に出荷できる。また,基幹作物のサトウキビやパイナップルの栽培では,地表面に雨滴が当たって土壌が圃場から流出するため,地表面を被覆でき,かつ営農者の負担とならない輪作作物としてもソバを活用できる。さらに,本島北部地域などでは耕作放棄地の増加が深刻となっているが,ソバは機械化による粗放的な栽培が可能である。沖縄の極強酸性土壌でも少量の家畜糞堆肥を施用すれば,ほぼ無化学肥料でソバが栽培できる(農研機構 九州沖縄農業研究センター・原貴洋氏)。
ソバの流通・消費の実態と今後の課題 ソバは外国産が国内消費量の約7~8割を占めている。外国産は価格が安く安定しているいっぽう,国内産は単収が非常に低く,価格の変動も激しい。手打ちそばブームが続くとともに,地産地消が見直され,国内産に対するニーズも高まりつつあるが,国産を増やしていくには生産変動の幅を縮小させていく必要がある。また,ソバは需給実勢などに関する情報受発信や価格形成を担う組織・機関がなく,関係者が協議する場もなく,価格形成が不透明である。それらは今後,国内産地の育成を図るうえでの課題であり,行政や農協系統組織,製粉業者などが中心となって関係者が需給や価格について協議する場を設けることが重要である(琉球大学・内藤重之氏)。
土壌凍結深の制御による野良イモ対策 野良イモとは,収穫後に畑に残った塊茎が翌年に芽を出し,雑草化することである(図7)。後作物の生育阻害や連作障害にもつながり,各種病害虫の発生,異品種混入の要因になるため,防除が不可欠である。日本最大のジャガイモの産地である北海道・十勝地方では,野良イモは1990年代半ばころから目立ち始め,21世紀になって大きく顕在化した。これは近年,初冬の積雪深が増加し,土壌凍結深が減少しているためである。凍結深が浅くなるにつれて,イモ塊茎が凍死せずに越冬し,翌年に芽を出し,雑草化する。そこで畑を機械で除雪して地表面を露出させ,土壌凍結をさせて冬の間に塊茎を凍結腐敗させる「雪割り」が編み出され,さらに,この技術を安定的に実施させるための土壌凍結深制御手法が開発された(農研機構 北海道農業研究センター・広田知良氏)。
図7 左は前年に取り残したジャガイモの塊茎が越冬し,野良イモが発生。右は雪割り(除雪)で土壌を深く凍結させたため,発生しない(撮影:岩崎暁生)
ジャガイモの低温貯蔵による糖含量の増加 収穫したジャガイモは,糖類がほとんど澱粉として蓄積されているため,遊離の糖含量がきわめて少ない。しかし,収穫後低温で貯蔵すると,澱粉の一部がブドウ糖に分解される。さらに一部は果糖に変換され,その後ブドウ糖と果糖が結合してショ糖となる。ショ糖は細胞内の液胞に入り,酵素によって再びブドウ糖と果糖に分解される。こうして低温貯蔵中にブドウ糖と果糖が増加していくのが「低温糖化」である。いっぽう,低温貯蔵した塊茎を出庫後,室温などの高い温度におくと,呼吸が活性化され,糖が失われる。しかし,短期間であれば,再び低温に戻すことで糖量がある程度回復する。糖量の維持には,できるだけ低温流通体系を途切れさせないことが重要である(農研機構 北海道農業研究センター・遠藤千絵氏)。
北日本地域での稲作害虫の発生予察と総合的管理 総論として,発生予察の意義と目的,事業,おもな機器と特徴,発生時期・量の予察,総合的有害生物管理の歴史,各種の防除手段とその統合,システム,被害許容水準と要防除水準,生物多様性保全とIBMについて解説する(図8,9)。各論として,北日本地域で発生するおもな害虫の特徴,発生予察,管理のポイントについて解説する。取り上げたのはイネヒメハモグリバエ,イネドロオイムシ,イネミズゾウムシ,イネアオムシ,ツマグロヨコバイ,イネツトムシ,コバネイナゴ,アカヒゲホソミドリカスミカメ,アカスジカスミカメ,ウンカ類。そのほか,ニカメイチュウ,コブノメイガ,アワヨトウ,イネハモグリバエ,イネカラバエ,イネゾウムシも(バイエルクロップサイエンス株式会社・城所隆氏)。
図8 左はトビイロウンカによる坪枯れ,右は各種の本田初・中期害虫による葉の食痕
図9 左は予察灯,中央はアカヒゲホソミドリカスミカメのフェロモントラップ(撮影:吉村具子),右はイネヒメハモグリバエ成虫の発生消長を知るため水面に浮かべた黄色粘着トラップ
水田輪作と浅耕播種による除草剤抵抗性スズメノテッポウの総合防除 耕種的な技術で埋土種子を減らし,除草剤抵抗性雑草に有効な土壌処理除草剤を使用する総合防除法である。1)ダイズの転作は雑草の埋土種子を減らす効果がもっとも高い。ダイズ収穫後,ムギ類播種前に非選択性の茎葉処理除草剤を散布し,既発雑草を枯死させる。下層の埋土種子を表層に移動させないよう,中耕・培土でできたうね部分のみを浅く耕起しながら播種する。2)水稲収穫後,速やかに弾丸暗渠を実施し,浅耕する。雑草の埋土種子が出芽してきたら,非選択性の茎葉処理除草剤を散布して既発雑草を除草し,浅耕しながら播種する。3)水稲後作で雑草の発生量が多い圃場では,ムギ類の播種時期を遅らせ,収量を確保するために播種量を増やす(福岡県農林業総合試験場・大野礼成氏)。
わが国の食料供給力―世界の各地域との比較 海外に食料の多くを依存するわが国の食料安全保障を考えた場合,不測の事態に備えて食料を生産できるか把握しておく必要がある。そこで短期間に,どの程度の食料を現有の耕地で供給できるか検討した。生命維持に必要な1人1日当たりの熱量は2,245kcalが目安で,魚介類,果実と備蓄の熱量366kcalを差し引くと,1,879kcalとなる。しかし,現状を換算すると,コメから942kcal,ジャガイモから242kcal,サツマイモから442kcalで,合計1,626kcalしかない。これは現在のアフリカ地域の76%に相当する危機的水準であり,耕地面積の減少を食い止めつつ,作物の単位面積当たりの生産性(単収)を高めていく必要がある(岩手大学・下野裕之氏)。