農業技術大系・作物編 2005年版(追録第27号)


●2005年版・追録27号の重点は,コメ生産調整の重要な柱とされるダイズとムギ,ますます高食味を要求されるコメ,それに特産品目で景観作物・機能性作物としても注目されるソバ。

〈ダイズ〉

ダイズの安定多収を目的として設立された大豆300A研究センター,5年間の成果を中心に集大成。

(1)土壌タイプ別の栽培のポイントを,耕うん・うね立て技術を中心に詳述。

(2)水田転換畑でのダイズ収量低下の原因と対策技術。

(3)貿易の重要品目としてのダイズを国際的な視野で,栽培技術・生産の状況の最新情報収録。

〈ムギ〉

(1)コムギの等級に新たに設けられた「品質要素」と,それをクリアし高品質と多収を同時実現する技術追跡。

(2)製粉・加工メーカー技術者による,国産コムギの品質の徹底解明。

〈イネ〉

(1)注目の深水栽培についての科学的解明。

(2)ケイ酸施用による,良食味・多収の実践技術。

このほか,機能性ソバ品種など,最新情報満載です。


ダイズの安定多収,規格が変わったムギの高品質栽培,
減農薬で高品質を実現するイネ栽培,景観作物としても注目されるソバなど,
最新情報を満載!

〈ダイズ―安定多収・高品質の最新技術〉

●安定多収のカギは耕うんにある

 今追録では,5年間にわたる大豆300A研究センターの成果を集大成した。このプロジェクトは全国現地圃場をもち,研究者が農家とともに実際の栽培技術を追求してきたところに特徴がある。そのテーマの焦点は,水田転作畑のダイズ生産で最も大きな課題であった「降雨による播種作業の遅れや,排水不良による発芽不良や湿害」をいかになくすかに置かれた。その結果明らかになってきたことは,同じ降雨条件でも,耕うん方法によって発芽不良や湿害の現われ方が異なること,また土壌のタイプによって適した耕うん方法やうね立て方法が異なるという実態であった(写真1)。


 写真1 クラストが生じ発芽阻害の見られるカオリン系土壌の大豆圃場

 第6巻に新たに「土壌タイプ別栽培のポイント」のコーナーを設け,耕うん・うね立て方法(耕うん作業機の工夫,耕し方,うねの立て方)を徹底的に追求した。

 全国の土壌タイプとその特徴を地質図を用いて検討した「土壌タイプ別栽培のポイント」(有原丈二氏 中央農研セ),1:1型粘土鉱物のカオリナイトを多く含むカオリン系土壌では「浅耕・同時作溝播種方式」(松尾和之氏 中央農研セ)。小明渠作溝同時浅耕播種機による方法(東海大豆研究チーム方式,図1),浅耕小うね立て同時播種機による方法(三重県科学技術振興センター方式),浅耕同時うね立て播種機による方法(滋賀県農業技術振興センター方式)を紹介。同じカオリン系土壌でもムギが前作にある関東地域の場合や,近畿・中国・四国地域の場合は「不耕起栽培」が適している(濱口秀生氏 中央農研セ,岡部昭典氏・窪田潤氏 近畿中国四国農研セ)。


 図1 小明渠作溝同時浅耕播種機による土壌断面

 2:1型粘土鉱物を多く含むモンモリロライト系土壌では,播種時期に乾燥や降雨が続くことが多い北陸地域ではアップカットロータリを用いた「耕うん同時うね立て播種方式」(細川寿氏 中央農研セ北陸水田利用部,図2),また東北地域では「有芯部分耕栽培」(吉永悟志氏 東北農研セ,図3)が提案されている。


 図2 耕うん同時うね立て播種の地下水位


 図3 有芯部分耕のロータリ爪配置と耕起条件

 また,土壌が乾燥していても,逆に高水分のときでも出芽を安定させる方法として,「覆土前鎮圧播種法」(大下泰生氏・辻博之氏 北海道農研セ)が成果を上げている。これまでは土中に点播して覆土し,それを表層から強く鎮圧していたものを,この方法では表面に点播したら鎮圧し,鎮圧によってできた溝にふんわりと覆土。これで表面にクラストができにくく出芽も容易になる。

 今追録では,耕うん方法を,作業機の開発とともに詳しく解説してもらった。

●品質を下げない収穫・調製技術

 ダイズの品質を低下させている大きな原因の一つが「汚粒」や「損傷粒」の発生である。コンバイン収穫になって増えてきている。今追録では,コンバイン収穫に適した刈取り適期の見分け方を追跡(「収穫適期の判断と収穫方法」竹中秀行氏 十勝農試)。結論は「茎水分40%以下,子実水分20%以下」だが,子実水分が低ければ茎水分は多少高くとも汚粒は少ない。また,茎の「ぬめり」の有無によっても異なる。子実水分や茎水分の簡単な計測方法,刈り高さの決め方,収穫時間,排出方法,汚粒の洗浄技術なども詳細に報告されている。なお,今追録では,上記のほか,「収穫」「乾燥」「選別・調製」をコンバイン収穫を中心に全面改訂している(杉山隆夫氏 生研支援センター)。

●そのほかダイズ最新情報

 ダイズは国際的に見れば大きな戦略農産物である。今追録では第4巻に「世界のダイズ生産の動向」を追録した。日本のダイズの輸入量は,中国につづいて世界第2位。北米諸国,南米諸国,中国,インド,インドネシアなど主要生産国の状況を栽培技術とともに報告(羽鹿牧太氏・島田信二氏 作物研究所,菊池彰夫氏・岡部昭典氏 近畿中国四国農研セ,湯本節三氏 東北農研セ)。気になるGMO(遺伝子組換え)ダイズだが,2004年には米国での作付けの86%,アルゼンチンでは95%といわれている。ブラジルでも2003年にGMOダイズが解禁されたことから,国際取引きされるダイズのほとんどがGMOダイズになるのではないかと報告されている。

 こうした国際状況のなかで気になるのが,日本での水田転作畑ダイズの収量低下や,小粒化,タンパク含量の低下,しわ粒や裂皮などによる品質低下が問題になっている点である。今追録で,大豆300A研究センター所長有原丈二氏は「水田土壌の地力の減退」にその原因を求めている(第6巻)。根粒の働きが低下していることが大きいが,注目すべき点として,「ダイズが難分解性腐植中の窒素を利用しているのではないか」と指摘している。冬期間の降雨や降雪がとけることで,土壌に溶け出した窒素が流失しているのではないかという。冬期の作物の導入,輪作の組み方など,対策も展開されている。また,個性豊かな新品種最新情報も追録した(高橋浩司氏,作物研究所)。ぜひご一読いただきたい。

 なお特産大豆として名高い‘丹波黒ダイズ’だが,今回,本場である兵庫県篠山市の大前勉氏の「減農薬で大規模輪作」を紹介した(西村良平氏 地域資源研究会)。移植と直播を組み合わせた大規模栽培は注目である。

〈ムギ―品質要素をクリアする技術〉

●検査規格変更に対する対策

 ムギの民間流通全量移行に伴って,昨年から,コムギの規格は,従来の農産物検査に加えて,実儒者が求める品質要素が加味された。品質要素は「タンパク質」,「灰分」(粉の品質),「容積重」,「フォーリングナンバー」(穂発芽の指標)の4項目である(表1)。



 今追録では,第4巻に,収量を高めながらどう検査規格をクリアするか,基本的な収量構成要素の考え方と栽培体系を追跡した「高品質と多収を同時実現する収量構成の考え方(コムギ)」と,タンパク質を高めることで問題となる「粉色」とをどう解決するかを土壌別に追跡した「タンパク質含量と粉色を重視した土壌別追肥技術」を収録した(いずれも渡邊好昭氏 作物研究所)。ただ多収すればいい時代ではなくなっただけに,渡邊氏の,収量構成要素に関する最新の成果を基にした播種量や施肥などの知見,コムギの用途にあわせた追肥技術の知見は貴重である。

●製粉・加工に向いたコムギとは?

 前項でも述べたが,二次加工適性を知るための項目が加わった。今追録ではコムギの品質評価にあわせて,「小麦の品質と一次加工」「各種加工品と加工適性」の項目を全面改訂した(第4巻)。改訂にあたっては,実需者の視点をより明確にするために,日本製粉(株)中央研究所の大楠秀樹氏にお願いした。二次加工に向けての品質要素の詳細な記述,製粉での最新の技術など,加工にかかわる人たちには必見である。

〈イネ―深水技術とタンパク質制御〉

●深水栽培の徹底解明

 雑草抑制,冷害回避,有効茎歩合向上,多収などの目的で広がっている深水栽培だが,なぜ深水にすると分げつが抑制されるのか,なぜ茎が太くなるのか,本当に倒伏に強くなるのかなど,科学的に追跡された研究は少ない。「作物編第2-(2),3巻」にも収録されている福島県の精農家薄井勝利氏などの農家に学びながら,自らも研究を続けてきた大江真道氏(大阪府立大学)に,深水栽培したときのイネの変化を詳細に追跡した成果をまとめてもらった(第1巻)。深水時期と期間,水の深さ,茎の太さと茎質,草丈の変化など,丹念な実験による追跡は大変貴重である。「深水にして茎が太くなったが倒伏した」という人たちにとっても深水にたいする目を開かせてくれるに違いない。

●タンパク質制御,食味向上

 良食味の決め手として米粒のタンパク質含量が問題とされるが,極端に窒素肥料を抑制する栽培が収量を低下させたり,かえって白未熟粒を増やして品質を低下させている(第2-(2)巻)。こうした課題に真正面から取り組んでいるのが同じ第2-(2)巻に収録した「窒素制御と米の粒重増加によるタンパク質制御の理論と実際」(松田裕之氏 山形県酒田農業技術普及課)である。松田氏は「タンパク質含有率が低く充実のよい米粒をつくるためには「窒素制御」だけでなく,「粒重増加」という技術を加えることが重要である」と述べている。

 松田氏の記事と深く関連しているのが,「ケイ酸施用による収量・食味向上技術」(藤井弘志氏 山形県農業技術課,森静香氏 山形県農総研セ庄内支場)である。イネの光合成が最も盛んなのが午前10時から午後2時頃まで。その後は気温が高すぎて光合成速度が低下し「午睡」現象が起こる。この時期に光合成速度が低下しなければ実入りはよくなるはずである。森氏は,イネのケイ酸含有率を軸にして群落の光合成,下位葉の老化などを追い,ケイ酸施用の必要性を明らかにしている。施用技術,新しいケイ酸質肥料についても詳細な報告がなされている。食味向上が求められているだけに,ぜひご一読いただきたい。

〈ソバ―健康機能性など話題品種続出〉

 ソバは,今追録では,脳出血の予防効果があるといわれている「ルチン」を多く含む新品種などの情報(第7巻)。高ルチン新品種では‘とよむすめ’(伊藤誠治氏 中央農研北陸研究セ),‘サンルチン’(北林広巳氏 タカノ株式会社,氏原暉男氏 元信州大学)などがそれで,話題のダッタンソバでは‘北海T8号’(本田裕氏 北海道農研セ),‘北陸4号’(伊藤誠治氏)などを収録した。変わった品種としては,赤い花を咲かせるソバとして観光への利用もねらった‘グレートルビー’(北林広巳氏,氏原暉男氏)。

 栽培の面では,西日本での夏ソバ栽培を収録。夏ソバ―ダイズ・水稲という組合わせも可能な技術で,杉本秀樹氏(愛媛大学)はさらに緑肥レンゲの組合わせを提案。

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 このほか,水稲では湛水直播に向けて,鳥害を防ぐ「鉄コーティング種子」(山内稔氏 近畿中国四国農研セ),コムギでは発芽を安定させる「秋播性コムギの冬期播種栽培」(荻内謙吾氏 岩手県農研セ)など,意表をついた話題の記事も満載!