農業技術大系・花卉編 2008年版(追録第10号)


●「生産者育種」を支援する?第5巻「育種」のコーナーで「香り」を特集

●進化する花卉品目の大改訂?シクラメン,クルクマ,ファレノプシス,ニチニチソウ,アサガオ

●自生植物の園芸化?サルメンエビネ,ガガブタ

●トップ生産者も取り組み始めたMPS認証制度?福島県・菅家博昭氏(昭和花き研究会),岐阜県・(有)セントラル・ローズ(大西隆代表),新潟県・(有)花プラン(富樫康雄代表)が語る最新情報

●新技術・新研究?大幅な省エネを実現する電球形蛍光ランプ,田土を利用する養液栽培「少量土壌培地耕」


1.花の新しい魅力??「香り」の提案

 スイートピーや,シクラメンで香りシクラメンが育成されるなど,花の世界で香りが一躍注目されている。そこで今追録では,この香りの特集をした。

 日本人パフューマーの第一人者である中村祥二氏(国際香りと文化の会)は,「人と花の香り」の冒頭で次のように述べている。「花の育種は,花をより大きく,より華やかに,より長持ちするように,より多く収穫できるように行なわれてきた。育種の過程で,花の香りが意図的でないにしても排除され,失われてきた」と。

 バラ,ラン,ニオイスミレ,ヒヤシンス,夜来香など香りのある代表的な41種を取り上げ,花の香りの魅力を言葉で伝える方法を解説。たとえばブルガリアローズ。「透き通ってしみこむような強い甘さのなかにラズベリー,ピーチ様のフルーティノートがあり,バニラ様のにおい,硫黄化合物からくる海の磯臭さを特徴的に感じる」。

 あるいはフウラン(風蘭)。「昼間はさわやかでスズランのイメージをもっているが,暗くなるとしだいに香りを強めてきて,甘さがしだいに濃厚になりクチナシとハニーサクルを混ぜたような香りに変わってくる。目を閉じると,かなりトロピカルなイメージがある」という(表紙の写真)。

夜に香りを変えるフラウン(風欄)

シクラメンの葉組みリング

 さらに,バラでは香りについて7分類が,ランでは130個体の香り表現が整理されており(表1),各花の香り成分についても詳細に記述されている。

表1 ランの香りの分類と表現語彙(主表現と副表現)

表現語彙A表現語彙B表現語彙C専門語彙
ローズ
ジャスミン
スズラン
バイオレット
ヒヤシンス
フローラル
ムスク
スパイシー
グリーン
チェリー
バニラ
クマリン
パウダリー
チョコレート
ティー
メディシナール
スモーキィ
ライラック
キンモクセイ
クチナシ
ハニーサクル
ヘリオトロープ
ツバキ(大島椿)
フルーティ
オレンジ
ラズベリー
クローブ
ナッツメグ
シナモン
アニス
アーモンド
ミルキー
キノコ
キャラメル
オオムラサキ
テッポウユリ
スイセン
イランイラン
ジンチョウゲ
ハス
レモン
トロピカルフルーツ
桜餅
watery
methyl salicylate
acetophenone
balsamic
geraniol
citronellol
aldehydic
β-Ionone
citral
lactone
animalic
indole
styrax

 次いで,(株)大田花きの宍戸純氏に「花卉市場からの花香の提案」をお書きいただいた。(株)大田花きでは,香料業界と提携して芳香花の分類と機能性を明らかにし,使い方の提案をしている。宍戸氏も「日持ちの代償に香りを失った花が多い」と警鐘を投げかける。そして,「鮮度が落ちたものからは本来の香りが失われていき,良い香りは鮮度の証明ともいえる。このことは国内産花卉の有利性につながるわけで,輸入品との差別化を図るうえで大きな武器になる」と述べている。

 花の販売を伸ばしていくためには,各花に物語がたくさんあったほうがよい。花色や花形などに香りが加われば,さらに戦力が高まることと思う。

2.品種と育種の動向??キク

 キクの生産量,消費量はともに世界一といわれ,育種の面でも最も進んでいる。このキクの品種と育種の動向を,柴田道夫氏(独・花き研究所)に紹介していただいた。

 輪ギクは,ここ数年で秋ギク型の‘神馬’‘精興の誠’,夏秋ギク型の‘岩の白扇’などに品種が大きく入れ替わった。

 スプレーギクは花色も花形も多様になっている。花形ではディスバッドタイプの新たな「洋ギク」?ピンポン玉を思わせるポンポン咲きや多様な色彩のスパイダー咲きやデコラティブ咲き(写真1)が登場して注目を集めている。

写真1 デコラティブ咲きのキク

 キクの花色を構成する色素の研究も急速に進んでおり,色素種の種類を増やせる可能性が大きくなり,葬儀・仏事用が中心だった需要を転換できる可能性が出てきた。

 3.装いを変える品目を一新

 昨年から,系統・品種が登場し,研究も進んで栽培技術が大きく進化している品目を最新の内容にしている。今回はシクラメンとクルクマ,アサガオ,ニチニチソウ,ファレノプシスを改訂。

 シクラメンは,「技術の基本と実際」に,樹液栄養診断に基づく施肥管理や品質保持などの研究が盛り込まれて最新の内容になった。

 樹液栄養診断に基づく施肥管理は従来,生産者の多くがこだわる灌水方法によって肥効が変わってしまうことなどから,導入は困難とされていたが,群馬県ではこの方法を各生産者が習得して高品質・安定生産を実現しているそうだ。それは,測定方法や各生育期の診断値の見方などのマニュアル化を実現しているためで,今追録では,その方法が詳細に解説されている(写真2)。

写真2 シクラメンの樹液栄養診断

 〔品質保持と出荷予措〕も新設。観賞時の品質低下を軽減するための吸水方法や施肥,培養土管理,炭酸ガス施用など,これまでの研究成果が盛り込まれている。また,切り花栽培も収録。

 ファレノプシスは,「育成品種の栽培特性」を,台湾の品種も加えて全面改訂。「生育過程と技術」も,新たに開発されたファレノプシス用の施肥方法や温度管理で開花を制御する方法などを盛り込んで改訂。

 次年度は,キンギョソウ,ヘレボラス(クリスマスローズ),アルストロメリア,グロリオーサなどの改訂の準備を始めている。

 なお,新たに,赤花系品種も登場して人気が高まってきたイチゴ,多様な品種が育成されている伝統品目のツワブキを追加した。

4.花卉でも始まった環境保全型栽培

★MPS(花卉産業総合認証プログラム)の動向

 切り花を中心に花の輸入は急増している。それに備えようと,日本でも2006年8月にMPSジャパンが設立された。2007年3月から申請が始まり,現在,参加者は100前後までになっている。今追録では,第1号参加者である岐阜県の有・セントラル・ローズ,福島県の菅家博昭氏,新潟県の(有)花プランの取組みを紹介した。

 有・セントラル・ローズ(大西隆代表) ミニバラのトップ生産者。代表の大西さんは,このMPSの日本への導入にもかかわった。岐阜県では農業関係職員をオランダに派遣・駐在させて情報収集をしていて,2003年に駐在員からオランダでMPSが誕生したという情報を得て,その内容に惚れ込んだそうだ。食用農産物などで取り組まれている認証制度と異なり,MPSは生産・流通・販売まで一環したシステムになっているため,生産者の意思や努力が直接生産者に伝わりやすい仕組みになっている,と評価する。ヨーロッパではMPS非登録の花卉は扱わない店もあるという(第7巻)。

 菅家博昭氏(昭和花き研究会) 菅家博昭氏はシュッコンカスミソウ生産者。昭和花き研究会は2006年に花卉では数少ないエコファーマーに28名の部会員全員が認定されている。菅家氏は花の輸入が急増するなかで,花も産地・生産者表示が求められるようになり,「産地の取組み姿勢,農業哲学」が問われる時代になっているという。そこで,昭和村の露地あるいは露地雨よけ栽培は無暖房で,ほぼ無農薬で栽培できる条件にあることを再評価し,販売に活かそうと構想する。

 しかし,それをアピールしようとしたとき,JAS有機は日本では花卉類は該当しないなど,他国に比べて世界基準から遅れていることがわかった。第3者機関による環境認証は現在のところMPSしかない,という(第4巻)。

 有・花プラン(富樫康雄代表) バラの苗と切り花の生産者。MPS-ABC認証(生産過程における農薬,肥料,エネルギーなどの環境負荷を低減する認証プログラム)だけでなく,鮮度保持・品質管理などに対する認証プログラムであるMPS-Qも取得した。MPS-Qのほうが品質の面できちんと管理していることがアピールできると考えてのものである。バクテリアチェックや花持ち試験を行なうなど,MPS-Qに向けた対応もしている。

 環境負荷の低減はコストの低減につながる。養液栽培システムを循環式にすることで,垂れ流しに比べて肥料の使用量が3分の1になる。

 燃料コストの低減対策も綿密に行なっている。ハウスは温室の屋根とサイドを2層にして,その間に空気を入れて空気の層をつくるエアーハウス(写真3)にしている。暖房にはクーラーを利用した補助暖房を利用するなどして,通常,坪当たり6,000~7,000円になる暖房費を半分に削減できている。

写真3 エアーハウス

 以上のように,MPS認証は入会金10万円に加え,栽培面積に応じた年間の料金が必要だが,それぞれ自分たちの経営に活かそうとしている。

★花の環境保全型防除を実現するために

 MPSで削減しようとするもののなかに農薬がある。『花卉編』では2004年に第3巻「環境要素とその制御」に「病気・害虫の管理とシステム?病害虫をめぐる動向」を新設し,「ヨーロッパの天敵利用」「シクラメン栽培での天敵利用」などを集録してきた。

 今追録では,施設野菜の防除の現場指導をしてきた田口義広氏(出光興産・株)に,現在利用できる微生物殺菌剤や天敵資材の使いこなし方をまとめていただいた(「花卉栽培での生物防除(病害虫)」)が,きわめて実践的な内容になっている。

 たとえば天敵昆虫・ダニ剤では,切りバラを例に各種の天敵利用を詳細に解説している。ポイントは定着のさせ方。

 まずミヤコカブリダニはハダニ類以外にホコリダニや花粉,糸状菌の胞子などもえさにできる。そこで,施用する場所に新しいわらを敷いておく。そこに繁殖したカビを食べることができるだけでなく,湿度も温度も保てる(敷わら法)。

 ククメリスカブリダニは,籾がら,米ぬかとエビオス錠2粒を入れたコップに入れて過湿し,これを草冠部に吊るす(カップ法)。これは宮崎県のキュウリやピーマン栽培で行なわれている方法。

★ウイルス,ウイロイド,生理障害,要素欠乏・過剰症の最新情報

 キクでは,「ウイルス,ウイロイド」を全面改訂した。アザミウマ類が媒介するトマト黄化えそウイルス(TSWV),キク茎えそウイルス(CSNV)による茎えそが加わった。

 同じくキクでは‘精興の誠’で問題になっている「黄斑症」を新規に収録。温度や光,光過剰・活性酸素などの発生要因と,急激な環境条件(とくに光や温度)の変化を避けるなど,現在考えられる対策について緊急に報告していただいた。

 カーネーションでも,萎縮叢生症をボリュームアップし,「養分の欠乏・過剰と生理障害」を鮮明な写真を加えて改訂した。

5.自生植物の魅力と保護・園芸化を追求

 2000年に第5巻に新設したコーナー。各地で親しまれてきた植物が絶滅の危機にさらされているが,このコーナーはその保全とともに,園芸化によってより身近な植物にしていく方法を紹介してきた。今追録ではサルメンエビネとガガブタが加わった。次年度はセンノウ属植物,エビネ,ユキノシタなどを準備している。