●ゴマを新規収録。そのほか,ムギ,ダイズ多収の実践技術,稲作の可能性を開く新品種紹介など,水田を多面的に生かして豊かさを生み出す情報満載です
(1)暖地向けパン用コムギ最新情報,農家の高品質多収事例
(2)ダイズ安定300kgどりを実現する技術の徹底追跡。黒ダイズ多収事例も収録
(3)水稲うるち品種,話題の「新形質米」,酒米など,個性的新品種情報一挙掲載
(4)機能性で注目! ゴマのコーナーを新設
(5)無農薬ジャガイモ,干しいも用サツマイモ栽培技術収録
コムギで新しい動きが起こりつつある。
一つは,ともかく高品質多収をめざす農家の取組みが本格的に起こりつつあること,もう一つは,これまで暖地にはなかったパン用コムギ品種が続々登場し始めたことである。需要に追いつかない国産のパン用コムギだけに,暖地向きパン用品種の登場は朗報である。
●やっと目処! 西日本でのパン用コムギの品種と栽培
パン用の国産コムギとして人気の高い北海道産‘ハルユタカ’の需要は,供給量の4倍といわれている。今回の追録では,広島県立農業技術センターの浦野光一郎氏らが取り組んでいる,暖地パン用コムギの品種選択と肥培管理,さらには今後の有望品種も紹介していただいた(第4巻)。
結論をいうと,既存品種では‘ニシノカオリ’と‘ナンブコムギ’。この品種を用いて出穂後10~20日に実肥を施すことにより,タンパク質含量を大幅にアップすることができ,製パンに必要とされる子実タンパク質含量12%以上を実現している。しかも施肥時期を工夫することで,検査等級の低下も小さくてすんでいる(右ページ図参照)。
なお,広島県内では地元自治体の支援による製粉施設や,パン加工販売施設が建設された。地元産パン用コムギを使用したパンは食農教育の一環として学校給食に利用されている。また大手製パンメーカーと契約栽培のコムギで製造されたパンも,好評を博している。
●独創的な高品質多収技術事例2本
第4巻「精農家のダイズ栽培技術」に二人の超多収農家を収録した。一人は北海道池田町で20haもの畑で,秋まきコムギ‘ホクシン’で毎年800kg/10aもの平均単収をあげている松浦穣さん。もう一人は水田転作で‘ホクシン’を使って平均700kg/10a強の平均単収をあげている,北海道北村の新田国夫さんを代表とする豊里農業経営活性化協議会の取組みである。
松浦さんのコムギ栽培の特徴は“麦なで”作業にある。豊かな地力を生かして超密植し,ふつうなら倒伏してしまう900本/m2の穂数を確保しながら,倒伏防止のために右ページ写真のような“麦なで”装置を工夫して接触刺激を繰り返す。
新田さんは,北海道でのダイズ―コムギ輪作をダイズ立毛中にコムギを播種するという技術によって実現している。発芽も抜群で,コムギの連作障害も回避する一石二鳥の技術である。
ゴマに含まれている抗酸化成分であるリグナン類が注目されている。このうち,セサミンが体内で血清や肝臓のコレステロールを低下させたり,アルコールの代謝を促進して肝臓障害を軽減させたりすることが報告されている。
今回の追録で,第7巻に新たにゴマの項を設けた。ゴマの起源および分類・特性,栽培の基本技術を,わが国で初めて育成されたゴマの品種‘ごまぞう(農林1号)’の育成者である勝田真澄氏(作物研究所)にご紹介いただいた。類書がないだけに,日本でのゴマ栽培の現状をふまえた実践的な栽培記述は大変貴重である。
機能性食品加工の素材として,地域特産物として,地元産のゴマは大いに期待できるだけにぜひ役立てていただきたい。
本年6月,農業技術研究機構内にダイズ300A研究センターが設置され,国産ダイズの安定多収技術の確立に向けて,国を挙げての研究が進み始めた。そうした背景をもとに,今追録は第6巻ダイズの項に最新の研究成果を収録した。
●紙おむつ利用の種子の加湿処理
ダイズの収量は欠株率に左右される。欠株の原因の一つが,播種から出芽までの間の湿害である。その湿害回避のユニークな方法が,通常13%の種子を,あらかじめ15%程度の水分状態まで加湿して播種する方法である(橋本俊司氏ら 鳥取県農試他)。その方法がおもしろい。成人用の大型おむつを利用するのである。実に簡単。そのほか水稲用育苗器を利用する方法も紹介。
●生育期心土破砕とスリットダイズ播種機
粘土質の強い水田でのダイズ栽培では,締まった緻密な土がダイズの根の生育を妨げてしまう。これも収量低下の原因の一つとなっている。それを改良する技術として開発されたのが,生育期(慣行栽培の中耕時期)にうね間に1条おき約25~30cmの深さにサブソイラを走らせて心土破砕を行なう方法である。
その応用技術として開発されたのがスリットダイズ播種機で,心土破砕処理を播種時に済ませてしまおうというものだ。ロータリーにサブソイラを組み合わせて牽引抵抗力を軽減し,播種しながらスリットと弾丸暗渠を同時に行なう。慣行区に比べて直根が長く深くまで伸びて,直根基部への根粒着生も密だという(落合幾美氏 愛知県農総試)。
●うね間灌水の生かし方
水田でのダイズ栽培で忘れてならないのが,うね間灌水技術である。北陸地域で数年前に大問題となった「青立ち現象」回避技術としても注目を集めている。「開花期以降の灌水の効果が高い」とされているが,へたな灌水はかえって根を弱らせることになりかねない。井上健一氏(福井県農試)に,土壌水分と熱画像による葉温の違いなどをもとに,圃場でできる灌水の方法を紹介していただいた。明渠の底の乾燥程度や,ダイズの葉の反り返りによる灌水タイミングの決め方は実践的だ。青枯れ現象対策でもあるが,一方で多収の技術としても有効で,ぜひ参考にしていただきたい。
●海抜0m地帯でのダイズ多収事例収録
湿害に弱いダイズだが,海抜0m地帯でどう多収するか? 今追録で愛知県弥富町の大豆部会の取組みを収録した。春先に代かきを行なって土を硬め,均平整地,しっかりした明渠と暗渠施行など,悪条件を克服しているさまざまな工夫を紹介(野々山利博氏 愛知県専技)。
そのほか,新コーナーとしてダイズ「多収を阻む要因の解析」を設け,宮城県(星伸幸氏 宮城県古川農試),福井県(井上健一氏 前出),愛知県(濱田千裕氏 愛知県農総試),佐賀県(横尾浩明氏 佐賀県農研セ)に,300kg/10a以上を実現するための技術を総括していただいた。また,増えていると思われるダイズの「ホウ素欠乏とその対策」(秋友勝氏 日本フエロー(株))。品質にも大きな影響を与えるホウ素欠乏だけに,注目である。
昨年に続いて黒ダイズの事例も収録。今回は岡山県で黒ダイズ12haもの大規模機械化栽培を確立した東内秀憲さんの取組み。セル苗利用の機械移植,培土,スプリンクラー灌水,船舶用コンテナによる乾燥など,手間のかかる黒ダイズを省力化し,「作州黒」ブランドでエダマメ狩りツアーや黒ダイズ直販ツアーなど経営展開も見事だ。
●新時代を開くか!? 個性的水稲新品種たち
コシヒカリ一辺倒が続いているが,より栽培しやすく,より食味の良い品種の追求は進んでおり,うるち品種では,ここ数年に育種登録された23品種の特性を収録した。また,21世紀のイネに期待される「新形質」をとことん追求する「新形質米」の全面改定。ミルキークイーンに代表される「低アミロース米」,逆にピラフなどの調理向きの「高アミロース米」,アレルギーや腎臓などの患者さんに向けた「低アレルゲン米」「低グルテリン米」,機能性が注目される「巨大胚米」,そのほかにも「香り米」「有色米」など個性豊かな品種たちの最新情報を一気収録。今回,酒米品種も全面改定(いずれも第1巻)。造り酒屋さんと提携した地域おこし運動も広がっている。今後の稲作を考えていくヒントに。
●種子消毒,ショットガン直播など新情報網羅
栽培技術では,種子消毒で広がりつつある「塗沫処理法による水稲種子消毒」技術を収録。岡野英明氏(神奈川県足柄地域農改セ)に,肥料袋などを利用した現場の応用技術も含めて紹介していただいた。使用後の薬液処理が問題だけに,今後も伸びていく技術であろう。
もう一つは,直播栽培の新技術である。倒伏しにくく,その生育相が移植栽培に近いことから広がっている「ショットガン方式点播直播」を脇本賢三氏(九州沖縄農研セ)に。これはムギやダイズの播種にも利用できる。また,田植機をそのまま直播機として利用する「マット式水稲湛水直播システム」(桑原恵利氏 山口県農試)も収録。渡辺治郎氏(北海道農研セ)には,北海道で独自に生み出された「乾田播種早期湛水方式」について北海道の直播技術の変遷を追いながらまとめていただいた(いずれも第2 - (1)巻)。
●豊かなり! この水田多面的利用
兵庫県の大前勉さんの水田活用は読むものを唸らせる(第8巻)。イネ,黒ダイズ,白ダイズ,ヤマノイモが輪作され,さらには水稲品種混植栽培,アイガモとの共用,跡作ダイコン栽培とその加工。転換田に新しく建てたハウスには高設イチゴ,イチジク,ブドウ,レモンなどが同居。70歳を迎える大前さんの,経営の歩みと多面的利用の技術は必見である。
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このほか,ジャガイモの無農薬栽培を可能にする「紙筒移植栽培」(第5巻,浅間和夫氏 ホクレン),「干しいも用サツマイモの高品質多収栽培」(第5巻,泉澤直氏 茨城県農総セ)など,今回の追録はバラエティに富んでいる。