農業技術大系・作物編 2006年版(追録第28号)


2006年版・追録28号は,2007年から始まる「品目横断的政策」をじょうずに使いこなしていく技術に重点をおいた。

(1)低コスト・多収を実現する栽培技術の追跡

 作目を超えて,高品質と多収のベースとなる根。今追録では,イネでは「根の過繁茂」,ダイズでは「根粒菌」「中耕培土」「摘心」に迫り,作業機開発も含めた現代的技術を収録。そのほか,施肥,転換畑でのダイズ連作による地力問題など。

(2)高い付加価値をつける

 無農薬・減農薬などによる「安全・安心」を担保する技術。イネでは,有機栽培に取り組む精農家の技術体系の科学的解析,海洋深層水を利用した種子消毒など。ダイズでは除草剤に頼らない雑草抑制技術,ダイズ加工による収益アップの知恵など。

(3)地域全体で元気を生み出す

 今追録では,ムギとダイズ,第8巻のイネなどの地域的取組み5事例を収録。集落営農成功のヒント満載。


「品目横断的政策」を地域の農家の力に変える,栽培・加工・販売までつながる具体情報を満載

〈低コスト・安定多収のカギは「根」にあった〉

●「根」の過繁茂!(イネ)

 イネつくりの篤農家は,根の健康に常に着目してきた。根腐れはもちろんだが,その目は「根の過繁茂」に向けられてきた。今追録では,福井農試で30年間も続けられてきている生育調査をもとに,井上健一氏(福井農試)に「本当に根の過繁茂はあるのか?」また「根は収量・品質にどのような影響を与えるのか?」といった疑問に対して答えてもらった(第1巻「根の生育量の推移と収量・品質(コシヒカリ)」)。表1が結果の一例である。多収年ほど生育初期の根重が小さく,成熟期の根と地上部の重量比(T-R比)が小さい。また登熟期間中の根の減少も少ない。つまり,生育初期に地上部に対して根が多すぎると(過繁茂),コメを実らせる肝心の登熟期間を支える根が少なくなってしまうことを表わしている。この冬の間にじっくりと読んでいただきたい労作である。


 表1 収量水準別の根を中心とする特性の比較(井上ら,2004を改変)

年次*収量(kg/a)籾数/m2(百粒)登熟歩合(%)千粒重(g)6月8日根重(g/m2成熟期根重(g/m2成熟期T-R比登熟期T-R比増加率(%)
多収年62.131489.522.216.190.116.61.80
中収年58.332183.721.616.876.218.61.94
低収年55.829388.721.724.160.823.32.42

 注 1990~2003年を収量レベル別に並べてそれぞれ3年を抜き出して平均した

   *:多収年(1995年,1996年,2000年),中収年(1993年,1994年,1999年),低収年(1997年,1998年,2003年)


●根粒菌の力を引き出す(ダイズ)

 ダイズでは「根粒菌」がカギである。根粒菌はダイズの根に着生して空中窒素を固定し,その固定した窒素をダイズに供給する働きをする。ダイズでは,300kg/10aを収穫しようと思えば,その1割,約30kgの窒素が必要になる。これを補っているのが根粒菌である。

 今追録では,根粒菌に関する記事を3本収録した(第6巻)。島田信二氏(農研機構中央農総研センター)による「ダイズ生産性の向上と根粒菌窒素固定」では,根粒の生理的特徴に触れながら,世界のダイズ生産国での技術を,地力依存型のアメリカ,根粒依存型のブラジル,施肥依存型の日本という3タイプに分類して技術を解析しており,わが国でのダイズ栽培技術の今後をじっくりと考えることができる。鯨幸夫氏(金沢大学)の「栽培管理――石膏施用と根粒活性」は,根粒菌の働きをカルシウム資材である石膏を施肥することで高めることができると報告しており,大変に興味深い。もう1本は,中野寛氏(農研機構北海道農研センター)による「根粒菌接種」で,根粒菌の選抜,接種法と効果,品種と根粒菌の相性などの最新情報である。

●とにかくダイズ多収にこだわる

 根のテーマからはそれるが,今追録ではダイズの多収技術にこだわった(第6巻)。「摘心」と「中耕培土」技術の見直しがその一つ。

 摘心には二つの働きがある。一つは多収穫をねらう摘心,もう一つは蔓化・倒伏防止をねらった摘心である。愛知県農総試の谷俊男氏は,地力の高い沖積土という条件付きではあるが,多収穫と倒伏防止の両方をねらうなら「7葉期から開花期まで」かつ「倒伏が始まる前」と指摘している。また,ダイズ摘心機も開発されており,同農総試の林元樹氏に紹介してもらった。大規模栽培農家にとっては大いに役立つはずである。

 中耕培土も,1)雑草抑制,2)不定根の発生促進,3)培土部分への根粒着生促進,4)倒伏防止,5)表面排水管理,といった目的があげられてきた。しかし,島田信二氏(前出)はこの中耕培土技術にも功罪があり,過去25年間の公的機関での試験結果では,はっきりとした増収効果が認められたのは半分以下と報告している。気象と土壌水分の影響が大きいため,島田氏は,適期を「不定根発生促進と断根回避からみて播種後20~35日」とし,地域やその目的(除草か,多収か)による方法を明らかにしている。また,「培土の高さは15cmまで」「株元部分までしっかりと土をかける」ことを指摘している。

 忘れてならないのが,収穫ロスである。100kg/10aも圃場にダイズを捨ててしまっているという報告もある(第6巻「多収を阻む要因の解析―愛知県」)。今追録で,梅田直円氏(中央農総研センター)にコンバインロスの原因解析と,損失を最小限に抑えるための改造のポイントを紹介してもらった。

〈売れるコメ・ダイズづくりの技術追跡〉

●有機のコメづくり徹底解明

 イネの有機栽培に取り組む農家は,さまざまな手法を導入している。今追録で収録した「有機栽培――精農家の技術体系と解析」(鯨幸夫氏 前出)では,雑草抑制にしばしば用いられている米ぬかやくずダイズ,レンゲ,ハマエンドウの施用や,田植え後に水田表面に敷き詰めるクマザサの効果,アイガモ放飼などを徹底解明。また,長期間有機栽培を続けている農家の栽培体系とその実態を追跡。出穂期の根重と生理活性,発生する藻類の働き,食味評価などを科学的に解明。出穂期と登熟期の出液中のアミノ酸濃度と食味など,貴重なデータが紹介されている。

 種子消毒については海洋深層水の電解水(アルカリ性電解水)を用いた種籾消毒(第2巻-(1))。向畠博行氏(富山県農試)の報告では薬剤以上の防除効果が上がっており,温湯消毒の弱点であった褐条病や苗立枯性の細菌病にも効果が高い。

 栽培技術ではないが,おもしろいのが,川村周三氏(北海道大学)による冬の寒さを活用した米の貯蔵技術である(第2巻-(1))。籾は保冷材と同時に断熱材でもあり,水分20%以下の籾は-55℃であっても凍ることはない。その性質を利用して,北海道厳寒期の「寒」のエネルギーをサイロ内に貯蔵した籾に蓄積して,夏の間も新米と同じ品質を保つ技術である。「寒さ」という地域資源を生かす新しい技術として徐々に広がりつつある。

●ダイズの耕種的防除と高品質乾燥技術

 一つは,生きた植物の被覆作用やアレロパシー(多感作用)によって,同じ時期に生育する作物の雑草害を抑制する方法「除草とリビングマルチによる雑草抑制技術」(第6巻)。秋まき性の高いムギをダイズと同時期にまいて,地表面を覆うことによって雑草の発生を抑制する方法である(辻博之氏 北海道農研センター)。

 もう一つは,反射資材や被覆資材を利用したダイズわい化病防除技術(第6巻 石谷正博氏 青森県農林総合研究センター)。

 大面積のダイズを栽培する北海道では,除草剤を使わないダイズ栽培は困難をきわめる。そこに挑戦しているのが,第6巻の事例で取り上げた戸耒尚行さんの草カルチを駆使した除草技術である。播種方法,草カルチをかけるタイミングの見きわめ方など,じつにすばらしい。

 ダイズは,収穫しても乾燥調製技術のじょうず,へたによって,破砕,皮切れ,しわなどの被害粒が発生して規格外になる例が多い。今追録では,循環式乾燥機を利用した「上部加温通風」,コムギを水分吸収材としてダイズに混合して乾燥する「混合乾燥法」など,低コストでできる方法を紹介(中野寛氏 前述)。おもしろいのは,イネの籾がらを混合(容積で,ダイズ1tに対して籾がら80kg)して乾燥する方法で,乾燥と同時にダイズ子実の表面の汚れをクリーニングしてきれいに仕上げる技術。新たな投資がいらないこの方法は注目されている。

●地域の個性と品質で売る

 ‘さぬきの夢2000’の名前からわかるように,このコムギは香川県で育成され,「さぬきうどん」原料としてひっぱりだこ。需要が生産量の3倍(2006年産),県内需要さえまかなえない状態が続いている(第4巻 精農家のムギ栽培技術:多田孝夫さん)。当初,外国産小麦粉に慣れたうどん職人からは「生地が切れやすい」といった声が数多く上がったという。それを,製麺方法を工夫することで乗り越えていった。県内の製粉業者,製麺業者,それに育種・栽培の研究者と農家が「夢」をかけた。2010年産の生産目標はズバリ2倍である。

 パン用コムギ品種の‘春よ恋’も,外国産小麦粉に押されっぱなしのパン原料に新風を吹き込んでいる北海道の春まきコムギである。北海道斜里地域の朱円麦作集団では収穫様式の工夫によって,ネックであった収穫時の品質低下を防止。道内製粉業者と地域JA,それに製パン業者,農協系スーパーが連携して,2006年8月から斜里産春まきコムギを原料としたパンを発売開始。連日売り切れ状態が続いている。

 品種ではないが,愛媛県の「有限会社新城生産組合」が自前加工した豆腐やあげ,きな粉などが人気を呼んでいる(第8巻 水田の多面的利用)。転作ムギにしろ転作ダイズにしろ,原料としての販売だけでは助成金がなくなった場合に黒字維持は難しい。加工所をつくることで地域内の雇用を開拓した「新城生産組合」は,集落営農の一つの展開であろう。

 なお「作物編」各巻の精農家事例および第8巻「水田の多面的利用」には,地域で生産されたコメ,ムギ,ダイズ,雑穀類を地域の個性的な加工品として展開している事例をたくさん収録している。ぜひ参考にしてほしい。

〈集落営農を支える基盤づくり〉

●水はけ改良と地下水位管理制御の最新技術

 「品目横断的政策」を定着させるためには,圃場基盤を使いやすいものに低コストで改良していくことが欠かせない。そこに向けて今追録では,第8巻〈圃場管理・圃場整備〉に,水はけの改良をめぐって「ベスト・ドレーンおよびアーム式暗渠・弾丸暗渠形成装置」(藤森新作氏 農工研),「プラソイラの利点と活用」(黒川英一氏 スガノ農機),「田面の微傾斜化による排水と灌漑の促進」(若杉晃介氏 農工研)を収録。

 さらに一歩進めたのが「地下水位制御システム「FOEAS」(フォアス)」である(改訂:藤森新作氏 前出)。地下水位を自在に制御できるため,水田転作でのダイズ栽培や野菜栽培で威力を発揮している。コスト的にも,一般的な暗渠排水よりちょっと高いだけ。しかも,暗渠にはつきものであった「詰まり」も簡単にとることができるため,大きく伸びていきそうである。ぜひご一読を。

●魅力いっぱいの圃場環境をつくりだす

 景観的にも美しく,働きやすく,しかも環境に優しい圃場デザインとその手法を収録した(第8巻〈圃場管理・圃場整備〉)。一つは「マグネシア系土壌硬化剤「マグホワイト」の利用技術」(改訂:藤森新作氏)。セメントで固めると白く無機的だが,マグホワイトで固めると自然の土の色を再現できるだけでなく,塊を砕けば肥料になる。うねや歩道づくりの強い味方である。注目されているのが,リン酸塩タイプのマグホワイトによる重金属の吸着能力である(図1)。「環境基準値の10倍以上の汚染土壌でも安定化が可能」という。



 地域環境を保全する新しい着眼点として,「農村に棲む生物を保全するための圃場デザイン」について若杉晃介氏(前出)にまとめてもらった。休耕田をどう利用するか,河川や水路との結び付け方,水田と隣接する林地とのつながりなど,水田を中心とした「ビオトープネットワーク」はユニークである。地域環境をも視野に入れた地域の農業生産を実現するための視点としてぜひ参考にしてほしい。

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 このほか,養豚家と結びついて,転作に「飼料米」を選択した山形県「JA庄内みどり遊佐支店」の取組みを収録(第8巻 事例編)。同時に,飼料米も含めた地域に合わせた飼料イネ栽培技術(楠田宰氏/松村修氏/吉永悟志氏/渡邊寛明氏)と最新品種情報(加藤浩氏)を第2巻-(2)に追録した。そのほかにも,輪作体系をめぐって,寒冷地での「ダイズ・ムギの立毛間播種二毛作体系」(第6巻 天羽弘一氏 東北農研センター),ダイズ転作で重要になっている「地力低下問題」をイネとの輪作体系の仕組み方から解説してもらっている(住田弘一氏 中央農総研センター)。

 今追録を,ぜひ「横断的政策」を,農家の手ですすめるための資料として役立てていただきたい。