農業技術大系・畜産編 2006年版(追録第25号)


(1)鳥インフルエンザ,BSE,口蹄疫,O157……

 国境を越えて広がる家畜を介した病気が,日本のマスコミを賑わせる時代。今追録では鳥インフルエンザの最新情報を収録。その他,既収録のアメリカ産牛肉再輸入で揺れるBSE(牛海綿状脳症),ふんを介して感染するO157,家畜に大被害を及ぼす口蹄疫などの情報も充実。ちなみに,ペットブームで問題になっている人獣共通感染症も既収録。

(2)各地で広がる小規模移動放牧の基本技術と応用を特集

 小規模移動放牧の設備・装置の設置の仕方,馴致技術,草地管理の方法など,実践的に収録。団塊世代の大量リタイア時代を迎えて,定年帰農者による地域の耕作放棄地や荒廃地の解消のための基本資料に。

(3)食品残渣を活用した畜種を超えた飼料化技術

 飼料コストを下げるための食品残渣利用時代から,一般の配合飼料以上の付加価値をつけるための食品残渣飼料時代に突入。機能性物質であるDHA,EPAなどを強化した飼料も登場。発酵TMR,養豚用飼料など一挙掲載。

 その他,ふん尿関連,有機畜産関連も充実。


弊害を乗り越え,地域に家畜を取り戻す!

〈鳥インフルエンザ,BSE,口蹄疫……〉

☆記憶に新しい鳥インフルエンザの恐怖

 2003年12月末,山口県の山間部の養鶏場で発生した鳥インフルエンザによる採卵鶏の大量斃死の報道は,未だ記憶に新しい。翌2004年2月には大分県,さらには京都府の25万羽を飼育する養鶏場,3月には近くのブロイラー養鶏場での発生が確認され,約30万羽の淘汰が行なわれて終息した。さらには2005年5月に茨城県の養鶏場で弱毒ウイルスによる鳥インフルエンザが確認され,全国一斉の農場検査が行なわれ,2006年4月までに総計578万羽が処分された。野鳥によるウイルス伝播,鳥から人間への伝染の恐怖などが各マスコミを賑わせることとなった。

 この間,全世界で100人以上の死者を出した鳥インフルエンザとはいったいどんな病気なのか? どのようにしてウイスルは世界中にばらまかれることになったのか? 今追録で,動物衛生研究所の山口成夫氏に,科学者の目で冷静に鳥インフルエンザを引き起こすウイルスの生態(図1),また,ヒトへの感染経路やその対策などをまとめてもらった(第8巻)。



☆BSE,口蹄疫,堆肥による病原菌汚染の実態

 国境を越えて広がる家畜を介した病気は,鳥インフルエンザだけでなく,アメリカ産牛肉輸入問題で再び話題となっているBSE(牛海綿状脳症)や,畜産に大きな被害を与えることになるために,豚肉輸入に際して繰り返し問題となっている口蹄疫,さらにはO157(いわゆる病原性大腸菌O157による食中毒)など,畜産物を介した恐ろしい病気の話題には事欠かない時代に入った。

 これらが発生するたびに各マスコミでは恐怖を必要以上にあおる報道がなされるが,こうした時代だからこそ冷静に,しかも正確な情報が必要であろう。今追録の鳥インフルエンザのほかここ数年,畜産農家の立場に立った専門家による情報を追録してきている。それらの記事を表1にまとめた。ぜひ,もう一度読み返してみていただきたい。

 表1 家畜を介した病原菌伝染の関連記事

記事名内容概略執筆者収録巻収録ページ
腸管出血性大腸菌(EHEC)O1571997年,ふれあい牧場での幼児の(EHEC)O157菌感染は畜産関係者に大きな衝撃を与え,ベロ毒素という語はマスコミを賑わせた。6~10月の気温の高い季節に多発し,患者は生後数か月の乳児から85歳の老人まで多岐にわたる。飲食物と一緒に摂取すると,3~7日の潜伏期を経て腹痛と水様性下痢を起こす。中澤氏は,環境,飼料など畜産農家の立場から詳細に報告中澤宗生(家畜衛生試験場)畜産編\第8巻562の16~
口蹄疫とその対応2003年3月,わが国では92年ぶりに牛に口蹄疫が発生。風評被害も相まって畜産農家は大きな打撃を受けた。照井氏は本稿で,口蹄疫ウイルスの生態,感染経路,防疫体制などについて詳述照井信一(日本全薬工業株式会社)畜産編\第8巻562の26~
プリオン病BSE(牛海綿状脳症)山内氏は「BSEをなぜ狂牛病などと書くのだ!」と,不安を煽るマスコミに対して怒りをぶつけた。氏は本稿で,BSEに感染したウシの外見的症状,発症させる異常プリオンとその発生するメカニズムなどについて,最新の知見を報告山内一也(東京大学名誉教授,日本生物化学研究所)畜産編\第8巻562の32~
BSEの検査法と診断エライザ法,ウェスタンブロット法などの検査法名がマスコミを賑わせていた。スクリーニングのためのエライザ用による「陽性」判定が大きく報じられるなか,その検査法について科学的知見を紹介品川森一(帯広畜産大学)畜産編\第8巻562の38~
BSEと人間への感染の可能性国内でのBSE発症の報告に,牛肉を食べるとBSEに感染するのではないかという不安に対して,医者の立場から,各国で調べられた詳細なデータをもってその可能性について報告池田正行(国立犀潟病院)畜産編\第8巻562の44~
口蹄疫・BSE問題の本質2000年に発生した口蹄疫,翌2001年にはわが国では初めてBSEの発症が確認された。大久保氏は,口蹄疫・BSE騒ぎの裏で進行している本質を喝破。国産資源利用を基本にした畜産こそ大切だと,飼料自給率が一定以上達成している農家などには奨励金を出す制度を訴える大久保正彦(北海道大学)畜産編\第8巻562の48~
鳥インフルエンザ?強毒および弱毒ウイルス対策ここ数年,アジア地域で猛威をふるった鳥インフルエンザ(A1)ウイルスによるヒトへ感染についての最新情報。とりわけH5N1亜型によるHPAI(高病原性鳥インフルエンザ)の発生と,日本で発生したウイルスの由来など詳述山口成夫(動物衛生研究所)畜産編\第8巻562の54~
動物との付き合いからみた人畜共通感染症ペットブームのなかで今後問題となりそうな感染症について解説。動物と付き合うためのルールを紹介井本史夫(井本動物病院)畜産編\第1巻家畜と人間43~
堆肥施用と病原菌汚染堆肥施用による土壌汚染の可能性,家畜糞および堆肥を介した農産物病原菌汚染の実態を,アメリカなど世界中の研究成果から問題提起した記事。O157(大腸菌)については,アメリカでの有機栽培によるアップルサイダーを介した症例など,詳細な報告がなされている染谷 孝・井上興一(佐賀大学)土壌施肥編\第7-1巻資材64の84~
家畜糞堆肥中の抗生物質耐性菌とその影響家畜への抗生物質投与が,家畜ふん中の抗生物質耐性細菌レベルを増加させているのではないかと,実際の農場から採取した堆肥を用いて分析した成果をもとに指摘。その堆肥を施用したときの土壌中の抗生物質耐性細菌の動態についても詳細に報告小橋有里(筑波大学)土壌施肥編\第7-1巻資材64の99の2~
超高温・好気発酵法による新コンポスト化技術下水汚泥,食品残渣,剪定枝や貝などの有機性廃棄物を,超高熱細菌による超高温・好気発酵法によってコンポスト化。臭気や病原性細菌の危険性を排除した「バイオハザード・フリーコンポスト化技術」金澤晋二郎(九州大学)土壌施肥編\第7-1巻資材64の100~

〈各地に広がる小規模移動放牧を特集〉

☆飼料自給,景観美化,教育など一石?鳥

 畜産物の流通は国を越え,わが国の畜肉の売り場には,アメリカ,カナダ,オーストラリアといった産地表示の文字が並ぶ時代となった。それ以上に,わが国で生産された畜産物であってもその飼料は輸入に頼り切っている現状がある。1960(昭和35)年には80%以上あった飼料自給率が,2000(平成12)年度にはわずか25%に低下。一方では,森林や田畑の荒廃が叫ばれる。そうした現状に対して大きな力になりそうなのが,林地,里山,休耕田,耕作放棄地などを牛や豚,鶏などの放牧地として活用する「小規模移動放牧」技術である。今追録で,第3巻に「小規模移動放牧」のコーナーを設けて,放牧をとり入れるための基本技術,草地管理技術,畜種選択などを収録し,併せて各地の取組み事例をとりあげた。

☆実践技術の集大成

 小規模移動放牧は,「主に中山間地域で,既存の水田や畑,耕作放棄地,それらに隣接する里山を対象にした放牧形態」(千田雅之氏,中央農研センター)とされる。千田氏はそれぞれの放牧形態の立地やメリット・デメリットを整理し,その多面的な効用を訴えている。

 小規模移動放牧に適した家畜の種類とその管理の留意点について的場和弘氏(畜産草地研究所)。肉牛,乳牛はもちろんだが,ヤギやめん羊もおもしろい。ヤギやめん羊は牛が食べない樹木をよく食べてくれるし,食べる種類も多い。しかも体が小さい分,急傾斜地や小さな面積でも補助飼料なしで飼うことができるからである。なお,今追録ではないが,第4巻「豚」の〔実際家の技術と経営〕の中で静岡県・松澤文人氏や山梨県・中嶋千里氏などの豚の移動放牧の事例や,第5巻に収録した三船和恵氏(徳島県畜産試験場)による「パオ鶏舎と未利用資源利用による低コスト飼育法」などの研究成果も収録されている。 

 注目したいのが,放牧前の馴致技術である。今追録では,島根県で長年,小規模移動放牧に取り組んできた佐藤重利氏(実際家)に,声のかけ方,スキンシップの方法,綱の使い方など,ていねいにその技術を公開してもらった。具体的な技術としては,電気牧柵(図2)や飲水器などの設備とその設置方法,小規模移動放牧を数年続けたときに必ず問題になる草資源の不足について,牧養力を高めるためのその後の草地化に関して,草種選択および転牧のタイミングなどの管理の方法について収録(第3巻)。 なお,ちょっと変わった方法として,夏場の草量不足を補うために,電気牧柵をじょうずに利用し,夏場の飼料として牧草地にクワを栽培する方法,さらには,スイートコーンを栽培して,牛で稼ぎ,トウモロコシ販売でも稼ごうという技術も追録している(第7巻)。


 図2 電牧器の例 太陽電池パネル付き電牧器とスプリングゲートが付いた支柱(古電柱を使用)。電牧器の後方で横方向に白く帯状に見えるものがスプリングゲート

☆もっと手軽に敷地内放牧

 小規模移動放牧をさらに手軽にしたのが「敷地内放牧」。長野県の酪農家・小沢禎一郎氏(成牛40頭)は,資材置き場などになっている敷地内の区画をフェンスで囲い,そこに乳牛を放す。乾乳牛に始まり,育成牛,さらには搾乳牛も放す。粗飼料は稲わらをアンモニアガス処理したものを主体にヘイキューブを利用した二本立て給与。育成牛の放牧フェンス内には豚を同居させるというユニークさ。屋敷も含めて1.6haの敷地全体が,楽しい放牧場に変わった。中国酪農に教わったという敷地内放牧,恐るべし(第2-(2)巻)。

 小規模移動放牧に取り組む農家の特徴は,定年帰農やこれまで家畜を飼ったことがない農家がその主体となっている点である。今追録の第3巻農家事例でとり上げた群馬県・茂木正雄氏,山口県・深地英男氏,大分県・西高の農地を守る放牧の会の皆さんも,定年帰農による農家である。また,消費者も巻き込んで草地管理に取り組む,大分県稲葉牧野組合の展開も新しい動きであろう。

 個別の畜産農家での取組みはもちろん,地域をあげての取組みも増えてきている。

〈食品残渣飼料化の新段階〉

 今や,食品残渣の利用は単に飼料コストを下げるだけではなく,食品残渣を活用することで一般の飼料以上の価値を生み出す可能性が現実のものとなってきている。

☆養豚での食品残渣活用

 養豚では,全体の状況と展望を阿部亮氏(日本大学)にまとめてもらった(第7巻)。全国農林統計協会連合会のアンケートによると,一般購入飼料の平均が36.5円/kg,食品残渣飼料に対する養豚家の要望価格は19.3円/kg。阿部氏によると,配合飼料に19.3円/kgの食品残渣飼料を20%代替給与すると,肥育頭数1,000~2,000頭の場合は年間約190万円のコストダウンになると試算している。素材の混合割合とその栄養価,配合する際の留意点など詳細な研究成果が報告されている。

 阿部氏と共同研究を行なっているのが,神奈川県平塚市の(株)湘南ぴゅあである。母豚約130頭の一貫経営とその豚肉の加工販売で知名度が高い。今追録で,食品残渣100%の発酵飼料の製造と,さらには食品残渣に含まれる素材の機能性を生かして,豚肉にもその機能性を付与しようという取組みの成果を報告してもらった。とりわけ,抗癌・記憶力増進・体脂肪減少機能をもつDHA(ドコサヘキサエン酸)については,一般飼料に比べて明らかな増加を示している(第7巻)。

☆発酵TMRへの活用

 平成の時代にはいって本格稼働し始めたTMR供給センターだが,今追録で「発酵TMR」への食品残渣の活用について,吉田宣夫氏(畜産草地研究所)にまとめていただいた(第7巻)。サイレージ化するために配送後の品質に不安があったが,細断型ロールベールで調製したこの「発酵TMR」は飼料損失も少ないという。吉田氏は,各地の「発酵TMR」先進事例についても紹介しており,地域ごとの個性的な材料が使用されており大いに参考になる。

☆蒸気乾燥豆腐かす飼料化技術

 地域には必ず存在し,しかも毎日発生するけれども利用しにくかった材料に「豆腐かす」がある。それを,豆腐を製造する際に発生する蒸気を使って乾燥する製造プラントが完成し,低水分の豆腐かすが入手できるようになった。今追録で,そのシステムと給与方法について,福岡県農業総合試験場家畜部の研究チームに,肥育牛,肥育豚,肉用鶏,採卵鶏で行なった成果をまとめてもらった(第7巻)。

〈飼料用イネ関連,ますます充実〉

 水田転作と飼料自給を同時に実現する作物として注目を集める飼料用イネ。昨年の追録第24号で,品種の情報,北陸地域での栽培技術,千葉県の干潟地区での取組み事例などを収録したが,今追録では,東北地域での「ホールクロップサイレージ用飼料イネの栽培技術」(吉永悟志・渡邊寛明氏,東北農研センター)および「飼料用イネの合理的収穫方法」(元林浩太氏,中央農研センター)を収録した(第7巻)。さらに,今追録では,飼料用米を積極的に豚に給与し,すでに「こめ育ち豚」として販売に取り組んでいる山形県(株)平田牧場を収録した(第7巻)。養豚家自身が行なった発育・肉質への影響に関する詳細な分析と,消費者による食味評価の報告は,米がもっている可能性を明らかにしてくれている。食品残渣100%の飼料にこだわる湘南ぴゅあの記事と併せてご覧いただきたい。

〈ふん尿処理と活用,ほか〉

 ふん尿処理および活用について,今追録ではユニークな視点からとりあげた(第8巻)。

 一つ目は,不足する敷料問題である。おがくずや籾がら不足のなか,剪定枝を蒸煮爆砕処理することでピートモスと同等の性質をもった資材として敷料にも利用できるという研究成果(村上圭一氏,三重県科学技術振興センター)。

 二つ目は,ふんの処理と活用に関する新情報である。堆肥化するにせよ臭気の問題は避けては通れない。堆肥化するときにハーブを混合することによって悪臭をなくそうというのが高田修氏(兵庫県立淡路農業技術センター)の記事。阿部佳之氏(畜産草地研究所)には,高濃度の悪臭を吸引・搬送する装置が腐植しやすい欠点を解決し,しかも安価で自作できる吸引・搬送装置を。ちなみに,ハーブはオレガノがいいそうである。

 三つ目は,村上圭一・原正之氏による「高窒素鶏ふん肥料の開発」。全窒素4.9%,全リン酸5.25%,全カリウム3.31%という肥料が完成し,無機化率を考慮すると,きわめて肥料バランスがいい。

 家畜糞尿の堆肥化・肥料化,およびその活用については,姉妹編である『土壌施肥編』第7-(2)巻に詳しい。

 そのほかにも,豚肉の肉質で人気を誇るバークシャー飼育農家((有)大窪養豚,第4巻事例),家畜薬からの脱却の可能性を示してくれる「新生豚の疾病」(奥田裕子,広島県福山家畜保健所,第4巻),昨年10月に告示された「有機畜産」に関する規格をめぐっては,北海道宗谷岬肉牛牧場の取組み(氏本長一氏,第3巻事例)と,「JAS法改正による有機畜産と今後の課題」(原耕造氏 全農)などを収録した。