●本追録では,地球温暖化と深くかかわっている米の「白未熟粒」多発の原因と発生抑止対策を徹底追跡。おいしいお米,安全・安心を届ける米づくりとして,「有機」表示可能な栽培技術を充実。そのほか問題になっているコムギの「赤かび病」対策に加え,特産品目として「ゴマ」「ダッタンソバ」を収録。
(1)イネの有機栽培の技術を多面的に紹介。「布マルチ水稲直播栽培」「深水(水中)栽培」「米ぬか除草法」などの技術とともに,農家実践事例を収録。
(2)このところの高温障害=「白未熟粒」発生のメカニズムと対策。
(3)日本に上陸した台風の新記録をつくった2004年。台風がもたらした農作物への潮風害を徹底解明。
(4)ゴマ反収150kg,ダッタンソバ反収170kg。地域興しに最適な特用品目の実践技術収録。
新JAS法の施行に伴って「有機」表示に法律の網がかかった。そんななか,農家の間では,有機栽培・特別栽培のさまざまな技術が生まれてきている。
●雑草を抑える
稲作での有機農業の最大の課題は雑草の処理である。
一つには「米ぬか除草法」がある。当初は除草剤に替わる除草資材として注目されたが,今では,米ぬかの施用をきっかけとして,土壌微生物や小動物,藻類などが活躍することで雑草を抑制する「環境創造型稲作」の始まりであるという段階に達しつつある。
今追録では,稲葉光國氏(NPO法人民間稲作研究所)に「米ぬか除草法」(第2-(2)巻)を執筆していただいた。冬の間の米ぬか施用で「トロトロ層」を育てたり,早期湛水と組み合わせて米ぬかや緑肥をすき込んで乳酸発酵や酪酸発酵を進め,発芽したコナギなどの発根を阻害したり,イトミミズやユスリカが活躍することで雑草種子を土中深くに埋め込んだりと,米ぬか施用による雑草抑制の仕組みを解明している。おもしろいのが,米ぬかくず大豆混合ペレットの田植え同時施用で,コナギの発芽生長を阻害するだけでなく,乳酸菌やイトミミズなどのえさになったり,緑藻類の栄養分となったり,ダイズが分解することでイネの活着肥としても働く。初期生育がよくない冷水田で顕著な効果を示すというから,ぜひお試しいただきたい。コナギなど雑草の生態もおさえた実践的な記述は魅力的である。
一方,最近テレビでも放映されて大きな話題を呼んでいるのが「布マルチ水稲直播栽培」(第2-(2)巻)である。考案者の津野幸人氏(元鳥取大学)に,ご自身が郷里の愛媛県で自ら農耕を営みながらつくり上げた技術を紹介していただいた。産業廃棄物であったくず綿を加工して,水稲の種子をサンドイッチ状に挟み込んだ布を製造し,その布を水を張った田んぼに浮かべて雑草を抑制しようという技術。紙マルチと違って,不整形の田んぼであっても自在な形にできるため,山間の小さな田んぼをもつ農家にとって朗報である。布を水に浮かべる意味など,雑草の生態と重ねあわせた技術はじつにおもしろい。ぜひご一読を。
●水を生かす
水田だからこそ積極的に生かしたいのが「水」。今回収録したのが,「深水(水中)栽培」による多収を実現している福島県の農家,薄井勝利氏の水の活用技術である(第2-(2)巻)。薄井氏の水の活用は徹底している。深水によって雑草を抑えるのはもはや常識だが,薄井氏は「水中ヤロビゼーション」から始める。これは種子を,生育限界ギリギリの5℃という定温の水に20日間以上浸漬して,低温に強く,太い芽を出させる技術である。田植え後の生育速度も早くなり,冷害に強くなるという。また,田植え直後から水深を最上位葉の葉身と葉鞘の分かれ目から4~5cm上とし,次の葉が展開したら,その葉に合わせて水位を上げていく。栄養生長と生殖生長の境目を米づくりの一番大切な時期と位置づけ,この時期を水中栽培では茎数限定期とよぶ独特のイネづくりは,全国に多くのファンをもっている。
これまでも,イネづくりへの水の活用については,深水と雑草発生を明らかにした研究成果をまとめた中澤伸夫氏(長野県農事試験場)による独特な雑草防除栽培「深水栽培」(第2-(2)巻),育苗では二瓶信男氏(宮城県農業センター)による「プール育苗」(第2-(1)巻)ほか,冷害対策技術も含めて調べると,技術大系には「深水」活用の記事は47本も収録されている(農文協「ルーラル電子図書館」を「深水」で検索)。
なお,「有機栽培・特別栽培」については,昨年の追録25号で新しいコーナーを設けて,全国の栽培事例を収録している(第3巻)。ぜひ参考にしていただきたい。
そのほかにも今追録で,北海道の「JAふらの中富良野支所クリーン米生産協議会」,葉齢調査と施肥改善によって収量を2割アップした福島県霊山町「うまい米作り研究会」の取組み(図1),直播栽培では集落営農の展開に直播栽培が重要な役割をしている福島県会津地方の「八木沢農用地利用改善組合」,佐賀県の「JAさが東部上峰直播研究会」の事例をとり上げている(いずれも第3巻)。また,第8巻には,イネの麦間不耕起直播栽培にソバを組み込み,1年3作の連続栽培を実現している愛媛県松前町の重川久氏(しげかわランドスケープ有限会社)の事例を収録。

図1 6葉,9葉,12葉を重視する福島県霊山町のイネづくり(人差し指の先が6葉)
ここ数年,夏の異常な高温が続き,米屋が「シラタ」とよんで嫌っている「白未熟粒」の多発が続いている。さらに2004年は10個もの台風が日本に上陸し,これまで最高だった6個を大幅に更新した。今回,第2-(2)巻<気象災害>のコーナーに新しく「高温障害」と「潮風害」を加え,障害発生のメカニズムとその対策について最新の研究成果を収録した。
●「白未熟粒」のメカニズムと対策
西日本では,この30年間で8月の平均気温が約1.3℃上昇した。「気象変動に関する政府間パネル(IPCC)」第3次評価報告書の温暖化予想によると,地球の平均気温は1990年に比べて2100年には1.4~5.8℃上昇するとされている。稲作に関係が深い5~9月の気温をみると,2060年代には3~3.5℃上昇すると予想されている。
「高温障害の実態とメカニズム」を執筆いただいた森田敏氏(九州沖縄農研センター)は,出穂後20日間の気温が「白未熟粒」の発生に大きな影響を与えていると指摘している。出穂後20日間の平均気温が23℃を超えると増えはじめ,26~27℃以上になるとグンと増える。それだけでなく,千粒重の低下,胴割米の発生,糠層の肥厚化,食味の低下,受精障害など,登熟期の気温があらゆる場面に影響していることを,膨大な研究成果をもとに明らかにしている。
「白未熟粒」や「胴割米」の多発に苦しめられた富山県からは,高橋渉氏(富山県農業技術センター)に,「作期移動」や「追肥技術」など実践的な対策を紹介していただいた。
そのほか,農林水産省の協力を得て,全国で行なわれている高温障害に関する研究成果を整理し「資料集」として収録したので,ぜひ参考にしていただきたい。温暖化の方向はしばらくは続くと予想されるだけに,今後のイネづくりを整理してみるうえで参考になるはずである。
●台風がもたらした「潮風害」
果樹ではこれまでも重視されてきた「潮風害」だが,今年の台風の来襲はイネにも大きな被害を与えた。西日本の各県はもちろんのこと,秋田県大潟村でも大きな被害をもたらした。なかでも9月上旬に日本を襲った台風18号は,1991年大きな被害をもたらした台風19号と酷似したコースを辿り,全国の農産物への被害総額は846億円にのぼった。
潮風害は,強風によって生じた稲体の多数の傷から塩分が入り込み,細胞を脱水させて農産物を枯死させたり,登熟を著しく低下させる。山本晴彦氏(山口大学)は,今年の台風18号と以前の台風19号を比較しながら,農産物への被害がどのように現われたのか,丹念に海潮粒子の飛散の範囲と量を調査し,海岸からの距離と付着量,収量や品質への影響を明らかにしている(第2-(2)巻)。
最近の追録で,黒ダイズ(第6巻),ゴマ・エゴマ(第7巻)を収録し,既収録のナタネ,ソバ,アワ・ヒエ・キビ,ハトムギ,アマランサス,ヒマワリと併せて,「作物編」は加工も含めた地域展開を構想するうえで欠かせない情報を充実させてきた。今追録でさらにパワーアップ。
●高血圧予防のダッタンソバ
今追録では,ソバのなかでも血圧降下の機能性をもつルチンをたくさん含んでいると言われているダッタンソバの栽培と加工・販売に取り組む北海道の「有限会社おうむアグリファーム」を収録(第7巻,沓澤淳氏 興部地区農業改良普及センター)。北海道で育成された‘北系1号’を用いて収量は約170kg/10a,しかも有機JAS認証を取得。現在,ソバの穀実を利用した生麺や乾麺,葉を利用したかまぼこやお茶などが商品化され,地元Aコープやホテル,道の駅の食堂などで,ダッタンソバをアピールしている(図2)。

図2 商品開発されたダッタンソバの麺
15機関28名で構成された「オホーツクダッタンそば研究会」が核となっており,栽培技術はもちろん,加工・販売まで,地域をあげた精力的な活動が続いている。
●ゴマ150kgどりの多収技術
今や国産のゴマは貴重品である。そんなゴマを大切に栽培し,地域の目玉品目に育てていこうという取組みが,茨城県内原町の「内原町胡麻生産組合」(仮称)である。今追録では,技術指導に携わっている青木才生氏(水戸地域農業改良普及センター)と組合員の長谷川隆男さん(74歳)のゴマ栽培技術と経営を紹介した(第7巻,西村良平氏 地域資源研究会)。桑園跡地で栽培しているゴマの収量はなんと150kg/10a(図3)。単価は2,000円/1kgで取引きされており,10aで30万円近い粗収入となる。ゴマ栽培に関する情報が少ないだけに,丹念に描かれた栽培技術は大いに参考になるはずである。

図3 反収150kgどりの莢つきのよいゴマ
今追録にはコムギの収穫・調製技術,大きな課題となっている赤かび病とその対策,縞萎縮病の最新研究成果を収録した。
収穫・調製技術では,コンバイン収穫になって問題となっている高水分コムギの収穫技術とその後の乾燥調製技術を収録。
刈取りの目安を金井源太氏(中央農業総合研究センター)に,除湿送風と加温送風を組み合わせたハイブリッド乾燥について関正裕氏(九州沖縄農業研究センター)に,また,貯蔵中のかび発生などを防ぐ紫外線照射による殺菌法を日高靖之氏(生物系特定産業技術研究支援センター)にお願いした。
高水分コムギの収穫タイミングについては,立毛状態で水分状態を見分ける方法について,カラー口絵も設けたので大いに活用してほしい。
そのほか,湛水条件下でダイズの根に形成される通気組織,暖地の水稲直播栽培で大きな壁となっているスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)を駆除するロータリ爪を改良した作業機の紹介や,被覆肥料を利用した減肥技術なども収録している。