農業技術大系・土肥編 2010年版(追録第21号)


肥効評価で「堆肥活用」新時代

新しく開発された家畜糞堆肥の肥効評価法を紹介。従来の土壌改良材の枠を越え,いよいよ家畜糞堆肥が化学肥料のように利用できる。そのほか,堆肥の機能性向上,省力的な堆肥製造法,堆肥の表面施用や溝施用といった効果的な利用法も詳述。

低コスト省力・環境保全・循環型技術

堆肥以外にも,苗箱を使った簡易な養液栽培,単肥活用の着眼点,混植(リビングマルチ),地域ぐるみの屎尿利用,イネそのものによるカドミウム対策,微生物資材による硝酸低減など,最新情報を集録。


肥効評価で「堆肥活用」新時代
――魅力的な製造,効果的な利用も――

◆いよいよ家畜糞堆肥が肥料になる

 肥料価格が高騰した2008年以降,土壌改良材として利用されてきた家畜糞堆肥を肥料として利用し,化学肥料と代替する(肥料代を減らす)試みが各地で広がっている。実際,家畜糞堆肥は有機質資材のなかでも肥料成分に富んでおり(図1),地域にある畜産糞尿の再利用を促す循環型への動きでもある。

 しかし,図1のエラーバーが示すように,家畜糞堆肥は成分のバラツキも大きく,個別に成分を分析しなければ施肥設計に組み込めない(どのくらい肥料代替できるかがわからない)。しかも,その分析には大がかりな装置と長い期間を必要とし,必ずしも実用的とはいえなかった。

図1 各有機質資材の肥料成分(筆者のデータおよび山口ら,2000から作図)
培養無機態窒素の鶏糞堆肥は30℃8週,その他は30℃12週

 これに対し,実際の圃場で効く(作物に利用されうる)窒素を,2日間の分析で予測できる簡易な方法が開発された。この方法は堆肥の塩酸抽出無機態窒素(写真1),AD(酸性デタージェント)可溶有機物,AD可溶窒素を分析する。AD(acid detergent)は食品や飼料の分析に用いられる酸性洗剤である。

写真1 コーヒードリッパー・フィルターを使用した塩酸抽出液のろ過

 これらの分析値の組合わせで,圃場に施用後1か月の間に効く速効性窒素,2~3か月の間に効く緩効性窒素を予測する(図2,3)。速効性窒素は作物の基肥に,緩効性窒素は追肥に相当し,それぞれを化学肥料から代替できる。経費も試料100点のAD可溶窒素分析に必要な器具・試薬が15万円程度で済む。

図2 新しい窒素肥効評価法の開発経緯

図3 牛糞堆肥,豚糞堆肥の窒素肥効評価法

 今回,この新しい評価法に基づくコーナー「家畜糞堆肥の肥料利用」を第6-(1)巻に設けた。総論は「必要性と活用方法」(小柳渉氏 新潟県農業総合研究所・加藤直人氏 中央農業総合研究センター)で,要点は「窒素肥効評価」(小柳渉氏・棚橋寿彦氏 岐阜県農業技術センター),「土壌塩類濃度を上昇させない利用法」(小柳渉氏)を収録。

 新しい分析法は「簡易低コスト分析法」(石岡厳氏 近畿中国四国農業研究センター),「近赤外分光法」(藤原孝之氏 三重県工業研究所・村上圭一氏 三重県農業研究所)で,実際の運用法は「土壌診断・堆肥流通支援システム」(村上圭一氏),「堆肥カルテシステム」(石岡厳氏)を収録。さらに「堆肥連用で土壌に蓄積した窒素肥効の評価」(上薗一郎氏 中央農業総合研究センター)も併せて収録した。

◆堆肥の機能性向上,省力的な製造

 以前から,堆肥の施用で作物の病害が抑制される現象が,しばしば見られてきた。そのような評判が耕種農家の間で広がっていた,ある酪農家の堆肥を調べたところ,乳牛糞に,製油工程で排出される脱酸油さい(アルカリフーツ)や廃白土,牛舎の残飼などを加え,密閉縦型発酵装置で処理して,戻し堆肥(敷料に再利用)を繰り返していたことがわかった。

 その堆肥には,広範な病害抑制効果のあるバチルス属菌が,高濃度に含まれている点に着目。乳牛糞中のさまざまな菌が,廃白土などに含まれる油分,残飼のおからをえさに増殖するものの,高温に強いバチルス属菌が発酵処理で優先し,戻し堆肥を繰り返すうちに高濃度化する。

 実際,アブラナ科の萎黄病,根こぶ病などに抑制効果があった(写真2)。第7-(1)巻「作物病害を抑制する機能性牛糞堆肥の製造技術」(村上圭一氏・鈴木啓史氏 三重県農業研究所)で紹介。

写真2 機能性牛糞堆肥の施用がタアサイ萎黄病に及ぼす影響
左から,汚染区,堆肥500kg/10a,堆肥1,000kg/10a,非汚染区

 同じく第7-(1)巻では,省力的な堆肥化技術も紹介している。空気を高圧で噴き出す,ステンレス製パイプの先端を堆肥に突き刺すだけの「切返しのいらないパイプ型堆肥化装置」(島田義久氏 (株)ミライエ,写真3)。製造中の悪臭を抑え,耕種農家にも利用しやすい堆肥になる「消石灰を用いた家畜糞堆肥化技術」(高橋正宏氏 石川県農林水産部)。そのほか,三重県津市の農家・橋本力男氏による「堆肥材料の炭素・窒素・微生物・ミネラル分類と各種堆肥づくり」も収録している。

写真3 フレコンバッグを利用した堆肥化のようす

◆堆肥は全層でなく,うね表面や溝に

 堆肥は化学肥料に比べて成分が低いぶん,散布量も増えて労力がかかる。なるべく省力的に効果的に利用したい。

 そこで,堆肥を圃場全面に施用して耕うんするのではなく,うね表面に施用するだけで耕うんせずに栽培する。その結果,レタスが長期連用で増収。窒素の無機化率が上昇し(図4),生育初期の乾燥防止などのマルチ効果や根域へのゆるやかな肥効もプラスに働く「施肥窒素を半減する堆肥の表面施用法」(水口晶子氏 徳島県立農林水産総合技術支援センター)を第6-(1)巻で紹介。

図4 堆肥の施用方法による窒素無機化率の推移

 同じく堆肥の表面施用では,10a当たり鶏糞30tの表面施肥で一番茶1t採りを実現している鹿児島県志布志市の農家・坂元修一郎氏。そのいっぽうで,山間傾斜畑に深い溝を掘り,落ち葉堆肥を入れて,無灌水で果菜類を連作している福島県喜多方市の農家・小川光氏。いずれも第8巻に収録。

〈低コスト省力・環境保全・循環型技術〉

◆簡易な養液栽培,単肥活用,混植

 第6-(1)巻では「水稲育苗箱2段重ねによる野菜の2層式養液栽培技術―苗箱らく楽培地耕」(松田眞一郎氏 滋賀県農業技術振興センター)を収録。イネの苗箱を2段に重ねる簡易な養液栽培法である(図5)。稲作農家が空いた育苗ハウスで,空いた苗箱を利用し,手軽に野菜を栽培できる。今のところ,栽培技術を確立しているのはトマトだけだが,キュウリ,メロン,イチゴなど,他の果菜類にも広がりそう。

 そのほか,コスト削減は第7-(1)巻で三重県松阪市の農家・青木恒男氏による「単肥活用の着眼点―イネ,施設ストック・野菜」,省力技術は第5-(1)巻で「シロクローバのリビングマルチ栽培による雑草抑制・養分供給」(出口新氏・魚住順氏 東北農業研究センター)を収録。

◆屎尿利用,カドミウム対策,硝酸低減

 かつては「黄金船団」と呼ばれて海上投棄までされていた屎尿・家畜糞尿を,町の処理施設(ブロワーによる好気性発酵)で液肥化。廃棄消火器内の薬剤で不足成分(リン酸や窒素)を補い,バキュームカー3台と液肥散布車(写真4)2台で町内の田畑をまわるユニークな取組み,「町内の屎尿・汚泥を液肥に変え農地に散布」(下田大吾郎氏 福岡県築上町役場)を第7-(2)巻で紹介している。

写真4 大面積での液肥散布のようす

 同じく環境保全型技術としては,第3巻で「カドミウム高吸収イネによる土壌浄化対策」(村上政治氏 農業環境技術研究所,図6のように早期の落水でカドミウム吸収が高まる),第6-(1)巻で「微生物資材(バクタモン)による施肥量と硝酸態窒素の低減」(前田良之氏 東京農業大学)を収録。

図6 落水期の違いによるカドミウム高吸収イネ(品種:モーれつ)のカドミウム吸収量の経時変化(温暖地で栽培)

 また,トマトでの詳細な基礎研究を集約した第2巻「光合成産物の転流・分配」(宍戸良洋氏 山形大学)も併せてご覧ください。