農業技術大系・土肥編 2014年版(追録第25号)


2014年版「追録25号」企画の重点

肥料代を減らす――緑肥・輪作の導入、堆肥窒素の活用、リンの有効化

〈緑肥・輪作で肥料代を減らす〉

 栃木県那須烏山市の農家・戸松正氏は有機農業で慣行農法並みの収量が得られつつある。リビングマルチに1kg当たり20円以下のくず麦を利用し、ナス、ピーマン類、ズッキーニ、スイカ、カボチャ、オクラ、キュウリ、インゲン、サツマイモ、ナガイモ、ヤマトイモを栽培(写真1)。抑草のほか、虫害が減り、土壌が膨軟になり、収量が1~2割増えるという(施肥は堆肥2~3t/10a・年)。有機農業歴35年の蓄積をもとに、茨城大、農工大、農工研による経年調査を踏まえ、「くず麦リビングマルチ、混作、耕うん改善を活用した有機農法」で実践報告。

写真1 くず麦リビングマルチを利用したナス栽培。雑草を抑制し(左)、収穫が始まったら刈り払う(右)

 沖縄県は高温多湿で有機物の分解消耗が激しく、土壌の腐植含量が少なく、地力が低いため、有機物施用が不可欠である。そこで、牛糞堆肥(2.5t/10a・年)の施用と、緑肥(マメ科のセスバニア)の導入を比較した。10年間連用の結果、窒素3割減でも、スイートコーンが堆肥区で7%、緑肥区で11%増収。堆肥を安価に入手することが困難な地域、また、台風被害を避けるため春から夏にかけて休閑期となる経営では緑肥が有効である。沖縄農研・宮丸直子氏が「ジャーガル(陸成未熟土)での緑肥の連用効果」で解説。

 ダイズやトウモロコシなどはアーバスキュラー菌根菌の宿主作物である。もし、前作と後作が宿主作物同士の組合わせであれば、後作でリン酸が減肥できる(写真2)。十分な感染率が確保できれば5割減も可能(ただし、宿主作物でないテンサイやソバなどの組合わせでは慣行量が必要)。市販の微生物資材を用いない「土着アーバスキュラー菌根菌を利用したダイズの施肥リン酸削減」について北農研・岡紀邦氏が紹介。

写真2 ダイズの生育は、前作がアーバスキュラー菌根菌の非宿主作物だった跡地(左)よりも、宿主作物だった跡地(右)のほうがよい

〈堆肥の窒素で肥料代を減らす〉

 水稲作では完熟堆肥(2次発酵後の堆肥)よりも腐熟度が低い堆肥(1次発酵後の堆肥)の施用が有効である。堆肥中の窒素はアンモニウム態窒素が腐熟過程で硝酸態窒素に変化すると湛水によって消失しやすい。堆肥は完熟させないと、易分解性有機物で作物の初期生育が阻害されやすいが、施用量を少なくすればそのような問題も生じにくい。九沖農研・原嘉隆氏が「水田における牛糞堆肥の窒素肥料としての効率的利用」を紹介。

 家畜糞堆肥単用では、作物が要求する養分すべてを補うことはできない。土の健康を維持し、安定的な作物収量・農業収入を得ながら、資源循環を進めていくためには、化学肥料と家畜糞堆肥を併用した施肥が不可欠となる。そこで、牛糞堆肥と硫安、肥効調節型肥料それぞれの併用効果を明らかにし、豚糞堆肥・鶏糞堆肥とも比較。岐阜大・加藤雅彦氏が「家畜糞堆肥と化学肥料の併用による窒素の挙動と作物吸収」で解説。

 砂丘地は保水性や地力に乏しくCEC(塩基置換容量)が低いことから、土壌改良の眼目は作土に腐植を蓄えることとされ、堆肥などの有機質資材の施用が推奨されてきた。有機質資材の肥料としての効果や地力に与える影響を評価し、それに合わせて合理的に施肥できれば、生産性を低下させることなく窒素施用量が削減できる。山形県庄内支庁・伊藤政憲氏が「砂丘地メロンへの有機質資材連用と施肥削減」について解説。

 土壌の窒素肥沃度を把握するには、土壌の可給態窒素量を求めなければならない。しかし、これまでの分析法である培養法は、結果が出るまでに4週間かかるため、施肥診断の利用には適さない。そこで、熱水抽出による有機態窒素含量と可給態窒素含量に高い正の相関があることを利用して、迅速で簡易な判定法を開発。千葉農総研・八槇敦氏が「畑土壌の簡易な窒素肥沃度診断―煮沸浸出法―」を紹介。

〈リン有効化で肥料代を減らす〉

 黒ボク土はリン酸の固定力がきわめて高く、昔からリン酸肥料の多施用が行なわれてきた。帯畜大・谷昌幸氏によると、リンの蓄積量は十勝の黒ボク土で790~910kg/10aと莫大だが、作物が利用しているのはその3~5%とわずかという。リンを効かせるには、化学肥料だけに頼るのではなく、さまざまな有機質資材や堆肥などを、それら資材の特性をきちんと理解したうえで継続的に使いこなしていくことが重要である。「普通畑土壌のリン酸蓄積の詳細と今後の対応」で解説。

 リン酸肥料が十分でなかった時代、黒ボク土圃場への沖積土の客土は農業生産に大きく貢献していた。中央農研・若林正吉氏によると、大宮台地(埼玉県)の伝統的客土「ドロツケ」は、沖積土にリン酸が含まれていただけなく、リン酸固定力の原因である活性アルミニウム・鉄の含量を希釈し、作物に利用されやすいリン酸の割合を増やしていたという。大正期以降、ドロツケが行なわれなくなってからも、少ないリン酸施用量で収量が取れるようになった。「河川堆積物の肥料利用」で解説。

 亜リン酸(H3PO3)は水に溶けやすく作物に吸収されやすいのが特徴で、亜リン酸カリウムなどの形態で用いられている。作物の増収効果や着色、食味向上、病害の抑制などが知られている亜リン酸をコムギ栽培で活用。穂発芽を抑え、α―アミラーゼ活性を抑制し、子実の品質を落とさない。北見農試・中津智史氏が「コムギに対する亜リン酸の葉面散布効果」で解説。

〈液肥・屎尿の利活用〉

 追肥作業の省力化から、水に溶けやすい顆粒状肥料を水口から流し込む方法や液状肥料の流入施肥が実用化されている。しかし、大区画水田では施肥ムラが大きいことや大量の灌漑水を必要とすること、高い畦畔を要することなどの制約条件が問題となっている。そこで、少ない灌漑水量でも、畦畔が低くても、ムラなく均一に追肥できる窒素形態と施肥量を追究。新潟農総研・土田徹氏が「大区画水田における液肥の流入施肥」を紹介。

 乳牛糞尿を(エネルギー用に)発酵させてメタンガスを採取した後の残渣がメタン発酵消化液である。それを固液分離し、その液体分から逆浸透膜によって水分を除いた濃縮液肥は、メタン発酵消化液と比較して臭いが少なく、固形分をほとんど含まないために灌水チューブの目詰まりを起こしにくい。千葉農総研・岩佐博邦氏が「メタン発酵消化液由来の濃縮液肥を利用したトマトの灌水同時施肥栽培」を紹介。

 チャは、他の作物に比較して窒素肥料を多用する傾向にあり、とくに抹茶の材料となるてん茶はさらに施用量が多い。吸収量以上の施用は、地下水汚染の原因になるなど、問題がある。点滴施肥技術は自然仕立て(一番茶のみ手摘みで収穫後、刈り落としてからは翌春まで枝条を伸ばす)で収量・品質が向上し、環境保全効果、亜酸化窒素発生の抑制、窒素の利用効率の向上が期待できる。しかし、施肥は窒素、リン酸、カリのみで、有機物や微量要素などがない。そこで、点滴施肥を10年間継続し、チャの生育、製茶品質などに及ぼす影響を調査。愛知農総試・白井一則氏が「てん茶の点滴施肥栽培の継続とその影響」で解説。

 草地造成・更新時の家畜糞尿の利用について、本来は必要のない施肥が行なわれたり、環境負荷を生じることのないようにしたい。土壌物理性などに改良効果が期待される堆肥では、減肥可能量や施用上限量が明らかにされているが、それを今回、スラリーで検討。根釧農試・松本武彦氏「草地更新時における乳牛スラリーの肥効と施用上限量」で解説。

〈肥料・施肥の合理化〉

 不織布などを利用し、毛管作用によって底面給水を行なう、ひも給水法。長期間にわたるトマト栽培だと、根がひもへ侵入することによって毛管力が低下したり、給水管まで根が伸びて根腐れが発生する。そこで、ひもを遮根透水シートで封入し、再利用可能な砂培地で肥効調節型肥料を用い、養水分を制御する。東北農研・木下貴文氏が「トマトの防根給水ひも栽培における肥効調節型肥料の施用技術」を紹介。

 サトイモは連作すると生育不良となり収量が低下するため、生産者が堆肥や追肥量を増やしたところ、地下水から環境基準値を超える硝酸性窒素が検出された。そこで、溶出パターンの異なる被覆肥料を配合して、サトイモの窒素吸収パターンに適した専用肥料を全量基肥施肥。減肥してもサトイモの収量は減少せず、肥料費や作業時間を軽減できる。愛媛農研・大森誉紀氏が「サトイモ専用肥料による硝酸態窒素溶脱抑制」で解説。

 肥料の効きにくい寒地で、どこまで減肥できるか? ジャガイモ栽培の肥培管理について、デンプン原料用、生食用、加工食品用(ポテトチップス・フレンチフライ・コロッケ・サラダなど)それぞれで検討し、土壌診断を踏まえつつ体系化。北海道総研本部・笛木伸彦氏が「ジャガイモの土壌管理と施肥管理」で解説。

 食品残渣を有効利用するため、それを堆肥にしてペレット化。食品残渣堆肥は、牛糞堆肥などの家畜糞堆肥に比べて、窒素に対するカリウム含有率が低く、カリウムが過剰に蓄積した圃場での利用に適している。水稲、露地葉根菜類での利用も含め、埼玉農総研・山崎晴民氏と鎌田淳氏が「食品残渣のペレット肥料化と利用」を紹介。

〈水田土壌の省力管理〉

 代かきによる水田土壌の亀裂は中干し後約20日目から生成し、米の収量・品質に悪影響を及ぼす。亀裂の発生条件と功罪、亀裂の発達とイネの生育、根の分布、亀裂の大きさと水分吸収、収量・収量構成要素、外観品質への影響について、秋田県大・金田吉弘氏が「代かきによる水田土壌の亀裂生成とイネの収量・品質」で解説。

 大型機械を用いた水稲の不耕起乾田直播栽培を10年以上継続したところ、次第に圃場内に高低差が生じ、播種精度の低下や播種後の降雨により、低い部分で湿害による発芽不良など、収量低下の要因となる問題が起こった。そこで、圃場の高低差の実態・要因を調査。その対策として、プラウ耕による土壌反転、ロータリーによる耕うん、ストーンピッカーによる除礫、レーザーブルドーザーによる田面の均平化、2t程度のローラーによる鎮圧を実施。岡山農総セ・赤井直彦氏が「不耕起乾田直播の継続による田面均平度低下とその対策」で解説。

 ダイズ不耕起栽培は、降雨があってもぬかるむことがないため早期に播種作業に取りかかれる、耕起を行なわないために作業競合が低減される、地面に凹凸がないため収穫時のコンバインの作業性がよく、土をかむことによる汚粒の発生がない。ときどき耕起栽培に戻すなど適切な土壌管理を行なうことで、持続的に経営メリットを享受できる栽培法でもある。鳥取農総研・坂東悟氏が「水田転換畑でのダイズ不耕起栽培の継続による土壌の変化」を解説。

 ダイズの播種は地域によっては梅雨前で、土壌が最も乾く時期でもあり、吸水不良により出芽・苗立ちがつまずくケースがしばしばみられる。播種深度は深いほうが吸水には望ましいが、湿害のリスクがある。また、耕うんと播種の間隔は短いほど吸水に有利である。つまり、湿った土壌を一度で細かくし、耕うん直後に過乾燥の層より下に播種し、鎮圧するのが望ましい。東北農研・高橋智紀氏が「耕うん・整地・播種の工夫によるダイズ種子の吸水促進」で解説。

〈環境保全型農業の展開〉

 N2O(亜酸化窒素)は100年当たりの地球温暖化係数が二酸化炭素の296倍という、強力な温室効果ガスである。現在の温室効果への寄与は二酸化炭素、メタンに次いで3番目に大きく、また、成層圏オゾンの破壊物質でもある。N2Oの人為的発生源のうち、最大のものは農業であり、施肥土壌および家畜排泄物の処理過程(堆肥化など)からの発生量は、地球全体の人為的発生量の約40%を占めるという。農環研・秋山博子氏が「窒素施肥土壌からのN2O発生とその削減」で解説。

 経済協力開発機構(OECD)は今後国際的に重要になると予想される問題について、分析した情報の提供や提言を加盟国や国際社会に行なっている。OECDの提言はその後の国際条約や協定などの骨格を形成していることが多く、今後の国際的動向に大きな影響力をもっている。OECDは加盟国の農業環境状態を計測した結果を公表しているが、おもに2013年の農業環境指標の報告書に基づくOECD国の農業環境の状態について、元筑波大・西尾道徳氏が「OECD国の農業による環境負荷とその対策」で概説。

〈検証・有機栄養吸収論〉

 近年、“いくつかの植物種は土壌中の高分子有機物を窒素源として直接吸収し利用している”という仮説が提唱され、学会内で大きな反響を呼び、肥料会社などによっても紹介され、多くの農家が関心をもつことになった。しかし、その後、さまざまな手法によりこの仮説に関連した研究が行なわれ、新たな知見が報告されている。東京大・宮沢佳恵氏が「植物の高分子有機態窒素の利用に関する検討」で解説。