「担い手」に最新情報を提供し、集落ごとに水田農業ビジョンづくり

――岩手県&花巻区の取組み

九〇〇人を超える「担い手」が研修会に集まった

 岩手県では、集落単位でのきめ細かい水田農業ビジョンを県下全域で策定することになった。水田農業改革の実効力を高めるためだ。県はこの改革に力を入れ、農林水産部長名で、市町村長、農協長あてに「農業者たちが集落の稲作や転作、担い手の状況、言うならば集落の強み、弱みを認識し、徹底して話し合い、五年後、一〇年後の水田農業の姿を描き、目標と戦略をもって実現を」という手紙を届けている。
 こうしたなかで九月八日、花巻地区(花巻市、大迫町、石鳥谷町、東和町の一市三町)では、集落の水田農業ビジョンで大きな役割を持つ「担い手」を対象とする研修会が開催された。会場のJAいわて花巻・総合営農指導拠点センター(花巻市)には、「担い手」としてリストアップされた約一〇〇〇人の生産者のうち七四五人、行政や農協の関係者一五九人、合計九〇〇人を超える人たちが会場を埋め尽くした。
 主催者には、花巻地方農業振興協議会、岩手大学農学部付属寒冷フィールドサイエンス教育研究センター、岩手県農業会議が名を連ねている。講師として、県農林水産部の小原利勝水田農業推進監、岩手大学農学部の木村伸男教授、県農業会議指導部の上野昭成経営アドバイザー、戸来税務会計事務所の戸来正博税理士(県農業経営改善指導センター税務アドバイザー・県農業生産法人税務アドバイザー)の四人が登壇した。

ビジョンづくりの「担い手」要件

 県の小原水田農業推進監は「米政策改革大綱の概要」として、関連対策の予算要求額などの最新情報を提示した。また、集落での話し合いで共通理解が必要な「担い手」の要件を関連対策ごとに整理していく。
 「担い手」の基準はあらかじめ設定されていないけれど、「担い手」が助成を受け取るとなれば、要件がでてくるからだ(振興協議会の大和章利農業構造改革対策室長も会場からの質問に答える形で補足説明)。
 1「産地づくり対策(担い手加算)の担い手」は集落で決める(認定農業者でなくてもよい)
 2「特別調整促進加算の地域特例作物振興に係わる担い手」は県で決めることができる
 3「重点作物特別対象となる担い手」は認定農業者(個人の場合)、特定農業団体、一定の要件(これは未定)を満たす作業受託組織等(重点作物は、ムギ、ダイズ、飼料作物で一万三〇〇〇円の助成に相当する部分。ムギは一等以上など、ダイズは一、二等以上または契約栽培、飼料作物は畜産農家に粗飼料で利用され堆肥利用での耕畜連携の場合が該当)
 4「担い手経営安定対策の対象となる担い手」は認定農業者または集落営農のうち一元的経理を行ない五年以内に法人化するなどの要件を満たし、水田経営規模が認定農業者は四ヘクタール以上、集落営農は二〇ヘクタール以上のもの(知事特認で八割の範囲内、中山間地域の集落営農は五割まで緩和)
(なお、3、4で認定農業者になる必要があれば、三月までに認定農業者の申請をしておく)

集落の農業の把握と経営者感覚の必要性

 岩手大学の木村伸男教授は「花巻地方の集落が目指すべき営農の姿」として、集落での中核農家数の平均が二・八戸で担い手確保は黄色信号で、うち五〇歳未満の農業専従者が一・二人で一〇年後は集落に中核農家がいないところが広がると考えられる、という。
 アンケートの結果から、「稲作を自分にとって最適作物と考える」農業経営者が半数で、稲を「消費が減れば減らす商品作物」「稲作所得が減れば減らす収益作物」と経済感覚でとらえる人は二割、と転作に消極的な姿勢を指摘し、奮起を促す。転換期の農業をチャンスととらえて取り組むには、農家自らが売ることに参画することが重要だという。「農家」から「経営体」へ移行し、「仕事と生活とで時間・場の区分」「仕事の責任分担の明確化」を説く。集落型経営では現在検討中の特定農業団体の設立要件にも注目を促す。
 集落型営農を成功させるには、「外の人から情報を入手する」「全作業受託をして組織で経営を考える」「ネギやキャベツ、ホウレンソウのような園芸作物も栽培し、販売まで自分たちで考える」「女性(母ちゃん)を経営に入れる(発想とエネルギーを活用)」「売ることに参画する(売り場に立ち情報獲得)」という積極展開を説く。
 県農業会議の上野昭成経営アドバイザーは、「集落営農の法人化」で四つの基本類型を示した。
 「集落ぐるみ型」(共同所有の機械・施設でローテーション作業)、「オペレーター型」(共同所有の機械・施設で特定グループが作業)、「組織連結型」(「二階建て型」集落営農。営農組合などが農地や水利を調整し、担い手やオペレーターグループに作業委託)、「集落農場型」(一集落一農場の協業)である。
 戸来正博税務アドバイザーは、「大規模家族経営体及び集落型経営体の会計事務と税務」(消費税・経理の一元化)で消費税改正を取り上げた。消費税滞納で収入が差し押さえられ倒産した下請企業の例を引き、経営体をつくった場合の税務の重要性を指摘。任意の生産組織も課税対象となり、免税点の引下げがあり、その一方、農業分野では、売上・経費での課税・非課税の区分がわかりづらいという。助成金の課税区分も含めて今後の情報に注目するよう促す。任意組合でも複式簿記や財務諸表、青色申告へ移行すべきだという。

岩手県と花巻地区でのビジョンづくりの取組み

 今回の研修会までの動きと背景をみておく。
 岩手では県が水田農業ビジョンづくりの支援組織をつくり、その支援チームが説明をする研修会を、今年四回開くことにした。初回は盛岡で全県レベルのシンポジウム(六〇〇人規模)、次に地方別ミニシンポとして、水沢、盛岡で開催し、花巻はその最後にあたる。
 花巻の研修会では「ミニ」どころか、全県レベルのものを上回る参加者が集まった。テーマを「花巻地方水田農業構造改革」とした点が、それまでの研修会とは異なる。米生産が農業での大きな割合を占める花巻地区では、今回の改革は農業のあり方そのものを変えるものととらえているのだ。
 研修会の主催者団体の一つ、花巻地方農業振興協議会は、地域の行政やJAいわて花巻による農業関係機関の集まりである。会長は農協組合長、副会長は一市三町の首長、事務局は行政の農政課長や農協参事・部長などがメンバーとなっている。この協議会は年間一〇〇〇万円を超える活動予算を持ち、農協も三六〇万円を拠出している。その幹事会では、JAいわて花巻の建物の中に一年という期限を設けて集落ごとの水田農業ビジョンづくりのための対策室(農業構造改善推進対策室)を四月三日に発足させた。対策室の専従に、JAいわて花巻は二人の職員を出向させる。
 農協は組合員数一万九二三四(正組合員一万三七四五)、年販売高一三五億円のうち米穀が八三億円(二〇〇二年度)。管内の米の九割以上を集荷するなど大きな力を持ち、米改革での生産者団体としての活動を積極的にすすめている。

●集落での話し合いと「担い手」農家

 花巻地区では、集落ごとに農家組合が組織されている。農家組合は一五五あり、平均六〇人ほどの生産者(農協組合員)に農協准組合員も加わり、七〇人前後のところが多い。農家組合では、その組合長や営農部長などの役員、後継者、女性で一〇人前後のビジョン策定チームをつくっている。
 農家組合は、これまでも集落経営による農業も考えてきている。一九九九年には集落ごとに「営農振興計画書」を作成した。作成方針は、「高齢化や兼業化で農業就業者は減少するなかでの集落内の合意形成で担い手確保」「担い手農家を中心に農地の集積を図り効率的利用」「農作業の受委託をすすめ農業機械の効率的利用」で、そのための現状把握と将来のプランがまとめられている。このときは集落の認定農業者の人数を把握するまでだった。今回のビジョンづくりでは、「担い手」を特定して、集落での営農の新たな合意形成を目指すことになる。
 「担い手」にリストアップされ、研修会に参加した花巻市の盛川周祐さん(一九五一年生まれ)の栽培面積は、米九・五ヘクタール(うち自作四ヘクタール)、コムギ二五ヘクタール(うち自作三ヘクタール)、ダイズ二・五ヘクタール、ソバ一ヘクタールで、約四〇人(うち集落内が八割)から耕作を受託する。堆肥での土づくりと農薬に頼らない栽培を心がけている。
 五月から改革大綱の地区(集落)説明会が始まり、盛川さんの集落の農家組合では六月に全農家対象の説明会があった。「土地の広がりは北海道に近い」というこの集落では、農家数が二〇〇戸もあり平坦な農地三〇〇ヘクタールが広がる。うち二〇〇ヘクタールほどは米(いまは三八%の生産調整割当)、残りの約一〇〇ヘクタールでは、コムギ、ダイズ、自家用野菜の栽培が多い。大きな農家組合なので「オレには関係ないことだろう」と思った人や、内容が具体的でないので「なんの集まりかわからない」「実質的な話し合いにならない」と思った人たちもいて、説明会の出席者は三〇人だった。
 そこで農家組合長が、集落を東西に分け、一〇〇人単位の説明会を七月上旬に公民館で再度開くと、出席率が上がった。七月下旬には、集まりやすい日曜夜を選んで盛川さんの班の三五戸が近くの公民館で「担い手」を誰にするかなどを話し合った。集落での「担い手」には盛川さんをはじめ六人(二人専業、四人兼業)がリストにあがる。栽培面積が多いことよりも、これからも働き手であることを重視した選定となった。
 対策室では、集落での営農を把握するための様式とビジョンの策定例(花巻のオリジナル)をつくっている。これで農家組合長と営農部長を中心に集落の農業の現状を確認して、今後の方向を検討していく。「担い手」の欄の記入では、対策室が認定農業者のリストなどを農家組合の求めに応じて提供している。営農類型の欄には、稲作だけでなく、果樹、酪農などもある。酪農の専業も今後、水稲のオペレーターになる可能性があり、「担い手」の候補となるからだ。「担い手」候補のリストをつくり、それを集落で承認する。花巻地区の認定農業者は七五〇人ほどだが、リストアップされた「担い手」は一〇〇〇人ほどとなった。
 様式には、これからの機械利用は個人か共同か、それに農業以外の集落活動、加工、グリーンツーリズム、郷土芸能を記入するところもある。集落の活性化では女性の活躍が期待されている。これらをもとにビジョンづくりをしていくことになる。

思う存分農業ができるチャンス

 「担い手」にリストアップされた盛川さんは、今回の米改革をチャンスとみている。
 「三〇歳代のとき、耕作地の面積を広げたくても思うようにいかなかった。ここでは転作はやっかいものと思われてきて、多少、お金を出しても米をつくりたいと思う人がほとんどでした。いつか転作しなくてすむ時代がくると思って、だれもが水田を自分で管理していました。転作がすすむ時代になって農地が動いたけれど、米を除いてでした。今回のように時代が動くときが耕作地を広げて、思う存分、農業ができるようになるときだと思います」という。
 秋からは集落としてのビジョンの内容を話し合う。
 「集落のなかで、耕作放棄地、水張り水田をなくすには、まずみんなの声がでてこないといけない」と集落の話し合いが大事だと考える。
 「担い手はトラクターのオペレーターとして労働提供だけをするのではないわけですよ。花とか野菜とかで機械化できる作物にも取り組んで、果樹、施設園芸も研究したい。消費者、非農家も巻き込むことも必要となってきます」と意欲をみせる。
 経営体をつくったあとは法人化が目標となり、販売も含めた経営手腕が問われてくる。盛川さんは、岩手大学の木村教授が、農業経営者の経営感覚向上をねらいとして開講したトップスクールで勉強をしている。

集落の特徴を考えたビジョンづくりと「担い手」の研究会

 このように水田が広がるところばかりではない。花巻地区は、北上川により東西に二分される。西側の花巻市、石鳥谷町は西端に奥羽山脈をのぞむ平坦な水田農業地帯、東側の東和町、大迫町は北上山系の中山間地帯で畜産経営も多い。花巻地区全体での転作作物としては、水稲作の機械が使えるムギが広く栽培される。農協ではダイズ栽培も推進中で専用乾燥施設を今年度に建設する。中山間地域では飼料作物のデントコーンなどを栽培する。農業者の高齢化問題は中山間地、平坦地を問わず進行しつつあり、こうしたなかでのビジョンづくりとなる。
 振興協議会では、集落型経営体を目指す担い手による研究会を会費一万円で参加者を募って十一月に立ち上げる。ここでは集落型経営体をつくって、国の助成金を受ける団体や法人化を目指す団体を対象にして農業経営の展開を考えていく。経理の一元化が要件になるので経理事務を含む研修も予定する。
 対策室の大和室長は、「経理、税務、マーケッティングに強い人を構成員に入れてやる方法なども含めて、さまざまな方法を研究する必要があります。面積だけを考えていては農業ができません」という。大規模家族経営を目指す「担い手」には、青色申告会のほうで研究・研修をしていくことになる。
 水田農業が大きく変わる米政策改革を地域の農業構造改革として位置づけ、地域から新たなビジョンを立ち上げようとする花巻地区の今後の展開が注目されている。