農業技術大系・花卉編 2004年版(追録第6号)


●品種も栽培技術も大きく進化したユーストマ(トルコギキョウ)の全面改訂

●省力とコスト低減を実現する養液土耕栽培(バラ,カーネーション,ユーストマ)・新養液栽培を大特集

●キク,バラ,カーネーション,ガーベラ,ソリダゴ,ユリ類,プリムラ・オブコニカ,トウガラシ類,アマランサスなど新品目・新品種をつくりこなす

●環境保全に対応した花卉生産・流通の最新情報――排液の循環利用,鉢・プランタ・トレイの再利用,環境にやさしい病害虫防除

 ユーストマ・グランディフロラムの開花株
 高品質なユーストマの切り花

(1) ユーストマ大改訂―‘乾燥地のなかの湿地植物’をつくりこなす

 またたく間に切り花の一大品目に成長し,産地も広がった。昨年の生産者事例の全面改訂にもみられるように,各産地ともに栽培技術も急速に向上している。F1品種も多くなったが,ユーストマ栽培で一番の問題であった,ロゼットしない品種も多くなっている。

 しかし,「ユーストマの栽培は難しい」「うまくつくりこなせない」という声はたえない。今追録では,ユーストマに古くからかかわり,いまも全国の産地をくまなく歩いている八代嘉昭氏に,「栽培の基礎」以下すべての項目にわたって改訂していただいた。八代氏は,この気難しい植物を,‘乾燥地のなかの湿地植物’と称しているが,これまで陥りやすかった誤解などを丹念にひも解いている。以下,その一部を紹介する。


図1 灌水量の多少によって生育差のでたユーストマ

 まず,ロゼットの要因についてであるが一般に幼苗期に高温に遭遇することが一番の要因とされている。しかしむしろ,それ以外の要因,たとえば根の伸張が阻害されたり,土壌酸度や肥料濃度が不適正であったり,土壌中の水分不足,そして土壌の温度が低下してしまうこと(冷水を灌水してしまったため)などの影響が大きいという。

 次に,ユーストマの生育を左右する要因として最も重要なのは光あるいは日射量である,と述べている。「光線の光度か量か断定できないが,受光量によって栄養生長から生殖生長への転換が左右される……生育初期に日射量が不足すると,他の環境条件が生育に適していても,生育が非常に緩慢になる」など。光の条件は地域によっても,年によっても異なるため,その対応策を綿密に立てる必要がある。

 なお,長野野菜花き試の宮本賢二先生に,現在試験研究中の「養液土耕栽培」についてご執筆いただいたが,ユーストマの養水分吸収特性が詳細に解明されており,今後の安定生産のヒントが見つかりそうだ。たとえば灌水では,ユーストマは一般に「初期は多量に,出蕾期以降は控えて」とされているが,むしろ水分ストレスを与えるほどにすると生育が不良になるとのデータが出されている。今後の研究の進展を期待したい。

 「鉢もの栽培」も改訂し,続々と登場してきた,鉢花用品種のつくりこなし方も詳細に解説。

(2) 主要品目の最新情報

キク:無側枝性ギクをつくりこなす

 発刊後の追録第1号で「無側枝性ギクの特性と栽培」を,次いで‘神馬’‘岩の白扇’など追加してきた。その後も‘精の輝’‘優花’‘精興の誠’など続々と無側枝性ギク品種が登場し,導入されている。それらの特性についての研究も急速にすすめられており,独・花き研究所の須藤憲一先生にその研究を紹介していただいた(「無側枝性ギクの特性と栽培」を改訂)。これまで十分解明されていなかった,キクの幼若期の生理・生態についての基礎的な研究に迫るものになっている。

バラ:養液土耕,少量土壌培地耕

 滋賀農試が開発した「少量土壌培地耕」を収録。培地は土(1株当たり2l程度)だが,立派な養液栽培。養液の循環利用ができるのもメリット。すでに滋賀県内ではバラだけでなく,トマトなどでも急速に普及している。現在,他の切り花栽培での利用も検討されているようで,今後の展開が楽しみな栽培法が登場した。

 灌水・施肥が省力化でき,ロックウール栽培などよりもコストがかからないとして,精力的に試験研究が進められている養液土耕栽培も新たに収録した。この記事で注目したいのは,灌水チューブの点滴ノズルの直下に細根の塊が発達し,しかも有機物の施用によって増加することが分かったこと。これをどう活かすかが,この栽培法の成功の鍵となりそうだ。

 33l/m2  慣行土耕
図2 バラの養液土耕栽培での根域のようす(左),右が慣行土耕のもの(土居原図)

図3 少量土壌培地耕の標準的な栽培ベンチ(滋賀農試)
カーネーション:新品種をつくりこなす,養液土耕栽培

 「品種・系統と栽培特性」大改訂1年目。今追録では,「耐病性品種の育成」を改訂していただくとともに,兵庫県農業技術センターの宇田明先生に「主要品種の特性と品種選択」をテーマにご執筆いただいた。毎年続々と新品種が登場しているが,実はスタンダードでは主要な7品種が50%を占めている。主産地の動向,市場データの詳細な分析とともに,スタンダード442種,スプレー657種の栽培試験を行なった上で,販売方法,経営のタイプ別,栽培方式の違いなどで,どのような品種選択をすべきか提案していただいている。次年度は,各社に有望新品種のつくりこなし方を紹介していただく予定。

 また,すでに各産地で急速に広がっている養液土耕栽培を改訂。従来の土耕栽培圃場からの転換するときの注意から,品種の選択,土壌養水分の診断に基づく給液管理,光反射フィルムとの組合わせなど綿密な栽培管理マニュアルになった。

ガーベラ:養液栽培に新たな培地が登場

 昨年の追録5号では,粒状アクアフォーム(フェノール発泡樹脂)を培地とした養液栽培を紹介した(岐阜県岐阜市・高橋明利さん)が,グロダンのグロウキューブ(輝緑岩が原料)を培地とした養液栽培の事例を紹介した(山口県下関市・西野徹昭さん)。共通なのはポリポットを利用して,ガーベラで問題になる疫病などの病害の蔓延を防ぐ工夫がされていること。コストも大幅に低減されており,ガーベラの養液栽培は年々進化している。

ユリ類:品種も球根流通も大きく変貌

 大改訂1年目。ユリ類は種間交雑によって,年々装いを新たにしている。球根の生産に南半球が加わってきた。各産地の切り花生産も高度になっており,今年度から全面改訂を開始する。今追録ではまず,新潟大学の岡崎桂一先生に,「原産と来歴」を改訂し,これまでの育種の経過と現在の園芸品種をわかりやすく整理していただいた。また,ユリの球根は船便で輸入されているが,海外での掘取りから,貯蔵,海上コンテナでの輸送,国内に入ってくるまでの過程を詳細に報告していただいた。切り花栽培に欠かせない情報である。また,「障害と対策」のコーナーを新設(今追録では「スミ症」を収録)。

(3) 装いを変える花卉品目の改訂

 かゆみ成分のプリミンが除かれた品種が登場して,再び人気を呼んでいる,プリムラ・オブコニカを全面改訂。導入の仕方や,夏季に発生する葉の黄化症状対策には遮光率60%程度のネットが有効など,つくりこなすポイントを詳細に解説していただいた。

 添え花として人気が高まっているソリダゴを新たに収録。種類も品種も多くなって賑やかになってきたトウガラシ類とアマランサスを改訂。

(4) 省力・環境保全に向けた動向

 鉢,プランタ,トレイをめぐって 花卉生産・流通の世界でも,環境保全に向けた対応を怠ることは許されなくなった。昨年の追録5号で紹介した切り花のバケット流通は,その後各地で急速に広がっている。今追録では,鉢やプランタ,トレイの最新情報を紹介していただいた。まずは再利用が一番の課題だが,国内外から多様な製品が流通しており,規格が統一されていないのがネックになっている(小林富雄氏・都市研究所スペーシア)。ポットでは古紙や生分解性のものが登場しているが,大阪食とみどりの総合技術センターの大江正温先生に,コマツナを利用した性能試験方法を紹介していただいたので,是非ご一読いただきたい。

 培養液の循環利用 追録3号で,愛知県・鈴木信吾さん(バラ・生産者事例)の,独自に開発した雨水を利用したロックウール耕の廃液循環利用システムを紹介したが,今追録では,山形園試を中心に開発された,簡易循環式養液栽培システムを紹介いただいた。これは,飲料水用の浄化技術の緩速ろ過法で排液の除菌をするもの。他のシステムより,コストが大幅に低減できる。なお,排液の循環利用で一番の課題になるのが,この除菌。オランダでは過熱処理が最も普及しているようだが,そのほかに紫外線照射,オゾン処理,最近になって農薬としても登録された銀など,養液の除菌の動向と研究についても詳細に解説していただいた。

 害虫防除での天敵利用 バラ:50%,ガーベラ:75%,鉢もの:60%。これはオランダでの花卉生産での天敵利用率である。「オランダの安全な花」とうたってアピールしている。そのオランダを中心に,ヨーロッパの花卉生産での天敵利用の実態を紹介いただいた。オランダの生産者が天敵利用を選択しているのは,防除コストがむしろ下がるからである。近々われわれは,「低農薬の花」と競争しなければならないようだ。


図4 施設内で天敵を増殖させるバンカープラント商品「アフィバンク」

 ポスト臭化メチル時代の土壌消毒 臭化メチル以外の薬剤とともに,蒸気消毒,散水蒸気消毒,熱水消毒,太陽熱消毒など,さまざまな方法が開発されている。それぞれ効果を高めるポイント,消毒後の施肥管理,問題になっている病害虫によってどれを選択すべきかなど詳細に解説していただいた。