需要場面が大きく動き始めた花卉産業。その動きを睨みながら,今後,何をどう生産していくか? 本追録では花の新たな需要を生み出そうとしている分野に焦点をあてました。
以下の3つの視点で取組みを紹介しています。
(1)高齢化社会に向かい,新しい需要を開拓しつつある「園芸療法」コーナーを新設
(2)地方自治の時代,農村地域活性化に向けての景観つくり品目
(3)静かなブームを呼ぶ自生植物の栽培と保護
上記のほか,切り花不振の中で気を吐くユーストマ(トルコギキョウ),需要が広がって一大品目となったヒマワリなどの栽培技術,より高度になったわい化剤利用,品質保持技術などの最新情報をお届けします。(詳しい追録内容は,次頁からの案内をご覧ください)
◇花による個性的な地域活性化の動き
公共事業を中心とした公園つくりによる需要が大きかった花木の利用も,ガーデニングの広範な動きの中で変わりつつある。花木単体ではなく樹木と宿根草との組み合わせ,花の色だけではなく香りの重視,造園と園芸が合体した公園つくりなど新しい動きが始まっている。さらに公園つくりだけには止まらず,田や畑,山も含めた地域景観全体を暮らしやすいものにしていこう,花を取り込んだ地域景観を生み出そうという広範な動きがつくり出され始めている。「見て楽しむだけの花」から「つくって楽しむ花」への動きはますます強まってきた。
一方,心の病や身体機能回復に花を用いる園芸療法が,病院はもとより各地の老人保健施設で導入され,成果をあげつつある。高齢化がさらに進むことは明らかだけに,どんな花が好まれるのか,どのように利用されるのかは,今後の品目選択に影響を与えるのかもしれない。
◇道の駅を中心にした自生植物ブームの動き
おもしろいのが,自生植物の地域的な展開である。道の駅などの直売所では,地域の自生植物をこつこつ増やして販売し,評判を呼んでいる。ほおっておけば絶滅してしまいそうな自生植物を増やすことで,一部の人たちだけの楽しみであったものが,広範な人たちの楽しみへと広がり,農村と都市を結ぶ象徴としての意味を持ち始めつつある。
本追録で新しいコーナーとして第4巻に加わったのが「園芸療法」である。
「農耕・園芸が心身の健康に有効であることは,すでに古代エジプト時代にも認められていた」(松尾英輔先生,第4巻)とある。わが国に,アメリカでの園芸療法が紹介されたのが1978年,しかしそのときはたいして注目されることはなかった。日本でのブームは1994年に京都で開かれた第24回国際園芸学会議がきっかけで,まだ日は浅い。こうした海外での取組みとわが国での園芸療法の経緯から説き起こし,医療の分野からの最新研究,現在先進的に取り組んでいる病院や老人保健施設,地域でのボランティア的な活動を,実践報告とともに追録した。
◇五感の働きと花の種類
神経科学の立場から,吉長元孝先生(広島国際大学)にお書きいただいた。「五感を刺激することが園芸療法の基本」だという。感覚神経と植物の関係について,たとえば嗅覚と味覚の衰えを回復させるには,スイセンやユリ,ラベンダーのような芳香を放つもの,また,土臭い完熟トマトは記憶障害や言語障害の把握や改善に役立つという。五感のそれぞれを刺激する植物を一覧表にしていただいた。園芸療法に取り組む際の参考にしてもらいたい。
◇園芸療法用の庭園の工夫の数々
町がつくった老人保健施設「和佐の里」(和歌山県川辺町)での園芸療法の実際を詳細に報告してもらった。人口7,000人余りの町だが高齢化率は22%近い。前ページの写真のようにこの施設は総1階で,入居棟のまわりに園芸療法に使う庭園(一般障害者用と老人性痴呆と二つの専用庭園)が取り囲んでいる。痴呆用庭園には,この地域に昔からあった植物を選んで植え,失われた記憶を呼び戻す働きかけための働きかけを行なってる。痴呆の人たちがよく記憶している草花として,ケイトウ,ヒャクニチソウ,ヤグルマソウ,アサガオ,ヒマワリ,ハボタン,キンセンカ,ハナナタネ,テッポウユリなどが報告されている。また,保育園児との共同作業も組み込んだ園芸療法が行なわれている。
和佐の里の他,熊本県の国立療養所菊池病院,高校生が取り組んでいる山梨県立農林高校の例を紹介した。花がもっている人と人との関係を育む力を,どう療法として生かすことができるのかを,これらの実例は教えてくれる。
◇自生植物の園芸化情報
「1988年の環境白書によると,わが国自生の維管束植物は7,087種,そのうち絶滅のおそれがあるのは1,399種とされている。これらの保護は重要な問題ではあるが,農業という産業の立地から考えると,単なる保護にとどまらず,その有効利用を探索する必要がある」と,奈良農試の長村智司先生は指摘する(第5巻)
リンドウ,トリカブト,ミヤコワスレといった品目は自生植物が園芸としても重要な植物になった典型だが,そうした視点で研究されている自生植物の保護と増殖,さらには園芸への利用について,現在研究が進められているオキナグサ,トウテイラン,サンイントラノオ,ササユリ,ヒメサユリ,シシンランなど7種の自生植物を取り上げた(第5巻)。
すでに高知県では,ササユリの選抜・交配によって「スタービューティー」を園芸品種としてデビューさせ,中山間地の特産花卉として産地化がすすめられている。その栽培技術を詳細に報告してもらった(第10巻)。
◇野生草花の景観利用の手引き書
かつて,草刈りや火入れなどの人為的管理によって生き残ることで維持されてきた野生の草花を,景観に生かそうという動きもある。これまで,発芽特性や開花生理などがはっきりしていなかった野生草花の貴重な研究を近藤哲也先生(北海道大学)に紹介していただいた。畦畔や道路端に黄色の花を咲かせるウマノアシガタや紫色のノコンギクなど,採種法・播種時期・管理法の詳細な報告である。
地域独自の景観つくりを求めるとき,こうした地域の自生植物は重要になってくるに違いない。
耕地の雑草抑制など,地域の荒廃を植物の力を借りてくい止め,しかも景観を豊かにすることを目的としたグランドカバープランツもこれからの花卉産業の一つ。有田博之先生(新潟大学)は,その目的を,(1)村おこしやグリーンツーリズムに対応,(2)地域住民のアイデンティティの象徴,(3)耕地の地力増進,管理の省力化,(4)雑草抑制,荒廃防止,(5)除草作業の軽減(畦畔など)に類型化し,適した植物を取り上げている。
畦畔にしぼると,福島昭先生(兵庫県立北部農技センター)に景観形成と被覆による雑草抑制効果,その育苗と植栽技術。農村景観での樹木とグランドカバープランツとの組み合わせ方については,瀧邦夫先生(日本緑化センター)にお願いした。グランドカバープランツの生産者事例として兵庫県の北但グランドカバー生産組合を,また,村活性化事例として富山県井口村,群馬県新田町を紹介している。
◇きれいで小力を実現するエブ・アンド・フローシステム
エブ・アンド・フローは底部給水のひとつで,自動灌水方式としては灌水ムラが少ないという意味ではもっとも優れている(長村智司,第2巻)。同時に施肥も行なうが,その特性として「鉢の高さの下から3分の1まで給水した場合,排水に伴って養分も流亡しやすいが,逆に3分の2の高さに残った養分は,培養土表面からの蒸散に伴って上昇し,表面に塩類集積する」という。
施肥やコストの問題などどうクリヤーしているのか,実践例として取り上げた千葉県村山裕範さん(リーガースベゴニア)は,そのよさをマットなどが一番キレイに管理できるからだという。直挿しとエブ・アンド・フローによって16%の省力を実現している。また,カーネーションの育種家として知られる北海道の吉本芳光園では,マット給水方式を自ら改良し,ポリフィルムと厚手のラブシートを重ねてプールをつくり,灌水チューブで給水。過剰水分の排出にも工夫が凝らされている。
◇ユーストマ(トルコギキョウ)の直播栽培
ユーストマは植え付ける苗数がきわめて多く,定植作業は大変な重労働であった。それを6分の1~20分の1にまで減らしたのが直播栽培である。勝谷範敏先生(広島県農技センター)による秋から初冬の開花をねらう作型での試験では,生育も促進されたうえに高品質を実現した。直播栽培では自生地の状態と同じように直根がよく発達し,1次根・2次根も多いという,注目すべき結果が報告されている。
品質保持剤の第一人者,宇田明先生(兵庫県立淡路農技センター)による,最新の情報である。STS(エチレン阻害剤)はもちろんだが,それ以外のエチレン阻害剤,また水分収支改善による方法,糖の利用による方法など,海外の状況にも触れながら解説。
わい化剤につては村井千里先生(テクノホルティ)にお願いし,現在世界中で利用されている剤の特性と,利用面での研究成果を集めて報告してもらった。取り上げた剤の種類,草花・花壇苗・観葉植物・緑化樹など植物全体に及ぶ対象品目の多さは他に類を見ない。わい化剤を利用して新しいアイテムを増やすことが盛んになっているだけに,ぜひご活用いただきたい。
ヒマワリの全面改定を行なった。ヒマワリは植えて2か月で採花でき,しかも肥料などのコストがかからないため,ユーストマの後作として導入される例が増えている。利用面でも,ヒマワリのもつ明るくはつらつとしたイメージが,暗い世相を吹き飛ばそうとする流れにのって,世界中でブームをつくりだしている。また景観作物としての導入も多く,一気に一大品目として浮上してきた。「ゴッホのヒマワリ」などの新しい品種も登場して,話題が沸騰している。
サカタのタネの淡野一郎先生にまとめていただき,生産者事例として,トルコギキョウの後作として導入している長野県の百瀬文夫さん,周年出荷に取り組む和歌山県の畑聡さんを取り上げた。
作付けが増え,研究が進んで新たな知見が得られているカラーとデルフィニウムについても大幅な改定を行ない,最新の情報と技術をお届けすることができた。
官民一体となって,果樹経営と花卉経営を結合した事業展開に挑戦している千葉県富浦町の「枇杷倶楽部」を取り上げた。「道の駅とみうら枇杷倶楽部」には年間55万人の観光客が訪れる。この道の駅と並行して整備されたのが枇杷倶楽部直営の観光実験農場「花倶楽部」である。花摘みやビワ,イチゴ狩りなど,南房総の農産物を活用した体験型観光農業の展開は,平成10年度には10万人のお客さんを呼び寄せるまでに成長した。
「花倶楽部」は入場無料で,約2haのお花畑を散策してもらい,希望があれば有料で花摘みもできる。県の園芸試験場では,市場出荷とは異なる観光花摘み園や直売に適した草花の研究を行なっており,その成果もふまえた人気品目情報や摘取りに適した管理技術などを紹介している。
花を生かした観光農園を考えている人には大いに役立つに違いない。