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(1)飼料価格高騰を乗り切る,積極的飼料自給作戦!
多少落ち着いたとはいえ,飼料価格はまだまだ高値推移。安心・安全な畜産物生産のためにも,自前の飼料生産が生きる。今追録では,飼料イネ栽培圃場への,立毛放牧と飼料イネWCSの組合わせによる耕種連携事例(写真),飼料をより積極的に自給するための最新品種情報,放牧を組み込んで乳飼比を下げている農家事例収録。
飼料イネのストリップグレージング
(2)地鶏・銘柄鶏,地豚,害獣をブランド化する逆転発想畜産
一時期の地鶏ブームは去ったが,しっかりと地域に根を下ろした地鶏・銘柄鶏産地では,地鶏が高齢者の元気と地域活性化に大活躍。成功の秘訣を公開。また昨年「毎日農業大賞」を受賞した(有)コッコファームも収録。
豚では,地域の食品残渣をリサイクルして地豚「アグー」をブランド化した沖縄の「くいまーる事業協同組合」,さらには害獣イノシシを「山くじら」ブランドで売出し中の島根県美郷町の取組みを収録。
そのほか,サル退治のヤギの放飼,和牛の林間放牧による下草管理など,畜産の枠を超えた家畜利用も充実。
(3)高泌乳牛の飼いこなし,受精卵移植の最新情報
高泌乳牛を健康に飼いこなすための体内ホルモンバランスの仕組み,暑熱対策,初回種付け時期の検討など最新研究成果を収録。また,受精卵移植の最新技術と,雌雄生み分けやリピートブリーダー対策などを収録。
2005年度に見直された「食料・農業・農村基本計画」では,2015年までに粗飼料の自給率を100%にする目標が設定されている(2003年度の粗飼料自給率は76%)。ちなみに,濃厚飼料では,2003年度の24%を2015年度までに35%にするという目標である。計画には,未作付け転作田や耕作放棄地の利用が示されている。絵に描いた餅だと思われるかもしれないが,畜産農家および現場指導者・研究者の頑張りは,この厳しい情勢のなかで,着実に前進している。
☆飼料イネ―立毛放牧+WCSの組合わせ活用
飼料イネも,WCSやTMRへの利用へと使い方が広がり,いよいよおもしろくなってきた。今追録では,なんと,牧草が切れる時期に飼料イネ栽培圃場へ和牛を立毛放牧して食べさせ,冬の間は圃場でラップサイレージにした飼料イネWCSを食べさせるのである。これなら収穫した飼料イネを搬送する手間が省ける。おまけに,牧草の生長が衰え,WCS給与にはしばらく時間がかかる秋から冬にかけての粗飼料給与にもぴったりである(第7巻)。執筆していただいた千田雅之氏(中央農総研センター)によると,「山里連携・農牧輪換モデル」「山里連携・耕作放棄地復元型モデル」を提案している(図1)。
図1 山里連携・農牧輪換モデル(案)
放牧によって,田んぼのヒコバエも牛の飼料となり,冬期イノシシの餌場と化す心配もない。耕作放棄地を利用すれば,草ぼうぼうの田んぼも生き返り,有機物補給のボーナスまである。畜産農家にとっては,周年放牧の可能性も開けてくる。ここ数年充実させてきた第3巻の「小規模移動放牧」コーナーの,電気牧柵の張り方なども併せてぜひご一読ください。
なお,今追録では,放牧で大きな問題となる「脱柵」対策として,牛の行動パターンをつぶさに追いかけて,心理作戦をもとに電気牧柵をうまく機能させて脱柵を防止する技も収録した(第3巻,深澤充氏・畜産草地研究所)。また,放牧馴致をした牛としない牛の放牧中の事故・疾病発生の違いを追った記事も見逃せない(第2-?巻,仮屋喜弘氏・鯉渕学園農業栄養専門学校)。
☆牧草,飼料作物の品種情報と農家事例充実
第7巻は「飼料作物」だが,牧草では,高収量で耐病性抜群のオーチャード‘まきばたろう’(水野和彦氏・畜産草地研究所),高栄養・高収量で嗜好性が良好な暖地向き有望品種として注目を集めている‘ブリザンタ(MG5)’(中西雄二氏・九州沖縄農研センター)をはじめ,牛には有害となる硝酸塩の蓄積が少ないイタリアンライグラス‘優春’(川地太兵氏・畜産草地研究所)を収録。また,飼料作物のトウモロコシは,早生のサイレージ用トウモロコシ‘タカネスター’(佐藤尚氏・畜産草地研究所)。国内で栽培されている品種もアメリカなどからの導入種が多いなか,生粋の国産トウモロコシ品種に期待したい。
農家事例も,草地型酪農の本場,北海道根室市の吉田史紀さん(経産牛85頭・育成牛55頭)の草地を巧みに活用する経営と,畑酪地帯の北海道幕別町の大和章二さん(経産牛68頭・育成牛47頭)の集約放牧を導入した経営を収録した。
吉田さんは一時期濃厚飼料に傾斜して高乳量を目指したが,数年経つと乳房炎に悩まされるようになり,その原因を追及するなかで粗飼料品質の重要性を知ったという。90haの牧草地を,採草地・兼用地・放牧地に区分し,計画的な草地更新と肥培管理によって良質牧草を生産し,乳飼比32.7%,所得率も40%を上回っている(第2-?巻,山田輝也氏・北海道立根釧農試)。一方,大和さんは,サイレージ用トウモロコシを10.9ha栽培しながら,45haの牧草地のうちの半分強の面積で集約放牧を導入。飼料自給率は70%,農業所得も34.7%を実現している(第2-?巻,須藤賢司氏・北海道農研センター)。
放牧を導入することで経営の土台を築いたお二人,牧草畑の肥培管理も含めた入念な草地利用技術は,小規模であっても大いに役立つ。
偽装表示に揺れた畜産物。トレーサビリティなどと騒ぐ前に,地元の飼料で地元の独自品種を大切に飼って,できた畜産物を地域の誇りとともに消費者に届けることを考えたい。今追録では,豚と鶏で実例を追った。
☆沖縄―アグー豚を地元リサイクル飼料でブランド化
くいまーる事業協同組合の養豚である(第4巻,眞喜志敦氏・NPO法人エコ・ビジョン沖縄)。この事業組合養豚の母胎となったのは,地元NPOを中心に,養豚農家,堆肥化業者,飼料化装置メーカー,学識経験者,環境コンサルタントなど異業種の協同事業として2001年に発足した,食品残渣の飼料化による持続的かつ循環型の養豚システムを目指した「くいまーるプロジェクト」である。「くいまーる」とは,助け合いや相互扶助を意味する沖縄の言葉。乾燥方式による飼料製造機を用いて,独自に開発した食品残渣配合メニューにあわせて独自の飼料を創りあげている。その飼料を,沖縄が創りあげた豚アグー(明治期に導入されたバークシャーを在来種と交配して改良されてきたもの)に給与し,それをホテルのシェフなどの力を借りてブランド化。それだけでなく,小学校の給食残渣を回収し,その飼料で育てた豚肉は再び学校給食の素材として利用されている。
現在,直売店も開設し,一般の消費者への通年販売も可能になり,「都市再生」を目指す養豚として,さらに新しい展開の一歩を踏み出した。一般の肉質規格ではマイナスである脂肪の軟らかさも,口の中での溶けやすさやなめらかさとしてとらえ,ブランド化している点もおもしろい。
☆地鶏・銘柄鶏で高齢農家の力を引き出す
一時期の地鶏ブームは去り,昨年は偽装表示が話題になって向かい風の養鶏界だが,どっこい,しっかりと地に足をつけた動きも現われている。今追録では,第6巻に,徳島県の「阿波尾鶏」(写真1,澤則之氏・徳島県畜産研究所),静岡県の「駿河シャモ」(岩澤敏幸氏・静岡県農林大学校),青森県の「青森シャモロック」(西藤克己氏・前青森県畜産試験場),福岡県の「はかた一番どり」(西尾祐介氏・福岡県農総試家畜部),茨城県の「奥久慈しゃも」(事例も収録。高安正博氏・農事組合法人奥久慈しゃも生産組合)を収録した。
写真1 阿波尾鶏
いずれも中小規模で,高齢者や地元の飼料を生かした飼い方である。たとえば,地鶏生産の全国一を誇る「阿波尾鶏」の澤氏は「旧態依然・後進的と見ることもできるが,現在まで維持されてきた小規模生産者だからこそ特殊鶏などの小ロットを生産できる利点がある」と述べており,「老練な生産者は,従来から食鶏生産についての記帳の重要さなどを知り尽くしている」と書いている。それを生かすためには,ひなの供給体制や処理場,さらには販売体制をいかに構築するかの重要性を強調している。また,「駿河シャモ」の岩澤氏は,お茶の産地である特色を生かして,駿河シャモの高付加価値とイメージアップを目的に,「緑茶」を飼料に添加し,鶏を健康にしたり,グルタミン酸などの旨味成分が増加したと書いている。
地鶏や銘柄鶏生産が抱えている課題を整理してくれたのは,山本洋一氏(家畜改良センター兵庫牧場)である。個性的な鶏肉として,どのグレードをねらうのか,品種選択から販売方法・価格設定までを分析。
☆納豆飼料・朝どりで地卵の良さを引き出す
卵の値上げが大きな話題になったが,それでも栄誉豊富で毎日欠かせない食材であることは変わらない。それに,機能性が加われば価値はいっそう高まる。
一つは,賞味期限切れの納豆を鶏に与えることで,鶏肉の旨味成分の一つであるグルタミン酸を強化したり,鶏卵のコレステロールを低下させようというもの。乾燥納豆粉末1gには何と,納豆菌が1×109個存在しており,それらのプロバイオティックスとしての働きを利用する。嗜好性の点から給与量を3%に抑えれば,明確な効果が現われるという(第5巻,宮口右二氏・茨城大学)。マスコミでも大きな話題となったが,その裏付けとなった貴重な成果である。ぜひご一読を。
もう一つは,中山間地に卵を通じて人を呼び込み,「農業を生かした街」を創り出そうとチャレンジし続ける熊本県の(有)コッコファームである。「朝どりたまご」「ふれあい館」「健食館」(たまご料理を提供),さらには新規就農者を育てるための農業体験学校「実農学園」まで開校。地域のシルバー人材も加えて,畜産のもつ大きな可能性を教えてくれる(第5巻,中庄司秀一氏・(有)コッコファーム)。
☆雑草・草地利用に「可搬式移動鶏舎」
耕作放棄地に生えた雑草,利用されていない牧草地には,「可搬式移動鶏舎」による平飼い養鶏はいかがだろうか。草があるところにトラクタで鶏舎ごと移動して,その草を飼料にして飼おうという試み。写真2と図2のように,タイヤをつけたパイプハウスを草ぼうぼうの場所に設置し,草がなくなったら移動していくという技術である(第5巻,西藤克己氏・前青森県畜産試験場)。約20羽を飼養できる装置(床面積6.48m2)で,製作費は約38.7万円。詳細なつくり方も書かれているので,ぜひ試しいただきたい。
写真2 可搬式鶏舎
図2 可搬式鶏舎の利用イメージ
☆受精卵移植とその応用
わが国での受精卵移植実施頭数は,体内受精卵移植で5万8,098頭,体外受精卵移植で1万726頭にのぼっている(2005年度)。移植技術も著しく前進し,いまやあたり前の技術に育ってきた。今追録では,受精卵移植コーナーを全面改訂し,過剰排卵誘起処理と発情同期化処理,ダイレクト法による受精卵の凍結保存,雌雄の生み分け技術,リピートブリーダー対策,さらには体外受精卵の利用まで,最新の成果を網羅した(第2-?巻,堂地修氏・酪農学園大学)。また,卵巣内卵子を有効利用して優良遺伝子を活用する技術として注目を集めている経膣採卵(OPU)技術も収録(第2-?巻,竹之内直樹氏・東北農研センター)。
こうした畜産での研究成果が,ヒトでの不妊治療技術の基礎となっていることを考えると,専門的な内容ではあるが,ぜひ多くの方々に目を通していただきたい。
☆高泌乳牛の泌乳生理と暑熱対策
初産牛で1万kg,経産牛では2万kg以上もの牛乳を出す牛があたり前に登場してきた。1lの牛乳を生産するのに必要な血流量は500lといわれている。単純計算すれば,80lの牛乳を出すためには,なんと40tもの血流量にのぼる。それをコントロールする仕組みは,かつてとは比べものにならないほどデリケートになってきている。今追録では,代謝・内分泌からみた泌乳生理を,最新研究成果によって明らかにした(第2-?巻)。
加藤和雄氏(東北大学)は,離乳後の成長・増体,泌乳などの生産性に大きな影響を与える子動物の哺乳反応,乳汁分泌を増大させる代謝や内分泌機構について,最新の研究成果をもとにまとめていただいた。伊藤文彰氏(北海道農研センター)には,ソマトトロピン軸の詳細な報告と,そうした泌乳調節機構に及ぼす暑熱ストレスについてまとめていただいた。夏季の高温化が進んでいるだけに,注目したい。
☆初産月齢と乳量・繁殖の関係
乳牛の高能力化は,体格向上ももたらしている。そうしたなかで,初産月齢早期化の可能性はどうなのか,坂口実氏(北海道農研センター,第2-?巻)に初産月齢と乳量・繁殖成績の関係を整理していただいた。結論は,「初産月齢を21か月程度に早めても乳生産性には問題はなく,3産目までの全生涯の日平均乳量はむしろ高くなる傾向」としている。もちろん,初産分娩から2産にかけては乳を出しながら身体も成長するため,飼養管理への注意も喚起している。
日本飼養標準は,食品残渣の飼料化の動きや環境への負荷抑制(窒素,ミネラル排出,メタン産生)と連動し,乳牛・豚と大きく改訂された(第4巻:「日本飼養標準(豚)2005年版」,第2-?巻:「日本飼養標準(乳牛)2006年版」)。今追録では改訂のポイントをわかりやすく解説していただいた(豚:高田良三氏・新潟大学,乳牛:永西修氏・畜産草地研究所)。
輸入飼料を前提とした飼養標準から,自給飼料と環境負荷抑制を念頭に置いた改訂は,現状にあわせたより実践的な内容となっている。
環境への負荷という面から考えると,今後,畜産からの排水規制が大きな問題となってくる。これまでの規制の流れと,今後の見通しについて,第8巻で須藤隆一氏(埼玉県環境科学国際センター)にまとめていただいている。
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これらのほかにも,第1巻には家畜の新たな活用面を開く「ヤギ放飼によるサル被害防止技術」(藤井清孝ら・滋賀県農業技術振興センター),「和牛の林間放牧による幼齢林の下草抑制効果」(中神弘詞氏・畜産草地研究所),第7巻にはシバ草地の省力造成技術である「糞上移植」(写真3,北川美祢氏・畜産草地研究所),第8巻には「ラグーンによる畜産汚水処理とアンモニア除去微生物」(中井裕氏ら・東北大学)など,実践的な技術満載である。
写真3 糞上移植作業