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(1)現場で話題になっている技術の追跡
和牛の育成をめぐって農家の間で話題になっている「高蛋白育成」技術は,ほんとうに有効な技術なのか? 高泌乳牛が当たり前になってきて「高泌乳牛になってから繁殖成績がよくない」といわれるが,ほんとうはどうなのか? これまで絶食させていた換羽技術だが,ほんとうに餌をしぼるだけの「誘導換羽法」で大丈夫なのか?
今追録では,こうした現場の疑問や課題に,専門家が徹底的に答えます。(2)いよいよ本格的になってきたエコフィード
おりしもトウモロコシの価格高騰,さらには蛋白質飼料の高騰,そして円安……。そんななか「食品残さ飼料化(エコフィード)行動会議」の動きが目立っている。コンビニエンスストアからの消費期限切れの廃棄食品,さらには食品工場からの残渣などなど,「食品リサイクル法」施行以来,良質な未利用資源が捨てられていたことが明らかになってきた。今こそチャンス!
今追録では,それらの飼料的性質,活用法,さらには実践例も含めてさらに充実。
(3)耕作放棄地を活用した畜産の創造
昨年「小規模移動放牧」のコーナーをつくったが,その動きはますます広がっている。今追録では移動放牧を実践するうえでの細かな工夫,放牧地の管理技術などをさらに充実。
また,家畜を農作業に活用したりといった,これまでの畜産の枠を超えた,多面的利用もとり上げた。
☆和牛の「高蛋白育成」
最近,和牛の育成をめぐって農家の間で大きな話題となっているのが,「高蛋白育成」というキーワードである。和牛の「高蛋白育成」は,これまで「離乳までは長わら主体で」という考え方だった和牛育成技術に,やっと新しい風を吹き込んだともいえる。しかし,「高蛋白育成」という言葉が一人歩きして,高価な高蛋白飼料が出回り,必要のない時期までも給与している実態や弊害があらわになってきているのも事実である。
今回の追録では,この技術の提唱者である獣医師・松本大策氏((有)シェパード中央家畜診療所)に,「育成期の考え方と現状の問題点」(第3巻)をまとめていただいた。松本氏は「高蛋白育成という言葉がおかしな方向に一人歩きしている。意図するところは,以前の蛋白質給与レベルが低すぎたことへの提案であった」という。話題にのぼっている哺乳期からのスタータの給与法(表1),粗飼料給与,育成期の飼料設計と給与についてまとめてもらった。高蛋白質飼料を与えたときに問題になるアンモニアの害についても,気高系と但馬系では違いがあり,給与についても留意すべきと記している。
表1 スタータの給与量の一例(頭当たり)
生後月齢 | 10日程度 | 生後1か月目 | 生後2か月目 | 生後3か月目 | 生後4か月目 |
スタータ | 1100g | 400~600g | 2kg | 3kg | 生後3か月終了時点(3か月齢)で徐々に育成飼料に切替え(2週間程度かける) |
良質乾草 | スタータを100g食べるようになったら遊び食いさせる | 自由飽食(量は少ない) | 自由飽食 | 自由飽食 | 自由飽食 |
☆高泌乳牛は繁殖性が低下したのか?
初産牛でも1万kg出す牛は珍しくなくなった。乳量は,1980年代初頭から2000年代前半まで,平均すると毎年100kg以上増加している。それに対して分娩間隔は,1984~1993年の10年間は400日以下だったものが,その後は長くなる一方で,2005年には426日に達している。平均すると毎年2日ずつ分娩間隔が長くなっている計算だ。
この問題に対して,坂口実氏(北海道農研センター)に「高泌乳牛の繁殖生理」(第2-?巻 基126の8~),「高泌乳牛の授精(種付け)適期の判断」(同基154の2~)という2本の記事で答えてもらった。繁殖性が低下したということはなさそうだが,図1にあるように,明らかに高乳量の牛で初回発情は遅れている。高泌乳牛の種付け適期をどう判断したらいいのか? 前者の基本的な繁殖生理,後者の種付け実践技術記事は高泌乳牛が当たり前になってきた今,目が離せない。
☆鶏の「誘導換羽法」
「強制換羽」は,鶏に大きなストレスがかかることや,衰弱して死亡する危険性があること,さらには「家畜福祉」の面からも代替技術がないかという声があがっていた。そうした要望に応える技術として開発されたのが,低エネルギー飼料による「誘導換羽法」である(第5巻)。この技術を開発した愛知県農総試の箕浦正人氏によると,高病原性鳥インフルエンザによる鶏卵出荷停止措置に対する緊急避難技術としても活用できるとのことだ。
2015年までに食料自給率を45%に,飼料自給率を35%に引き上げるという目標が設定され,そのもとに設置されたのが「食品残さ飼料化(エコフィード)行動会議」である。おりしも,トウモロコシの高騰,さらには蛋白質飼料の高騰が続き,取り組むには絶好のチャンスだ。
☆コンビニ残渣による発酵リキッド飼料
貴重な原料として,コンビニエンスストアから出る消費期限切れ食品がある。全国で4万店舗あり,毎日1店舗から十数kgの残渣が出る。これを,畜産農家が使いやすい飼料に変え,しかも高品質の畜産物を生産するための技術を紹介したのが,川島知之氏ら(畜産草地研究所)の「コンビニエンスストア残渣を主体とする発酵リキッド飼料による豚の肥育」(第4巻)である。
出てくる残渣を「炭水化物系」「炭水化物+高脂質」「高蛋白質+高脂質」に分類し,その成分特徴をもとに発酵リキッド飼料を製造して給与した結果が報告されている。
同時に,高品質の発酵リキッド飼料を調製するための資材であるプロバイオティックス生菌剤の最新情報も収録(蔡義民氏 畜産草地研究所「乳酸菌の添加による発酵リキッド飼料の品質向上」第4巻)。
この方法を活用しているのが第4巻の事例でとり上げた(有)関紀産業である。母豚90頭の一貫経営で,その飼料はほとんどが近隣の食品工場から出る残渣。自ら「ドブロク飼料」と呼び,飼料コストを極限にまで下げた安定養豚を営んでいる。
☆食品工場残渣を利用
一つめは,地域の製菓会社からでる「中華まん」や「カステラ」くずを利用した高品質豚肉生産。霜降りのロース芯,さらには脂肪含量が増えた豚肉が生産でき,食味アンケートでも好評を博している。この製菓会社では,残渣を材料に養豚用飼料を製造・販売し始めている(「中華まん,カステラくずによる高品質豚肉生産」第4巻,市川隆久氏 三重県科学技術振興センター)。
二つめは,「褐毛和種の乾燥豆乳かすおよび飼料イネサイレージを用いた高品質牛肉生産」(第3巻,守田智氏 熊本県畜産研究所)。高蛋白・高エネルギーの乾燥豆乳かすと,日本の粗飼料生産の切り札の一つである飼料イネとの組合わせ。
三つめは,ミカンジュースかすを採卵鶏の飼料に利用した「温州ミカン残渣給与による高β-クリプトキサンチン鶏卵」(第5巻,佐々木健二氏 三重県科学技術振興センター)。なんと,抗ガン作用物質として注目されるβ-クリプトキサンチンが,鶏卵中に1.5~2倍量となった(果皮2%添加)。
これらのほかにも,海苔生産で出る色落ち海苔を採卵鶏に利用した研究(「採卵鶏飼料への色落ち海苔の添加効果」(第5巻,細國一忠氏 佐賀県畜試),ダイエット甘味料製造などに用いられるステビアを利用した「慢性・潜在性乳房炎牛の対策」(生田健太郎氏 淡路農技センター)なども収録(第2-?巻)。
☆注目! 茶の残渣利用
茶に含まれる機能性成分(カフェインやカテキン,カロテンなど)を飼料として利用しようとする研究成果がたくさん報告されている。
一つめは,じつにユニークな,緑茶がらをTMRに配合した「ジャージー種の生乳脂肪色の改善」(第2-?巻,田辺裕司氏 岡山県総合畜産センター)。二つめは,茶葉を,子豚には欠かせない抗生物質減らしに用いる「茶葉(細断)給与による抗菌性物質削減効果」(第4巻,片岡辰一朗氏 東京都農林総合研究センター)。三つめは,製茶加工のときに発生する製茶加工残渣とドリンク製造工場からでる茶がらを豚の肉質改善に用いる「緑茶系残渣の給与による肉質改善」(第4巻,坂井隆宏氏 佐賀県畜試)。緑茶系残渣には蛋白質と繊維,さらにはビタミンEが市販の肥育豚飼料より多く,それを豚に与えることで肉にもいい影響を出そうという研究だ。
脇道にそれるが,この秋に発行予定の『茶大百科』(全2巻,オールカラー)に,茶の機能性についての詳細なデータが報告されている。
☆食品残渣を利用した農家事例充実
前述した(有)関紀産業のほかにも,食品残渣を巧みに活用した農家事例を収録。一つは,母豚9頭の一貫経営の宮城県の杉田徹氏(第4巻)。飼育する豚肉は,すべて産直でさばく。「豚を豚らしく飼えば手間はかからない」と,放牧養豚で糞尿処理の手間を省き,家畜薬は駆虫剤のみ(写真1)。もう一つは飼料メーカーに委託した配合飼料に,さらに地域の食品残渣を加えて母豚60頭を飼育する静岡県森島農場。純粋黒豚の肉豚だけに独自の飼料で7か月半肥育。精肉販売,ウインナーやベーコン,ハムもとり入れた直売にも力を入れている。
耕作放棄地面積の拡大が,農家の高齢化とともに語られる。その再生利用の鍵は,地域を超えた連携と地域一体となった畜産の再生と,そこで生産される畜産物の高品質化飼育技術がにぎっている。今追録では牛を中心に追録した。
☆地域で取り組む和牛放牧
熊本県「菊池・阿蘇広域放牧利用組合」の「平場と山の畜産農家が提携した熊本型放牧」(第3巻,米川康雄氏 (社)熊本県畜産協会)と,放牧による褐毛和種の牛肉産直を軸に地域再生に取り組む熊本県産山村「上田尻牧野組合」(第3巻,滝本勇治氏 上田尻牧野組合,常石英作氏 九州沖縄農研センター)である。
前者は,放牧地をもたない平場の畜産農家と,高齢化で草資源が荒れていきつつあった山の畜産農家が手を結び,4~11月まで平場の牛を山に上げて放牧しようというものだ。山と平場の農家の間をとりもつ「牧野活性化センター」には学ぶ点が多い。
後者の上田尻牧野組合の取組みは,放牧に適した褐毛和種(あか牛)にこだわり,粗飼料を徹底的に活かした飼い方で,全国でも非常に稀なあか牛産直を成功させている例である。それだけでなく,この褐毛和種の放牧を核にして「一流の田舎」を目指す活動にまで広がっている。褐毛和種の放牧技術については,「草資源を活かす―放牧・粗飼料多給型肥育」(第3巻,滝本勇治氏 前出)に詳しい。
なお,これまで「サシが入らない」というので低く見られていた放牧牛の肉に,じつは現代人に欠かせないメリットがあることが明らかになってきた。常石英作氏(前出)の「放牧牛肉の化学成分の特徴」がその報告である。放牧牛にとって朗報である。
☆移動放牧をさらにやりやすくする技術
移動放牧にとって大変なのが,放牧した牛を集める作業である。それを,牛群ごとにある音楽を覚えさせて,その音楽を聴かせることで目的とする牛群だけを集めるという技術ができた。塚田英晴氏(畜産草地研究所)による「音楽による牛群誘導と放牧牛管理用軽トラック」(第3巻)がそれで,放牧前および放牧地の訓練方法,実際の捕獲作業と,どこでも移動できる捕獲用の軽トラックの工夫など,じつにおもしろい。驚いたのは,牛は思った以上に記憶力がいいらしく,音楽の記憶は少なくとも9か月間は持続するとのこと。
もう一つは,放牧地での給水設備の工夫である。冬場は凍結してしまうため,周年放牧ができなくなる。そこで考案されたのが,断熱材をたっぷり使って貯水タンクを守ろうという方法(第3巻,佐藤義和氏「冬期放牧用不凍結給水設備」)。なお,放牧期間延長のための「ASP(秋期備蓄草地)の利用管理技術」(第7巻,中西雄二氏)についても今回追録した。
☆夏作・冬作安定確保技術
今追録では,寒地型牧草の夏枯れ解決の一つとして期待されている草種フェストロリウムの最新情報を収録(第7巻,大槻和夫氏 畜産草地研究所)。放牧密度の工夫などの管理技術も含めて紹介してもらった。
暖地での課題となっていた,冬作飼料作物として利用されているイタリアンライグラスの安定生産について,「適期を逃すな!」というだけでなく,低温時にも生長する飼料ムギと混播してはどうかという,ちょっと目先を変えた技術を収録。「飼料用ムギとイタリアンライグラス混播による粗飼料安定生産」(第7巻,太田剛氏 福岡県農総試)。
小規模移動放牧も含めて,いかに集約放牧をじょうずに行なうかは採算コストに大きく影響する。的場和弘氏(畜産草地研究所)は,たとえ放牧面積が小さくとも,食べさせる草の状態を管理することで,単に放牧したイメージだけでなく,購入飼料削減に結びつくことを報告している(第2-?巻「集約放牧の草地管理と購入飼料削減効果」)。
☆収穫機械の実践的工夫
一つは,飼料イネの収穫機。簡易なロールベール運搬装置「ロールキャリア」(第7巻,元林浩太氏 中央農総研センター北陸農研セ)。これはロールベーラの排出部の後ろに着脱できる装置で,成形のすんだものを排出してこの運搬装置に乗せ,運搬しながら同時に刈取り作業ができる優れものである。
もう一つは,収穫・裁断された飼料用トウモロコシをロールベールに成形する「細断型ロールベーラ」である。すでに販売が始まっている(第7巻,志藤博克氏 研究支援センター)。この装置は,ソルガム,牧草,飼料イネでも活用することができ,これまで乳酸菌添加が必要といわれてきた飼料イネも添加剤なしでも大丈夫とのことだ。
家畜のこんな多面的利用もすでに第1巻に新設した「家畜の多面的利用」に,今追録ではさらに,農業労働の軽減に活躍する家畜,景観維持に活躍する家畜たちを,事例とともに収録した。
☆草取り鶏と害獣よけ牛
アスパラガスハウスの中に鶏を放して,暑い夏の間,雑草を食べてもらってはどうか,というアイデア。それを研究テーマにした報告が「卵用讃岐コーチン放飼によるアスパラガスハウス内除草」(第1巻,安部正雄氏 香川県畜試)である。もちろん,卵は普通どおりに産んでくれるからまさに一石二鳥の技術(写真2)。
耕作放棄地とイノシシの関係を調べ,イノシシ害対策を打ち出したのが,井手保行氏(畜産草地研究所)の「イノシシを牽制する耕作放棄地での牛の放牧」(第1巻)だ。牛の放牧による害獣抑制の事例は,これまでも島根県大田市「小山放牧の会」の取組み(第4巻)など収録しているので,併せてご覧ください。
☆多面的利用による新しい畜産経営
畜産経営にも新しい形が生まれてきている。今追録で収録した広島県の世羅高原ファームランドは,酪農規模拡大の道をやめ,アイスクリーム加工と,ご主人が好きだった馬やその他の家畜を増やして体験農場として展開(第1巻)。第1巻にはすでに酪農体験を組み込んだ「体験館“TRY”“TRY”“TRY”」(栃木県),酪農をやめて好きだった馬に未来をかけてホーストレッキングを始めた本田正則氏(北海道)の事例も収めている。
これまでの畜産の枠からは外れるが,家畜を活かした新しい経営の姿もこれから充実させていく予定である。
そのほかにも「汚れ除去効果の高い乳頭洗浄・清拭装置」(第2-?巻,平田晃氏 研究支援センター)など最新情報満載です。