農業技術大系・畜産編 2013年版(追録第32号)


肉用牛の行動制御、環境改善――省力化、家畜福祉への対応

 「ハンドリング」は飼育者による動物の取扱い全般に関わる管理技術である。動物と日常的に接する際の所作だけでなく、種付けや分娩、哺育などでの世話や作業、輸送や誘導の際に用いられる手法なども含む。従来、動物を飼育管理するうえで当然の作業として認識されてきたが、近年は動物の効率的な管理や家畜の生産性の向上、世話を行なう人の安全やアニマルウェルフェアの観点からも重要視されている。その定義と意義、実施と影響、外的・内的要因、これまでの研究、牛への接し方のポイント(フライトディスタンス、フライトゾーン、バランスポイント、暗所への抵抗性、隔壁の設置、目隠し)、ストックマンシップなど、「牛のハンドリング(行動制御)とそのポイント」で茨城大・小針大助氏が解説(第3巻)。

 ハンドリングとも関係し、昨年の追録31号でも収録したアニマルウェルフェアについてさらに麻布大・植竹勝治氏が紹介。「アニマルウェルフェアに基づく飼育管理の評価と改善」では、バイオセキュリティーと疾病予防、牛の健康管理、暑熱環境、照明、空気の質、騒音、栄養、床、敷料、休息場所の表面および屋外の飼育場所、社会的環境、収容密度、捕食者からの保護、育種選抜、繁殖管理、初乳、離乳、痛みを伴う管理技術、ハンドリングと日常観察、管理者の訓練、緊急時の対応、立地、施設、設備、人道的殺処分など解説(第3巻)。

好意的なハンドリングは、牛を落ち着かせ、取扱いを容易にする

 枝肉格付要領では歩留り・肉質以外に瑕疵の評価があり、多発性出血(シミ)、筋水腫(ズル)、筋炎(シコリ)、外傷(アタリ)、割除、その他の6種類がある。これらのうち、シコリ(部分的に硬くなって食べられない肉・脂の塊)の発生原因はいまだに不明な部分が多い。しかし、僧帽筋に多く生じることから、注射などのほか、牛舎の飼槽の上に設置されている馬栓棒の位置が低過ぎて、採食時に常に物理的刺激が加えられることによって、生じるのではないか…。シコリの損害額、症状と発生状況、生体での発見可能性(血液検査、形状の違い、超音波診断)、発生原因と対策(物理的刺激、栄養バランス)など、「シコリの発生実態と原因・対策」で日獣医大・撫年浩氏が追究(第3巻)。

 慣行繋留法は利点があるものの、運動制限に起因する微弱発情など、発情行動の見落としや、ほかの管理作業の増加による観察不足が生じる。また、多くの繁殖農家はスコップと一輪車による手作業で除糞を行なっている。そこで、山形大・森田昌孝氏は牛舎全面で機械化による除糞が可能な構造を検討。「上部可動式繋留法による除糞作業効率と快適性の向上」で解説(第3巻)。

 暑熱対策は、直腸温の上昇や、パンテング(暑いときにみられる、浅くて速い呼吸)が認められたときにはすでに生産性の低下が始まっているので、この段階で暑熱対策をこうじても遅い。北農研・安藤哲氏が「寒冷紗を用いたひ陰舎による暑熱対策」を紹介(第3巻)。

地域資源の活用
――放牧から自給飼料、サイレージまで

 放牧は、購入飼料費を低減させるだけでなく、飼料給与や糞尿処理にかかる労力も減らせる。酪農では北海道などで実践されているが、肉牛生産では品質評価基準で脂肪交雑が重視されるため、とくに肥育ではほとんど利用されていない。しかし、育成期から肥育前期にかけては、体躯、内臓ともに成長段階であり、蛋白質が多く良質な粗飼料が供給できる放牧をとり入れる余地は十分にある。「集約放牧を組み入れた乳用種肉生産」について北農研・池田哲也氏が紹介。集約放牧による育成(草種、利用方法、増体)、放牧育成牛の肥育、増体と出荷時体重(育成期、肥育期)、産肉成績と枝肉評価、内臓廃棄牛の割合など(第3巻)。

 耕地面積が限られる島嶼部では飼料作付け面積の増加が容易でない。台風や干ばつなど、気象条件も厳しくトウモロコシ、ソルガムのような長大型飼料作物もほとんど利用できない。購入粗飼料に依存しようにも、輸送費により乾草価格が本土の1.5倍となるために限界がある。そこで、日本初の飼料用サトウキビ品種を育成。南西諸島の基幹牧草であるローズグラスの約2倍の乾物生産量があり、10年以上の再生利用も可能である。「飼料用サトウキビ」で九沖農研・服部育男氏ほかが解説(第7巻)。

 北海道の酪農は、可消化養分総量ベースによる粗飼料自給率が50%台と低く、粗飼料の乾物摂取量、栄養価を高める工夫が求められている。「高品質牧草サイレージ調製の取組み」では、可溶性炭水化物(WSC)に着目し、その含量・糖組成の変動要因(地域、生育ステージ、刈取り時刻、予乾、品種)、栽培技術(施肥、サイレージ発酵、栽培法)、発酵品質と養分摂取量を高める調製技術(予乾、添加剤、栄養価)などについて東京農大・増子孝義氏らが解説(第7巻)。

 最近は細断型ロールベーラで、梱包作業にかかる労力の削減と高密度梱包による高品質化を図るTMRセンターが増えてきた。しかし、細断型ロールベーラは、成形室が定径式であるため、要望の大きさ・質量に合わせることが難しい。そこで、TMRミキサーで混合されたTMRなどの混合飼料を、直径の異なる高密度なロールベールに成形密封でき、発酵TMRの製造・供給を可能にする装置を開発。「直径の異なるロール発酵TMRを梱包する可変径式TMR成形密封装置」を生研セ・川出哲生氏が紹介(第7巻)。

 持続可能性とは、現世代の人々だけでなく、将来の世代の人々も満足できるように自然を保全・管理し、さらにそのための技術開発をできるかどうかの指標である。これからの肉牛生産は収益性・生産性のみならず、環境負荷についても配慮し、持続可能であることが必要十分条件になると考えられる。肉牛生産の持続可能性、畜産環境問題(窒素、リン)、農家レベルの資源循環と環境負荷、メタン、持続可能な牛肉生産などについて「肉牛の持続可能な生産システムと環境負荷の低減」で京都大・広岡博之氏が解説(第3巻)。

黒毛和種
――飼料給与法、種雄牛情報など

 黒毛和種の肥育生産では、脂肪交雑を増加させるため、現在はほとんどの農場でビタミンAを低減した飼料で飼養管理が行なわれている。しかし、ビタミンAを極端に低減した結果、欠乏症状による夜盲症や四肢関節の浮腫、枝肉ではズルといわれる筋間水腫が発生し、経営的にマイナスとなるケースもある。ビタミンA低減飼料による肥育、適正血中濃度、欠乏状態と産肉形質、暑熱による欠乏、欠乏症状の早期発見、欠乏時の治療投与、ビタミンAコントロールと肉質・肉量、その方法など、「ビタミンAコントロールによる肥育技術」で日獣医大・撫年浩氏が解説(第3巻)。

 ノーバス・インターナショナルの鳥居伸一郎氏(元京都大)は全国467戸の農場の協力を得て、必須微量元素について研究。繁殖成績や子牛の発育の良い農場は飼料中の銅や亜鉛の含量が高く、さらに補給試験では成績が改善された。飼料の銅・亜鉛含量と飼育成績、飼料中のミネラル含量の実態、飼料の微量元素含量と繁殖成績・育成成績、補給試験、有機ミネラルの形態と改善効果、肥育牛への推奨給与量、新しい推奨量の提案について「微量元素の給与不足と飼育成績の制限」で解説(第3巻)。

 有望な種雄牛の多くを3年前の口蹄疫で失った宮崎県だが、昨年の長崎全共では5部門で優等賞首席、団体賞1位の快挙。安平などの名牛造成に至る経緯、福之国、勝平正、秀菊安、美穂国、安重守、義美福といった現在、供用中の種雄牛について「黒毛和種の代表系統

 宮崎県」で宮崎事業団・横山寛二氏が解説。同様に、秋田畜試・酒出淳一氏が松昭秀、堅義、義平福など、岩手畜研・西田清氏が菊福秀、来待招福、菊安舞鶴、花安勝、月山桜など、兵庫農水セ・福島護之氏が芳悠土井、芳山土井、丸宮土井、照忠土井、菊西土井、千代藤土井、宮喜など、大分農水セ・安高康幸氏が寿恵福、隆茂38、勝福平、萬福8、玉吹雪、光星、寿恵高福などを解説(以上、第3巻)。

日本短角種 ――低コスト飼育、黒毛和種胚移植

 健康や環境問題への意識の高まりが日本人の食への考え方を変えつつあり、日本短角種の低脂肪牛肉が近年、和牛赤身肉として注目を集めるようになってきた。北東北の中山間地の豊かな自然を維持する意味でも日本短角種は必要不可欠な家畜である。その起源(南部牛)と成立の経緯、飼養頭数の推移、消費者の意識変化と環境負荷低減について「日本短角種の成立、歴史と現代的意義」で東北農研・渡邊彰氏が解説。

 晩冬~早春に牛舎内で生まれた子牛は、その年の夏を母牛とともに放牧地で過ごし、晩秋には子牛市場に出荷される。肥育期間を前・中・後期にわけると、夏季はちょうど肥育中期と重なる。子牛の育成期間のみならず、肥育中期にも放牧することによって、飼養管理の労力や飼料費を削減できる。「2シーズン放牧による低コスト飼育」では、肥育後期の代償性発育、放牧中の増体目標、枝肉特性、メリットなどについて東北農研・柴伸弥氏が紹介。

 肥育農家は素牛を市場が集中する秋に導入し、年間通して牛を出荷する。そのため、牛舎は素牛の導入直後が満員で、徐々に牛を出荷して空きが多くなるものの増頭が困難であり、利用効率が悪い。そこで、公共牧場の採草地で、夏山の親子放牧後、牛舎に入りきらない子牛を冬季放牧。屋外での飼養期間を延長することで、牛舎を建設せずに低労力・低コストで冬季の飼養や増頭が可能になる。「採草地を活かした冬季放牧」について東北農研・東山雅一氏が紹介。

 林内放牧は、子牛の増体重が牧草地放牧と比べて遜色なく、有用である。いっぽう、わが国の森林の6割は水土保全林としての機能が重視されているため、森林の本質的価値を低減させない方法で放牧する必要がある。「林内放牧の必要面積と林床条件」について岩手大・出口善隆氏が追究。

 放牧適性や哺育能力に優れる日本短角種に黒毛和種の胚を移植することでその子牛を生産し、さらに親子放牧で育成。飼料代や飼養管理労働を節減しながらコストを抑えて市場価格の高い黒毛和種の子牛が生産できる。発情同期化法、排卵同期化法、哺乳前期の発育、放牧期間中の発育など、「日本短角種を借腹とする黒毛和種胚移植子牛の繁殖と育成(親子放牧)」で東北農研・山口学氏が解説。

 飼料自給率の高い方法で牛肉を生産するため、配合飼料の給与量を減量、または地域内で自給可能な飼料だけで行なう肥育技術を開発。その肥育方法と飼料給与量、体重、屠畜月齢、日増体量、飼料摂取量、枝肉の格付け成績、肥育に要した飼料費、牛肉品質など「地域未利用資源の飼料利用と放牧仕上げ」について岩手大・村元隆行氏が解説。

 岩手県では、日本短角種の改良を目的として1965年から産肉能力検定、1970年に直接検定、1972年に間接検定を開始。2012年までの直接検定実施頭数は1,139頭で、検定成績を基に831頭の種雄牛を送り出してきた。「岩手県での日本短角種改良の取組み」を岩手畜研・熊谷光洋氏が紹介。

 サイレージ化された飼料用トウモロコシは、栄養価が高く配合飼料との代替が可能であり、飼料費も低減できる。そこで、ほかの飼料も組み合わせた肥育牛への給与試験を行ない、肥育の全期間にわたってサイレージ化された飼料用トウモロコシを多給して配合飼料を大幅に減らした。「飼料用トウモロコシを用いた肥育技術」について岩手畜研・鈴木強史氏が解説(以上、第3巻)。

世界的なミツバチ群数減少の原因に迫る

 昨今、世界的にミツバチ群数の減少が起こり、大きな社会問題になっている。これは、おもに働き蜂の数が増加する時期に、群勢が伸びないこと、秋季に十分な働き蜂が育たず冬越しができないことによる。群勢が伸びない理由として、ノゼマ病などの病気、農薬の影響、寄生ダニ、移動などのストレスなどの関与が関与していると考えられているが、どの要因が一義的に影響しているかは明らかになっておらず、複数の要因が関与していると考えられる。ミツバチの分類と研究動向、飼養の歴史と現状、2009年のミツバチ不足問題、世界におけるミツバチ減少の様相、ミツバチの生態、花蜜・花粉・プロポリス、飼育用機材、飼育管理、生産方法、技術の要点(給餌、衛生管理、分蜂の制御、冬越し、女王蜂の生産、花粉媒介用群の生産)について「飼育技術の基礎」で畜草研・木村澄氏が解説(第6巻)。