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2008年の肥料価格の高騰以降,化学肥料の価格は高い状態が続いており,堆肥を含む有機物の肥料利用に注目が集まっている。本追録では,有機物の肥料特性と利用についての情報を重点的に収録した。
農業生産の場では,昔から家畜糞尿や草木類から堆肥をつくり,魚かす,菜種油かすなどを肥料として利用してきた。本書では近年多量に発生する有機物資源を,農業系,畜産系,草木系,食品系,生活系に分け,それぞれの有機物の肥料特性と使い方を元明治大学黒川農場・藤原俊六郎氏に全体的にとらえてまとめていただいた(「有機物資源の特性と利用の基礎」)。肥料特性では成分を乾物成分と現物成分の両方で示した。
各論として,「牛糞堆肥」(畜産環境整備機構・羽賀清典氏),「竹粉・竹チップ(写真1)」(石川県農林総合研究センター農業試験場・梅本英之氏),「汚泥肥料」(東京農業大学名誉教授・後藤逸男氏)のほか,新しい肥料として注目される「水熱分解有機液肥」(元明治大学黒川農場・藤原俊六郎氏,明治大学黒川農場・小沢聖氏・蜷木朋子氏,茨城大学農学部・七夕小百合氏,三重県農業研究所・堂本晶子氏),「混合堆肥複合肥料の製造と利用(写真2)」(農研機構九州沖縄農業研究センター・荒川祐介氏,岡山県農林水産総合センター・森次真一氏)も収録した。
写真1 竹粉
写真2 混合堆肥複合肥料(左は「レコアップ®055」菱東肥料,右は「キャベツ一発堆肥入り037」三興)
堆肥は散布労力や輸送コストがかかることなどから,その投入量は残念ながら減っている。代わりに注目される緑肥の土つくり効果と減肥栽培についてまとめて収録した(「緑肥作物の土つくり・減肥効果」「緑肥作物の播種とすき込み,腐熟期間」(農研機構中央農業研究センター・唐澤敏彦氏)。減肥できる養分の量などは,緑肥の種類やすき込み時期などによって異なる(図1)。
図1 緑肥の種類,すき込み時期による分解性の違いが養分供給と有機物蓄積の効果に与える影響
各論では,緑肥作物の草種(ソルガム,エンバク,ライムギ,ヘアリーベッチ,クロタラリア)ごとの市販品種の特性も一覧できる。「ソルガムすき込み後の肥効を活用したキャベツ,レタスの減肥栽培」を千葉県農林総合研究センターの宮本昇氏(写真3),「エンバクの肥効を活用したレタスの減肥栽培」を栃木県農業試験場の関口雅史氏,「ヘアリーベッチの肥効を活用した主作物の減肥栽培」を秋田県立大学生物資源科学部の佐藤孝氏,「クロタラリアの肥効を活用したキャベツの減肥栽培」を愛知県東三河農林水産事務所の森下俊哉氏,「緑肥の混播によるタマネギの減肥栽培」を雪印種苗株式会社の宮本拓磨氏がそれぞれ執筆。
写真3 フレールモアで細断したソルガムをロータリですき込むようす。ソルガムは他の緑肥と比べて生育が早く,有機物の生産量が多い
近年,土壌の窒素肥沃度の指標として診断される可給態窒素(地力窒素)を,簡易・迅速に診断する方法が開発された。可給態窒素は堆肥や緑肥など有機物を施すことで供給され,これまで土つくりの目安などに使われるくらいであったが,これを施肥窒素量の調節に活用する取組みが始まっている。本追録では,「野菜畑編」と「水田編」に分け,その診断法から測定値の活かし方までを地域ごと作物ごとに収録した。
野菜畑編では,まず「土壌の可給態窒素診断を活用した窒素施肥の考え方と手順」「可給態窒素を窒素施肥量に換算する表計算シートを使ったキャベツの減肥技術」を鹿児島県農業開発総合センターの上薗一郎氏が執筆(図2,図3)。さらに「可給態窒素診断にもとづく雨よけトマトの窒素減肥技術」を岩手県農業研究センターの高橋良学氏,「可給態窒素にもとづくレタスおよび冬ハクサイの窒素適正施肥」を茨城県農業総合センターの藤田裕氏,「可給態窒素にもとづく全面マルチ栽培ハクサイの窒素適正施肥技術」を長野県野菜花き試験場の矢口直輝氏,「可給態窒素にもとづく秋冬キャベツ,スイートコーンの施肥」を愛知県農業総合試験場の日置雅之氏がぞれぞれ執筆。
図2 可給態窒素レベルと窒素施肥対応
ただし,可給態窒素0~2の場合,窒素増肥だけでは目標収量の確保がむずかしいため,まずは土つくりを優先する
図3 表計算シートで求めた施肥窒素換算量と窒素発現パターンの例
水田編では,「水田風乾土可給態窒素の簡易・迅速評価法」を富山県広域普及指導センターの野原茂樹氏(図4,図5),「富山県の水田土壌における可給態窒素の迅速評価法の適応性と水稲の適正施肥への応用」を富山県広域普及指導センターの東英男氏,「分光光度計とCOD測定用試薬セットによる簡易迅速評価」を岐阜県農業技術センターの和田巽氏(図6),「山形県の水田土壌における可給態窒素の迅速診断法にもとづく適正施肥」を山形県農業総合研究センターの相澤直樹氏,「西南暖地黒ボク土水田における可給態窒素簡易測定にもとづく施肥技術」を熊本県農業研究センター生産環境研究所の身次幸二郎氏,「水田土壌の可給態窒素の迅速評価法にもとづいた補給型施肥」をJA全農営農・技術センターの合志智典氏がそれぞれ執筆。
図4 絶乾土水振とう抽出法(迅速評価法)の操作手順
1)TOC測定値を可給態窒素に換算する係数
2)キログラム乾土にするための式
3)TOC測定値を可給態窒素に換算する回帰式の切片の値
図5 簡易乾熱土水抽出法(簡易・迅速評価法)の操作手順
1)熱ムラを防ぐため熱風循環式(コンベクション)オーブンを用いる
2)予熱はオーブンの予熱機能を用いる
3)簡易COD測定値を可給態窒素に換算する係数
4)キログラム乾土にするための式
5)簡易COD測定値を可給態窒素に換算する回帰式の切片の値
図6 分光光度計とCOD測定用試薬セットによる簡易迅速評価法の分析フロー
このほか,有機物による病害抑制効果も収録した。「有機物の施用によるジャガイモそうか病の抑制」を農研機構北海道農業研究センターの池田成志氏・浅野賢治氏,鹿児島県農業開発総合センターの森清文氏が執筆。また,草生栽培による畑の改善,ミカンの果実品質向上の生産者事例として「自然に生える草とタネ・苗を植える草による草生で省力高品質ミカンづくり」(和歌山県海南市・岩本治氏)も収録した。
バイオスティミュラント(生物刺激剤)の最新研究成果も前追録31号に引き続いて3本収録した。2-へキセナールという植物由来の葉の香り成分が作物の高温耐性をもたらすという「葉の香りによる作物の高温耐性の向上」(神戸大学大学院農学研究科・山内靖雄氏)のほか,野草のタケニグサの抽出成分・サンギナリンが作物の熱ショックタンパク質(HSP)を増やして高温耐性を向上させるという「タンパク質に着目した植物の温度ストレス緩和技術」(静岡大学グリーン科学技術研究所・原正和氏),ビール酵母細胞壁を水熱反応処理したものが作物に抵抗性誘導と側根誘導(写真4)やジャスモン酸誘導,土壌還元化による土壌病害抑制の作用を示すという「ビール酵母細胞壁水熱反応物による植物および土壌微生物への作用」(アサヒクオリティーアンドイノベーション株式会社・アサヒバイオサイクル株式会社・北川隆徳氏)を収録した。
写真4 ビール酵母細胞壁水熱反応物を処理したイネ苗(左)は側根が多い