農業技術大系・畜産編 2011年版(追録第30号)


牛肉のおいしさを評価し,健康価値もアピール

 これまで肉用牛,とくに和牛の付加価値を高める手段は,第一に脂肪交雑を高めることであったが,さらに最近は肉用牛の改良や生産技術の改善で,おいしさや機能性・健康価値を新たな特徴として付与し(表1),これを活用して消費者にアピールする動きが強まっている。消費者がおいしさを判断するに至るプロセスや,おいしさ,機能性・健康価値などから消費者がどのような牛肉を購入しようとするか,また購入されるためにはどのようなアピールが必要であるか,などについて畜産草地研究所・佐々木啓介氏が考察・提案。

表1 味,香り,食感との因果関係が明らかな牛肉中の成分や測定項目の例

◆官能・理化学特性

 日本獣医生命科学大学・松石昌典氏は,牛肉の味,香り,食感(図2)にかかわる成分・構造・物理特性とその測定法を挙げ,官能評価との関連性を解説。さらに,近年,牛肉のおいしさの簡便評価法となりうると期待されている,近赤外分析装置による脂肪のオレイン酸割合測定と官能評価との関係も解説している。

図2 鼻孔を開けたときと閉じたときの鼻先香,口中香,味

 理化学特性と官能特性の関係は,家畜改良センター・山田信一氏が解説。理化学分析は,分析機器を用いて肉色,脂肪色や肉中の水分,蛋白質量,脂肪量などの各種成分,肉のかたさ,保水性など物理的特性を測定するものである。官能評価は人の感覚による評価であり,食品の外観やにおい,味などを五感で感じとり,その強さや好き嫌いの程度などを測定する(図3)。それぞれ一長一短があるが,両者を相補的に用いることによって,肉質をより適切に評価できる。おいしさの観点から求められている,新たな指標について紹介している。

図2 鼻孔を開けたときと閉じたときの鼻先香,口中香,味

◆脂質,小ザシ評価

 脂肪の質は一般的に「不飽和脂肪酸が多くてサラッとして食べやすい」と表現される。すなわち,脂肪交雑が多くても不飽和脂肪酸の割合が高い場合には,融点が低く比較的低い温度で溶けるため,その脂肪が気にならない。すなわち不飽和脂肪酸は脂肪交雑の脂っこさを防ぐ役割を担っている。このような「牛肉の脂質と食味」について九州沖縄農業研究センター・常石英作氏が解説している。

 小ザシ(前ページの図1左)は格付上からも改良上からも重要視され,注目されているが,数値化して評価する方法が確立されていない。そこで,帯広畜産大学・口田圭吾氏らはコンピュータ画像解析により評価する手法を開発し,「脂肪交雑の細かさ指数」を算出して,現場に応用している。

図1 上が小ザシ,下がアラザシの牛肉

◆香り,熟成,食感

 風邪をひいて鼻が詰まってしまうと,料理の味がわからなくなる。しかし,これは味ではなく香りを感じなくなるためで,香りが食品のおいしさを決定するうえでいかに重要な要素であるかが実感できる。牛肉にも特有の香りがあり(表2),調理によって生成する香り,えさの影響,貯蔵の影響について東北農業研究センター・渡邊彰氏が解説している。

表2 店頭で購入したブランド黒毛和牛肉とオーストラリアからの輸入牛肉の香り成分の比較(渡邊,2011)

 と殺直後の筋肉はやわらかいが,間もなくやってくる死後硬直により筋肉はかたくなり,また肉の風味も薄いため,食肉としては適さない。筋肉を適温で一定期間保存することにより,死後硬直を生じた筋肉は徐々にやわらかくなり,加えてペプチドやアミノ酸など,風味をもたらす物質が筋肉中に増えていき,筋肉が食肉としてふさわしい性質に変化していく。この熟成過程(エイジング)について畜産草地研究所・樋口幹人氏,東北農業研究センター・今成麻衣氏が解説。

 かたさ(食感)は,消費者の嗜好性を左右する最も重要な要因のひとつである。しかし,どのように定義するかはむずかしい。肉のやわらかさの程度は,筋肉を構成する結合組織,筋線維,筋肉内脂肪に関連づけることができる。これらに複数の要因が影響し,それらの複合的な結果としてかたさや食感が形成される。そのしくみと測定方法について東北農業研究センター・柴伸弥氏が紹介している。

◆機能性成分,変色

 ところで,動物性蛋白質の摂取量と男性の平均寿命は,1955年以降ほぼ一貫して伸び続けており,両者間に正の相関が認められ,食肉の栄養,すなわち良質蛋白質の摂取が高齢者に不可欠であることが明らかになっている。食肉に含まれる必須アミノ酸であるトリプトファンは,ストレスやうつ状態の軽減につながるセロトニンという物質の材料である。一方,動物性脂質であるアラキドン酸は,食事における満足感をもたらす至福物質としてのアナンダマイド(アラキドン酸エタノールアマイド)に体内で変換される。

 このように食肉の栄養成分は高齢化およびストレス社会に不可欠なものであるが,さらに特徴的な機能性成分もある(表3)。それぞれの機能性の利用法について常石英作氏(前出)が整理。

表3 肉牛(n=16)のロース芯,肝臓,心臓中の各種機能性成分含量(単位:mg/100g)(常石ら,2010)

 牛肉の「色」を決定する色素はいくつかあるが,精肉の色はほとんど「ミオグロビン」という色素蛋白質によって決定される(図4)。また,ビタミンEのような酸化を抑制する物質によって「変色」を抑制することができる。放牧によって牛肉中のビタミンE含量を増やすしくみも含めて近畿中国四国農業研究センター・松本和典氏が解説。

 以上,第3巻の新設コーナー「牛肉のおいしさ評価と健康価値」でご覧いただきたい。

図4 牛肉の変色のしくみ――ミオグロビンの化学変化

〈口蹄疫,肉牛の系統ほか〉

 2010年4月に発生した口蹄疫は,29万頭の豚と牛を殺処分する大きな被害をもたらした。宮崎県を中心とする関係者全員の懸命の努力によりくい止め,2011年2月に日本は国際獣疫事務局から口蹄疫清浄国と認められた。口蹄疫ウイルスを農場に侵入させないための要点,農場で早期発見できるような症状の特徴や観察すべきポイントのほか,さらに学術的,科学的な内容も含め,動物衛生研究所・坂本研一氏が解説している。

 また,「黒毛和種の代表系統とその特性」コーナーを大幅改訂。家畜改良事業団(図5)のほか,青森・宮城・福島・兵庫・岡山・広島・山口・佐賀・長崎・大分・熊本・鹿児島・沖縄県での和牛の改良史と最新の種雄牛情報を掲載。


図5 安茂勝の血統

 そのほか,肉牛では和牛生産の歴史・現状・展望,育種の現状と方向,遺伝的多様性,家畜化から改良・転換まで,肉の輸出について収録。

 乳牛では遺伝的改良,雌雄産み分け,日常管理,分娩管理,種雄牛の選定について解説している。

 飼料作物については,アルファルファ品種ケレスの利用とその簡易更新についても収録している。

 ぜひ,お役立ていただきたい。