農業技術大系・畜産編 2005年版(追録第24号)


(1)ふん尿利用をうまく進めるための小さな一歩,大きな一歩

 小さな一歩では,畜舎内の送風機を牛床のふん尿の乾燥に効果的に活用する技術,ボロ出し作業をらくにするなど畜産農家の工夫のかずかず。大きな一歩では,ゼロエミッションをめざした循環型社会にむけての,バイオガスプラントの徹底追求。食品残渣を活用することでバイオガス生産量は大幅アップ!

(2)小さな面積を生かす日本型放牧の追跡

 搾乳牛1頭当たり10aの面積があれば放牧のメリットは十分生きてくる。「緑のパドック」方式の「小規模移動放牧」技術,荒れた農地を放牧地として利用する方法と注意点など,酪農と養豚の実例とともに研究成果を収録。

(3)飼料作物の全面改訂,飼料用イネの充実

 飼料作物と牧草の記事を全面改訂。家畜ふん尿を有効に生かしていくにも飼料作や草地生産は欠かせない。品目・品種を最新情報に。また,飼料用イネでは,品種最新情報と食用品種との競合を避ける栽培体系など。個別経営だけでなく地域的取組みも実例で収録。


土 ― 草 ― 家畜 うまくつなげばふんを宝に 人にゆとりを

小さな一歩,大きな一歩

★舎内扇風機の角度45度,小さな一歩でガラリと変わる

 家畜ふん尿を扱いにくくしている原因の一つは,ベチャベチャドロドロのその性状にある。搾乳牛1頭は1日当たりふん45.5kgと尿13.4kg,肉牛(2歳以上)は20.0kgと6.7kg,肥育豚は2.1kgと3.8kg,鶏は0.136kgを排泄すると試算されている。固形物であるふんの水分含量が高く,排泄された直後だと,それぞれ乳牛86%,肉牛78%,肥育牛72%,鶏70%。ベチャベチャになりにくいとされる牛ふんでも,水分85%を超えるとベチャッとしたものになり,87%を超えると排泄したときに飛び散る状態となる(第8巻「ふん尿の性状」原田靖生氏)。この状態ではボロ出しもままならない。排泄されたふんをいかにすばやく乾燥させるかが,ふん尿を扱いやすくするカギを握る。

 小さな一歩は送風機の角度調節である。

 池口厚男氏(畜産草地研究所)は,今追録で送風機の設置角度による空気の流れとにおい,乾燥の効果を調べた詳細な結果を報告している(第8巻)。結論からいえば,同じ能力の送風機をつけるのであれば,図1のように牛の通路にあわせて,斜め45度に傾けて設置するのがベスト。舎内の空気の流れが一方向となり,送風機の数が少なくても換気が促進されるというのである。結論は,敷料におがくずを用いた場合,送風機を45度に傾けると,90度(床と水平)に設置したときの約5倍,送風機を設置しないときの約30倍の乾燥効果。もちろんにおいも激減している。さて,あなたの送風機の角度は?



★ボロ出ししない豚舎,ボロ出ししやすくする牛舎

 今追録では,ふん尿処理に関係する2つの農家事例を紹介している。1つは,発酵床豚舎によるボロ出ししない豚舎,もう1つはまめなボロ出しと独自の堆肥つくりである(いずれも第8巻)。

 発酵床豚舎を導入しているのは,熊本県の山下守さんである(母豚30頭の一貫経営)。畜舎内にふん尿のにおいがない。山下さんの発酵床は,韓国自然農業協会の趙漢珪氏が提唱する方法で,床を90cmほど掘り,そこにおがくずと赤土,自然塩,それに土着菌を混合して埋め戻す。飼育中はいっさいボロ出ししないし,豚を出荷してからも豚のトイレの場所を中心に床材を補給してやるだけである。8坪に20~25頭を入れて肥育しているが,夏場は水分を補給してやるほど乾燥する。冬の間は発酵熱でポカポカである。屋根はトタンの波板とし,図2のようにサイドカーテンの上げ下げによって畜舎内の空気を対流させる独特の方法である。サイドカーテンの位置で気流の流れの高さと速度を変えることができ,涼しくしかも床が乾く。



 ボロ出ししやすい牛舎は福岡県の長浦牧場である。肥育和牛を常時500頭と繁殖和牛35頭を飼育しているが,畜舎そのものは乳雄子牛肥育時代の牛舎に継ぎ足ししてきたもので,お世辞にも立派とはいいがたい。しかし,畜舎の床はベチャベチャではなく,ふん尿のにおいがない。まめに排泄物を運び出ししているからだが,その作業をらくにするための工夫が随所にちりばめられている。房と房の仕切りの伸縮自在のマセン棒,崖の高低差を利用した堆肥舎など工夫がいっぱいである。この牛ふんに鶏ふんと尿素と微生物資材を混合して1年以上発酵させた堆肥は「万能堆肥」と名づけられ,野菜農家や家庭菜園愛好家に引く手あまた。その売上げは堆肥舎その他の経費をまかなってくれている。

★地域的なメタンガス発酵施設

 昨年から追録してきた,家畜ふん尿を活用したメタンガス発酵技術も今追録で一段落する。今回は,北海道の(独)北海道開発土木研究所(以下,開土研)を中心に(独)農研機構北海道農業研究センター,北海道大学などの共同研究として行なわれたバイオガスプラントの研究成果を一挙収録した(第8巻)。「個別型および共同利用型バイオガスプラントの長短」(石渡輝夫氏・開土研),バイオガスの発生量を高めるための「バイオガス生産性向上と炭素源添加技術」(石田哲也氏・開土研),エネルギー面から見た評価(大日方裕氏,石田哲也氏・いずれも開土研),経済面からの評価(鵜川洋樹氏・北海道農業研究センター,小野学氏・開土研)など,今後のバイオガスプラントの可能性を明らかにしてくれる。炭素添加では,廃用牛乳,賞味期限切れのバター,パン粉などを添加することで,ガス発生量は数倍にアップしている。家畜ふん尿も含めた地域内有機廃棄物の活用を構想している自治体の行政マンには必読の内容であろう。

 消化液の利用で期待されている水田への利用については,来年の追録でお届けする予定である。自治体での先進事例としてとり上げた京都府八木町のバイオガスプラント,生ごみとの混合処理の各地の事例なども収録してきており,バイオガス利用の原理から実例までの内容は充実している。

日本型放牧の可能性を徹底追求

 ふん尿処理の課題も含めて注目を集めているのが,牛や豚の放牧であり,鶏の放し飼いであろう。ふん尿処理にかかる労力およびふん尿そのものの活用でもっとも省力的な技術が放牧である。さらにはその飼育風景が農村景観創造にも役立つ。広大な草地など,自然の存在が前提となってきた感があった放牧だが,今追録では小面積であっても放牧のメリットを十分に生かすことができる方法を徹底追求している。

★牛のグレイジングからわかったこと

 グレイジング(grazing)とは,動物が草地で草を食べる行動を意味する。動物たちのグレイジングから,飼養技術および土壌管理・草地管理までを一体化してとらえ,海外はもちろん日本でも熱烈な支持を集めているのが農業コンサルタントのエリック川辺氏(オーストラリア在住)である。今追録でそのエリック川辺氏に「土,草と放牧酪農の基本」をまとめてもらった。草地の管理,草の条件(草種と生育量および草の質)と採食量,それに基づいたストッキングレート(放牧密度)の考え方,高乳量の牛がほとんどとなった日本での補助飼料と放牧したときの草との関係,施肥技術も含めた草地管理などの内容となっている。

 3年程度での草地更新することが勧められているが,川辺氏はむしろ,放牧された牛たちが踏みつけることで牧草が優占化し,草種は遷移しながらも優良草地が維持されていくと主張する。牧草の種類ごとの特徴をおさえ,牛舎内での飼養管理も組み合わせて牛の生理的要求に飼い主の側がどう合わせていくことができるか,そこが日本型放牧の要だと説く。土―草―牛の関わりにおける自然の認識と,それを酪農という技術に結び付けていく川辺氏の考え方は魅力的である。ぜひご一読いただきたい(第2-(1)巻)。

 一方,草地面積に恵まれない内地の酪農であっても,草地を「緑のパドック」と位置づける小規模移動放牧なら可能性は拓ける。瀬川敬氏(元畜産草地試験場)は,面積が小さくても,飼料作物と草地との2年輪作によって,面積が小さい地域でも放牧のよさを十分に引き出すことができるという。それが,「緑のパドック」と呼ぶ小規模移動放牧の考え方である。

 今追録では,濃厚飼料中心の酪農から放牧を導入した経営へと転換してきた経産牛57頭を飼養する栃木県の自由学園那須農場の酪農を収録した(第2-(2)巻)。草地面積31haのうちの11.7haを放牧地にあて,搾乳牛および未経産牛を放牧する。残りの29.3haを採草地および飼料作物(デントコーン)栽培にあてる。デントコーン栽培→エンバクを播種して放牧する輪作によって,搾乳牛1頭当たりわずか10a程度の面積しかなくとも,放牧のメリットは十分に享受できている。夏の間は牛たちは一日の3分の2以上の時間を放牧地ですごす。そのため,牛舎内のふん尿の量は3割に激減。ボロ出し作業の時間は減った。牛の観察や草地管理にかかる時間はふえたが,明らかに牛たちが変わった。肉付きがすっきりとしてきて,毛づやがよくなり,肢蹄の障害も減った。平均産次数は3回を上回るようになり,乳量も8,000kgと安定している。那須農場の搾乳牛を担当する山口曜氏は,もっと草地管理がきちんとできれば,乳量は9,000kgにいくだろうと感じている。

 小規模移動放牧を実現するための電気牧柵の張り方,牧区の設計の仕方,放牧地への出し方,補助飼料との組合わせ,輪作の仕組み方など,山口氏にまとめてもらっている。「牛舎の周り,作業道路もすべて草地の延長となり,牧場内がきれいになった」とある。面積が少ないからと放牧をあきらめている方にとっては朗報である。

★豚も放牧の時代に

 イギリスでは現在,子豚生産の30%は野外放牧からでてきているという(図3)。「“グレートアウトドア”(感動の野外放牧)」と呼び,「野外で飼われる豚はみな“ハッピーピッグ”(幸福な豚)だ」とされている。今追録では,コンサルタントの山下哲生氏(NPO日本放牧養豚研究会,養豚塾主宰)に,1990年のイギリスでの長期研修で学んだ放牧養豚の実際と,その日本への応用技術をまとめてもらった。品種の開発,人工授精の定着などまだまだ課題は多いが,2003年に豚の育種家,養豚家らとともにNPO日本放牧養豚研究会を設立し,日本での野外放牧の可能性を追求している。独自に開発した「健康ハッチ」の普及もすすめており,耕種農家と連携した展開をめざしている。


 図3 イギリスでの放牧養豚(分娩豚)

 その実践例の1つが,今追録で収録した,静岡県富士宮市,富士山山麓の西面に広がる荒廃した採草地に放牧養豚を導入した,もと酪農の松澤牧場の取組みである。松澤文人氏は,6haの草地のうち2.3haを放牧地とし,10牧区に分けて年間600頭の豚を放牧。出荷したら3~4か月は休牧し,そこには野菜を栽培したり牧草をまく。放牧豚が排泄したふん尿を肥料として利用し,できるだけ地下への養分の流亡を抑えている。

 飼育密度,導入後の大型トラックの荷台を利用したコロニー内での馴致技術,放牧を始めるときの資材や器具,出荷時の放牧豚の集め方など,自らの失敗の反省を踏まえた管理技術や収支計算まで詳細に紹介してくれている。すでに「朝霧高原放牧豚」の名前でブランド化しており,今後,さらに荒れている畑を放牧豚用に活用して1,200頭くらいまで増やしたいと考えているそうである。現在,子豚価格が高騰していることから子豚の自家生産を始めるべく,かつての牛舎を改造しているところである。

 各地に荒廃地が増えていることもあり,松澤氏の放牧養豚の取組みは大いに参考になるはずである。第4巻の養豚事例にはそのほかにも放牧養豚の例が収録されており,あわせてご覧いただきたい。

★忘れてならない放牧利用と害虫発生

 耕作放棄地が発生源となって,カメムシ類が増加して水稲の穂を吸汁して斑点米の原因となってきている。その他の飼料作物害虫がイネ以外の周辺作物に被害を与える可能性も大きい。柴卓也氏(畜産草地研究所)は今追録で,図4のような結果を発表している。荒れた採草地を放牧草地として利用するようになるとカメムシ類の発生が大幅に減っていることがわかる。減反で荒れた水田と放牧畜産を組み合わせることによって,稲作にとっても家畜にとっても幸せな関係をつくりだすことができる可能性が見えてくる記事である(第7巻)。



日本での飼料自給を応援

★飼料作物の全面改訂実施

 第7巻に収録されている「飼料作物の栽培利用便覧」の全面的な改訂を行なった。寒地型イネ科牧草,寒地型マメ科牧草,暖地型牧草,飼料用穀実作物・根菜類について,品目の見直し,品種の最新情報を盛り込んだ。作物の特性はもちろん,飼料的価値,適地と導入法,品種と栽培のポイント,利用上の注意まで,コンパクトにまとめてもらっている。飼料自給率を高めていくうえで役立てていただきたい。

 実践農家の事例として,今追録では福島県の酪農家阿部弘氏の経営と技術をとり上げた(第2-(2)巻)。経産牛67頭の経営だが,地域の遊休地20haを借り受け,採草地として利用している。ユニークなのは,発酵豆腐かす(豆腐かすにビートパルプ6%混合して発酵させたもの。1kg当たり8.3円と安い)と自給飼料で独自のTMR(混合飼料)をつくっていることで,周辺の飼料価格と比べると6割くらい(DM単価/kgで20.5円,TDN単価/kgで32.6円)ですんでいる。生乳生産原価は58.4円という低コストを実現。それでいて経産牛換算年間乳量は1万kgを超えている。

★飼料用イネを充実

 ここ数年,飼料用イネの研究が大いにすすんだ。今追録では3本の記事を追録。一つは,飼料用イネ品種の最新情報。栽培の面でも,食用イネとの作業競合を避けるための栽培体系と品種選択,栽培上の留意点などまとめてもらっている(第7巻)。

 事例では,注目を集めている千葉県干潟地区の取組みを収録した(第7巻)。ここでは食用品種を飼料用イネとして,その用途に融通性をもたせている点がユニークである。2005年から国の補助の仕組みが変わって(畜産農家への給与実証補助金が10a当たり2万円から1万円に減額)飼料用イネの作付けが伸び悩んでいるところが多そうだが,干潟地区ではコントラクター組織(農事組合法人「八万石」)と畜産農家ががっちりと手を組んでいる。2005年も28ha以上作付けされている。いろいろな助成を組み合わせて活用することで,稲作農家へは8万5,000円の手取りを実現し,畜産農家は10a当たり2万円で粗飼料を購入できる仕組みが実現できている。行政マン,腕の見せ所である。