電子図書館 > 農業技術大系 > 追録 |
●2007年版追録29号は,主穀物のコメ・ムギ・ダイズ,イモ類に徹底してこだわり,安全・安心・低コストで個性的・高品質なものを多収する技術を徹底収録。
(1)コメ―脱除草剤による雑草抑制技術と高温障害克服!
テーマは二つ。一つは,除草剤に頼らずにいかにして雑草を抑制するか? もう一つは米質低下の要因となっている「高温障害」克服技術。有機JAS認定農家の取組みも紹介。
(2)ムギ―高機能性および個性的新品種を一挙収録!
コムギ,ビールムギ,ハダカムギなど続々登場している機能性と個性を秘めた新品種を一挙収録。その品種の個性を生かす栽培技術および販路の確保の取組み事例。
(3)ダイズ―安定して300kgどりの実践技術事例満載
ダイズはとにかく高品質・安定多収につきる。大豆300Aプロジェクト技術の現地4事例と,連年350kgどり事例。問題となっている「しわ粒」克服技術を追跡。
(4)イモ類―イモブームを生
みだした新品種情報
空前のイモブームを生みだしたサツマイモ,ジャガイモは,品種からして一変した。個性的な品種を一挙に収録し,その加工の広がりまでを追跡。
●雑草抑制の科学的組合わせ法
雑草さえ抑えることができれば,有機栽培だって難しくはない。これまでも『作物編』では第2-?巻に「独特の雑草防除栽培」コーナーを設けて,「米ぬか」「合鴨」「布マルチ」「コイ」「ジャンボタニシ」など各種の水田雑草抑制技術をとり上げてきた。しかし,雑草もさるもの,しぶとく生き残って農家を悩ませる。そこで今回収録したのが,各技術をうまく組み合わせて防ぐという発想のもとで試験された,「米ぬかペレット+高精度水田用除草機+深水」という雑草抑制技術(東聡志氏・新潟県農総研)。3種の技をどう組み合わせたら最大の効果が得られるのか,緻密に追求された結果はそれぞれの技術の短所と長所を明らかにしてくれており,誰でもできる脱除草剤技術として大いに参考になる。
また,意表をついた技術として,超省力の「水稲不耕起V溝直播栽培による深水無落水栽培」がある(林元樹氏・愛知県農総研)。直播した後,イネが2~3葉になったら20~30cmの深水を収穫直前まで保つ。中干しはなし。ノビエは抑えることができ,ともかく手間がかからない。おまけに,水田生態系が多様になり,水質浄化にも結びつくというからおもしろい。
●高温障害を克服する実践技術追跡
2007年の夏も暑かった。そして,乳白粒や背白粒による品質低下が問題となった。第2-?巻にすでに「高温障害の実態とメカニズム」を収録しているが,今追録では高温という条件が玄米の発達にどんな影響を与えているかを緻密に追い,高温障害を回避するための施肥,栽植密度,水管理,収穫時期を収録(「高温登熟障害の克服技術」,森田敏氏・九州沖縄農研センター)。玄米横断面の画像解析による,障害を受けた時期とその管理との関係の解析は読み応えがある(写真1)。また,高温登熟に強い水稲品種の最新情報を収録。新潟県育成の‘こしいぶき’,富山県育成の‘てんたかく’,暖地で話題を呼んでいる新品種‘にこまる’。栽培のポイント,留意点などていねいに紹介されている。
写真1 乳白粒と背白粒および基部未熟粒の外観と断面(森田,2005)
下段はそれぞれ上段の点線部分の切断面(横断面)
左:乳白粒,中:背白粒,右:基部未熟粒
登熟期の高温は刈取り適期にも影響を与えている。「気象の変化と刈取り適期推定法」では,従来の出穂後積算気温による予測とのズレを明らかにし,適期推定法の手順を明らかにしてくれている(中嶋英裕氏・福井県農試)。
●イネの可能性を拓く取組み
ちょっと変わった研究として,第2-?巻「飼料イネの多収栽培」をとり上げた。‘Taporuri’という台湾で育成された品種を用いた2回刈りによる多収栽培である(中野洋氏・九州沖縄農研センター)。最高収量はなんと乾物で2.7t/10a。同時に,畜産農家が地域の休耕田を借りて栽培している事例も収録(久保田哲史氏・北海道農研センター)。
オーソドックスに,有機JASと特別栽培に果敢に挑戦し,酒米生産では酒造メーカーとの契約,うるち米は宅配産直する京都府の西山徹さんの事例を収録(大砂古俊之氏・中丹農改普及センター)。打込み点播直播や深水管理など,その情熱には誰もが驚くに違いない。ここに登場していただく直前に徹さんが急逝された。現在は長男の和人さんが,父の遺志を引き継いで頑張っておられる。イネにかける情熱をぜひ読み取っていただきたい。
●大豆300Aの技術が全国に展開中
これまで大豆300Aの研究成果についてはとり上げてきたが,今追録では,第6巻に,各地で始まった取組みのなかから素晴らしい成果を上げている4事例を収録した。岩手県奥州市の白山営農組合では「耕うん同時うね立て播種」で300kg/10aを達成。そのほかにも「小明渠浅耕播種」の島根県・斐川町農業協同組合,「浅耕密播無中耕無培土栽培」の愛媛県西予市の永長生産組合,「耕うん同時うね立て栽培」の山口県長門市のJA長門大津の取組みなど,いずれもそれまでの収量を倍増しようという勢いである。圃場条件を考慮した大豆300Aの技術は,それまでのあきらめ気分を一掃してくれている。注目すべきは,地域ごとに自前の工夫が凝らされているところで,ぜひご一読ください。
圧巻は,密植して大柄な草姿に育てて,毎年350kg/10aを達成している長野県駒ヶ根市の大沼昌弘さんご夫妻のダイズ栽培技術である(写真2)。大冷害に見舞われた1993年もその収量は370kg/10aというからすごい。根粒菌を最後まで生かす技術,中耕培土やうね間灌水の技術は必見である。
写真2 大沼さんの顔がやっと出るくらい大柄なダイズ(上),根に着生したたくさんの根粒菌(下)
密植するうえ,堆肥の肥効や根粒菌の働きが加わって大柄に育つ(2004年8月28日)(撮影:倉持正美)
●「しわ粒」回避技術の追跡
北陸産大豆のランク落ちの主因が「しわ粒」(写真3)。今追録で原因解明と対策の研究成果を田渕公清氏(北陸研究センター)にまとめていただいた。「しわ粒」は成熟10日前,子実平均水分35%頃から認められ,水分が低下するに伴って発生割合が増加する。その原因は「作物体の老化」。ではいかにして老化を防ぐか? 培土時の追肥の種類と方法,微量要素,土つくり(緑肥と深耕),栽培様式,刈取り適期診断など,具体的な手だてが詳述されている。刈取り適期診断については,樋口泰浩氏(新潟県農総研)に,簡易水分計を用いた診断法をまとめていただいた。誰でも簡単に診断できるので,ぜひお読みいただきたい。
写真3 立毛中に発生するダイズのしわ粒
上:ちりめんじわ。子実の臍の反対側の子葉組織と種皮が収縮してぎざぎざになる
下:亀甲(かぶと)じわ。種皮が亀甲状に隆起する
●ムギは新品種がおもしろい
コムギでは,ここ数年,加工適性を意識した地域品種が続々発表されてきた。今追録では直近5年間に登録された新品種を収録(第4巻)。パン用では‘ミナミノカオリ’‘ユメアサヒ’‘北見春67号’,単独では注目されてこなかったが国産コムギの脆弱な生地物性を改善する超強力コムギ‘北海259号’など。また,中華麺に適した‘ハマナンテン’,もち性のコムギとして‘うららもち’‘もち姫’などバライティに富んでいる(松中仁氏・作物研究所)。このほか,独自に「パン用コムギ」の記事を収録し,その育成の取組みと,現在登録されているパン用品種を遺伝的特性から明らかにした記事も収録(高田兼則氏・近畿中国四国農研センター)。
おもしろい展開になりそうなのが,ビールムギ,ハダカムギである。健康食として評判の麦飯だが,炊飯後に褐変する難点を克服した品種や,血中コレステロールを低下させたり,血糖値上昇抑制効果や免疫機能を増進させる高β-グルカンの品種,炊飯後の麦臭のないリポキシナーゼ欠失品種などが続々登場してきそうである。
●パン用コムギの価値を高める
追肥によってタンパク質含有率を高めることはもはや常識となっているが,それを葉色によって診断しようという技術(建部雅子氏・北海道農研センター)。さらに詳しく,施肥とグルテン構成タンパク比を追跡したのが木村秀也氏(近畿中国四国農研センター)の記事だ。追肥によってタンパク質含量は高まっても,それが必ずしもパン用として適しているとは言い切れない。グルテニンとグリアジンの比率を調べることによって,品種ごとの特徴を明らかにしたものだ。
実践例として,今追録では福岡県うきは地区の,パン用品種‘ミナミノカオリ’を栽培し,普及センター,製粉業者,パンメーカーなどと一緒になって,地域の特産物を育てていく取組みを収録した。JAの栽培指針としてまとめあげた地域一丸となった取組みは,「売れるムギづくり」にとって欠かせない。
●有機JASムギづくりへの実践技術
ムギを有機栽培するときに大きく立ちはだかるのが雑草である。とりわけ近年,関東・東海地域ではカラスムギやネズミムギが入り込んで,収量低下はもちろん収穫放棄田まで見られるようになってきた。それらの雑草に対する技術を収録。
一つは,夏期湛水することによって難防除雑草を抑制する技術(木田揚一氏・静岡県農林技術研究所)。3年に1回,代かきして湛水するだけ。カラスムギには20日程度,ネズミムギには50~60日。これで雑草害が防げる。
もう一つは,石川県の井村辰二郎さんの金沢農業の取組みである。100haものムギ栽培を行なう井村さんの場合は,オーガニックハローという輸入作業機を用いたブラインドカルチによる雑草処理である。雑草が小さいうちに,トラクタに作業機をつけて雑草をひっかいていく。井村さん絶賛の作業機,ぜひご一読を。
今追録で,サツマイモ(吉永優氏 九州沖縄農研セ)とジャガイモ(森一幸氏 長崎県総農試/小村国則氏 長崎県立農大)の新品種を一挙に収録した。
サツマイモは,このところの焼酎用の原料不足,一方で焼き芋ブームやサツマイモを半分以上使ったビール風飲料(発泡酒)の台頭など,ヘルシーな食材として注目されているが,食用・加工用ともにじつにおもしろい動きを始めている。肉色も,従来の黄色だけでなく,紫,オレンジなどカラフルで,紫イモを原料にした「赤ビール」,黄色肉品種を原料としたラガータイプの黄色ビール,焙煎したイモを用いた「黒ビール」,宮崎県では,紫イモを原料にした赤ワイン風雑酒なども発売されている。ジャガイモも,民間育種の新品種も含めて,最新の品種すべてを網羅。
*
これらのほかにも,ダッタンソバの春まき栽培技術や,排水性改良のための籾がら暗渠の持続年数など,水田の多面的利用に向けての情報満載。