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今,新規就農者の20%は有機農業に取り組んでいるとされる。そのうちの一部では肥料さえ施さない自然栽培が行なわれている。有機農業は特殊な農業として見られることが多かったが,農水省の「みどりの食料システム戦略」の推進もあって,個人だけでなく市町村やJA単位で面的な広がりを見せている。
そんななか,本追録ではチッソ固定菌を重点的に取り上げた。これまで大気中のチッソを固定する微生物としては,マメ科植物の根に根粒をつくる根粒菌がよく知られている。ここに来て,非マメ科植物のイネにおいて,チッソ固定に大きくかかわると見られる微生物がわかってきた。
杉山修一氏(弘前大学名誉教授)によると,チッソ固定にはニトロゲナーゼという酵素が関与しており,ニトロゲナーゼが働くためには,1)低チッソ,2)高炭素(有機物),3)低酸素,4)リン酸供給が必要(図1)。イネでは実際の無肥料水田で高収量を達成しており,そこでは鉄還元菌とメタン酸化菌という土壌細菌がチッソ固定しているなど,チッソ固定細菌の働きと最新情報を「チッソ固定細菌の活性化技術」としてまとめていただいた。鉄還元菌はワラ分解産物の酢酸と水田土壌に含まれる鉄をエネルギー源としてチッソ固定していること(図2)など,鉄還元菌の詳細を「水田土壌での鉄還元菌チッソ固定の発見とその増強技術」として妹尾啓史氏(東京大学)が解説。メタン酸化菌は水田に豊富にあるメタンガスをエネルギー源にしてチッソ固定していること(図3)などを「非マメ科作物のチッソ固定エンドファイト」として南澤究氏(東北大学)が解説。南澤氏は,マメ科,非マメ科作物のチッソ固定菌の種類と特徴として,その住みかとチッソ固定量も解説していただいている(図4)。前田勇氏(宇都宮大学)には「牛糞堆肥長期連用で高まる水田土壌のチッソ固定活性」を解説していただいた。肥料需要が世界的に高まるなか,いずれも重要な意味をもつ研究成果だ。

図1 ニトロゲナーゼが活性化する4条件
チッソ固定反応を進める酵素(ニトロゲナーゼ)は,土壌中のチッソと酸素が乏しく,エネルギー源となる有機物(炭素)とリン酸が多い条件で活性化する

図2 水田土壌での鉄還元菌によるチッソ固定

図3 低チッソ水田の水稲根でメタン酸化菌がチッソ固定している証拠

図4 マメ科,非マメ科作物のチッソ固定菌の種類と特徴
加えて,「根部エンドファイトの利用―微生物利用の新たな可能性」を成澤才彦氏(茨城大学)に,「土着菌根菌を活用したリン酸施肥削減―再生可能農業への活用」を大友量氏(農研機構農業環境研究部門)に,土着菌根菌の働きによる「シロクローバのリビングマルチで飼料用トウモロコシの雑草抑制,養分供給」を出口新氏・魚住順氏(農研機構東北農業研究センター)に解説いただいた。
チッソ固定菌や菌根菌などの微生物の働きに役立つ不耕起や緑肥(カバークロップ)の研究成果も収録した。「不耕起栽培圃場の健全性と土壌生態系」として不耕起栽培の精力的な研究を小松﨑将一氏(茨城大学)にまとめていただいたほか,緑肥利用は既存収録の「緑肥作物の土つくり・減肥効果」を唐澤敏彦氏(農研機構中日本農業研究センター)に,「緑肥作物の機能と種類」「センチュウ対抗植物」「緑肥作物による土壌病害の軽減」「緑肥のカバークロップ機能」を橋爪健氏(雪印種苗株式会社東京本部)・雪印種苗株式会社にまとめて改訂していただいた。焼きいもブームに沸くサツマイモの緑肥利用については「緑肥を活用したサツマイモの高品質生産技術」として菅谷俊之氏(茨城県県西農林事務所結城地域農業改良普及センター)にまとめていただいた。
さらに有機物施用による炭素貯留,生物多様性への影響の研究成果も収めた。「農家の土壌管理が土壌炭素を増やし地球温暖化を抑制する」として白戸康人氏(農研機構農業環境研究部門)に,「水田と露地畑での有機物施用で炭素貯留量も収量も増える」として鷲尾建紀氏(岡山県農林水産総合センター)に,「水稲の有機栽培技術が生物多様性に与える影響」を片山直樹氏(農研機構農業環境研究部門)に解説いただいた。
本追録ではバイオスティミュラントも重点的に取り上げた。バイオスティミュラントは植物を環境ストレスに強くするもので,生物刺激剤ともいわれる。最新研究によると,ボカシ肥に含まれる乳酸菌抽出液(分泌液)は直播イネの苗立ちをよくする(「乳酸菌による水稲発芽時の嫌気・低温ストレス耐性付与効果」小鑓亮介氏(雪印種苗株式会社)。甲殻類の殻や植物の細胞壁由来のオリゴ糖はトマトやキュウリの病気を抑える(「オリゴ糖による作物の生育促進と病害抑制効果」竹本大吾氏・名古屋大学,図5)。アブラナ科の辛味成分がキクの日持ちをよくする(「植物の気孔開口を抑える辛味成分のしくみと利用」相原悠介氏・神戸大学/木下俊則氏・名古屋大学)。ミントなどの匂い成分が天敵を誘引する(「ミントの匂いによる害虫抵抗性強化,天敵の誘引」有村源一郎氏・東京理科大学)。バイオスティミュラント研究はまだあるが,今回は生産現場に役立ちそうな研究の一部を収めた。

図5 オリゴ糖を植物が認識する機構
このほか,近年,土壌深層部の病害虫に対する効果で注目されるエタノール土壌還元消毒(「低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法」大木浩氏・千葉県農林総合研究センター)や,アミノ酸によるキュウリ苗立枯病抑制(「グルタミン酸と植物保護細菌の併用によるキュウリの苗立枯病の抑制」竹内香純氏・農研機構生物機能利用研究部門,写真1)などの土壌病害対策も収めた。水田の可給態チッソ診断による適正施肥では,「水田土壌の可給態チッソの簡易・迅速推定法―デジタル画像化したCOD簡易比色値による推定―」(小野寺博稔氏・宮城県古川農業試験場)と,「地力チッソ量の圃場間差を活用した水稲の施肥設計方法」(森次真一氏・岡山県農林水産総合センター農業研究所)を収録した。

写真1 ピシウム病菌感染土壌でのキュウリ幼苗の生育
本追録では,「みどりの食料システム戦略」策定で有機農業に関心が高まっていることから,新たに第3巻に「有機農業と土壌管理」のコーナーを設け,海外も含めた展開や制度・歴史をまとめて収録した。「有機農業のパラダイム」を谷口吉光氏(秋田県立大学)に,「ヨーロッパにおける有機農業の誕生と発展」「アメリカにおける有機農業発展の歴史」「日本における有機農業運動の展開」「世界的に進む有機農業の組織化と法制化」を西尾道徳氏(元筑波大学),「一樂照雄と「有機農業」」を久保田裕子氏(元國學院大学),「有機農業の基準・認証制度」を本城昇氏(元埼玉大学),「有機農業と「提携」」を桝潟俊子氏(元淑徳大学)にそれぞれ解説していただいた。そして「みどりの食料システム戦略が描く日本有機農業の未来」を久保牧衣子氏(農林水産省大臣官房みどりの食料システム戦略グループ長)にまとめていただいた。また,地域に広がる有機農業として,「オーガニック給食から始める有機米産地づくり」(鮫田晋氏・千葉県いすみ市役所),「有機農業の拡大に不可欠な「有機農業公園」」(魚住道郎氏・日本有機農業研究会理事長)を収録。世界の有機農業として,「世界で活躍する小農とアグロエコロジー」(池上甲一氏・近畿大学名誉教授),「世界で注目されるリジェネラティブオーガニック農業と土壌生態系」(金子信博氏・福島大学),「アメリカ・カリフォルニア州の有機農業とアグロエコロジー」(村本穣司氏・カリフォルニア大学サンタクルーズ校)を収録した。有機農業を特殊な農業としてとらえず,これからの持続可能な食料生産が求められる時代に普通の農業として広めていくための基本情報としてぜひとも読んでいただきたい。