農業技術大系・作物編 2011年版(追録第33号)


<最新>イネの直播栽培――基本から実際まで

 移植栽培では,育苗期間中の施肥や水管理,ハウスやトンネルの開け閉めなど,温度管理にともなう作業が必要となる。苗箱の運搬や圃場での分配など労働強度の高い作業も少なくない。それらの作業の多くは女性の労力に頼るところも大きい。直播栽培は,そのような育苗や移植を省くことで,稲作に必要な労力の軽減と,育苗箱や被覆用ビニールなどの資材の削減を可能にする。

 農業のワンマンオペレーション化を進めることは女性の重労働からの解放のほか,そうして得られた労力を収益性の高い園芸作物の管理にまわせるなど,経営面での改善にも有効である。移植栽培とは異なる時期に収穫期を迎える直播栽培は,作業時期の調整を行なううえで有効な手段ともなり得る。農家数の減少や農業従事者の高齢化が進み,稲作の大規模化が進むなか,直播栽培は稲作の効率化とコスト低減,営農の多角化による水田作経営の安定化への寄与が期待できる。

 直播栽培の特徴と課題について,寺島一男氏(中央農研)が解説する。

●乾田直播栽培の基本と実際

 耕起乾田直播では,耕起,整地,播種などの一連の作業が乾田で行なわれるため,機械化が容易なうえに能率的で大幅な省力化が図れる。種子コーティングのような播種前の作業は不要で,消毒しただけの乾燥籾を播種するので,省力,低コスト化が図れ,大規模化に適している。播種時から用水を必要としないため,水利慣行による影響を受けずに早期から播種が開始できる。

 湛水直播に比べて出芽・苗立ちが良好で安定し,2~3cmの深さに播種するため,耐倒伏性に優れる。冬雑草をはじめとした播種前に発生する雑草の防除が,耕起・砕土作業によって同時に耕種的に行なえる。関東以西では播種可能期間が比較的長く,作業時期の分散が図れるため,大規模経営はもちろん,小規模経営にも適する。

 移植水稲に比べて穂数が多くなるため,やや小穂となりやすいが,m2当たり籾数は変わらない。登熟歩合の低下もみられず,高収量地帯を除くと移植と同等の収量が得られ,品質にも変わりはない。栽培を継続しても,施肥方法と地力維持に注意すれば収量低下は起こらない。土中に播種し完全に覆土されて種子が露出しないため,鳥害の発生は少なく,直播面積がまとまると問題は少ない。

 さらに不耕起乾田直播では,耕起,整地(代かき),育苗などの作業が不要で大幅な省力化が図られるとともに,これにかかわる機械装備を縮小できるのでコストが低減できる。地耐力が大きく,土壌が余分な水を含まないので,降雨後でも比較的早く播種作業ができ,気象変化の影響を受けない計画的な播種ができる。不耕起栽培を継続しても,次第に土壌の理化学性が良好になるので地下部の生育が阻害を受けることは少ない。収量,品質も慣行栽培と同等である。

 乾田直播イネの生育と栽培の基本について,岡武三郎氏(元岡山農試)と長野間宏氏(元中央農研)が解説する。

▼不耕起V溝直播

 V溝直播栽培は硬い圃場の深い位置(5cm)に播種するため,鳥害の心配がなく,倒伏にも強い。さらに農閑期に代かき,鎮圧し,均平と地耐力を確保した圃場に播種する不耕起栽培は高速作業にもかかわらず精度よく播種できる。湛水後も圃場が軟らかくならないため,中干しが不要で収穫期まで湛水したまま栽培できる。収量は慣行の移植栽培と同等以上で,玄米の品質は高温条件下でも白未熟粒の発生が少なく,移植栽培より優れている。林元樹氏(愛知農総試)が解説する。

▼グレーンドリル

 乾田直播では一般にロータリシーダなどのムギ用播種機が利用される。湛水直播では水入れ・代かき後に播種するのに対し,代かきをせずに畑状態で播種し,苗立ち後に水入れする。このため,条播を前提とする場合には,畑状態で播種する乾田直播のほうが能率を上げやすい。大規模畑作でムギの高速播種に用いられるグレーンドリルが利用できれば,いっそうコストを下げることが期待できる。大谷隆二氏(東北農研)が解説する。

▼ディスク駆動式

 ディスク駆動式不耕起播種機(写真)はトラクタのPTOから動力をとってディスクを強制駆動させてY字形の播種溝を切り,この溝にダブルディスクを挿入して播種溝内に確実に種子を落とす。田面に作物残渣がある圃場では,ディスクを逆転させて残渣を跳ね飛ばしながら溝を切ることで,播種溝の中にわらを押し込まない。耕起,整地,鎮圧を行なった圃場とわらを搬出した圃場では,ディスクを正転させ,ディスクで飛散する土塊が播種位置を覆うので覆土の効率が高い。長野間宏氏(前出)が解説する。

ディスク駆動式不耕起播種機(NSV601)


●湛水直播栽培の基本と実際

 湛水直播栽培は,移植栽培と同様に代かきを行なう体系であり,基本的には移植栽培が可能な圃場で実施することができ,圃場の適用範囲が広い。播種機以外の作業機の多くが移植栽培と共通するために取り組みやすい。一般に気象条件の制約が小さく,小雨程度の降雨であれば播種作業が可能である場合が多く,降雨直後も作業が可能である。近年一般化しつつある多目的田植機では,アタッチメントの交換により直播栽培が可能となっている。このような機械を含めて湛水直播では多様な播種機が開発されており,品種や圃場規模に応じて播種様式(播種機)が選択できる。

 湛水直播イネの生育と栽培の基本について,吉永悟志氏(作物研)が解説する。

▼鉄コーティング

 湛水直播には土中播種と表面播種がある。土中播種で安定した苗立ちを達成するためには酸素不足と還元障害を解決しなければならないため,酸素発生剤カルパーの使用,正確な播種深度(10~15?),落水出芽という3条件を満たすことが必要である。表面播種では水中で種子が浮力を受け浮苗が発生するという問題がある。そこで,播種前の浸種催芽処理が不要で,代かき後に落水せずに播種できる鉄コーティング直播が開発された。山内稔氏(近中四農研)が解説する。

▼打込み点播

 湛水直播栽培では移植栽培に比較して土壌中の株の基部が浅くなるために倒伏を生じやすい。倒伏は,収量低下だけでなく,食味品質の低下も生じるとともに機械収穫作業に支障をきたす。湛水直播栽培では,倒伏の回避のために減肥している事例が多く,このことが移植栽培に比較して収量が低下している要因の一つとして考えられる。そこで,仕上げ代かき作業時に同時作業として播種を行ない,打込み播種により5~20mmの播種深度を確保して転び苗や浮苗の発生を抑制し,転び型倒伏を軽減する。複数種子で株を形成させる点播状播種による耐倒伏性の向上を図る。打込み点播栽培について,吉永悟志氏(前出)が解説する。

▼高精度湛水条播

 湛水土中条播機は,田植機の植付け部を播種部と取り替えた構成であるため,田植機と同じような作業方法で播種作業できる利点がある。しかし,播種深さが安定しないこともあり,発芽促進剤をコーティングした種子であっても,深すぎると出芽率が落ち,浅すぎると鳥害が懸念される。種子コーティングは作業者が状況を見ながら発芽促進剤の投入量と水の噴霧量を調整する必要があり,作業に熟練しないと理想的なコーティング種子をつくるのがむずかしい。これらの課題を解決する手立てについて,西村洋氏(生研機構)が解説する。

●直播栽培の阻害要因とその克服

▼スクミリンゴガイ

 スクミリンゴガイは関東以西の西日本一帯に棲息しているが,被害を受けている水田は九州・沖縄地域がほとんどを占める。これは,田植えの時期が九州以外では5月のゴールデンウイークを中心とする比較的寒い時期であるのに対し,九州ではムギ跡の6月下旬~7月上旬で高く,貝の活動が活発になっていることがおもな理由である。

 乾田直播では乾田状態でイネを播種し,約1か月間乾田状態で経過するので,湛水したときにはイネが貝の食害を受けない大きさに生長している。いっぽう,湛水直播栽培では,孵化したばかりの稚貝でも出芽直後の幼苗を食害するので,著しい被害が生じる場合がある。被害回避の手立てについて,田坂幸平氏(九沖農研)が解説する。

▼雑草防除

 直播栽培では,イネが雑草と同時または雑草の発生後に生育を開始するため,雑草の影響や害を長期にわたって大きく受ける。除草剤処理時のイネの生育ステージが若く,また,イネ苗の根が浅い位置に分布するため,イネと雑草の生育ステージや土中での生長点や根の深さの違いを利用した除草剤の選択性を発揮しにくい。除草剤のイネに対する安全性はめざましく改善されてきたが,イネの出芽時から直接処理できるほどの安全性(選択性)を備えた除草剤はそう多くはない。

 直播栽培の除草体系ついて,森田弘彦氏(秋田県立大)が解説する。

▼転び型倒伏

 直播栽培では移植栽培に比較して倒伏が生じやすい。これは,株密度が高いこと,移植水稲と比較して低位の節から分げつが発生するために茎数が過剰となり,一本の茎が細くなりやすいこと,播種深度によっては株基部が土壌の浅い部分に位置し,株の支持力が弱いことなどによる。

 また,移植栽培では挫折型倒伏が主要な倒伏のタイプとなるが,直播栽培では転び型倒伏も発生しやすい。とくに湛水直播の場合,地表面,もしくは地表面からの深さで10mmより浅い位置に播種されることが多いことから転び型倒伏が発生しやすい。挫折型倒伏と転び型倒伏では関与する要因が異なるため,これを防止するための対策も異なる。転び型倒伏の発生要因と軽減対策について,寺島一男氏(前出)が解説する。