農業技術大系・作物編 2003年版(追録第25号)


●2003年版・追録25号は,イネの有利販売に向けての有機栽培・特別栽培コーナーを新設。加えて,水田農業ビジョンを策定し展開していくための先行事例,各地の水田の多面的利用例をたくさん収録。テレビ放映で大きな話題となっている「エゴマ」の新しいコーナーを設け,その起源,栽培事例を収録。地域づくりに欠かせない情報満載です

(1)有機栽培・特別栽培の新コーナーを設け,第1弾としてユニークな農家5事例を収録。

(2)米の自力販売に欠かせない乾燥・調製・精米技術の最新情報,お客さんを惹きつけて離さないプロの米屋の技術も追録。

(3)米の食味向上に向けた,現場民間指導者による苦土積極施肥技術(「太く白い根稲作」)。

(4)テレビで大きな話題となった「エゴマ」情報決定版収録!

(5)水田の多面的利用4事例を加え,水田農業ビジョンをサポートする地域・農家が34事例にふえさらに充実。

おいしくて個性的な米をどう生産するか? どう売るか?水田農業ビジョン確立とその展開手法についての現場の取組み情報満載!

〈米が元気になれば,みんな元気に〉

 稲作からの転換が求められているとはいえ,稲作に元気がないと転換作物にも力が入りにくい。減反が始まってからすでに33年,この間,米流通の自由化が実現する一方で,とれた米をどう売るかが問われる時代になった。どうせやるなら,消費者に誇りを持って届けられる米を,楽しく,らくにつくりたい。ついでに地域が元気になればいうことない。

 今回の追録では,第3巻「イネ 精農家の技術」に新たに「有機栽培・特別栽培」のコーナーを設けた。表1に示したのが,今回収録した5人の農家である。

●地域を味方にするイネつくり

 今回取り上げた農家の特徴は,地域住民や地域自然を味方にしている点である。

 自ら「菜の花緑肥稲作」と名付けて3.9haの有機栽培に取り組む岡山県の赤木歳通氏は,田んぼ一面に育った菜の花畑に地域の人たちを呼び込み楽しんでもらう(写真1)。もちろん,菜の花を緑肥として使うにはそれなりの技術がいる。菜の花播種時期,お客さんを入れるタイミングなど,すき込んでからのイネへの影響を考慮した見極め方や,菜の花緑肥による土壌の強還元状態を乗り切る栽培法など,長年の経験から公開していただいた。兵庫県(有)夢前夢工房の衣笠愛之氏は,そんな赤木氏の取組みに刺激されて始めた若手大規模農家である。菜の花緑肥稲作が一番手間がかからず,しかも効果が高かったというのがその理由である。

 冬期湛水による生き物楽園つくりと有機栽培を結合させたのが,千葉県藤崎芳秀氏の「冬期湛水不耕起移植稲栽培」である。こうしてできた水田装置は,最近水道水ろ過の分野で注目されている「緩速ろ過」の装置と原理的に酷似しており,水田による水の浄化機能の高まりは,環境保全の面からも大変大きな意味を持っているという。

 ユニークな取組みといえば,ジャンボタニシを除草に利用する福岡県田中幸成氏の技術。水田の均平がとりやすくなった今だからこそ,誰でも挑戦できる時代になった。

 これらのほかにも,個人,グループなど地域あげての事例も取り上げてきており,第3巻だけでなく,第8巻「水田の多面的利用」の事例もぜひ目を通していただきたい。

●良食味に向けての工夫

 注目したいのが,食味向上に向けて,リン酸,ケイ酸,苦土など,窒素を含まない肥料や,米ぬかや魚かすなどを配合した自家製ボカシ肥,くずダイズなどの有機質肥料が活用されている点である。新潟県の下條荘市氏は,米ぬかや鶏糞を発酵させたペレットでリン酸を補い,水溶性ケイ酸資材を施し,良食味実現に向けての技術を構築中である。

 苦土も注目の成分で,農家の事例とともに,民間指導者である(株)ジャパンバイオファームの小祝政明氏に,土壌のph調整と組み合わせた苦土の積極施肥による食味向上技術を公開していただいている(「苦土積極施肥,太く白い根による食味向上技術」第2-②巻)。

 苦土と米の食味については,堀野俊郎氏(中国農試)による「Mg/K比と食味」(第2-②巻)と「コメの食味とミネラル」(『土壌施肥編』第2巻)という重要な記事がある。

 また,米ぬかなどの有機質肥料を施したとき,アミン態やタンパク態で吸収していることを明らかにした松本慎悟氏の「作物の種類と吸収窒素の形態」(「土壌施肥編」第2巻)も注目である。

●農薬を減らすための工夫

 表1でもわかるように,有機栽培や特別栽培での一番の課題は「種子消毒」と「雑草防除」の技術である。

 種子消毒では,温湯消毒が用いられている。表1にはあげていないが,第8巻で今回取り上げた(有)田中農場の2段階温湯消毒の工夫は一読の価値がある。なお,温湯消毒については,各県での実験結果をまとめたNPO法人・民間稲作研究所の稲葉光國氏がまとめた「有機稲作における種子消毒法」(第2-①巻)がある。

 雑草防除では,有機物の施用によって土壌を強還元にしたり,微生物・小動物の活動を活発にすることでトロトロ層を発達させて雑草の発芽を抑える方法が多い。菜の花緑肥であったり,米ぬかであったり,有機物素材はいろいろだが,土壌の強還元に負けない苗つくりや栽植密度の選択など,さまざまな工夫が凝らされている。詳細は各事例農家の記事をお読みいただきたい。

 雑草防除については,第2-②巻に「独特な雑草防除栽培」というコーナーがあり,「再生紙マルチ水稲栽培」「水田養鯉栽培」「麦わら,有機質肥料の表面施用」「除草法の組合わせで無農薬栽培」「EMボカシ肥(発酵堆肥)の利用」など,9つの研究情報がまとめられている。水田土壌表面に発達するトロトロ層の形成とその働きについては,既収録の「イトミミズ(土壌小動物の利用)」(栗原康氏「土壌施肥編」第1巻),雑草を抑制する物質については「他感物質とその農業利用」(藤井義晴氏「土壌施肥編」第2巻)など。

〈特産 エゴマ,黒大豆〉

●健康食品エゴマの新規収録

 最近テレビ番組で健康食品としてエゴマが取り上げられ,大きな話題となっている。安全な食用油の原料で,心筋梗塞や脳卒中などの予防,発ガン抑制,抗アレルギー予防などの機能性があるといわれる作物である。ただし一般流通しているエゴマ関連食品の原料のほとんどが輸入もの。昨年の「ゴマ」に続き,今回の追録で第7巻に「エゴマ」のコーナーを設けた。

 エゴマの起源や品種,機能性などについては,農業生物資源研の新田みゆき氏に,また,実際の栽培については「日本エゴマの会」会長をつとめる村上周平氏にお願いした。栽培技術,収穫と選別,搾油までの全工程を記述した内容は他に類を見ない。80歳を迎えた村上氏は,「自給を目指して最後にぶつかるのが食用油。エゴマなら荒れた畑や水田でも栽培できる。全国に広げていきたい」と,エゴマの普及に情熱を傾けている。

●黒大豆の栽培技術の充実

 本場‘丹波黒’を中心に,京都府の山下道弘氏,古谷規行氏に産地技術を紹介していだいた(第6巻)。各地で栽培されるようになり,品質が問われる時代に突入。黒大豆の機能性,精農家の事例も収録しているので,ぜひお役立ていただきたい。

〈水田ビジョンつくりはまかせて!〉

 農文協ホームページの「ルーラル電子図書館」にアップしている「水田農業ビジョンづくり アイデア&先行事例集」(http://lib.ruralnet. or.jp/ various/0309_01. html)にさらに付け加えたいのが,今回第8巻「水田の多面的利用」に収録した記事である。

 行政が仲介の労を執りながら農家と加工業者を結んだ展開をしているのが,一つは埼玉県幸手市の,地域伝統品種「白目米」復活作戦。試験場と普及所が栽培指針をたて,農家と結んで老舗カレー店に販売。日本酒加工も始まり,地域ブランドに成長。もう一つは,県が音頭をとって,転作コムギを醤油業界と結んだ大分県の例である。

 農協が取り組んだのが,無農薬による転作コムギの栽培と,それを製粉業者の技術を借りて目玉の一つにした岩手中央農協の水田転作の取組み。

 そのほかにも,鳥取県の大規模農家(有)田中農場。「とっとりうまいもん会」を立ち上げ,地域の加工業者と提携してより高い価値をつけて消費者に届けている。また,コムギの品種育成の過程から製粉業者や加工業者の力を取り込んだ「キタノカオリの作出」(第4巻,桑原達夫氏 北海道農研センター)。この品種,秋まきのパン用コムギとして水田転換畑で栽培が広がっており,今後も目が離せない。

〈プロの米屋が伝授する究極の精米法〉

 今回の追録では,第2-①巻に収録している「乾燥・調製・貯蔵・出荷技術」に,山下律也氏(美味技術研究会,元近畿大学)に色彩選別機,家庭用精米機などの最新情報の追録をお願いした。トレーサビリティが問われる時代,自動ラック乾燥など,大型施設の今後を展望する知見も収録。

 おもしろいのが,「全日本匠搗精会」の齊藤正明氏の米屋の精米技術である。搗精のシステムと食味を落とす要因,特色ある精米をどう実現するか,数々の賞を受けた米屋さんの技術と売り方を紹介。たとえば,白米でありながら胚芽を残す精米法,お客さんの好みに合わせて精米する技術。米屋だからこそできる精米技術は必見である。

 そのほかにも,コムギの品種情報,農薬に頼らないダイズの雑草対策技術,わい化病対策,水稲直播栽培,低コスト地下灌漑システム(FOEAS),稲作,麦作の世界の動向など,最新の情報満載。