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家畜排せつ物法の本格施行から10年――。堆肥化施設が整い、耕畜連携が強化され、堆肥流通も広域化し、堆肥の利用促進が図られてきた。そのいっぽうで土壌中の塩類濃度上昇などの問題も生じ、必ずしも堆肥を入れれば入れるほどよいというわけではない。堆肥の連用は土壌にどのような影響を及ぼすか? その課題と対策について紹介。
高塩類堆肥による野菜栽培 家畜排せつ物法の施行以降、家畜糞は野積みが禁止になり、降雨によって無機塩類を洗い流せなくなった。おがくずなどの副資材不足により、堆肥を再び牛舎の敷料にしたり、水分調整材にする「戻し堆肥」に利用されるようになった。その結果、堆肥中の塩類濃度が相対的に高くなり、従来の施用量では肥料成分が農耕地に過剰に投入される危険性がある。実際、高塩類堆肥を用いた野菜の栽培では、カルシウム欠乏やマグネシウム欠乏が発生しやすく、施用量を見直す必要がある。そのいっぽうで、土壌に軽度な塩類化を引き起こし、作物や野菜に適度な水分ストレスを与えて品質を良くすることも可能である。農研機構・江波戸宗大氏が解説。
休閑期に施用した家畜糞堆肥の窒素動態 休閑期に施用した堆肥の水稲作付け時の肥料効果について検討した結果、鶏糞では施用後14~52日の間に残効窒素の割合が大きく低下した。6月下旬が平均的な移植日である岡山県南部地域では、鶏糞を作付け直前に施用した場合に得られる基肥代替効果が、12月の低温期はもとより4月下旬に施用した場合でも、ほとんど期待できないといえる。堆肥に由来する無機化窒素の多くは入水までに硝化作用を受け、流亡や脱窒作用により損失すると考えられた。窒素含量が高い堆肥の合理的な利用を図るには、作付け10~50日前のうち、いつ堆肥を施用するかで、どのくらい肥料効果があるかを把握しておく必要がある。岡山農総セ・大家理哉氏が解説。
堆肥連用で土壌に蓄積した窒素肥効の評価 可給態窒素は土壌の窒素肥沃度、いわゆる地力窒素の指標として重要な土壌診断項目であるが、測定には4週間必要であるため、分析結果がわかる前に、次の栽培が始まってしまうこともある。これまで多くの迅速推定法が提案されてきたが、測定に振とう機や分光光度計などの分析機器が必要になるなど問題があった。このため、農家は自分の畑の窒素肥沃度を知りたくても、依頼できる分析機関を探すことさえ苦慮している。そこで、土壌の種類の違いや、堆肥を連用した土壌にも適用でき、さらには生産者みずから簡易に操作できる可給態窒素の簡易判定法(80℃16時間水抽出-COD測定)を開発した(第1、2図)。鹿児島農総セ・上薗一郎氏が解説。
第1図 畑土壌の可給態窒素簡易判定に必要な道具
(1)80℃保温機能付き電気ポット、(2)水、(3)COD簡易測定キット、(4)50ml容量のフタ付き容器、(5)キッチンスケール、(6)キッチンタイマー、(7)ろ紙、(8)カップとスプーン
第2図 畑土壌の可給態窒素判定のめやす
5倍に薄めた検査液を吸入したチューブ内液の反応色で判定する。検査液の温度で反応時間が変わるので注意
風乾土の水分を10%、生土の水分を30%と仮定した
平均的な露地畑の可給態窒素は3mg/100g程度。地力増進基本方針に基づく普通畑の改善目標値は5mg/100gである
リン酸組成に着目した家畜糞堆肥リン酸の積極的利用法 家畜排泄物はほとんどが堆肥として農業利用されていながら、家畜糞堆肥に期待する効果は有機物投入による土壌改良と土壌窒素供給能の向上が主である。しかし、家畜糞堆肥のリン酸含量は、乾物重当たりで約2%(乳用牛糞堆肥)から6%(採卵鶏糞堆肥)にもなる。堆肥は有効態リン酸が土壌固定を受けにくく、作物にとって水溶性の化学肥料よりもリン酸の利用率が高い。東北大・伊藤豊彰氏が解説。
堆肥施用による雑草の発生量と種類の変化 堆肥施用畑と化学肥料施用畑でスイートコーンを栽培し、雑草の発生状況を比較した。堆肥施用は土壌物理性を改善し、土壌含水率を増加させるため、発生する雑草の種類が変化する。さらに、堆肥施用により土壌窒素濃度が作物栽培期間を過ぎても高く、通年で維持される。そのため、収穫前後の雑草量を増加させ、種子生産量が増加することで、次年度の雑草発生の増加につながった。また、家畜飼料を輸入穀物に依存していることによって、糞尿に外来雑草の種子が混入し、堆肥そのものが外来雑草の種子拡散の要因となっている。東京農業大・有澤岳氏が解説。
農耕地での土壌有機物の動態と機能 農耕地では、有機物は刈り株や根、茎葉などの植物遺体、堆きゅう肥で土壌に供給され、大部分が粗粒有機物として存在する。これらは微生物によって分解され、多くは無機化されて炭酸ガスに変わるとともに無機態窒素となり、植物に吸収・利用される。他方、微生物分解の過程では微生物代謝産物が生産され、さらには暗色の腐植物質の生成が起こる。微生物代謝産物は比較的容易に無機化されてアンモニウムイオンとなり、植物への窒素供給源となる。腐植物質は、有機・無機複合体の形成によってさらなる腐植化が進行し、陽イオン交換反応や有害物質の吸着などの機能を発揮するようになる。弘前大・青山正和氏が解説。
シイタケ廃菌床のスイートコーンへの直接施用 シイタケ菌床の原料は80~90%が広葉樹のチップやおがくずで、それ以外はコムギのふすまや米ぬかなどである。シイタケ菌は難分解有機物であるリグニンを分解する白色腐朽菌である。シイタケを5~6回収穫した後の廃菌床には、窒素・リン酸・カリウム・マグネシウム・カルシウムなどが豊富に含まれている。その有効利用をはかるため、堆肥化の行程を経ず、畑に直接施用したところ(第3図)、スイートコーンの栽培で化学肥料区と同程度の収量が得られ、土壌の保肥力も促進された。土壌微生物相が多様化し、より多くの種類・量の有機物が分解できる土壌になった。岩手大・加藤一幾氏が解説。
第3図 シイタケ廃菌床の直接施用(スイートコーン栽培)
落葉および落葉堆肥の生産と水田利用 農用林一定面積当たりどの程度の落葉が採集でき、落葉堆肥が得られるか? また、一定面積の水稲を栽培するには、どの程度の落葉あるいは落葉堆肥が必要か? 落葉に含まれる成分量から判断してどの程度施用すればよいか? 北関東東部の中山間地域で研究した結果、1haのコナラ優占林から5t程度の落葉が得られ、それが1haの水田への施用に必要な量に相当することが明らかになった。落ち葉はカルシウム、マグネシウム含量に富み、土壌の団粒化を促し、保肥力を高めるものの、リン酸、カリ含量に乏しい。そのため、一般に期待される収量を得るには、それらを補う必要がある。宇都宮大・逢沢峰昭氏、平井英明氏が解説。
竹粉の表面施用によるダイズ栽培 近年、伐採した竹を圧縮、混練、破砕して繊維状に加工することができる植繊機が開発された。ダイズ無中耕無培土栽培下の竹粉(繊維状竹破砕物)の表面施用は、ダイズの初期生育を抑制せず、開花期ごろの生育を促進する効果があり、施肥量に応じた収量が得られる可能性がある。とりわけカリの吸収量を増加させ、根粒形成、窒素固定能を促進する点で増収効果がある。また、西南暖地で推奨されている晩播栽培は、梅雨明け後の7月下旬~8月上旬に播種するため、竹粉の表面施用は作土層の土壌水分を保つ効果があり、高い発芽率が期待できる。九州大・山川武夫氏が解説。
線虫に対するアワユキセンダングサ抽出液の効果 キク科雑草であるアワユキセンダングサは、沖縄県全域に分布し、作物栽培の妨げになることから害草として知られているが、食用や健康茶、化粧品としても利用されている。加えて、抗酸化作用やアレルギー性鼻炎に対する効果も確認されている。その殺虫活性を調べてみたところ、作物被害の大きいサツマイモネコブセンチュウのほか、ジャワネコブセンチュウ、アレナリアネコブセンチュウ、ダイズシストセンチュウ、ミナミネグサレセンチュウなどに対しても高い活性が確認された。植物抽出液、乾燥植物破砕物、抽出液展着資材などの開発・利用が有効と考えられる。琉球大・田場聡氏が解説。
回収硫安によるイネの栽培 一般的な堆肥化の処理方法では、堆肥中に含まれているアンモニアが大気中に揮散する。しかし、近年開発された吸引通気式堆肥化処理は、堆肥の底部から外気を吸引し堆肥化を促す方法で、周囲に臭いが拡散するのを防ぐだけでなく、堆肥の表面から揮散するアンモニアの低減につながる。脱臭装置はアンモニアを硫酸と反応させて硫酸アンモニウム溶液にし、その回収硫安は窒素肥料、液肥として活用が期待できる。この回収硫安をイネ栽培での化学肥料の代替とするため、基肥および追肥として施用し、生育と収量へ及ぼす影響について明らかにした。山形大・森田昌孝氏が解説。
有機と慣行の農産物の品質の違い 有機農業では、たとえば堆肥を施用して土壌の団粒構造を発達させて水はけを良くして、土壌の水分を毛管水主体で少なくし、窒素施用量を減らすと、作物の糖度とビタミンC含量が向上する。しかし、生産現場では慣行、有機とも、その栽培・飼育条件にじつに広い幅がある。このため、市販農産物を比較した際には、多様な生産条件のために、品質のフレが大きくなる。そこで、いろいろな条件で栽培・飼育された、さまざまな市販農産物の品質を調べた研究結果について、メタ分析とよばれる統計手法を用いて、慣行と有機で生産された農産物の品質を比較した。それらの結果を中心に、元筑波大・西尾道徳氏が解説。
バイオマス活用の個別経営と地域への効果 養豚農家が糞尿を水処理・放流する場合と、メタン発酵・エネルギー変換してメタン発酵消化液を生産する場合とで、かかるコスト(経費-収入)をシミュレーション比較。メタン発酵消化液の輸送・散布まで養豚農家が担う想定では水処理・放流よりもコストが高くなるものの、耕種農家が担う想定では地域全体の総コストが低くなる。耕種農家が減化学肥料栽培などの表示で付加価値をつけて販売すれば、さらなるコスト削減が可能になる。また、糞尿を水処理・放流する場合に比べて、地域全体の総コストの多くが地域内のいずれかの経営体の収入になるため、地産地消の観点からの有利性もある。京都大・清水夏樹氏が解説。
森林土壌の特徴と環境保全型農業 森林土壌は落葉・落枝による土壌への有機物還元量が少ない(低投入・省資源の)割に、生物性を機能させて、可給態窒素に富む質の高い有機物を保持している。ただし、土壌は塩基類に乏しく、酸性の環境であるため、細菌類より菌類に有利である。また、樹木は菌根菌との共生関係を進化のなかで獲得し、その生産性を高く維持している。攪乱のない環境では土壌動物も活発で、人為的に耕うんをせずとも団粒構造が形成されている。現在の有機農業は低投入で省資源だが、少生産の傾向にある。より生物性や生態系の多様性を活かし、自然の摂理に合致した持続可能性が求められている。森林総研・高橋正通氏が解説。
冬期湛水による水稲の有機栽培 冬期湛水とは水稲の非作付け期間に湛水する方法である。自然湿地の代替として水鳥の採餌やねぐら、隠れ場所となり、水鳥の飛来数が増加する。コナギなどの水田雑草をよく抑えるため、近年は有機栽培での抑草技術の一つとして取り組まれることが多くなった。冬期湛水田では幼穂形成期の地力窒素発現が高まり、中間追肥的な肥効を示す。また、イトミミズの土壌攪乱による「トロトロ層」の発達も顕著で、地力窒素の供給源になっているものと考えられる。試験の結果、愛媛県施肥基準(窒素成分で8kg/10a)に比べ、50%程度の減肥が可能である。愛媛農研・大森誉紀氏が解説。
布マルチ水稲直播有機栽培の施肥法 布マルチ水稲直播栽培では通常、油かすや鶏糞などを施用後に代かき均平作業を行ない、落水して土壌を乾燥させた土壌表面の上に布マルチを敷設する。しかし、施肥、代かき均平、落水乾燥、敷設、入水・布浮かべの過程で、落水期間中に施肥窒素が無機化し、入水にともなう溶脱や脱窒により肥効が低下する恐れがある。そこで、代かき均平後に土壌を乾燥させて土壌表面を固め、敷設直前に施肥する方法を検証した。その結果、分げつの十分な確保が可能となり、施肥窒素利用率が高まり、水稲の生育が促進し窒素吸収量が高くなった。愛媛農研・大森誉紀氏が解説。
転作ダイズの部分浅耕播種 北部九州のダイズ栽培はほとんどの場合、水田転作畑で行なわれており、その大部分は麦作後に作付けされている。ダイズの部分浅耕播種法は、湿害・干害、適期播種作業、雑草害などの問題の改善を図るため、ロータリハローの播種条部分に培土用カルチ爪を装着することで、播種条を浅く、条間を標準の深さに耕起しながら播種を行なう技術である。有芯部分耕播種と類似しているが、種子の覆土は浅耕部分の土壌のみ用い、条間部分の土壌を用いない。有芯部分耕播種よりも条間部分の耕深が浅く、幅が狭くなるため、ロータリ作業の負荷が軽減し、慣行の作業体系と同等の速度で播種が可能である。福岡農総試・川村富輝氏が解説。
早期直播栽培を導入したエダマメの作期拡大 エダマメは移植栽培が一般的なので、水稲作経営に導入しようとする場合、4~5月のエダマメの育苗管理・移植作業が水稲の育苗管理・移植作業と重なる。そこで、これらの作業の省力化を図るために、早期直播栽培技術を開発した(第4図)。播種機はマルチャーを付加した耕うん同時うね立てマルチ直播用作業機を使用し、うねを黒色ポリマルチで被覆する。これによって、4月下旬の低温期の直播でも出芽が安定し、生育が良くなり収量も上がる。追肥は被覆尿素肥料を基肥といっしょに施用することで、慣行で行なう2回の追肥作業が省略できる。適切な品種と播種日の組合わせで段播すれば継続出荷が可能である。東北農研・片山勝之氏が解説。
定植前リン酸苗施用によるネギの生育促進とリン酸減肥 定植前リン酸苗施用とは、リン酸が不可給化されにくい培養土にリン酸カリウム水溶液を施用し、定植する方法である。それによって、作物によるリン酸の吸収を促進して初期生育を確保する。各種の野菜で検討した結果、ネギで高い効果があった。リン酸苗施用によって初期生育が顕著に促進され、収量も増加し、軟白長も長くなる傾向があった。いっぽう、畑へのリン酸施用は量の違いによる差が認められず、効果的に作用しなかった。定植前リン酸苗施用を行なえば、畑にリン酸を施用しなくても、慣行より増収する結果となった。東北農研・村山徹氏が解説。
短節間カボチャの窒素施肥 短節間カボチャ(ほっとけ栗たん)は節間が短く、側枝も少なく、雄花開花始期でもマルチ外へのつるの伸びが少ないことから、誘引や整枝作業の必要がない。株元に着果することから果実を見つけやすく、収穫作業にかかる時間の短縮が可能である。北海道の水稲作地帯の転換畑でセル成型苗を用いた栽培をする場合には、カボチャの育苗作業と水稲の移植作業の時期をずらすことも可能となる。施肥法について検討したところ、窒素施肥量を10a当たり基肥4kg、追肥4kgの分施で、良果収量が増加し、果実乾物率とデンプン含量が向上し、日焼け・腐敗果率が低下した。北農研・杉戸智子氏、嘉見大助氏が解説。
トマト果梗部の捻枝による裂果防止効果の検討 トマトの裂果は果実肥大中に表面が裂ける障害で、商品価値を下げ、ひどい場合は廃棄される。とくに果実のへた部分から深い切込みが縦に入る放射状裂果は夏秋トマト産地で大きな問題となる。そこで、ペンチなどで果梗を潰す、いわゆる稔枝することで物理的に水の流れを止め、裂果の発生を抑制する方法を検討した(第5、6図)。主枝をクリップで挟むリンギングや主枝をペンチで挟む稔枝と比較して、果梗部の稔枝で裂果数が減少し、良果の数および収量が多かった。果梗へのダメージのかけ方、稔枝した場合の果実肥大の程度、内部構造がはたしてどのように変化するのかについて追究。静岡大・鈴木克己氏が解説。
CO2施用と加湿制御 CO2施用の効率を高めるための湿度制御が注目されている。日本では病害発生の懸念もあり、湿度を低く管理することが多かったが、CO2施用と加湿を併用すると生育が旺盛になり、収量が増加しやすい。湿度が低くなり、根からの給水量より蒸散量が多くなると、葉は水分損失を防ぐために気孔を閉鎖する。気孔は水の通り道であるが、CO2の導入口でもあるので、気孔が閉鎖すると葉内のCO2濃度が低下し光合成速度が低下する。湿度を高めに維持すると相対的に水分ストレスが緩和され、気孔が開きやすくなり、その結果、葉内のCO2濃度が高くなり光合成速度が増加する。野茶研・鈴木真実氏が解説。
水稲の生育初期の分げつ抑制による高位分げつの出現 地上部伸長茎部の節から出現した高位分げつは、その穂の籾のほとんどが登熟不十分となり、玄米外観品質の低下につながる。高位分げつは、通常分げつの出現が抑制され有効茎が少なく、茎葉中のデンプンや窒素成分などが豊富になると出現する。出現しやすい条件は、とくに生育初期に分げつの出現が抑制されることである。生育の早期からの深水処理、基肥窒素に肥効調節型肥料のみを用いた栽培、倒伏軽減のため基肥窒素施肥量を抑えた苗立ち密度の低い直播栽培などである。このような栽培で通常分げつが十分に確保できないと、その後の穂肥窒素の量や時期がさらに高位分げつの出現を促す。東京農大・名越時秀氏が解説。