農業技術大系・土肥編 2011年版(追録第22号)


緑肥作物を使いこなす――省力的に土つくり,施肥改善,病害抑制――

◆新コーナー「緑肥作物の利用」

 雪印種苗(株)・橋爪健氏が既存の収録記事に新しい情報を盛り込んで大幅改訂し,第5-(1)巻に新コーナーの「緑肥作物の利用」を設けた。

 緑肥は複合的な機能をもつ。イネ科作物に代表されるような粗大有機物のすき込みで土壌が団粒化する物理性改善,マメ科作物に着生する根瘤菌による窒素固定,ヒマワリに代表される菌根菌によるリン酸の利用率向上といった化学性改善,土壌中の微生物の種類が増加し,多様性が高まることで土壌病害を抑制し有害線虫も減らす生物性改善。「緑肥作物の機能と種類」では北海道と府県で利用できる緑肥の特性を一覧表をまとめた。

 「線虫対抗作物」ではネコブセンチュウ(アレナリア・サツマイモ・キタ・ジャワ),ネグサレセンチュウ(ムギ・ノコギリ・クルミ・キタ・ミナミ・モロコシ)の種類を特定し,それを抑制する緑肥作物を選択。エンバク野生種(写真1),ライムギ,スーダングラス,ソルゴー,ギニアグラス,クロタラリア,クリムソンクローバで解説。

写真1 エンバク野生種のヘイオーツのすき込み

 線虫対抗作物であるエンバク野生種には,土壌病害の抑制効果もある。休閑緑肥などで豊富な根群を活かし,土壌微生物相を多様化。アズキ落葉病,ジャガイモそうか病のほか,アブラナ科根こぶ病,キャベツのバーティシリウム萎凋病,ダイコンのバーティシリウム黒点病,トマトのピシウム苗立枯病と半身萎凋病,テンサイそう根病にも効果。「ヘイオーツによる土壌病害の軽減」で解説。

 シロガラシ,チャガラシ,クロガラシ,クレオメといったアブラナ科作物は辛味成分グルコシノレートを含み,土壌中にすき込まれると加水分解され,イソチオシアネートというガスが生じる。このガスがホウレンソウ萎凋病,テンサイ根腐病など,リゾクトニア菌やピシウム菌などの有害菌のほか,有害線虫をも抑制する。「薫蒸作物の利用」で解説。

 「地力増進を目的とする緑肥作物」は生育旺盛なマメ科のベッチ類,越冬可能なヘアリーベッチ,VA菌根菌の着生でリン酸の有効利用が図れるヒマワリのほか,アカクローバ,ソルゴー,セスバニアを紹介。「景観美化作物」では黄色い絨毯のような花が咲くアブラナ科シロガラシ,紫色の花が咲くハゼリソウ科ハゼリソウのほか,花が深紅のクリムソンクローバ,黄色のヒマワリ,クロタラリアなどを紹介。

 「ドリフトガードクロップ,カバークロップ,草生栽培」では隔離・防風・敷わらに利用できるエンバク,防風・ドリフトガードに利用できるソルゴー,果樹の草生栽培に利用できるナギナタガヤ。「緑肥作物の播種とすき込み」では散粒機や手まき,ブロードキャスターによる播種,浅いロータリ耕,デスキングやハロー,レーキによる覆土,足などによる鎮圧,栽培後はプラウ耕やロータリ耕によるすき込み,腐熟期間について。

 「緑肥による減肥の目安」では炭素率に基づく窒素肥効,窒素以外の成分から,緑肥作物の種類ごとに減肥量の目安を事例もまじえて解説している。

◆現場の課題に応える緑肥活用

 秋冬キャベツは夏季に畑が裸地になるため,とりわけ梅雨期で土壌中の窒素が溶脱しやすい。そこで,イネ科やマメ科の緑肥作物を5月下旬~6月上旬に播種してキャベツの残肥だけで生育させ,キャベツ植付け1か月前となる7月中旬~8月上旬にすき込む。連用によって,1割減肥しても慣行以上の収量が得られるようになる。愛知県農業総合試験場・糟谷真宏氏が「窒素収支改善」効果を解説。

 環境保全型への志向から化学農薬に代わる土壌消毒法が求められているが,蒸気消毒や熱水消毒は燃料代がかかり,太陽熱消毒は気象・気候に左右され,ふすまなどによる還元消毒は傾斜地などで効果が安定しない。そこで,兵庫県立農林水産技術総合センター・前川和正氏が「カラシナすき込みと土壌還元化によるホウレンソウ萎凋病の防除」を提案している(写真2)。

写真2 カラシナすき込みの作業風景
(1)開花したカラシナ,(2)茎葉を刈払い機で切断,(3)トラクターですき込み,(4)散水し3~4週間被覆

 愛知県農業総合試験場・浅野裕司氏の「ヘアリーベッチを利用した野菜圃場の雑草管理と窒素施用量の低減」はカボチャ栽培でマメ科の緑肥作物を利用し,うね間のリビングマルチで雑草を抑制,うね部分のすき込みで化学肥料に代替させる。10a当たり6kgの窒素成分量に相当。緑肥作物の播種前に家畜糞堆肥を施し,その肥料成分も利用する(写真3)。

写真3 ヘアリーベッチのリビングマルチを利用したカボチャ栽培
(1)開花期のヘアリーベッチとつるの伸長期のカボチャ(5月下旬)
(2)カボチャ開花期(6月初旬)
(3)自然枯死したヘアリーベッチとカボチャの果実(7月初旬)

 コンニャク栽培では,土壌の侵食・乾燥の防止,地温抑制,泥はねによる腐敗病や葉枯病の抑制,雑草抑制に,敷わらよりも省力的なことからリビングマルチが普及。いっぽう,培土は通気性の改善による発根促進,球茎の肥大領域拡大,茎葉の倒伏防止,雑草抑制になる。福島県農業総合センター・平山孝氏が両者を組み合わせる「コンニャクのムギ類被覆栽培と省力培土技術」を紹介。

 鳥取県農林水産部・白岩裕隆氏はネコブセンチュウ,ネグサレセンチュウ対策に土壌消毒剤を検討した結果,メチルイソチオシアネート+D-D剤が無被覆処理でも効果。さらに緑肥作物のネマキング,ソイルクリーンでも効果が見られた。経済性への配慮から,1年目は土壌消毒後にネギ栽培,2年目はネギ栽培,3年目は緑肥栽培,4年目はネギ栽培のローテーションとする。「ネギ連作障害の対策」で提案。

 茨城県牛久市の農家・高松求さんは緑肥による肥料効果とともに水田の地力向上も図る。稲作での緑肥利用は窒素の遅効きによる食味低下が問題だが,米ぬかボカシの併用で緑肥の分解を促し,溝切りと中干しで無効分げつを抑制。茨城大学農学部・小松崎将一氏が「イタリアンライグラスの水田裏作利用」で紹介(以上,すべて第5-(1)巻)。

◆「バイオマス」を使いこなす

 食品残渣などのバイオマスについて,酸性デタージェント分析によって易分解性有機物と難分解性有機物,成分の含量を数値化し,飼料利用・メタン発酵利用に向くもの,土壌改良資材・炭素貯留に向くものに分類。また同様の分析によって,堆肥を分解しやすいものと分解しにくいものに分類。両者の「有機物分解特性の指標化と利用方向」(第7-(2)巻)を新潟県農業総合研究所・小柳渉氏が解説。

 トマトの茎葉残渣を水田で利用する「経営内リサイクル法」(第5-(1)巻,神奈川県環境農政局・竹本稔氏ら)。残渣が冬に出る抑制栽培では,わらカッタで破砕後,そのまま施用。夏に出る半促成栽培では,破砕後,フレコンバッグで堆肥化・乾燥処理して施用。この方法は,その水田で生産される籾がらをトマトの有機質培地に利用するシステムの一部である。

 第7-(1)巻では,「鶏糞廃菌床堆肥の特性」(和歌山県農林水産総合技術センター・林恭弘氏)では鶏糞にシイタケ廃菌床を1:1で加えて堆肥化。廃菌床が悪臭(アンモニアガス)の発生を抑え,通常の鶏糞堆肥よりも窒素無機化量が多い。また「牛糞尿処理液の肥料としての利用法」(石川県農業総合研究センター・北田敬宇氏)では,固液分離した牛糞尿処理液に,木酢液を1%以上添加して散布時の悪臭を抑制。イネ,牧草,ダイズでの肥料効果,土中施用,水口施用といった利用法も検討。

 兵庫県立農林水産技術総合センター・牧浩之氏は「土壌の撥水性の発現と対策」(第3巻)。撥水性とは土が水をはじく現象であり(図1),撥水性の強い土は作物の発芽や生育を抑制する。この現象は土壌構造の表面に有機物の膜ができ,有機物のもつ疎水性によって生じると考えられる。撥水性は有機物が多く,粘土の少ない土壌が乾燥すると高まる。撥水性は土壌水分を15%以上に維持することで抑えられる。

図1 土壌の乾燥・湿潤と土壌撥水性のモデル

◆誰でもできる簡易な診断技術

 ダイズでは,とくに梅雨明け後の夏の過乾燥による水ストレスが落花,落莢で収量・品質の低下を引き起こすため,灌水が必要だが,草姿などからの経験的な判断が難しい。そこで,兵庫県立農林水産技術総合センター・須藤健一氏は水をためた透明な塩ビ管を土に挿し,その水位を観察(図2)。目安となる値を水位が下回ったときが灌水のタイミングとなる。「簡易土壌水分計による灌水時期の診断」で紹介。

図2 簡易土壌水分計

 富山県農林水産総合技術センター・中田均氏の「被覆尿素肥料からの窒素溶出の簡易確認法」は被覆肥料の窒素が今,どのくらい溶出したかを現地で簡単に確認できる方法。あらかじめ容器(遠沈管)に被覆肥料と水を入れて田面に埋め込んでおき,溶出程度を知りたい時期に取り出し,被覆肥料の粒のうち,半透明になった粒を数えて判断するもの。

 ブドウ‘デラウェア’の加温栽培では,カリウム欠乏が生じやすく,果実肥大などに悪影響を及ぼすが,葉縁などに症状が現われてからでは手遅れになる。そこで,島根県農業技術センター・藤本順子氏は開花期に第5葉の葉柄を細断し,水に24時間浸漬し,その汁液をRQフレックスでカリウム濃度を分析。それを一定の値を下まわっていたら欠乏状態と見なし,カリ肥料を施す。「カリウム欠乏症診断と防止対策」で解説。

 「ECO作くん」(和歌山県農林水産総合技術センター・橋本真穂氏)は和歌山県内の土壌4種類,作目6グループに対応する土壌診断,55作物,105作型に対応する施肥設計のソフトである。分析から処方までが簡単・迅速,エクセルで利用できる(以上,すべて第4巻)。

◆苗の潜在力を引き出す仕組み

 埼玉県農林総合研究センター・鎌田淳氏はリン酸・カリをほとんど含まないL字型肥料をブロッコリーのセル苗に施し,リン酸・カリが蓄積した圃場で利用。その場合,窒素の濃度を高めれば,それだけ追肥は省けるが,苗が徒長してしまう。そこで育苗期間中,毎日,手で苗を倒し続けたところ,エチレンの生成によって徒長せず,根の発達も促した。「ブロッコリーのセル内施肥育苗と接触刺激の効果」(第6-(1)巻)で解説。

 同じくブロッコリーで福島県農業総合センター・常盤秀夫氏。機械定植用のセル成型苗は葉齢が小さく土の容量も少ないため,定植後の生育が安定しないことがある。そこで,定植1週間前から0.3%の食塩水を灌水すると,苗の耐干性が高まる(図3)。高温時に乾燥した土壌で,活着や初期生育が向上し,収穫の揃いもよくなる。「収穫を揃えるセル苗への食塩水灌水」(第6-(1)巻)で。

図3 食塩水灌水による育苗方法の概要

 高温期の育苗は灌水回数がふえ,多くの労力を要する。そこで,福岡県農業総合試験場・龍勝利氏は市販の育苗用培養土に高吸水性ポリマーを混和。トマトの苗土に1%加えたところ,灌水量を半分に減らしても生育に問題なく,また施肥量も半分に減らせることがわかった。「保水剤を混和した育苗用培養土の特性」(第7-(2)巻)で解説。

◆環境負荷を低減する冬期湛水

 「稲わらのすき込みと冬期湛水を組み合わせた硝酸性窒素除去技術」(農研機構総合企画調整部・高橋智紀氏ら)では,茶園など硝酸性窒素の環境負荷源が水田の上流にある場合,その水田で冬期湛水を行なうと,窒素除去量が慣行の3倍以上にふえる。その冬期湛水に稲わらのすき込みを組み合わせると,微生物による脱窒を促すせいか,さらに2倍近く窒素除去量がふえる(第3巻)。

 水稲の有機栽培で,本当に冬期湛水で抑草作用があるのか。「水稲の生育と雑草の経年変化」(福島県農業総合センター・新妻和敏氏)によると,ノビエやアゼナなどは抑制されるが,クログワイやコナギは増加するため,他の抑草技術と組み合わせる必要があった(第5-(1)巻)。

◆意外や意外…な新しい情報

 野菜の葉色が濃いと硝酸イオン濃度が高く,身体によくない,といわれることが多い。しかし「秋まきホウレンソウにおける硝酸イオン濃度の品種間差異」(第2巻,福岡県農業総合試験場・龍勝利氏)によると,葉色の濃さは品種による違いが大きく,硝酸イオン濃度との相関はなかった。そして,硝酸イオン濃度は生育日数が長く,大株になるほど低下し,下位葉ほど高く,上位葉ほど低い。

 リン酸よりも吸収されやすい亜リン酸には増収効果がある。ところが「黒ダイズの増収効果と茎疫病に及ぼす影響」(第7-(1)巻,兵庫県立農林水産技術総合センター・前川和正氏)によると,亜リン酸は肥料効果だけでなく,病害抵抗性も向上させる。黒ダイズでは粒状肥料なら6月末~7月に10a当たり4kgを,液肥なら500倍液150lを株元に施す。