農業技術大系・土肥編 2021年版(追録第33号)


〈土壌実態調査から見た土壌の特徴と変化〉

 各都道府県の農業試験場では,農耕地土壌の実態の変化をとらえ,適切な土壌管理指針を示すことを目的に「土壌環境基礎調査」を実施してきた。この調査は全国の主要な土壌を代表する約2万地点の農耕地を対象に,1979 ~ 1983年を第1巡,1984 ~ 1988年を第2巡,1989 ~ 1993年を第3巡,1994 ~ 1998年を第4巡とし,各期間で1回の調査がされてきた。現在も各県により規模は違うが,調査が継続されている。今回は,このおよそ40年に及ぶ調査結果をもとに,主要な県に主要土壌の変化と要因についてまとめていただいた。

 茨城県は,「黒ボク土畑地土壌」について紹介。それによると,土壌有機物含量を示す全炭素含量は,1979年から2015年までの推移を水田と普通畑で比較すると,普通畑は維持されているのに対し,水田では低下傾向にあり,1巡目から平均値で0.5%程度減っている。要因として,水田における堆肥の施用率の低下と乾田化をあげている。土壌窒素肥沃度の指標とされる可給態窒素の変化も,普通畑は大きな変化はないが,水田は低下傾向を示している(図1)。



 青森県は,「リンゴ園土壌」について紹介。それによると,1979年から普通畑の可給態窒素量は徐々に減っているのに対し,リンゴ園土壌ではほとんど減っていない(図2,3)。リンゴ園の有機物施用園率は高いわけではない。それにもかかわらず可給態窒素量がほとんど減らない要因として,県内に広く普及する草生栽培をあげている。



 千葉県は,「ナシ園およびビワ・ミカン園土壌」について紹介。近年,ナシおよびビワでは老木化に伴う生産量の低下が問題となっており,あわせて樹園地土壌の物理性・化学性が変化していると指摘。樹園地は野菜畑と比べて土壌が硬く,作土層の厚さが減少している(表1)。樹園地では耕起の頻度が少ないこと,ナシ園ではスピードスプレーヤーによる薬剤防除を行なうため土壌が圧密を受ける機会が多いことなどが要因としている。



 神奈川県には,「農耕地土壌」(水田,露地,施設野菜,果樹)について,静岡県にはミカン園と比べた「茶園土壌」について紹介していただいた。

 なお,「土壌管理から見た水田土壌」について,元秋田県立大学の金田吉弘氏にまとめていただいた。近年の高温などの気象変動下でも高品質米生産を持続するためには地力の増強がきわめて重要であるとし,強粘質細粒強グライ土水田の作土(15cm)を水田プラウで反転し,作土の上層(5cm)を砕土したあとに移植した無代かき水田では代かき水田に比べて乳白米の発生率が低かったと報告している(図4)。慣行栽培でも耕起深や代かき程度を考慮することで根活性が高く維持され,同様の効果が期待できるとしている。



〈地力とは――評価と対策〉

 ところで,そもそも地力とは何か。安西徹郎氏(農業技術アドバイザー)に,「地力の評価」についてまとめていただいた。それによると,地力とは土壌の性質に由来する農地の生産力をいう,と地力増進法で明確な定義づけがなされている。その評価は,先の土壌実態調査において13項目に及ぶ基準項目によって行なわれてきた。近年は,専作化が進んで大区画圃場の造成や大型農業機械の導入が顕著になっていることから,「作土が浅くなっている」「土が硬くなっている」「水はけが悪くなっている」「深耕によって下層の土が露出している」などの物理的問題や「土の物理性悪化に起因した病害が多発している」などの生物的問題が生じて,その対策を講じるための物理性診断や生物性診断が強く求められるようになったと指摘している。

 藤原俊六郎氏(Office FUJIWARA)には「地力を構成する要素と向上対策」についてまとめていただいた。地力の高い土とは,土壌の化学性,物理性,生物性がともに良好な状態と考えればよいという(図5)。地力を高めるために決定的に重要なものは,微生物と腐植であり,それらによって団粒ができると,通気性や透水性,保水性,根の伸びやすさ,微生物の活性化など土のいろいろな性質に影響し合い,すべてがうまく回るようになるとする。これら有機物施用は土壌中への炭素貯留効果も期待されており,「農地をめぐる炭素循環と有機物施用の意味」も藤原氏に解説いただいた。



〈地力を知る項目の意味と診断手法〉

 本追録では地力の評価方法として設定されている13の基準項目の一部について,その意味と診断手法を収録した。「土性」を松浦里江氏(東京都農業振興事務所),「土色」「孔隙特性」「土の硬さ」を渡辺春朗氏(元千葉県農業試験場),「作土の厚さ」「有効土層」を金子文宜氏(元千葉県農林総合研究センター),「保水性・透水性」を大野智史氏(農研機構中日本農業研究センター),「可給態窒素」を上薗一郎氏(鹿児島県農業開発総合センター),「可給態ケイ酸」を金田吉弘氏(元秋田県立大学),「土壌pH」「電気伝導度(EC)」を安田典夫氏(朝日アグリア株式会社,元三重県農業技術センター),「土壌微生物フローラと作物生産」を野口勝憲氏(片倉コープアグリ株式会社)にそれぞれ新規執筆または改訂していただいた。

 診断の新手法として,「負圧浸入計による水田耕盤の透水性判定」を中野恵子氏(農研機構九州沖縄農業研究センター),「ガス拡散係数測定装置による土壌通気性の測定」を高橋智紀氏(農研機構東北農業研究センター),「簡易吸光光度計による可給態リン酸の簡易測定」を金澤健二氏(農研機構農業環境研究部門)に解説いただいた。


〈土壌改良資材とその使い方〉

 今回の肥料法改正では,堆肥とともに土壌改良資材も化学肥料と混ぜて流通できるようになった。「土壌改良資材とその使い方」「鉱さい(スラグ)類」を後藤逸男氏(東京農業大学名誉教授)に改訂していただいた。


〈家畜糞堆肥の新利用法〉

 家畜糞堆肥への注目が集まるなか,市販の電動コンクリートミキサーで簡易に家畜糞堆肥を造粒させる方法を「家畜糞堆肥の簡易造粒法と利用」として,畠中哲哉氏((一財)畜産環境整備機構畜産環境技術研究所)にまとめていただいた。また,鶏糞堆肥を肥料として使った栽培について「鶏糞堆肥を利用したレタスの減化学肥料栽培」として齋藤晶氏(長崎県農林技術開発センター)にまとめていただいた。


〈土と施肥をめぐる最新情報〉

 ダイズ生産と土壌乾燥の実態を「ダイズ――収量と土壌乾燥の関係」として熊谷悦史氏(農研機構農業環境研究部門)に,輸入依存の高いカリの適正施肥を「水田土壌のカリ収支を踏まえたカリ適正施肥」として久保寺秀夫氏(農研機構農業環境研究部門)に,「微量要素による作物の免疫力向上効果」を鳴坂義弘・鳴坂真理両氏(岡山県農林水産総合センター生物科学研究所)に執筆いただいた。


 なお,本追録では,今回の肥料法改正にあたって,「肥料の品質の確保等に関する法律の概要」も収録した。