農業技術大系・果樹編 2002年版(追録第17号)


●高齢者・女性でも取り組める,「もうかる」果樹栽培の大特集

 今追録では,ポスト‘巨峰’時代を迎えて,品種や仕立法など栽培技術に動きの大きいブドウ,安定した価格を確保しつつ,高齢者や女性主体の産地にあって,園地の改良や整枝法の改善などでより快適な栽培環境をつくり上げているイチジク。単収が上がらないとされているなかで,各地で安定400kgどりが実現されてきたクリを特集した。さらに,やはり高齢者でも取り組める樹種として注目のヤマブドウの画期的な栽培法も紹介。


高齢者や女性も快適に取り組める栽培システム

〈園地改造,省力新樹形〉

●「楽なイチジク栽培」から超多収技術まで

 「定年3年前に新植を」をスローガンに,定年退職農家中心の一大産地となった愛知県西三河地区の2事例を追加。まずは「安城市高棚第一いちじく団地」(安城普及セ・須崎静夫氏)。ここでは,初めて取り組む栽培者にもわかりやすい栽培指針がつくられており,一文字整枝による栽培管理を詳細に解説していただいた。自走式防除機が導入できる広い通路,簡易棚による結果枝誘引の省力化など「楽なイチジク栽培」に向けてさまざまな工夫がされている。

 もう一人の豊田市・高村登氏は,1株10m2の空間に4本の主枝×各6本の結果枝を揃える「改良X字型整枝」で,安定5tの販売を実現。結果枝数を減らし,摘心を遅くすることで長段取りをして商品化率を高める。

●「加温ハウス栽培」も全面改訂

 温度管理では特に地温の上昇が大事,蒸散量が多く浅根性なので灌水管理が重要,などなど,安定した技術が確立された。

●光重視で園地管理でクリ安定多収技術を確立

 1989年の追録4号で,兵庫農技セの荒木斉氏は「クリはやや光不足でも敏感に着果数が減少するので,適正な樹冠間隔の維持が重要」と,低樹高仕立で半楕円形の樹形にし,計画的に縮間伐する「兵庫方式」を提唱している。この「兵庫方式」を応用して,3~5ha前後の規模で経営を確立している生産者が登場してきた。今回の追録で紹介したのは,愛媛県の泉敏男さんと兵庫県の小仲教示さん。ともに安定300~400kgを実現。また園内道の整備や除草機,スプリンクラー,SS,ネット収穫など徹底した省力化を図っている。

 そのほか,3種のネットといが剥き機を利用して収穫作業の格段の省力化が可能になった「収穫作業の機械化」を追加(兵庫淡路農技セ・堀本宗清氏。いがと果実を分離させるジクロルプロップの利用の研究も紹介)。また茨城県で開発された(「徒長枝利用の低樹高栽培」)を発展させ,骨格枝を2m以下に維持することで,さらに低樹高化を実現した「超低樹高密植並木植え栽培」を収録。

〈新時代を迎えるブドウ栽培〉

●トリプルH型12本亜主枝整枝

 短梢剪定は昭和17年ころに岡山県の農家が考案した技術だが,H字型整枝,WH型整枝などと工夫が進められ(ブドウ技143ページ。元岡山農試・山部馨氏),現在各産地で導入されている。地元岡山県では,この方式にさらに改良が加えられており,その代表的な生産者,倉敷市の津郷宜正さんに,「トリプルH型12本亜主枝整枝」の実際を詳細に紹介していただいた。

 最大の特徴は,10a当たり6本という大木仕立にしていることで,短梢剪定で問題になる枝管理の手間を省くことができた。枝の徒長がほとんどなくなるので,新梢を棚に上げたままでの管理が可能に。植付け本数が少ないので,主幹付近を踏み固めることがなく,SSの導入も可能になった。

●安芸クイーンの着色安定技術

 さて,ポスト巨峰の有望品種として期待される‘安芸クイーンだが,着色が揃わない,結実が不安定などといった欠点があった。そういった問題を克服して栽培技術を確立している広島県・三良坂ピオーネ生産組合に,樹勢は弱めに管理,ジベレリン処理濃度は12.5ppmに落とす,やや小房にする,など現状の到達点を紹介していただいた。

 この安芸クイーンの無核化処理は結実の不安定,花穂のわん曲,着色不良などの問題があった。フルメットの利用でこれらの問題が解消できることが明らかにされ,ジベレリンとの併用方法,処理時期,処理濃度など効果的な使用法を詳細に解説していただいた(広島農技セ・加藤淳子氏)。

●省力化が期待される三倍体品種

 さて,この間,ブドウは有望な品種が続々と登場し,各産地で多様な品種が導入されている。そこで「品種生態と栽培」のコーナーを植原葡萄研究所・植原宣紘氏に全面改訂していただいた。

 特筆すべきは今追録で新設した「三倍体品種」で,ジベ処理1回で種なし化できる省力品種として注目されている。最早熟の二倍体品種が交配されるため,サマー・ブラックなどのように,高単価が狙える8月上旬出荷が可能なのもメリット。

 なお,長野県の農家によって開発され,剪定方法,発芽促進技術,温度管理など各県挙げて詳細な検討が行なわれて体系的な技術となった「二期作栽培」を収録(山梨果試・武井和人氏)。

〈ヤマブドウ,オウトウ 複合経営の切り札品目の新情報〉

 各産地で果樹間の複合化が進められてきた。そのためこの『果樹編』でも,この間,西洋ナシの充実,プルーンの新設,ブルーベリーや熱帯果樹などの『第7巻 特産果樹』の全面改訂などを行なってきた。今回は,近年高齢者でも取り組めることから栽培が広がっているヤマブドウと,暖地でも導入が始まったオウトウを取り上げた。

 ヤマブドウで紹介したのは,岩手県・下川原重雄さん。かつてはリンゴ専作農家だったが,平成3年から導入を始め,雄木の混植による結実の安定,霜の被害を回避する「垣根式下垂栽培」などによって安定1tどりの技術を確立している。

 下川原さんがヤマブドウを選んだ理由は,近隣に加工業者があったことが第一だが,リンゴの不適地や紋羽病で枯死した園地でも栽培が可能だったからでもある。さらに,現在は山菜やキノコも導入しているように,「年齢とともに軽いものへ,時代とともに健康食品へ」という考えに基づくもの。一般に果樹の複合経営といえば「年間の労力の分散」が中心に考えられているが,下河原さんのこのような考え方は面白い。

 さてオウトウだが,暖地でも観光農園などで導入が多くなっている。そこで,暖地オウトウ栽培について,これまでの成果を香川大学の片岡郁雄・別府賢治先生にご紹介いただいた。適地ではないため,低温遭遇量の不足,開花前後の高温などで結実が不良になり,収量が安定しない。しかし,ナポレオンは授粉樹に適する,紅秀峰の結実が良好,など暖地栽培の手がかりがつかめてきた。

 この研究で,主産地でも問題の「双子果」の発生メカニズムが明らかになった。開花前年の夏季の高温が原因で,この時期に二雌ずい花が形性されるためであることがわかった。

〈リンゴ:新わい化栽培〉

●大苗利用で定植翌年から1tどり

 2000年度の追録15号で紹介した,長野県梓川村の原今朝生さんは,M.9ナガノ台木を用いて多数のフェザーが出た大苗を定植することで,定植翌年から1tという早期収量確保,脚立なしで70~80%の収穫できる低樹高化に成功している。昨年はいよいよ単収5tを達成したという。

 この方法はオランダ,イタリアなどヨーロッパで開発されたもので,各国でフェザーの多数出た2年生苗木(ニップブーン)の供給体制が整えられているという(今追録で長野果試・小池洋男氏に改定していただいた「外国の技術事情―リンゴ」より)。原さんが取り組んでいる新わい化栽培は,この技術を長野果試で検討されてきた成果に基づくもので,今回の追録では,この研究成果を盛り込んで「台木・穂品種と栽植密度」「仕立て法と栽植密度」を改訂,「2年生大苗を利用したときの仕立て法」「2年生苗木の養成」を新たにご執筆いただいた。

 「2年生苗木の養成」では,横伏せ法による台木繁殖,苗木の養成からフェザーの発生など詳細に解説されている。果樹栽培では購入苗を利用すること一般的だが,ぜひ挑戦してみたい。

●特性が明らかになってきたJM台木,青森台木3号

 繁殖性やわい性効果が高いことで,次代を担う新台木として期待されるJM系統や青台3号は,土壌などの適応性や穂品種との親和性など特性が年々明らかになっている。これまでの試験研究の成果から,特性や活用法などを解説していただいた。

〈その他の内容〉

●カンキツ―「隔年結果の現状と対策」を新設

 カンキツの隔年結果は年々激しくなっている。そのため「基本管理の徹底」が叫ばれているが,これには,気象の変動,土壌管理,高品質生産技術の導入による樹体栄養の消耗など多様な要因が相乗的に関わっており,対策は容易ではない。そこで今追録から「隔年結果の原因と対策」を設置し,隔年結果の原因と是正策に関する情報を盛り込むことにした。今回は木原武士氏(日園連技術主管)には隔年結果の現状と要因を,宮田明義氏(山口大島柑きつ試)には是正対策として有効な手法を整理していただいた。現在,各地でさまざまな是正対策が検討されており,随時収録していく。

●地球温暖化と果樹栽培

 果樹は永年作物であり,温暖化の影響が最も大きいとされている。すでにそれを見越した新品種を導入している産地もある。今回の追録ではカンキツとリンゴの「地域別品種生態」を全面改訂した。発芽期,開花期などは確かに前進化している。現在,温暖化の果樹栽培への影響と対策について関係機関で精力的に検討されており,次号の追録から充実を図りたい。

 温暖化は,落葉果樹の休眠に影響が大きい。この休眠では,チルユニットなどの導入で自発休眠覚醒がより正確に推定できるようになっており,さまざまな手法が開発されている休眠制御技術なども盛り込んで,「落葉果樹の休眠と低温要求量」を全面改訂していただいた(果樹研・杉浦俊彦氏)。

●「毎日くだもの200g運動」

 「117.4g」「117番」。この数字をおわかりだろうか。「117.4g」は,平成12年度の日本人1人1日当たりの果物摂取量。「117番」は果物消費量の世界178か国中の順位である(1位はドミニカ,中国は54位)。昭和50年には193.5gであった日本人の果物消費量がこれほどまでに低下していることは驚きである。果樹の健康機能性成分について世界的に精力的に研究が進められており,生活習慣病に悩む現代人にとって果物の摂取がきわめて有効であることが明らかになっている。果樹研の田中敬一氏と矢野昌充氏に果樹の健康機能性の最新の研究を紹介していただいた(第8巻)。これを武器に各地で果物消費拡大運動に取り組みたい。