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農業技術大系・畜産編 2020年版(追録第39号)


生産環境を整えて酪農の経営改善

 近年急速に導入が進む「自動搾乳システム(搾乳ロボット)」は省力化・軽労化だけでなく,乳成分などの即時把握で個体管理も補い,規模拡大から高泌乳化,放牧まで対応している(図1)。ロボット開発からシステム化までの歴史,24時間連続稼働の牛舎設計,飼料給与,乳質(遊離脂肪酸)への留意など,搾乳も含めて「牛が自ら動く」管理のポイントも解説。森田茂氏(酪農学園大学)を中心に,窪田明日香氏(北海道立総合研究機構酪農試験場),相原光夫氏(家畜改良事業団情報分析センター),日向貴久氏(酪農学園大学)が分担執筆。

図1 自動搾乳システムにおける搾乳ロボットの配置。1群で複数台の搾乳ロボットを設置する際は利用に偏りが生じないよう向きや位置が重要になる


 いっぽう,農家が行なう「蹄管理」では保定から挙肢,鎌運び,蹄の削り方,鎌の研ぎ方,蹄浴まで紹介。阿部紀次氏(酪農学園大学)が月刊誌『現代農業』(農文協発行)での連載「牛が喜ぶ護蹄管理」(2015年5月号~2016年5月号)をベースに,日本装削蹄協会・大沼純一氏のご協力でまとめられた。その蹄管理と深く関わる乳牛の「跛行」や「蹄病」について,発生を増やす危険因子と対策を滄木孝弘氏(帯広畜産大学)が解説。

 また,同じく酪農の生産環境をめぐる問題として,「乳牛との接触による事故と対策」を志藤博克氏(農研機構農業技術革新工学研究センター)が紹介。

●肉牛―経費節減,ストレス低減

 一般に,黒毛和種の育成では子牛を重くするためセリ前に濃厚飼料を多給し,肥育ではセリ後に濃厚飼料を切って余計な脂肪を落とす飼い方が少なくない。これらのむだとともに出荷前の仕上げ(熟成)も省く,去勢牛の早期肥育技術について橋元大介氏(長崎県農林技術開発センター)が解説。

 粗飼料多給下の黒毛和種子牛は,離乳せず飼い続けると発育成績が向上する。通常の3か月で離乳した子牛に比べて,血液中のストレス成分が低下し,伏臥や睡眠の時間が長く,母牛からなめられる時間も変わらなかった。東山由美氏(農研機構東北農業研究センター)が紹介。

 黒毛和種子牛の長距離輸送は,絶食・絶水もともなって強いストレスがかかり,その後の生育を著しく阻害する。そこで,第一胃内保護コリンを輸送前から輸送後7日間,毎日100g補給したところ,増体抑制が低減できた。武本智嗣氏(全農飼料畜産中央研究所)が解説。

●養豚―在来種,地域資源活用,省力

 沖縄県の在来豚「アグー」は国内で広く用いられている三元交雑種(LWD)と比べて,増体,歩留り,ロース面積,背脂肪厚,保水性などで劣るものの,肉汁が多く,一価不飽和脂肪酸含量が高く,脂肪融点も低いといった特徴的な肉質をもっている(図2)。普照恭多氏(沖縄県畜産研究センター)が紹介。

図2 沖縄県の在来豚「アグー」。最近は肉質の良さが評価され,銘柄豚としても注目を集めている


 地域資源活用では,肥育豚,種雄豚および繁殖雌豚への玄米の給与技術について稲永敏明氏(東海大学)が解説。セルフクリーニング式オガコ養豚における粉砕剪定枝の利用について二宮恵介氏(沖縄県畜産研究センター)が解説。

 また,わが国での豚人工授精技術について河原崎達雄氏(東海大学)が歴史,研究,実態,利用率(普及率),手順,技術の要点など整理。

●養鶏―環境改善で家畜福祉の向上

 暑熱期に開放式鶏舎で冷却水を飲水で給与したところ,肉用鶏の体温上昇を抑制,呼吸性アルカローシス(血液pH上昇)を抑制,熱死の継続発生を低減させた。富久章子氏(徳島県西部家畜保健衛生所)が紹介。

●飼料作物―栽培・管理の工夫

 わが国では馬用の牧草として導入されながら栄養価が低く,強い再生・増殖力によって優良な牧草を衰退させるため,長く雑草扱いされてきたケンタッキーブルーグラス。その特性を生かした放牧草地の省力管理技術について八木隆徳氏(農研機構北海道農業研究センター)が解説。

 水田転作での湿害軽減技術として開発された耕うん同時うね立て播種技術を飼料用トウモロコシ栽培に応用。さらに1回の播種で夏・秋2回の収穫が可能になるトウモロコシ・ソルガム混播栽培で省力的に飼料価値を高める。菅野勉氏(農研機構畜産研究部門)が紹介。

 もともと西南暖地に適しており,作業・機械も同じ栽培作物サトウキビを飼料用に育成(図3)。開発の背景,品種の特徴,栽培技術,収穫・調製技術,肉牛・乳牛への給与,経営事例について高橋宙之氏(農研機構)らが解説。

図3 飼料用サトウキビ品種「やえのうしえ」。黒穂病抵抗性が極強,耐倒伏性・その他病害抵抗性が強


 同じく西南暖地の牧草ブラキアリアグラスは高い飼料品質と高収量をあわせもつ。幸喜香織氏(沖縄県畜産課)が解説。

 そして,飼料作物での近年の新規発生害虫とその発生要因を松倉啓一郎氏(農研機構生物機能利用研究部門)が整理。アカヒゲホソミドリカスミカメ,アカスジカスミカメ,アフリカシロナヨトウ,アルファルファタコゾウムシ,アワヨトウ,ツマジロクサヨトウ,トビイロウンカ,セジロウンカ,ニカメイガ,フタテンチビヨコバイ,ヘリキスジノメイガ。

●畜産物のおいしさ評価

 畜産物への官能評価の導入とその実務および注意点について佐々木啓介氏(農研機構畜産研究部門)が整理。なぜ,官能評価が必要なのか,官能評価の分類,パネリスト(被験者),パネル,官能評価の交絡因子とその解決手段,官能評価導入の実務,評価項目のつくり方,専門業者などに依頼する場合の注意点。

 また,イアコーンサイレージ給与により生産された牛乳は圧扁トウモロコシに比べて,香りや味の評価が高かった。上田靖子氏(農研機構北海道農業研究センター)が紹介。

●海外の最新情報

 酪農は欧米で放牧飼養が減る一方,ニュージーランドでは温暖な気候を生かしてライグラス草地で放牧し,草地の季節生産性に合わせた様式が確立している。生産の概要,発展経緯,草地型酪農,経営の多様性,生産の広がりについて中村直樹氏(北海道立総合研究機構酪農試験場)が解説。

 また,オーストラリアの牛肉生産は多種多様な品種と生産方式があり,日本の格付制度とは異なる評価項目がある。大規模肥育農場屠畜・食肉加工場,牛肉品質評価プログラム(MSA)と小売市場での普及状況,牛肉生産・格付けについて糟谷広高氏(北海道立総合研究機構畜産試験場)が紹介。