農業技術大系・果樹編 2025年版(追録第40号)


 今号は,4つの特集コーナーを用意しました。

◎花粉の安定確保と省力化に向けた工夫

 1つめは,「人工受粉に使う花粉をめぐる課題」にフォーカスしました。良質な花粉の確保には多くの労力と経費がかかります。そのため,「買ったほうが安いしラク」という現場の声も少なくありません。ただ,花粉の購入には安定供給のリスクを伴い,キウイフルーツでは,かつて世界的にかいよう病(Psa3)が流行し,輸入花粉の供給が一時ストップしたことがありました。現在は未発生地からの輸入に切り替えられ,検査も強化されていますがリスクは残ります。安定生産を目指すには,やはり花粉の自家採取,もしくは地元での確保がカナメとなります。一方で,高齢化と人手不足が進むなか,受粉作業そのものの負担軽減も大きな課題となっています。

 そこで今号では,花粉の購入割合が高いナシ,キウイフルーツを中心に,花粉(花蕾)を効率的に採取できる雄樹の仕立て方(写真1)や,花蕾の採取作業を大幅に短縮する専用器の開発など,花粉の安定確保と省力化の両立に向けた工夫を紹介しました。

写真1 キウイフルーツ雄樹の剪定作業の様子
左:平棚栽培(慣行・成木),右:Tバー仕立て(定植3年目)


 また,省力的なナシの混植自然受粉栽培法,低温下でも花粉発芽のよいナシ品種の選抜とその特性評価,さらにカキでは受粉昆虫の活用事例も取り上げました。

◎気象情報の活用による温暖化対策

 2つめの特集は,今号で3回めとなる「温暖化対策」です。

 果樹の温暖化対策は,3段階に分けられるといわれます。まずは,既存樹(品種)を前提とした生産技術での対処。次に,温暖化に適応した品種への更新。そして,最後に品目そのものを,たとえばリンゴからモモに切り替えるなどの樹種転換です。しかしこれは,効果は大きいもののハードルも高く,長期的な対応ということになります。

 現在,現場の対応はおもに第1段階のものですが,この場合,困るのは,対策の多くが晩霜害対策など予防的なものであるため空振りに終わることも多く,かけた労力・コストが無駄になることです。

 そこで鍵となるのは,気象情報の活用です。近年は各種の気象情報もかなり高度化しており,それを使って,被害の有無や発生時期,また果実品質などを高精度に予測することで,対策の費用対効果は大きく向上し,既存技術のスマート化も進みます。今号は,温暖化対策として期待される「果樹モデル」の開発状況と,パインアップルにおけるその活用事例を取り上げました。

 このほか,S-ABA(天然型アブシジン酸)液剤を用いたブドウ(巨峰,ピオーネ)の着色促進効果(写真2)や,モモの凍害と台木品種との関係性などについて紹介しました。

写真2 ABA処理した巨峰の収穫直前の様子(左側がABA散布処理果房)
着色始期にABA1,000ppmを散布処理し,散布処理から収穫まで温度を昼夜とも26℃に管理した自然光型人工気象室で栽培した果房


◎パインアップルとバナナの栽培技術

 3つめは,温暖化の進行や国内での需要増への期待から今後注目される熱帯果樹2品目,パインアップルとバナナの栽培技術に関するものです。前述の「果樹モデル」の開発事例(酸度・糖度予測技術)でも取り上げられているパインアップルは,「政令指定果樹」13品目のうちの1つですし,バナナは近年,大阪府や愛知県など本州の地域でも栽培が広がっている,どちらも重要な果樹品目です。また,温暖化に対応した樹種転換の選択肢としても期待がかかります。今回は,そうした2品目の栽培技術の基礎や品種の情報,生産者事例を収録しました。

◎「列植」型の樹形・整枝,施肥量削減,有機栽培事例

 最後に,生産量の減少で国産果実の価格がジリジリと上がる一方で,値頃感のある輸入果実がスーパーの売り場を大きく占める現状を踏まえ,需要に見合う生産力の回復を,従来よりも少ない労力・コストで実現しようとする技術に注目しました。

 1つめは,作業性に優れた「列植」型の樹形・整枝についてで,温州ミカンの双幹形(写真3),ウメの片側一文字・V字トレリス仕立て(図1),イチジクのオーバーラップ整枝栽培(図2)や,リンゴの高密植栽培用の1年育成フェザー苗木の活用を取り上げました。これら樹形・仕立てのキーワードは作業動線の直線(単純)化で,機械収穫など,将来を見据えた樹形選択のヒントになりそうです。

写真3 双幹形の樹姿
左:4年生,右:10年生


図1 片側一文字・V字トレリス仕立ての模式図


図2 オーバーラップ整枝の模式図
(兵庫県果樹研究会,2022)


 2つめは栽培管理に関する4本で,リンゴとナシでの施肥量削減の試み,カキ‘太秋’における陰芽由来結果母枝による雌花確保,ブドウ短梢剪定栽培における副梢管理を専用機で効率化する工夫を紹介しました。

 さらに,有機JAS栽培に挑む生産者の事例も2本収録しました。

 青森県五戸町・北上俊博さんは,植物エキスの定期的な散布と雑草草生をベースに‘ふじ’など20品種のリンゴを栽培。中・小玉サイズでも市場の需要はあるとして,それに見合った結果枝配置を積極的に行ない,経営を成り立たせています。一方の香川県高松市・末澤克彦さんは,「皮と香り」をコンセプトとした品種のラインナップで,レモンやベルガモットオレンジ,コブミカン,ラングプアライムなどを独自の仕立てで栽培し,実需家に直接販売。どちらも新しい販売の方向を切り開き,有機農業としてそれを実践する取組みが注目されます。

 このほかにウメの品種紹介(17種)も収録。それぞれご一読のうえ,ご活用いただければ幸いです。