農業技術大系・花卉編 2011年版(追録第13号)


1.元気な花店の販売に学ぶ

 今年の追録で第4巻に「小売店の販売法に学ぶ」を新設した。不況のなかでも販売を伸ばしていくために,小売店はさまざまな工夫をしており,生産の側からも学ぶ点が多い。

 まず,北海道札幌市の切り花専門店のフルーロン花佳(薄木健友代表取締役)。札幌市内のベットタウンの商店街にあるお店の花にはすべて産地名,生産社名,品種名,品名,価格が表示されている。店独自の日持ち試験も行なって,日持ち保証販売にも取り組み始めている。これは,産地に出向くなかで学んできた,日持ちを長くする管理法や水揚げ方法に支えられている。

 花では珍しい産地表示で,消費者が,ボリューム感があって価格の安い輸入花を選ばず,国産品を選ぶことが多いことも痛感している。花にも「安心・安全」を求めているようなのだ。日本の花がこれから生き残っていくための鍵が,このあたりにあるという。さらに,日本独特の葉を意識した花づくり,小売店と生産者との共同戦線で販売戦略をつくるべきだ,と。

 次は愛知県豊橋市のガーデンガーデン・株。花苗では,品質の良い花つき苗にこだわった売場をつくってきた。品質の良い花つき苗とは「花に勢いがあり,発色が良く,茎が硬く,根がしっかり張っていて誰が見ても美しいと感じるもの」。そういった苗を,植物にとって最高の状態で消費者に届けるため,トレイに積み込まれて輸送されてきた窮屈な状態から早く解放してやるため,店頭に並べてスペーシングをしている。そのため生産者には,24入りのSSトレイに12個だけ硬めの苗を入れて出荷してもらいたいという。

 そして園芸ネット(http://www.engei.net/)。開店から13年目を迎えて独自な販売システムをつくりあげている。店のコンセプトは「育てる人の園芸店」。

 扱う商品には,大量生産される有名メーカーのブランド商品や一般的なものはなじまない。売れるのは,たとえば過去にヒットしたあと人気が落ちてあまり生産されなかったもの,季節はずれのもの。また,花も蕾もなく葉が少し出たばかりの,育てる楽しみがあるものなど。地上部が枯れている休眠中のポット苗を届けたこともあるという。

 そして,生産者には,顧客が目的とする商材が分かるよう,品種が確かで,購入後にどのように管理すべきかといった情報提供が重要だという。

 このコーナーは,次号以後もさらに充実させていく予定である。

2.成長の鍵を握る日持ち保証販売を成功させるために

 2010年の4月に花き産業振興方針が策定された。これは,国の花卉産業振興のための方針と具体的な取組みを示すもので,これについて独・花き研究所の柴田道夫氏に解説していただいた。

 今回の方針では,消費者への正しい知識の普及,花卉の魅力や効用による新しい需要の創出,環境負荷の低減などとともに,日持ち保証販売の推進が掲げられている。日本でも是非成功させたい。

 そこで,宇田花づくり研究所の宇田明氏に「本格化する切り花の日持ち保証販売」を執筆していただいた。日持ちや鮮度は花の種類によって異なるので,統一的で客観的な基準としてリファレンステストマニュアルがつくられている。しかし,たとえばスタンダードカーネーションでは11月から4月までは家庭環境での日持ちはリファレンステストより1.5倍ほど長くなるのに,6月はほぼ同じになる,といったように状況によって変わることがある。STSによる前処理だけでなく日持ちが長くなる栽培技術も重要になってくる。さらに灰色かび病対策,生産者―市場―花店との連携,採花日表示(写真1)など,成功させるために必要なことが提案されている。

写真1 出荷容器に表示した採花日
(トピア浜松PCガーベラ)

3.安心・安全も求められるように

 先の薄木さんも述べているように,花の世界でも安心・安全が求められるようになってきて,そういった生産者も登場してきた。今追録では,第4巻の産地・経営戦略事例で,無農薬栽培や減農薬栽培を実現している長野県のSuki Flower Farm,愛知県の水野茂さん,長崎県の有・ワイルドプランツ吉村を紹介した。

 注目なのは,それぞれ日持ちの長さを実現していること。愛知県の水野茂さんは水の改善で,Suki Flower Farmは季節の環境に合った品目の選択で,ワイルドプランツ吉村は栽培方法の改善で,日持ち延長を実現している。

 ワイルドプランツ吉村は,「ボリュームを大きくという意識を捨てること。植物本来の大きさを知り,生育に合わせた肥料のコントロールで,道管の締まった茎の硬いきっちりとした花に仕上がる」という。

 三者ともに,それらが病害の発生を少なくすることにつながっているのがすばらしい。

4.新しい花の魅力の創造

 まず園芸療法。2008年に日本園芸療法学界が発足し,園芸療法士などを育成する教育機関も多くなり,これから本格的な役割を果たしていくことが期待されている。そこで,第4巻の園芸療法のコーナーを一新した。人材養成のプログラムや効果と評価法など,最新の情報が盛り込まれている。

 また兵庫県宝塚市で活動している,地域福祉の園芸ボランティア組織であるメリーポピンズの会を紹介した。開設されたばかりの高齢者介護施設「逆瀬台デイサービスセンター」が阪神・淡路大震災に遭ったとき,砂漠さながらだった庭の整備に地域の高齢者が立ち上がったのが会の始まり。現在,地域の保育所や児童館,小・中学校,特養など9か所の庭を管理している。会員は140名で,後継者養成のための「タンポポ塾」まで運営している。タネからの育苗も自慢で,写真2のような育苗法も独自に開発している。

写真2 ビニールの裾開き雨よけトンネルと不織布
を組み合わせた防寒・防風対策をした育苗)

 同じく第4巻の緑化のコーナーも大改訂。地球温暖化に加えて日本の都市はヒートアイランド現象も加わって,緑化はさらに重要になっている。現在の緑化の制度や,屋上,壁面などでロールマット植物による薄層緑化やハイドロカルチャー利用の緑化法なども加わって緑化のコーナーが最新のものになった。新しい素材のコケ,家庭の庭や室内でも利用されるようになったトピアリー,和のブームで人気が高まってきたミニ盆栽を収録。

5.元気のある花,期待できる素材

 シクラメンでは,原種シクラメン,そして日本でも登場した切り花を収録した。切り花は1か月も日持ちがするという優れものである。

 人気のダリアは,花色も多くなり,小輪品種など花茎の種類も多くなり,独特の黒葉にも注目が集まってきた。温暖化の影響で適地も広がり,新作型も開発されて周年供給も可能になっている。

 パンジー・ビオラは野生種の特徴をとり入れた分枝性でこんもりとした形状に育つもの,匍匐し多花性で地面を埋め尽くすように咲くもの,ハンギングバスケットに向くもの,など新しいタイプが次々と登場して,さらに充実してきた。

 スイートピーは,神奈川県と岡山県の生産者事例。ここ数年課題になっていたリン酸化過剰による葉の白化症対策も充実している。

6.夏場の暑熱対策,第2弾

 2010年に新設した「温暖化と高温への対策」では,斜面風,湧水・天水に加えて,細霧ノズル付き循環扇を活用したハウス内暑熱の緩和法,ミストを利用したシクラメンの夏期管理を追加した。今後さらに充実させていく予定である。