農業技術大系・果樹編 2000年版(追録第15号)


●低樹高化,大苗育苗による早期成園化,外観重視から品質重視の栽培管理など,高品質,多収と省力・低コスト化を両立させる果樹栽培技術の大特集。ベテラン農家と試験研究の英知を結集。

●「草生管理」のコーナーを新設(第8巻)。各地で広がる草生栽培の新研究とともに,各樹種ごとの草生管理法を詳細に解説。

●中晩柑類のはるみ,水晶文旦(第1巻I「カンキツ」),プルーン(第6巻)を新規収録。シロサポテ(ホワイトサポテ),シイクワシャー,ゴレンシ(スターフルーツ)など熱帯果樹,ヤマブドウなど第7巻「特産果樹」大改訂第2弾。


果樹の省力・小力,高品質・低コスト栽培大特集

 果樹栽培も高齢者や女性が栽培の中心を担う時代。果樹栽培の省力化は待ったなしである。そこで今追録は,その省力・小力化と低コスト化の大特集とした。

 そこでわかったのは,省力化・小力化が高品質・安定生産につながること。以下,その点を中心に,追録15号の内容を紹介する。

〈リンゴ〉

 省力化の切札として登場したわい化栽培導入から25年。リンゴの省力技術として導入された技術だがしかし,現在,そのわい化栽培も樹齢の増加に伴って樹冠が拡大したり,樹高が高くなって,労働過重と枝葉の繁茂による品質低下や収量の低下に悩む産地は多い。

 いまわい化栽培,普通栽培を問わず,各産地ともにリンゴの省力化,低コスト化の技術の開発が取り組まれているが,今回の追録では,その目的にむかって従来のリンゴ栽培技術を根幹からくつがえした3人の農家の方に登場いただいた。

●わい化樹の大苗育苗による早期成園化

 樹冠が混んできたわい化樹の改植を決断する農家は多い。しかし,成園になって収穫できるまでに数年を要する。その課題を克服したのが,長野県・梓川村の原今朝生さんである。

 原さんは20aの苗場で2年かけて大苗を養成し,その大苗を定植することで収穫までの期間を短縮しようというのである。ここで問題になるのが大苗養成の技術でそこに原さんの大苗による早期成園化成功の秘密がある。

 原さんの苗木養成のポイントは,マルバ台にわい性台木のM.9ナガノを接ぎ,その上に穂品種を切接ぎして養成し,定植時にマルバカイドウを切断して植付ける点である。根にマルバカイドウがついているので苗の生育は良好。200cmに伸びた苗木を長めに切り返すこととリンニングを施すことで,定植時には側枝が20~30本ある,長さ250cmの大苗を定植できる。

 定植2年目にして1t,その後毎年1tずつ収量を伸ばし,定植5年後の平成11年には反収4tを達成。しかも脚立なしで70~80%のもぎ取りができる低樹高化を実現している。

●マルバ台の1.8mの超低樹高栽培

 マルバ台の普通栽培で脚立不要の超低樹高化による省力化と早期成園化を実現しているのは青森県弘前市の対馬貞雄さん。

 主枝の分岐点は70cm(樹形改造の場合は1m)。長さ約2.5mの主枝を車枝状に4本配し,側枝は主枝の上方約80cmの位置につくる。強くなる樹勢はスコアリングで制御している。

 事故の心配がないので高齢者や女性でも容易に作業ができ,春の摘果や秋の着色管理など品質管理も充分行き届く。収量も反当4t。半密植なので盛果期到達樹齢も速い。

 樹高が低いので,農薬散布時にもスプレーヤーの側方の噴口からだけ農薬を噴出させればいいので,農薬使用量も20~30%節減できるというメリットもある。

 「視察に来て一番喜ぶのは女の人たち」というのもうなずける。

●外観重視から味重視の栽培に転換  葉取らずリンゴ

 ‘安祈世’‘栄黄雅’など高品質リンゴの新品種を次々と育成してきた青森県弘前市の工藤清一さんは,リンゴの栽培管理で最も負担の多いのは,着色管理であると力説してきた。そこで工藤さんが育種した品種を導入した契約者で構成する「華栄会」の生産者全員が,葉摘み,玉まわしはもちろん,反射資材も一切使用しない栽培法に取り組んでいる。着色管理に要する労働時間206時間,コスト128,700円が削減できる。

 外観重視・大玉主義から,味重視のリンゴ栽培・販売への挑戦が始まった。

〈カンキツ〉

●高品質・安定多収栽培を支える園地改造

 カンキツ栽培の省力化といえば園地改造。熊本県の立山誠一さんも3haの園地に作業道を整備している。そのことで,3haの園地全園にSSが入れるようになり,年間十数回もの葉面散布や病虫害防除など適期作業を実現している。

 注目すべきは,立山さんの園地改造は,カンキツの高品質生産もねらっていること。作業道によって根域を制限したり,日光が直接地面や樹全体に当たるよう,作業道整備のし方が工夫されている。

 立山さんは,栽培が難しい高糖系ミカンの白川を,糖度20度以上の高品質で,反当6tの連年多収を実現している農家として,つとに知られている。

●経費40~60万円の低コスト雨よけミカン

 ハウスミカンは,極早期から超極早期,地中冷房と早期出荷競争と装置化を突き進んできたが,今やそれも頭打ちとなった。その中にあって高知県の野村高志さんは,極早生温州(日南1号)による8月初~9月上旬出荷の省加温雨よけミカン栽培を導入している。通常のハウスミカンでは出せない,カンキツらしいフレーバーな味覚は消費者の評価も得て,安定した価格を維持し,ハウスミカンの中で確実な地位を築いている。

 確かに粗収益は150~250万円と低いが,経費は40~60万円ですむ。栽培も容易。

 もちろん,『現代農業』誌上で連載され注目を集めた,木造の10a当たり500万円という超低コスト施設や,ハウスC溝内の発泡スチロール,熱効率の高いプロパンの加温機導入など独自に工夫してつくり上げてきた数々の保温対策も紹介。

●いよいよ実用化する樹別交互結実法

 不作年でも安定した収量と品質を確保できる栽培法として開発されたのが樹別交互結実法である。山口県大島柑きつ試の宮田明義先生にご紹介いただいたが,この方法は,結果母枝は夏枝,剪定適期は7月20日を中心とした前後10日間,この夏季剪定時に予備枝には当年度の果梗枝などできるだけ新しい枝を利用する。さらに,施肥は夏肥重視で遊休樹は早めに施用するなど,この栽培法はより実践的になった。

〈モモ〉

●作業の省力化と多収の両立を実現した大草流

 省力といえば,一般に「小型樹の密植」。その逆をいったのが山梨県の大草流。10a当たり7~9本の超疎植で,3.5~4mの低樹高化を実現した。疎植栽培だから園内は常に明るく保たれて,樹下部の枝まで品質の高い果実が生産でき,熟期も揃う。

 主枝の分岐点を低くして,亜主枝を主幹から一定距離をおいて放射線状に配置。側枝も下垂させず,短く維持した,「傘を下向きに開いたような」樹形。

 草生栽培の導入で地盤が安定していることもあり,大型機械も安全に使用できるし,収穫期にも運搬車を自由に動かすことができる。

〈カキ,ナシ,ブドウ,ビワ〉

●高木性果樹のカキ,ビワの低樹高化

 高木性果樹の代表選手がカキとビワ。カキでは福岡農総試の林公彦先生が開発した「平棚仕立て」,ビワでは兵庫淡路農技センターの水田康徳先生が開発した「低樹高2段一文字整枝,並木植え栽培」を掲載。

 カキの平棚栽培では,脚立なしで摘蕾,摘果,収獲,防除といった一連の作業ができる。しかも,着蕾が安定して生理落果が軽減されて,着果の確保が容易になる。その上,大玉で着色が優れ,汚損果が少ないなど,高品質生産にもつながる。

 樹勢や収量に影響することなく慣行の立木栽培から一挙に移行できることから,福岡県ではすでに50ha以上までに広がっている。

 成木時には5~6mにもなるビワでは,これまでも低樹高化が試みられていたが,低樹高2段一文字整枝,並木植え栽培は作業強度が格段に軽減できる。

 棚栽培が一般的なブドウ,ナシ。それでも,たとえばナシ栽培では整枝・剪定,受粉,袋かけ,収獲作業などすべてが上向きの作業で,全作業の62%を占める。こういった作業は手,首,腰などに負担のかかるつらい作業である。

 そのつらい作業を大幅に軽減したのが,今回の追録で収録した,ブドウ・ピオーネの「ホリゾンタル整枝」(兵庫中央農技セ・福井謙一郎先生),ナシ・新高の「むかで整枝」(岡山県農試北部支場・磯田道男先生)である。各作業時間が短縮できるだけでなく,目の前,胸の前の作業が多くなることによって,手,首,腰への負担が格段に軽減できる。

〈草生栽培〉

 樹園地の土壌管理の省力化といえば,草生栽培。草生栽培は,有機物の補給,土壌の流亡防止,土壌の物理性改善などメリットは多い。しかし,それが充分に分かっていてもなかなか取り組めなかったのは,年間5~6回も草刈り作業が必要なことや,養水分競合が心配だったからである。しかし近年,草刈機の普及もあって,モモ,ナシ,さらにはブドウへと草生栽培が急速に広がっている。

 そこで今追録で,第8巻「果樹共通編」に新たに草生管理のコーナーを新設し,最新の研究成果を収録した。その中で注目すべきトピックスをいくつか紹介する。

 1)草生栽培の目的は,先に述べた目的だけでなく,除草剤を使用しない,肥料の流亡を防ぐことができる,といった現代的な課題にも対応した栽培法である(島根農試・小豆澤斉先生など)。

 2)草生による土壌の乾燥は,成熟期には有利に働き,果実品質を向上することが分かった(福島果樹試の星保宜先生)。

 3)ナシではオーチャードやフェスクなど多年生牧草の利用が多いが,播種後1年目の刈り高を10cmにすると,翌年の牧草量が最も多くなる(千葉農試・北口美代子先生)。

 4)カンキツ園は傾斜地が多いだけに,表土流出を防ぐために草生栽培を最も導入したい樹種のひとつ。四国農試の内田誠先生は,ジャクヒゲ,バヒアグラス,ヘアリーベッチなど各種の多年生の草種を検討している。法面の管理に,ビンカ・マジョール,ヘデラなども検討されている。

 5)最大のトピックスは,やはりナギナタガヤ。秋に播種し,春から一気に園地を覆い,7月には完全に枯れて土壌を被覆するので,面倒な夏場の草刈り作業が一切不要になる。しかも,このナギナタガヤにはVA菌根菌が多くつき,土壌の微生物相を豊富にしてくれることも分かっている(京都府大・石井孝昭先生)。

 ナギナタガヤは,リンゴ,モモ,カキなど多様な樹種で利用され始めている。採種法から播種方法,増殖法など詳細に解説していただいた。

 6)有機物の補給を目的にするには牧草や豆科の草種が確かにいい。しかし,岩手大学の横田清先生は,全国の大学農場の樹園地の雑草種の調査から,雑草でも充分乾物量を確保できることを明らかにしている(エゾノギシギシ優占園でも360~500kg確保できる)。さらに,枯れにくい宿根草雑草が多い園地ではグリホサート剤を,各種の1年生雑草が混在する場合にはグルホシネート剤を選択するなど,草種やその分布状況に合わせた除草剤の選択と使用方法についても紹介いただいた。

 ところで,福島果樹試の阿部充先生は,スギナが生えていれば土壌の酸性化が進んでいる,クローバー類が多いのは施肥量や土壌pHが適正で,日当たりも良好である,など雑草の植生が園地の土壌条件の指標になることを明らかにしている。

〈機能性が評判を呼ぶプルーンを新設〉

 プルーンは,長野県佐久郡で昭和40年頃から栽培されていたが,鮮烈な味覚と貧血予防や便秘予防などの高い機能性が評判を呼び,いまや北海道から中国地方まで広く導入され,一躍重要な果樹のひとつとなった。そこで今回の追録で独立した品目として取り上げた。吉田雅夫先生(宇都宮大,元果樹試)と長野果樹試をはじめとした長野県の研究者と栽培農家総力を挙げた力作である。世界各国の台木品種の最新情報や,各品種の結果枝の特性と剪定方法なども盛り込まれている。これから導入しようという人にも,ベテラン農家にも必見。

〈特産果樹がさらに充実〉

●機能性と多様な利用法が魅力の熱帯果樹

 熱帯果樹では,栽培技術の改良や優良な新品種が続々と登場しているグアバ,ゴレンシ(スターフルーツ),シイクワシャー,テリハバンジロウの栽培の基礎を改訂し,近年急速に栽培が広がるシロサポテ(ホワイトサポテ)を新設した。

 熱帯果樹はビタミンC含量が多いだけでなく,シイクワシャーは癌やリウマチを予防,シロサポテは血圧降下作用がある。グアバ(葉)は咽喉,気管の炎症を和らげるなど,それぞれ高い機能性を持つことが明らかになっている。しかも,8月には天然食酢に,9~10月まではジュース原料に,その後は生食用になるシイクワシャーのように,用途が広いのも魅力。

●安定生産が困難なヤマブドウに指南書が登場

 ヤマブドウはワイン,ジュース,ジャムなど各地で加工による特産化に成功している。しかし,1房重60~70gと軽いため高収量を確保するのは困難で,隔年結果も激しいため,需要に充分応えられないのが実状である。

 そこで登場いただいたのは,岩手県安代町の北口善司さん。いままで栽培していたわい化リンゴの施設をそのまま利用した3段立体仕立てで,しっかりした骨格をつくり,日当たりと通風を確保することによって,新植5年目にして反収600~700kgを達成している。脱粒が一番の問題だが,糖度が14度に達したら収穫開始すれば回避できることもわかった。

 東北地方を中心にヤマブドウ栽培に取り組む農家が急増している。格好の栽培指南書である。

●中晩柑類で期待の‘はるみ’‘水晶文旦’

 第1巻I「カンキツ」の「主要中晩カンの生態と栽培技術」に,はるみと水晶文旦が加わった。

 水晶文旦はウイルスフリー化に成功したことにより,ハウスミカン農家を中心に導入されている。加温栽培によって9月下旬からの出荷が可能で販売には有利だが,600g以上の大果生産が求められ,栽培は容易ではない。高知県農技センター果樹試の樋口洋造先生に施設栽培での栽培のポイントを詳細に紹介していただいた。

 はるみは正月明け出荷の品種として注目されているが,生態も栽培方法も不明なまま急速に導入されている。姉妹品種の不知火ほど糖度は上がらないので,中間台にはネーブルオレンジか伊予カンを用い,力枝を残して接ぎ木するのがベター。結果母枝は8~10葉以上,長さ20cmがよい。葉中窒素濃度が低いので生育期間を通じて肥料養分の供給が必要。貯蔵は1か月が限度,など広島農技セ果樹研究所の小川勝利先生に,はるみの生態と栽培技術のポイントをまとめていただいた。